第二四八話 奴隷ではない証明
「おい! さっぱり言っている意味がわからないぞ! 一体なんだよ解放って!」
「黙れ! お前たちが無理やり同胞を連れ回して、酷い仕打ちをしていることぐらい判ってるんだよ。いいから解放してこっちに引き渡せ」
彼らの要求の一つ、カイルを奴隷から解放しろにフレムが特に反応し、随分と激昂していた。
フレムからすれば当然身に覚えのない話であり、仲間でもあり友でもあるカイルを奴隷扱いしてると疑いをかけられることに辛抱がならないのだろう。
だが、相手の狼耳の少年はカイルが奴隷だと信じて疑っていない様子である。
「な、なんか面倒な話になってきたわね」
「そ、そんな! みんなおいらを取り合って争うのなんてやめてよ~」
だが、当の本人であるカイルは妙に軽い。
「いや、カイル、何を愉しそうに言ってるのですか!」
「……緊張感ないやつ」
「そこがカイルのいいところなのですけどね」
そんなカイルに女性陣は呆れた目を向けているが、確かにナガレの言うように、カイルがこの調子だからこそ重たい空気にはならずにすんでいる。
「お前ら何を好き勝手言ってるんだ! 状況わかっているのかよ! いいから早く言われたとおりにしろ!」
だが、そんなカイルやナガレ達とのやり取りに、狼耳の少年はいらいらを隠せない。
「う~ん、ちょっと皆落ち着いてよ~」
「おま、何を呑気な事を言っているんだ! 第一誰の為にこんな要求してると思ってるんだ!」
そして相変わらずのカイルの調子に、ムキーッ! とムキになって狼耳の少年が叫んだ。しかしその様子にタジタジなカイルでもある。何せ彼には解放される理由がない。
「う~ん、何か勘違いしているようなんだけどね、おいら別に奴隷じゃないんだよ~?」
「馬鹿! そういうのはいいんだよ。どうせこいつらにそう言えって強要されてるんだろ? 大丈夫だ俺達が解放してやる!」
カイルは何とか信用してもらおうと彼らに訴えかけるが、やはり折れない獣人たちである。
「……こいつら駄目、全然聞く耳もたない」
「あははっ……」
呆れたように目を細めるビッチェと苦笑いのカイル。実際よく考えればわざわざ奴隷に奴隷じゃないと言わせることは少なくとも帝国内では意味のないことにも思えるが、完全に人間側を敵と判断している彼らにはそんなことを考える余裕すらないのだろ。
「あ~~~~! 腹立つ! お前らふざけんなよ! カイルは俺の仲間だ! 奴隷なんてふざけたもんなわけないだろ!」
しかし、フレムが吠えることで獣人達の肩がビクリと揺れた。中には若干怯えて震えているのもいる。
「ちっ、そうやって声を荒げて脅せば言うこと聞くとでも思っているんだろ? だけどな! もう俺達は違う! お前たちの玩具なんかじゃないんだ!」
「は? 玩具って、だからてめぇら――」
「待って下さいフレム。そちらの皆様も、どうやらお互い勘違いしている部分もあるようですし、そこを理解し合えなければお互いの溝が埋まることはないでしょう」
「何を馬鹿なこと言ってんだよ。大体こっちにはそんなものを埋めるつもりなんてない! とにかく要求を飲む気がないなら力づくでも――」
「しかしその中の一つ、カイルの解放については彼自身が求めていないことです。何せ彼は本人が言うように仲間であって奴隷ではないのですから」
ナガレが半ば相手の言葉を遮りそして話を被せる。それにカイルも、うんうん、と頷いていた。
だが、やはり獣人側は納得してくれないようであり。
「いや、だからそれは無理やり言わせているからだろ!」
「その話を続けていては平行線のままですが、しかし首を見てもらえれば判るかと思いますが?」
だが、ナガレの言葉に、狼耳の少年が、むぐぅ、と喉を詰まらせた。
