第二四三話 帝国にて
馬車に揺られ、いよいよマーベル帝国国境の砦に突入した一行であったが、アクドルクが言っていたように、帝国への入国手続きは拍子抜けするほど簡単に済んでしまった。
荷物検査なども精々街で受けるような程度のもので済み、しかも特にお目付け役がつくようなこともない。
ただ、馬車に関しては通すことが出来ない点。帝国内では目立たないように動いて欲しいという点。
そして――カチュアの捜索と奴隷に関する情報を集めるために、先ずはビストクライムに向かうようにという指示があったぐらいだ。
どうやらそこに帝国の裏事情に詳しい情報屋がいるので、先ず当たってみるといいだろうとのことである。
そして一同へ帝国の地図を見せ大体の道筋も教えてはくれた。位置としては砦から山を下り、一般冒険者の脚で東に徒歩で三日の距離である。
「帝国内ではあんたらの自由に動いていい。ただし自己責任でな」
砦を出る時、砦を守る騎士団長がそういってナガレ達を見送った。
これは一見するとナガレ一行に好きにしていいと言っているようでもあるが、実際はあくまで自己責任、つまりここから先は何が起ころうと帝国は一切の責任は負わないぞ、と暗に忠告しているのである。
つまり例え途中で野垂れ死のうが、何かの危険に見舞われて命の危機に陥ろうが、帝国側は一切関与しないということでもある。
帝国からしてみれば、国境の砦を抜けることと最初の道筋までは示してやったのだから、そこから先は自分たちでなんとかしろということなのだろう。
これは自由を与えているように思えて、実際はかなり不自由を強いられているとも言えるだろう。
「なんだ、自由にしていいだなんて、帝国もなかなか話がわかるもんだな」
「……はあ、フレムはそれ本気で言ってるの?」
砦を後にし騎士たちがこちらを見続けている中、山を下る一行だが、その途中で一人頷きながら語るフレムに、ピーチが呆れた顔を見せる。
「……単細胞は気楽でいい」
「はあ!? な、なんなんだよそれ、俺が何か間違ったこと言ってるのかよ?」
拳を握り抗議の声を上げるフレムであったが、その姿にカイルもローザも苦笑いである。
どうやらこの中で、相手の言葉の真意を掴めていなかったのはフレムだけのようだ。
とは言え――本来であればかなり条件がわるそうなこの任務。しかしナガレに掛かればこの程度、道に転がる石ころにも満たない些細なことである。
実際砦の団長があのように言うだけあって、山下りからしても襲ってくる魔物や山賊は多かったのだが――それもナガレ一行に掛かれば何の問題にもならず、あっさりと打ち倒しながら先を急ぐ。
そのおかげもあってか、その日の夜には道程の半分を進むことができた。
尤もこれでもナガレの移動速度で考えると遅く感じられるものでもあるのだが――だが、今回はチームで動いているということもあり、ペースは全体に合わせている(尤もローザに関しては仲間のサポートもあるが)。
その日の夜は野宿となる。と、言うよりは帝国内では基本野宿しか選択肢がない。国境の砦で言われたように帝国側はこれより先ナガレ達の行動に自由は与えるが責任は持てないと言った。
その為、下手に街や村には立ち寄れないというのが全員で考えた結果だ。帝国は王国に比べると街にしても村にしても閉塞的だ。
帝国内の人間が他の町や村へ移動するだけでも苦労する程なのである。
そのような状況でバール王国側の人間であるナガレ一行が町や村に立ち寄るのは余計なトラブルを生む可能性の方が高い。
故に、とりあえず示された目的地へ向かうまでは余計な場所には立ち寄らず野宿で過ごす事となる。
「う~ん、やっぱりナガレの料理は美味しい!」
夕食の料理当番はナガレが務めた。勿論食材は現地調達となったが、料理を温めたり調理する道具などは石なども利用し合気で簡単な物を作り、そして合気による体温調整で熱を起こし料理に活かす。
こうして出来たナガレの料理は相変わらず絶品な模様で、やはり全員が舌鼓を打った。
「う~ん、野宿なのにナガレがいるだけで豪華よね~う~ん幸せ~」
「ピーチは本当に食事のときは幸せそうですね~」
頬に手を当て、とろけたような笑顔を見せるピーチ。その様子を微笑ましそうに眺めているローザである。
「……でもナガレの料理は絶品。都の料理人でもここまでのはいない。高級料理店も真っ青」
「あはっ、ビッチェちゃんも凄いべた褒めだね~でも判る気がするよ~」
もぐもぐと咀嚼し味わい、ナガレを褒め称えるビッチェ。そしてカイルも同意する。調達した材料の中にはカイルの弓で仕留められたものもあるが、これだけ美味しく調理されるなら獲った甲斐があったよ~とはカイルの言葉だ。
「う~ん、う~ん――」
そんな中、一人唸りながら腕を振ったり翳したりしているフレムである。
その様子をナガレ以外が不思議そうな目で見ている。
