第二四六話 荒れ果てた町
ビストクライムの町は荒漠としていた。それはナガレ達が外壁まで近づいた段階である程度予想は付いていた。一応礼儀として門から入りはしたが、壁が壁としての機能を全く果たしておらず、本来入り口ではない場所があちらこちらで大きな口を開けていたからだ。
しかも門を守る衛兵の姿もなく、壁の上にも兵士の姿はないのである。
仕方がないので特に誰に断ることもなく門を抜ける一行であったのだが、中に入ると更にそれは顕著であった。本当にこの町は町として成り立っていたのか? と思えるほどに町は荒廃としていた。
酷い有様であった。建物の殆どは良くて半壊といった状況である。おまけに匂いが酷い。腐臭が町に蔓延していた。
「……とりあえず、あのあたりを見てみる」
「あっちにはギルドっぽいのも見えるな、行ってみるか」
「う~んじゃあ、ってビッチェ早いわね!」
「先輩はどうするんだ?」
「そうね、全員で同じ場所見ても仕方ないし、かといってこの状況は単独行動もね……何が出てくるかわからないし。ギルドはふたりに任せて、私たちはこのあたりを見てみようか」
「それがいいでしょうね。ではとりあえずこの西側あたりを見てみますか」
「あ、じゃあ私はピーチと一緒しますね」
とりあえず一行は一旦分かれ町の西側を見て回る。そしてある程度探索したところで再度全員が集まった。
「ビッチェはどこ見ていたの?」
「……向こうの小屋、あそこの建物は無事だった」
「何かありましたか?」
ビッチェの言い回しに怪訝な顔を見せるピーチであるが、ローザは更にビッチェに問いかける。
「……あったはあった。だけど、女性が聞いて愉快な話ではない。そういった物が鎖につながれて転がっていた」
そこまで聞けばピーチにも理解が出来たのだろう。ローザも神に祈るように両手を握りしめている。
「……そういう意味ではこっちも似たようなものね。入れそうな建物も覗いてみたけど、色々と部位が転がっていたりもしたし」
「俺達が見に行ったギルドもそうだぜ。ただ、こっちは何かに抵抗してたような痕跡はあったな。折れた武器が転がってたり、壁が焦げてたり」
「うん、何か激しい戦闘が行われたような感じだったよね……」
同時に、やはり顔もわからないほどに損壊した冒険者の遺体も転がっていたようだ。ギルドも相当無残な有様だったようで、さすがのカイルもおちゃらけてはいられない様子である。
「……ナガレは何か見た?」
「そうですね、少なくもこの西側には生きている人はいないようです。少し前までは普通に人々が暮らしていたと思いますけどね」
「え? ナガレってばそんなこと判るの?」
「はい。残っていた血痕や人の部位の状態で大体ではありますが」
「さすが先生! 物凄い慧眼をお持ちですね!」
手放しでフレムがナガレを褒め称えるが、しかしナガレの考察通りならば一体ここで何が起こったのかという話でもある。
「本当、戦争でも起こったかのような状況よね……」
「……でも、それは考えにくい、戦争なら何かしら情報が出てくる」
「そうですね。それにこの町がこのような状態になるまであまり時間は掛かってないように思われます」
「え? それってつまり、町がここまで壊滅したのは割と最近で、しかも短時間の内に行われたってことなの?」
「そうなりますね。町が壊滅という状況に追い込まれるまで、一日も掛かってないと見るべきでしょう」
ナガレの説明に一様に驚きの表情を見せる。
「でも、こんな酷いことが出来るなんて、一体何者の仕業なのでしょうか?」
その瞳に悲しみを宿らせながらもローザが言う。うると、うむぅ、とフレムが唸り。
「やっぱあれじゃないか? 魔物の大群が押し寄せてきて、あっという間に陥落させたんじゃないか?」
「魔物? でも、ここまで出来る魔物なんて――ハンマの街みたいに変異種が大量に押し寄せるとかでもない限り無理じゃない?」
「だったら変異種が大量に押し寄せたんじゃないのか?」
「あはは、あんなこと、そうしょっちゅうは起きないと思うけどね」
カイルが苦笑しつつ述べる。確かに本来変異種は一体現れることもそう頻繁に起きることではない。それが大量にとなると、件のインキのような特別な力でも持っていない限り難しいだろう。