そう、本来ならこれは決定的な証拠とも言える。カイルも敢えて自分の首を獣人達に見せつけた。そこに当然首輪は嵌められていない。
「チッ、散々疑っておいて首の確認もしなかったのかよ」
「……ふん、舐めるなよ。首輪がないのはなんとなく察しがついたさ、こっちだってな」
「いや、だったら何で奴隷だなんて言いがかり付けてきたのよ」
ピーチが不機嫌そうに眉を顰めた。確かに首輪がない以上、奴隷ではない可能性も十分あるわけだが。
「そっちこそ、俺達が獣人だからって舐めてるんだろ? こっちは知ってるんだ、首輪がなくても魔法で何とかする方法があることをな! それに弓を持っている以上、戦闘奴隷として酷使されていたんだろ? なら首輪をしてなくてもおかしくない!」
「……なるほど、少しは考えている」
ビッチェは少しは感心したようだ。そして彼らの言うように奴隷にする方法は何も首輪などの魔導具に頼るばかりではない。
隷属の魔法が使える使い手がいれば、直接魔法で奴隷の術式を施し隷属化することも可能なのである。
ただ、隷属の魔法の担い手はそもそも数が少ない。その為、奴隷を扱う商人も奴隷を増やす度に魔法を施すのは依頼を掛けたりも手間が掛かるし専属として雇うには金額が張る。
その為、多くは手に入りやすい隷属の首輪に頼っているというのが実情としてある。
ただ、奴隷に嵌める首輪にも欠点がないわけではなく、魔導具である以上壊されてしまうとその効果は当然消えてなくなる。その為、通常首輪には無理やり外そうとしたり壊してしまうと奴隷が死ぬという効果も施されている。
しかし、戦闘奴隷の場合これでは不都合が出る。戦闘中などに首輪が破壊されて死んでしまっては、いざという時に主が窮地に立たされることとてありえるからだ。
その為戦闘奴隷に関しては首輪ではなく、隷属魔法の担い手によって直接身体に術式が施される事が多いわけである。
そして、だからこそ獣人の彼らは戦闘奴隷であればカイルに首輪がなくてもおかしくないと判断したわけだろう。
「つまり、そのカイルという男は首輪がなくても、身体のどこかに術式が施されているはずだ!」
「だからカイルも違うって言ってるのに……」
「……何を言っても無駄。こうなったら力尽くで黙らせる」
「ビッチェ、フェロモンの放出はやめてください。何人か鼻血が出てます」
ビッチェの力づくは、どうやら色仕掛けも含んでいるようであり、彼女のフェロモン素が空気中に滲み出たことで、確かに何人かの獣人が耐えきれず鼻を押さえていた。弓使いも含まれているため、やろうと思えばこの時点で制圧できそうですらある。
そしてその効果はリーダー格と思われる狼耳の少年にもはっきりと示されており、妙にギンギンとし瞳をビッチェに向けた。
「ふ、ふん! 力尽くだって? 生意気な女だ! 今ので俺の機嫌も損ねたぞ! よし! もう一つ要求を追加だ! そ、そっちの女も貰う!」
すると、突然狼耳の少年がどことなく興奮した口調で要求を追加してきた。勿論その指先はビッチェに向けられている。
「は? ちょ、何言ってるにゃイエイヌ!」
「う、うるさいシャム! 俺はもう決めたぞ! それに帝国の人間には散々好き勝手されたんだ、こっちにだってその分やり返す権利はあるだろ」
「そ、そうだ!」
「いいぞリーダー!」
「男の鑑!」
「ちょ、あんた達最低よ!」
イエイヌと呼ばれたリーダーの少年がビッチェを求めたことで、獣人達の間で賛美と批難の声が溢れかえった。
尤も賛美を送っているのは全員男であり、批難しているのは女と判りやすい構図であるが。
「……それで、私を手に入れてどうするつもり?」
すると、ビッチェが科を作り、嬌声を上げて問いかけた。女の武器をこれでもかと見せつけたその行為に、耐えきれず気を失ってしまうものすらいた。どうやら彼らにはこの刺激は早すぎたのかもしれない。