「あんた何してるの?」
「いや、先生みたいに俺も出来ないかなって……」
「ナガレっちみたいって、もしかして体温を上げたりする方法?」
「え? フレムも料理に活かしたいのですか?」
こてんっと首を傾げ質問するローザに、ちげーよ! と返し。
「いや、何か戦闘に役立てられないかなと思ってよ」
「……ナガレの技、そう簡単に会得出来るものじゃない」
「う、判ってるけど、でもよ、なんか腕が熱くなってる気がするんだよ。だから、もうちょっとでコツが掴めそうな」
「――ふむ、なるほど」
するとナガレがフレムの腕を取り、何かを察したように頷く。
「確かに、熱を持たせるのは上手くいっているようですね」
「ほ、本当ですか先生!」
「はい。後はそうですね、それを活かすのであれば、双剣と組み合わせてみるのがいいかもしれません」
「な、なるほど。流石先生だ! ありがとうございます!」
ナガレの助言に感謝するフレムである。そして改めてナガレの料理を、先生これ美味しいです! 流石先生です! と感動の涙さえ流すほどであった。
そして食後――ナガレはピーチとフレムの手合わせを行う。
「いきます先生!」
「いくわよナガレ!」
「はい、どこからでもどうぞ」
ナガレの声にあわせるように、フレムとピーチが迫る。二対一という状況にありながらナガレには余裕が感じられるが、フレムとピーチは本気である。
魔力を乗せた杖がナガレに迫る、フレムの双剣が風を切りナガレを捉えに掛かる。
だが両者の攻撃とも全てナガレの手によって受け流され、くるくるとその場で回り続ける人形のような様相に。
「うぅ、ならこれで!」
「せ、せめて一発ぐらい!」
「左、脇狙い、右、脚狙い」
「え?」
フレムが動き出したその時、ナガレがそれを口にし、かと思えばナガレの言葉通りの攻撃が迫る。
とうぜん、あっさりとナガレはフレムの双剣ごと受け流し、身体を入れ替えフレムが後方へと突き飛ばされる。
すると今度はピーチが迫るが、
「鉄球、フェイント、本命は真下から」
「ええぇえええぇええ!?」
とナガレが言ったように魔力で創られた鉄球はナガレの目の前で消失した。
それとほぼ同時に見を低くして潜り込んでいたピーチをナガレは見下ろし、片手を軽く振り下ろしピーチに叩きつける。
これによってバランスを崩したピーチは頭から後方へ滑り込んでいった。
「フレム、右切り上げ、回り込み背中、ピーチ、腹中突き、回転、側頭打――」
それからもふたりの攻撃は全て繰り出そうとした瞬間には口にされ、ことごとく受け流されてしまう。
こうしてナガレとの手合わせが終わった後は、ピーチもフレムもすっかり息が上がり、地面に大の字になって倒れ込んでしまっていた。
「……ふたりとも情けない」
「う、うるせぇよ――」
呆れたようにビッチェに言われ、なんとか声を張り上げるフレム。しかしそれ以上の言葉は出てこないようだ。
「うぅ、それにしても、なんでナガレってば私達が打つ前に攻撃がわかるの?」
「そうですね、よく見て、よく聴き、そしてよく感じる。五感を研ぎ澄ませることで息遣いから細かい筋肉の動き、目の動きや抜け毛、微妙な空気の変化までそういったものを読み解くことで相手の次の攻撃が手に取るように判るようになる、そういったところでしょうか」
「な、なんかあっさり言ってるけど凄いことな気がするよ! 流石ナガレっち!」
「ぬ、抜け毛まで気にするなんて!」
「……流石ナガレ。私も毛の処理はしっかりしないと」
「いや、何を気にしてるのよ……」
疲れながらもツッコミを忘れないピーチである。
「でも、そこまで到達するのは、やはり先生を追いかけるのには途方もない時間が掛かるのですね……」
「いえ、フレム今のはそこまで難しく考える必要はありません。勿論一朝一夕で出来るものでもありませんが、ですが攻めるにしても守るにしてもそこには必ずパターンがありますから、まずはそれをどの程度読めるかでしょうね。それが読めるようになれば後は応用で一〇手先、五〇手先と相手の動きを読めるようにもなっていけるでしょう」
「ぱ、パターンですか?」
「はい、そうですね、例えば一つの行動をターンとして見た場合、ピーチのターン毎の平均攻撃パターンは五六、フレムで七八です」
ナガレの指摘を受け目を丸くさせるふたりである。
「そ、そんなことも判るのね」
「でも、俺のほうが先輩より攻撃パターンが多いんだな!」
得意がるフレムに腕を組みジト目を向けるピーチである。その表情は少し悔しそうだ。
「フレムは双剣な分、攻撃パターンは多いですね。ですがふたりにもまだまだ伸び代はありますから、更に精進を詰めば攻撃の選択肢は更に増えていくでしょう」
「そ、そうか、うん、私頑張る!」
「俺も、先生の期待に答えるよう頑張ります!」
張り切るふたりは、手合わせの疲れもどこかにふっとんだかのようにも思えた――




