第二十四話 合格
「全く、女にお尻を叩かれるなんてほんと屈辱的だわん」
試験が終わり、己の臀部を擦りながらゲイが不機嫌そうに述べる。
その姿にピーチの顔色が蒼白した。
「お、おしりは不味かった? で、でも身長的に……」
どうやら機嫌を損ねたばかりに、試験の合否に関わるのではと思っているようだ。
「大丈夫ですよ、彼はそういった判断に私情を挟むようなことはしませんよ」
試験の結果を待つピーチの横に並びナガレが言った。
その言葉で、ホッ、とピーチが安堵の表情を浮かべる。
「で? どうなのゲイ。ピーチの昇格は?」
「……そうね、正直魔法だけならとても褒められたものじゃなかったけど――」
ゲイの話を耳にし、ピーチががっくりと肩を落とす。
だが――
「……でも、最後の杖で攻撃というのには可能性を感じたわん。全く、魔法がメインの魔術師がよりにもよって杖なんかを武器になんてねぇ。でも何か面白いしねぇ、だから今回は――合格よん」
ゲイからそれを通達されるまで、俯き気味だったピーチだが、彼の合格発言によって、ガバッ! と顔を上げ。
「え? ご、合格?」
目を白黒させて問いなおすように口にした。
「そうよん、良かったわねん。パーティーのナガレちゃんと一緒にBランク昇格よん」
改めて宣言された昇格の言葉で、やったーーーー! とぴょんぴょん飛び跳ね、遂にはナガレに飛びつき抱きついた。
「やったわナガレーーーー!」
「良かったですねピーチ」
孫を相手するように優しく頭を撫でるナガレ。
その横では、ジト目のマリーンがどことなく不機嫌そうだ。
「よ、良かったわねピーチ。でもちょっとはしゃぎ過ぎじゃないかしら~?」
え? と顔を離し、自分が何をしているかに気が付いたのか、キャッ! と可愛らしい悲鳴を上げてピーチが飛びのく。
「ご、ごめんナガレ、つい嬉しくて」
照れくさそうに頬を掻きながらそんな事をいうピーチだが。
「大丈夫ですよ。それに女性に抱きつかれて嬉しくない男はいないですからね」
ナガレのこの発言で、再び頬を染めるピーチである。
「全く、あたしだって許されるならナガレちゃんに抱きついてキスのひとつでもしたいわよん」
あっはっは、と笑って誤魔化すナガレである。
「……ところでちょっといいん?」
ふと、ゲイがナガレを手招きした。
それに、どうしたの? と尋ねるマリーンだが。
「いやね、野暮なこときかないの」
そんな事をいいつつ、ゲイはナガレと、女性ふたりには聞こえない位置に場所を移した。
「どうかされましたか?」
「うふん、デートのお誘いよん」
「それは……そうですね、ご期待には添えられないかと思います」
笑顔はたやさず、しかししっかり断りを入れるナガレ。
それに、連れないわねん、と返しつつも。
「まぁ本題は別よん。貴方に確認しておきたい事があってねん」
「確認ですか?」
「そうよん。ねぇ貴方、もしかして最初から全てこうする気だったのん?」
「……と言うと?」
表情を変えず問い返す。
「……正直あたしねぇ、あのピーチって娘を貴方の後にしたのは失敗だと思ってたのよ。だって、多分あの子に限ったことじゃないけど、ナガレちゃんとやりあった後じゃ、どんな相手でも霞んで見えるわん。私情を挟むつもりはないけど、それでもどうしても採点は厳しくなっちゃうわよねん」
なるほど、とナガレは得心を示す。
「実際あの娘、魔法だけでみればその実力は凡庸なものでしかないわん。確かに魔法が使えるだけで凄いとも言えるけど、正直Bランクともなればあれぐらい、息を吐くように使いこなすもので溢れてるわん」
そうですか、と顎を引くナガレ。その姿と、そして双眸をゲイはじっと見つめた。
「だけどね、杖を使って殴ってきたのには私も驚いたわん。今まで杖を武器として使おうなんて考えるものはいなかったもの」
「だからこそ、ピーチの将来性を感じとって頂けたのですよね?」
ニコリと笑みをゲイにぶつける。その顔に彼の厳つい顔が若干朱色に染まるが。
「そこよ、あの杖での戦法、確かに面白かったけど、もしあれが貴方との戦いの前だったら、奇抜な事をする娘程度の認識でとても合格を言い渡すことは出来なかったわん」
更に続くゲイの言い分をナガレは黙って聞き続ける。
「つまりあの娘、ピーチが合格出来たのも前もってナガレちゃん、貴方と戦いその実力を知ったからよん。勿論それはただ強いという意味じゃないわん。あたしもはっきり感じたもの、あなたの言った事を参考にするだけで明らかに動きが良くなったわん。だからこそ判ったの、あの杖での戦い方――教えたのはナガレちゃんよね?」
問いかけるゲイに対し瞑目し、否定はいたしません、とナガレは返した。
そしてすっと瞼を開くと、得心がいったように笑みを零すゲイの姿。
「やっぱりね。だから、あたしはあなたとパーティーを組んでるなら、まだまだあの娘にも伸び代があると思ったのよ」
「……そうですか。ただ、少々買い被り過ぎな気もしますけどね」
「うふん、あたしだってあなたに負けないぐらい見る目は持ち合わせてるつもりよん。でも良かった、やっぱりあたしの予想はあたってたわん」
「……こちらもありがとうございます。それをわざわざピーチに聞こえない位置で確認したのは、彼女に気を遣ってですよね?」
「……ふふっ、男姫としてはナガレちゃんとパーティー組むなんて嫉妬しちゃうけど、冒険者としてならふたりの事は応援したいしね」
そういってにっこりと微笑むゲイに、改めて頭を下げ、そしてふたりはマリーンとピーチの下へ戻っていった。
「ふたりで一体何を話していたの?」
「あらん、男と女の睦言を聞くものじゃないわよん」
え!? とピーチが驚き戦いた。
「どうせゲイの方から一方的に口説いていたんでしょ? 本当懲りないわね」
「あらバレバレかしらん? でも残念、女としては振られちゃったわん」
そんな返しをするゲイを見て、ピーチがほっと胸をなでおろした。
ナガレがノーマルで良かったと安堵しているのだろう。
「さてっと、じゃああたしはギルド長に試験の事を報告してくるわん。結果はすぐに反映されると思うから、受付で待っててねん」
そういって一足早く階段を駆け上がるゲイに頭を下げつつ、三人は最終的な結果を待つべく受付に向かうのだった――