「ビッチェ、色仕掛けはやめてあげてください。彼らには少々刺激が強すぎます」
「……誘われたから答えただけ」
「う、うぅ、女の私でもついつい見惚れてしまうのが悔しい!」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
頬を染めながらピーチが悔しそうに手を上下に振り、ローザは頭から煙を上げ全身が真っ赤である。
そして獣人側の女の子ですら、ビッチェがポーズを取り口を開いた瞬間頬を染めモジモジしはじめてしまった。
「と、とにかく先ずはそっちのカイルだ! 早く解放しろ」
そしてイエイヌはこのままビッチェを見ていては身がもたないと本能で判断したのか、改めてカイルに目を向け、そして全員に向けて命じ出す。
「たく、だからカイルは奴隷じゃなくて仲間だっていってるだろ」
すると、フレムもいい加減どこか面倒そうに耳を穿りながら言葉を返した。
「嘘をつくな! 首輪がなくてもその体に奴隷の印が刻まれてるんだろ!」
しかしイエイヌは自分の考えを変えない、引っ込まない。
「ああそうかよ。判った、だったらカイル、お前それ全部脱げ」
そんな獣人達の様子に、フレムがやれやれといった様子を見せつつ、唐突にそんなことをカイルにいい出した。
「はい? え? こ、ここで!?」
「そうだよ。別に減るもんじゃないだろ、早く脱げって」
「そ、そんな無茶だよフレムっち~」
だが、さすがのカイルも皆が見ている前で全裸になる趣味は持ち合わせていないようだ。
「ふん、ほら見たことか! お前らも見ただろ? 結局こいつらはこうなんだ。こうやって奴隷を玩具にして愉しむ屑野郎なんだよ!」
「はあ? 何いってんだてめぇは。今のはお前らがカイルが奴隷だって言って聞かないから、違うって証明しようとしたんだろ」
「黙れ! 同胞をここで裸にして辱めようとした癖に!」
しかし、フレムの行為は彼らにはまるで同胞を甚振っているように映ってしまったようだ。完全に火に油といったところである。
「……なるほど、確かに見ようによってはそう見えたかもしれないですね」
すると、フレムと獣人達を交互に確認した後、ナガレは一つ頷き自分の考えを述べる。
それに驚き、慌てて弁明しようとするフレムである。
「え!? そ、そんな先生俺は――」
「ええ、勿論フレムにそんなつもりがなかったのは判っています。それに、確かに見ようによってはそうも見えますが、同時に今のでカイルが奴隷ではないことが証明されましたからお手柄とも言えます」
「へ?」
だが、続くナガレの言葉に、思わずフレムも声を上げきょとんとした顔を見せてしまった。
そしてそれはイエイヌも一緒のようであり、ナガレに対して反論してくる。
「は? 何言ってるんだお前は! なんで今のが奴隷じゃない証明になるんだよ? むしろ奴隷扱いしていた証拠だろ!」
「ふむ、わかりませんか? それではカイル。私からも命じます、ここで服を脱いで下さい」
「お、お前またそんな――」
さらなるナガレの発言に、イエイヌの目つきがより一層険しくなる。
だが――そんなイエイヌを他所に、カイルが弱ったような笑みを浮かべながらナガレに答えた。
「え~ナガレっちまでどうしたのさ? おいらにはそんな趣味ないよ~それともそんなにおいらの裸がみたいの?」
「いえ全く」
「誰がお前の裸なんて見たがるんだよ」
「冗談じゃないわね」
「正直私も遠慮したいです」
「……脱いだら切る」
「みんな酷い! て、ビッチェちゃん何を切る気!?」
カイルが思わず股間を手で押さえてブルルと震えた。彼女のこの目、もし本当に脱いでいたら切り飛ばされていた可能性は十分にあるだろう。
「くっ、お前ら一体何を――」
