第二五二話 ナガレ達の罪
ナガレ達を取り囲む騎士の数は、見えている範囲であれば四〇人程度であり、数だけでいえば囲まれている面々の倍以上となる。
その騎士の中で、特に厳しい雰囲気を纏った男が、一歩前に出て更に言葉を続けた。
「私は帝国騎士団第八師団所属隊長、オロカナ・キシデウスだ。見ての通り、お前たちは完全に包囲されている。これは言っておくが、ここにいる者たちだけという意味ではないぞ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて騎士の男が言った。周囲には剣や槍、クロスボウなどを手にした騎士が並んでいた。
しかも中にはナガレ式の長柄武器を手にしている騎士の姿もある。数は多くないようだが、何らかの手で入手したのだろう。そして、勿論だが国や作成者を証明する刻印は帝国の物に変えられていた。
「そ、そんな、こんな近くまで来てて気が付かないなんて――」
そして、このことに動揺を示したのは獣人たちである。何せ直前の話にあったように獣人は鼻が利き、耳も良い。
そんな彼らが、ここまで近づいてきた帝国兵に気が付けないわけがない――その筈なのに、今帝国の騎士たちが、彼らを含めて取り囲んでいる。
そのことが信じられないのだろう。
「ははっ、随分と動揺しているようだがな、我々はこれまで散々獣人達を狩ってきたのだ。つまり、当然家畜の特性ぐらい知り尽くしている、貴様らごとき野良犬どもに遅れを取る我らではないわ!」
獣人達を見下すようにオロカナが言った。口元を歪め、相手を蔑むような目を向けてきている。
そのことに動揺を見せる獣人たちである。
「その様子だと、やはり帝国は彼らの言っていたとおりの国なようですね」
ナガレがオロカナに顔を向け、そして納得したように言い放つ。勿論、ナガレは獣人達の言葉に嘘がないことを確信していたが、目の前にいる騎士の言葉が、彼らを見る目が、それを更に決定づけさせた。
「ふん、そういうお前はナガレだな? 事前に聞いていた情報通り、ガキのくせに小生意気な口調だな。それに妙な格好もしている」
「……事前の情報ですか」
「あぁそうだ。そこにいる獣人達を裏で操り、この町を襲わせ破壊の限りを尽くし、町の人間を殲滅させた重罪人としての情報と合わせてな」
「は? え? じゅ、重罪人?」
「おいら達が町を襲わせたって……」
「い、一体どこからそんな話が出てきたのですか?」
「おい! テメェらふざけてんじゃ――」
その騎士達の話を聞き、ピーチが驚きに目を見開き、カイルも顔を引き攣らせ、ローザもわけがわからないといった様相だ。
そして案の定フレムが短気を起こし、双剣に手を掛けようとしたが――
「……ナガレと大人しく見てる約束しただろ――」
「ふぇ?」
ビッチェがフレムを睨めつけ、少しフェロモンを強めた途端、ぽわんとした締まりのない顔になったフレムがその場に膝をついて大人しくなった。
何があったのか? とローザとピーチが一瞬フレムに目を向けたが、心ここにあらずといった様子でありながら夢心地といったその様相に、大したことないなと判断したのかすぐに視線をナガレに戻した。
同時にビッチェの言葉で、確かに――と自覚したのか、それ以上は余計なことを口にしないことに決めたようだ。
「ほお、この状況で、これだけの事実を突きつけられながらも微動だにしないとはな。噂通り肝だけはそれなりに座ってるようだな。尤もただの強がりで心中穏やかではないと思うが」
「そうでもありませんが、そうですね、なぜそのような話になっているかお聞きしても?」
「ふん、なるほどな、さっぱり理解できないといった様子か。まあそれも無理はないが、何を言ったところで、ましてや抵抗しても不利になるだけだぞ? お前たちの手配書はすぐにでも出回るだろうからな」
「手配書ですか? しかし、一体何の罪か理解できませんが」
「はははっ、今もいっただろう? 罪はそこの獣共と共謀し帝国の領土を荒らそうとした罪だ。言い訳は不可能だぞ? 我々は先程からずっと見ていたからな。貴様達がこの場所で密かに裏で糸を引いていた獣人達とおちあい、仕事を終えた見返りに首輪を外してやっていた現場をな」
なるほど、とナガレは顎を引く。この話にビッチェも相手の謀略が何かを悟ったようだ。
「しかし、私たちはそもそも、この町へ向かえば必要な情報が掴めると聞き赴いたのですがね」
