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第二四四話 それぞれの課題

 ピーチとフレムを相手の手合わせも終わり、続いてビッチェが、自分もやりたいと名乗りを上げ、ナガレとビッチェの対戦が始まった。


 ナガレが、ではどうぞ、と告げると同時に、ビッチェはアバターリベレイションで四体の分体を創り容赦なくチェインスネークソードで攻撃を仕掛ける。


 チェインスネークソードは伸縮自在の剣だ。つまりビッチェはナガレに近づくことなく、鋭い刃で攻撃を仕掛ける事ができる。


 しかも一度分裂した細かい刃の軌道は複雑でそれでいて洗練されていた。

 

 いくらナガレと言えどこれを受け流すのは難しいだろう、と、ナガレを知らぬものなら思いそうなものだが、まったくもって問題がなかった。


 ナガレはフレムやピーチに応じたときと変わらず、迫る刃に軽く手を添え、円の動きで刃を受け流し、仕掛けたビッチェを逆に振り回す。


 勿論現状はビッチェが四人いる形なので、いくら捌こうが次々とビッチェの攻撃は迫る。しかも攻撃パターンも豊富であり、この戦いの中で何千通りものコンビネーションを的確に使い分けている。


 上かと思えは後ろ、正面かと思えば地面からつき上がってくるなど、搦手も含めてそのパターンは豊富だ。


 このあたりは流石Sランクの特級冒険者といったところか。攻撃を読むのにも長けており、ナガレがフレムとピーチに聞かせた方法もほぼできている。


 だが――ビッチェが一〇〇手先を読めば、ナガレが一〇一手先を読み、一〇〇〇手先を読めば一〇〇一手先を読むと、常に一つ先を読むことで相手に、もう少し! と思わせるギリギリの線で流し、捌き、そして返す――結局のところ、ビッチェ以上に豊富な返しの技術を持つナガレには、彼女といえど手も足も出なかった。

 

「……う、うぅ、結局かすりもできなかった悔しい――」


 用意した分体も悉く消滅させられ、結局ビッチェは体力が尽き地面に片膝をつき敗北宣言をした。

 肢体を濡らす汗が何故か妙に艶めかしい。


「いえいえ、かなりのものでしたよ。あの動きはピーチやフレムにもいい刺激になったと思います」

「う、うぅ、確かに悔しいけど――」

「ぐぅ! だ、だけどな! 俺だってすぐに追い抜いて、そして先生に近づけるよう精進するぜ!」

「うん、おいらにもいい刺激になったよ! だってビッチェちゃんのおっぱいが分体も含めてたっぷり楽しめ、ぐふぅ!」


 ビッチェの蹴りがカイルの腹を抉った。それを見ながら額を押さえるローザと目を細め呆れ顔を見せるピーチである。


「お前のそういうところは、ある意味尊敬するぜ」

「うぅ、痛いよフレムっち~」


 お腹を押さえうずくまるカイルに、やれやれといった様子で言葉を投げかけるフレムである。しかし、確かに彼の言うとおり、四人となったビッチェは男には堪らない刺激があることだろう。


 それはそれとして――ビッチェの強さを改めて目の当たりにしたふたりの悔しそうな様子を見るに、確かに発破を掛けるにこの手合わせは有意義だったとも言えるだろう。

 尤も当のビッチェは不満顔だが。


「……でも、結局ナガレは殆どその場から動いていない」


 そういってナガレの脚を見る。そう、ピーチとフレム、そしてビッチェと手合わせを行ったナガレであるが、その軸足はぶれず、芯が一本通ったようにその場から離れることはなかったのである。


「た、確かにそう言われてみれば……」

「それに、ナガレ様の周囲には綺麗な円が描かれてますわ」

「ははっ、凄いよね~つまりナガレっちはこの円の軌道にそった動きだけで三人を相手してたんだから」

「先生は神ですか!? 神なんですね! 神に決まってる! 俺先生になら抱かれてもいいです」

「抱きません」


 感動のあまりとんでもないことを口走らせるフレムだが、ナガレはあっさりと受け流した。当然だがナガレにそんな趣味はない。


「……なら、私が」

「だから、なんでどさくさに紛れてそういうことしようとするのよ!」

「……ナガレが魅力的すぎるのが悪い」

「魅力的な女性にそう言われるのは悪い気がしませんね」

「え!? そ、そんな! 私だって、な、ナガレの事、す、素敵だと、お、思ってるし――」


 顔を紅くさせて気恥ずかしそうに語るピーチ。こういった発言にどこか照れが感じられるのがビッチェとの大きな違いか。


「ありがとうございます。勿論ピーチにもそう言ってもらえるのも嬉しいですし、ピーチも魅力的な女性ですよ」


 笑顔を覗かせたナガレにそう言われ、倒れそうな程に感動し喜ぶピーチであり、くるりと背中を見せて両頬を押さえ、それって、それってぇ~と繰り返す少女である。


「……でも残念。ナガレから一本取れたら一晩独占する権利が手に入ったのに」

「いや! いつそんな約束したのよ!」


 しかしそれでもツッコミは忘れないピーチでもあった。


「ですが、ビッチェのつかう分身技は凄いですね」

「うん、確かにそうだよね。本当ビッチェちゃんみたいなエロティックな女性が増えるってだけでも興奮物だよ!」

「……カイル貴方って――」

「本当、顔はいいのに残念ねあんた……」


 四体に分かれたビッチェを思い出し鼻の下を伸ばすカイルにジト目を向けるピーチとローザである。


「まあ確かに凄いとは思うけどよ。でもあれなら先生にも同じことが出来ていただろう?」

「あ、そういえば確かに――」


 奴隷商人から子どもたちを助けた時のことを思い出すピーチ。確かにあの時ナガレはビッチェのように自分の分体を出していたわけだが。


「……確かにナガレも同じことが出来ていた。しかも私のと違って欠点がない」

「え? ビッチェのあれって欠点があるの?」


 するとビッチェがコクコクと頷き、気づいている? といった目をナガレに向けた。


「そうですね、確かにビッチェのアバターリベレイションは、分かれたぶんだけ均等に生命力が割り振られること、そして分体が行動した際の疲れは全て使用者が受け持つというのが欠点といえば欠点かもしれませんね」