そしてそんな一行のやりとりを怪訝そうに眺めていたイエイヌが口を挟む。だが、それを遮るように猫耳のシャムが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待つにゃ! 確かにこれはおかしいにゃ!」
「は? 何だよそれ、一体何がおかしいって言うんだよ!」
「だって変にゃ、あのふたりはカイルという彼に命令してたにゃ、でも命令に彼は従ってないにゃ」
あ、とイエイヌが口を半開きにさせて固まった。シャムの話を聞き、ようやく冷静になれたのか、それから一考し、うむむ、と唸る。
何故なら、もし本当に隷属の魔法が施されているのであれば、命令に背いた時点で耐え難い激痛がカイルを襲っている筈だからだ。
しかし、どうみてもカイルには痛がっているような様子はない。
「それに――何かこの人達悪い人には見えないにゃ」
「は? 何言ってんだシャム! 意味わかんねぇよ!」
「だ、だって! あのカイルって人もいい笑顔見せてるにゃ、それに、フレムっちにナガレっちって親しげに話してたにゃ。奴隷でこれはおかしいにゃ」
シャムはずっとカイルの口調に怪訝な様子を見せていたが、どうやら彼女の考える奴隷の在り方と明らかな乖離があり、そこに戸惑いを覚えていたようだ。
「そ、そんなの名前がフレムッチとナガレッチなんだろ!」
「そんな変な名前ふたりもいるわけないにゃ。イエイヌは現実を見るにゃ」
「は? お、お前一体どっちの味方なんだよ!」
リーダーの少年とシャムが突如痴話喧嘩に近い言い合いを始めたことで周囲の獣人達にも戸惑いの色が見え始める。
ただ、シャムの意見は的確なものであり、もしかしたら本当にカイルは奴隷ではないのか? などと囁き始めているものもいるほどだ。
「お前らしっかりしろよ! 大体別におかしな話じゃない! 確かに命令に背けば激痛に襲われるけど耐えればいいだけの話だ!」
「にゃ、あの痛みは耐えられるものじゃないにゃ……」
シャムが思い出したように耳と尻尾を垂らして悲しい瞳を見せた。獣人たちにとっては忘れられないほどの激痛だったのは間違いなさそうである。
「そ、そんなに痛いのかしら?」
「聖魔法でも抑えるのが難しいほど痛いそうですよ」
ピーチの質問にローザが答える。ただ、これは奴隷の経験がないものには想像もつかないことであろう。
「……試したことある、確かに悶絶するほど痛い。でも、ナガレならきっと平気」
「ナガレっちなら顔色一つ変えない気がするね~」
「当然だ! 先生ならむしろ痛みすら快感に変えてしまうぜ!」
「フレム、それは誤解を招くだけです」
確かに痛みが快感に変わるならただのドMである。
「とにかくだ! お前らも忘れたわけじゃないだろ? 帝国の人間が一体俺たちにどれだけの事をしてきたか! 帝国の人間には絶対に気を許してはいけないんだよ! 今のシャムの考えだって、こいつらがただそうやって誘導しているだけかも――」
「申し訳ありませんが、その時点ですでに間違いがありますね」
下手すれば懐柔されそうな雰囲気すら感じられるシャムに、必死にイエイヌが訴えた。
だが、そんな二人の間にナガレの言葉が割って入る。
「……は? 何を言ってんだ、大体さっきからお前口はさみ過ぎなんだよ!」
「それは申し訳ありません。ですが、そこだけはハッキリさせておいた方がいいと思いまして」
キレ気味に言葉を返すイエイヌだが、ナガレは凛とした姿勢を崩さずはっきりと考えを口にする。
すると、シャムが観察するようにナガレを見やりつつ問いかけてきた。
「そ、それで、間違いとは一体何にゃ?」
「はい、私たちはそもそも帝国の人間ではありません。西のバール王国から派遣された冒険者です」
「……は?」
その回答に、目を白黒させるイエイヌであった――