「そんな話は知らんな。勿論貴様らが帝国へ入国出来た経緯は知っているが、その時もお前たちを泳がせる為に、敢えて自由にしろと伝えてあると聞いている。その結果、お前達は案の定、獣人達にテロをけしかけたこの町までやってきたわけだ。我々が見張っているとも知らずまんまとな」
なるほど、つまり帝国の騎士たちからすればナガレ一行と獣人達を罠にはめ、それを理由に濡れ衣を着せることでしてやったりといったところなようだ。
「まあ、いくら貴様がそこそこ名のしれた冒険者といっても、この状況じゃ歯向かう気も起きないだろう? 我々も騎士としての立場もある。大人しく言うことを聞くなら手荒い真似はせんぞ。特にそこの女達には、ちゃんと言うことさえ聞いてくれればな」
下卑た笑みと言外に漏れている醜悪な空気が、その言葉が嘘であることを如実に表していた。
特に、周囲の騎士たちのビッチェを見る目が、好色なものであることもあり、それはあまりにわかり易すぎた。
「……目的はグリンウッドとマウントストム、両領主の廃位といったところですか」
すると、ここでナガレが考えをまとめ始める。尤もあくまで確認といった意味合いが強いが。
「ふん、まあ確かに、この件は裏でこそこそと動いている王国の膿を取り除くために、内密に王国側と帝国側で協力しあったことではあるがな」
まるで自分たちが正しいことをしているかのごとく語るオロカナである。勿論それはあくまで表向きであり、帝国と王国が協力しあうなどあるはずがないと心では舌でもだしているだろうが。
「さて、もう話はいいだろう。観念したなら――」
「そうですね、確かにここまで聞ければもういいでしょう。ですから、私たちは素直にここから立ち去ろうと思います」
話を打ち切り、オロカナがいよいよ一行や獣人達を捕らえようと囲っている騎士達に目で合図をする。
しかし、ナガレが途中で言葉を被せると、騎士達は一様に目を白黒させた。
「面白い冗談だな。貴様らこの人数相手に本気で逃げられると思っているのか? 言っておくがこの周辺にも包囲網が――」
「そうですね、とりあえず後は寝てて下さい」
しかし、余裕の表情で述べたオロカナを含め、ナガレがそう口にしたのと同時に一斉に地面に崩れ落ちた。
その光景に、獣人たちも、そして仲間たちも唖然となった。
「……完全に落ちてる――」
するとビッチェが倒れた騎士の傍でしゃがみ込み、息と意識を確認するが、命には全く別状はないが、完全に意識を刈り取られている状態である。
一体何をしたのかと、こればっかりはビッチェにも理解できず、当然、他の仲間や獣人たちにもさっぱりといったところである。
特にイエイヌとシャムは驚きを隠せない様子だ。
「……全く傷はついてないのに気は失ってる。これは暫く起きない。一体どうやって――」
「そうですね、相手の呼吸に合わせて一斉に受け流しただけですよ」
つまりナガレは騎士達の呼吸をするという行為を受け流し、酸素を逆に利用して高濃度で返し失神させたのである。
勿論この際、しっかり相手の状態を見極め、後遺症が残らないようにすることを忘れない。
何故なら今回に関して言えば、無傷のまま気絶だけさせることが重要だったからである。
そしてだからこそ、獣人にも仲間たちにも見守っていて欲しいと願ったのである。
「え~と、ナガレ、それでこの人達はどうするの?」
「そのまま放置しておきます」
「え? このままですか先生?」
「はい、このままです。手は出してはいけませんよ。皆様も気持ちはわかりますが、ここは抑えて下さい」
怨嗟の表情で帝国の騎士達を見下ろすイエイヌ。いまにもその手の武器でトドメを刺しそうな雰囲気だが、ナガレに対しての恩はしっかり感じているようであり、ここは鉾を収めてくれた。それは他の獣人にしても一緒である。
「……それでこの後は?」
「残りの皆さんの首輪を外しにいきます。他の騎士も全員気絶してますから、仲間の皆さんも無事でしょうからね」
「え? 他にもこんな奴らがいたのか?」
「はい、全部で三〇〇人ほど用意してたようですね。丘の上からも魔術師や投石機や弩なんかも準備していたようですよ。尤も、全て無駄でしょうが」
怪訝な顔でナガレに問いかけるイエイヌであったが、なんてことはないように応じるナガレである。
そして――一行は倒れた騎士には一切手を出さず、彼らの仲間が待つ森へと向かうのだった……。