「……流石ナガレ、よくわかっている」

「ですが、欠点に思えることも上手く活用すれば長所にもなりえますね。使い方によっては面白いことができそうですし」


 ふふっ、と微笑を浮かべるナガレ。その様子にビッチェは目をパチクリさせた。


「……本当、ナガレには全て見透かれてそう。その調子で私の奥まで――」

「だからそういうのはいいってば!」


 隙あらば色仕掛けで迫ろうとするビッチェに、何故かピーチの方がタジタジである。


「ところでナガレっちのアレはどうやってるのかな~?」

「あの技ですか?」


 すると興味本位でカイルがナガレに分体の出し方を尋ねる。それに包み隠さず答えるナガレであったが――


「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」

「……もはや人間業じゃないのは確か。でもナガレが人外なのは今更」

「確かに聞いてもよくわからないわね……」

「先生は俺達より遥か高みにいられる御方だ! お、俺達に理解できなくてもそれは仕方ないぜ!」


 一応説明を聞いた一同であったが、どうやら一様に理解しきれなかったようだ。尤も例え理解できたとしても真似できるものでもないが。


「ですが、ピーチであればビッチェに近いことは出来るかもしれませんね」

「え? 私が?」

「はい、尤も分体というよりは魔力で創られたゴーレムに近いものになるかとは思いますが」


 ナガレに言われ、考えを巡らすピーチ。どうやら本格的に実践で使えるか考察し始めたようだ。


 こうして手合わせも終わり、次の日に備え休むこととなったわけだが――ナガレとの手合わせを通じ、フレムやピーチも思うところがあったのだろう。

 

 闇の中で必死に自主練に励む二人の姿がそこにはあった。ナガレはそれを見守りつつも自己の鍛錬にも勤しむ。

 

 それは勿論フレムやピーチだけではなく、ビッチェもそしてカイルやローザも自分なりに考え行動を起こす。


 皆がどこかいつも以上に真剣なのは、やはりここが帝国であるということも大きいのか。これまでは魔物にしてもそこまで苦にする相手とは遭遇していないが、今後は判らない。


 だからこそ何れ来るべき時に備えて、それぞれ準備に余念がないといったところか――


 こうして夜が明け、更に目的までの道程を進む一行であったのだが。


「げへへへへへっ」

「こんな道に鴨がいるとは俺達もラッキーだぜぇ」

「おいてめぇら、痛い目にあいたくなかったら金目のものと女を置いてきな。まあ、抵抗しても差し出しても野郎は殺すけどな」


 ぎゃはははははっ、といかにもといった盗賊たちが下品な笑い声を上げる。


 ナガレ達が途中で休憩している時に出てきた連中である。その数は一六、そして盗賊としてはそこそこの装備でもあるが。


「はぁ~もうこれで何度目かしら?」

「そうですね、帝国に入ってからはこれで二〇度目になります」

「う~んナガレっちてば冷静!」

「ですが、本当に盗賊が多いですね帝国は」

「それだけ馬鹿が多いってことなんだろ。全く少しは自分の力量を考えてやってこいってんだ」

「……面倒、殺す」


 ナガレは終始落ち着いた様子を見せているが、他の面々は辟易と言った様子をあからさまにみせていた。

 

 別に相手を舐めているわけでもないが、ナガレに言われた事を肝に銘じ、相手をよく見たり雰囲気や空気を感じ取ったり、そんなことを繰り返している内に力の差が歴然となる相手はもう確実に判ってしまうのである。


「おいビッチェ! 何ちゃっかりやろうとしてるんだよ」

「そうよ、順番でいったら次は私じゃない!」

「あ、先輩それはないっすよ! 次は俺ですって!」


 だが――どんな相手でもやはり戦闘は自分がやりたいと張り合って譲らない三人でもあった。

 これまでの経緯から全員が相手するに値するレベルの相手がいなかった為、盗賊相手の場合、相手がいくらいようが個々で相手するのが当然となっていたりもする。ただ、ローザは戦闘メインではないのでここでは参加せず、カイルもこれに関しては積極的ではないので、大体はこの三人で誰がやるかで争うことになるのだが。


「揉めたときはじゃんけんですね」


 すると、ナガレが一つ提案をし、結局三人はじゃんけんをして誰が出るかを決めることになったわけだが――


「じゃあいくわよ。じゃんけ――」

「ちょっと待て先輩、ナガレ式では最初は合気だろ?」

「いえ、それは別にナガレ式というわけではありませんよフレム」

「……ナガレで逝く決まり」

「ビッチェも色々と間違ってますが……」


 ビッチェに関しては確実にわざとな気もしないでもないが、とにかくじゃんけんはナガレのツッコミを他所にナガレ式でやることに決まってしまった。


『最初は合気! じゃんけん――』


「頭、俺たちもしかしてなめられてませんか?」

「くっ、こいつら――」


 そして、盗賊などまるで眼中にないようにじゃんけんに熱くなってる三人を睨みながら、拳をプルプルと震わせる頭なのであった。

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