「……そもそも、魔物の大群が押し寄せたなら、それなりに痕跡が残る。でも、大量の魔物が押し寄せたような跡は見当たらない」
確かに一匹二匹ならともかく、大量の魔物がとなると町に至るまでの間でも足跡などそれ相応の痕跡が残るものだ。しかし確かにそういったものは一行が町に来るまでにも見当たらなかった。
「ですが、フレムの考えはいい線はいっているでしょう」
「え!? 本当ですか先生!」
「はい、あくまで大群で地上から押し寄せたわけではないという話ですが、それなりの何かがやってきた形跡はありますし、ビッチェもそれには気がついているのでは?」
ナガレが尋ねると、その銀色の双眸でナガレと視線をあわせる。
「……さすがナガレ。私と心が通じ合ってる」
「ナガレが鋭いだけよ! 別にビッチェだけ特別ってわけじゃないんだから~」
ピーチの横やりは入ったが、それはそれとして、とあっさり躱すビッチェである。
「……大群とまでいかなくても、それなりの数の何かがやってきたような形跡は残ってる。それは勿論人間ではありえないと思う、ただ――」
「ただの魔物というわけでもなさそう、といったところですね」
一旦言葉を濁すビッチェであったが、ナガレが返答すると、こくりと彼女が頷いた。
「でも、地上からきていないとなると相手はどこからやってきたのですか?」
ローザが首をかしげるが、それは勿論、とフレムが声を発し。
「地上からでないなら空からだろ」
「え? 空から来る魔物って確かに厄介だけど、こういった町ならそれ相応の対策方法は持っているはずだけど――」
ピーチが顎を押さえ考え込み呟いた。確かに空から来る相手というのは最も警戒すべきであり、よほどのことがない限りは対応策を講じているものである。
「ま、まさかドラゴンがやってきたとか?」
「いえ、ドラゴンであればきっともっと判りやすいでしょう」
「……ナガレの言うとおり。それに、ドラゴンはこんな殺し方はしない」
ビッチェの言葉に、全員が一旦口を噤んだ。だが、彼女の言葉に十分な説得力があることは町の状況を見る限り明らかである。
「どちらにしても、もう少し見て回った方がいいでしょう」
「そ、そうね。それに、もしかしたらまだ生存者がいるかもしれないし」
「はい、それは、どうかいてほしいですね……」
願うような瞳でローザは口にし、そして神に祈りを捧げた。
「それにしてもよぉ、あの帝国の連中はどうしてこんな事になってる町に、俺達を向かわせたんだろな?」
更に町の中を見て回りながら、フレムが納得いかないといった表情でいう。
「帝国側が把握してなかったとか?」
「う~ん、確かにナガレも最近までは町も無事だったと言ってるしね」
「いえピーチ、確かにそうはいいましたが、帝国が気づけないほどの近々というわけでもありませんよ」
「え? そうなの?」
目をパチクリさせながらピーチが述べる。ただ、そうなると益々何故? という疑問が湧くことになると思うが。
とにかく、何かしら町を襲った相手の手がかりが掴めないかと町を見て回るが、やはりどこも似たようなものである。
酷い有様であり、少なくともナガレ以外は、これといった手がかりは掴めていない様子だが。
「このあたりはまだ建物は残っているほうね――」
東側の一画についてピーチが言った。確かにこの辺りにはまだ町が無事だった頃の面影が残っている。とはいってもほぼ半壊状態に近い建物ばかりではあるが。
「……ナガレ――」
「ええ、判ってます。ですが少し様子を見ましょう」
すると、ふとビッチェがナガレに囁くように告げてくる。それに返答し、同時に他の皆も警戒心を強めた。
そして――ヒュンッ! という風切音、かと思えばローザ目掛けて一本の矢が迫った。
キャッ! と短い悲鳴を上げるが、するとフレムが飛び出し剣を抜いて見事矢を切り落とした。
「あ、ありがとうフレム」
「ああ、これぐらい当然さ。だけどな――」
フレムはつぶさに周囲を確認し、そして矢を放った何者かに向けて声を荒げた。
「おい! 誰だ! こそこそ隠れていないで出てきやがれ!」
すると、フレムの声に触発されるように、その何者かが姿を見せたわけだが。
「え? あれ、これって――」
カイルが思わず目を見張る。そしてその言葉を引き継ぐように、
「……全員、獣人」
とビッチェが呟いた――




