第二四〇話 待機組、飯を食う
第二三八話から続いている話です。
一行は宿につき、獣人の血などで汚れた服を着替え食堂へ向かった。
「全く、獣人を殺ると服が汚れるのが嫌よね。本当あいつら糞みたいな匂いするから」
そんなことをぼやきながら食堂に入るエイコと、他の面々であったが。
「おっそいわね! もう! こっちはお腹すかせて待ってたのよ!」
食堂に顔を見せてそうそう、百貫 妙子が文句を言ってきた。
彼女は普段は温厚だが食事のこととなると口うるさい。
勿論それだけによく食べ、体型もまさに百貫の名に恥じぬものとなっている。
「だ~から~タイコも、先に食べてれば良かったじゃん」
すると彼女の横から佐藤 女紅が口を挟んだ。
「まあ、タイコは食事は全員で食べたほうが片付けも楽だって聞かないからな」
そしてもう一人、同じく名字が佐藤の佐藤 一が声を発す。眼鏡を掛けた頭が良さそうな雰囲気を醸し出している少年で、実際に学校の成績も常に上位の秀才であった。
「佐藤コンビはいつも一緒だよな」
「コンビ言うな!」
「そうそう、私たちはカップルだし~」
「ば、馬鹿くっつくなって」
佐藤のメグの方がハジメに肩を寄せ、笑顔を見せる。このふたりは町についてからいつの間にか付き合うようになったふたりである。お互い名字が同じと言うだけでなく馬もあったらしい。
「さあ、全員席についたなら食事にしましょう。本当お腹ペコペコなんだから」
タイコに促され食事を始める一同であったが、しかしすぐにタロウがタイコの料理だけ何かが違うことに気がついた。
「タイコのだけどうして肉が多いんだよ?」
「本当だ、しかもなんか変わった肉っぽいけどな」
タロウとタイチのツッコミに、ふん、とタイコは鼻を鳴らし、
「いいのよ。これは自分で捌いて持ってきた分なんだから」
と得意気に語る。
「捌いたって牛とか豚とか?」
エイコが不思議そうに尋ねる。確かにこの町では牛や豚を扱ってる農民も多いが、どこか違和感を覚えたようだ。
「牛は近いわね」
「近い?」
「そう、とくにこれがね牛女の乳房の部分で脂肪が乗っていて美味しいのよ。それに普通の牛より柔らかいし、特にこれは小屋の中でも大きい胸のを選んで捌いたからね」
そう言いながらもぐもぐと乳房なる部位を口に運んでいく。
「ちょ、ちょっと待て! タイコ、お前それ、まさか獣人の肉か?」
「うん? そうだけど?」
「そ、そうだけどって、しかも小屋ってやり小屋の獣人かよ!」
「そりゃそうよ。雌の方がお肉が柔なくて美味しそうだったし。でも解体が結構たいへんでね。牛と違って暴れるしギャーギャー喚くし。上手く捌けるようになるまで結構な数処分しちゃったわよ」
流石にこれには全員がドン引きしているようでもあった。
「何? どうしたの?」
「……貴方、良くそれ食べようと思ったわね」
「何いってんのよ。ほら、ハジメが良く読んでるって言ってたWeb小説でもオークやミノタウロスの肉を食べてるじゃない。あれと何が違うってのよ?」
「いや、それにしたって、お前やり小屋のだろ?」
「洗えば大丈夫よそんなの」
そういいながらパクパク口に運んでいくタイコである。
「……胸の大きな牛の獣人って、俺もしかしたらやったことあるかも……」
「お前それって間接キスというか、間接ふ――」
「ちょ! やめてよもう! 食事中よ!」
「うぅ、食欲がなくなるよ~」
ハジメが何かを言いかけたが、女性陣の非難に会い、その発言は途中で取り消された。
「ま、あたしは食べられるものは何でも食べるがモットーだからね」
「食いしん坊もここまでくると尊敬するわね」
メグが肩を竦めると、他の皆も同意した。
「ま、食べるか食べないかは別として、殺してるという点ではお前らも一緒だろ?」
「は? 何他人事みたいに言ってるんだよ? ハジメにメグ、どうせお前らだって狩りとか言って獣人をやってきたんだろ?」
「俺達はいざという時に身を守れるようにさ」
「そんなこと言ってハジメってばノリノリだった癖に」
「お前もだろ? 俺のボルトで動けなくなった獣人を、嬉しそうにいたぶってた癖に」
「私はこうみえても看護師目指していたからね。その為にも色々弄って練習してただけだよ~」
「……看護師になるにはメグはケバすぎると思うけど――」
あ、ひっど~い、とウルミを睨めつけるメグである。ただ、確かに化粧が濃い目にも感じられるメグだが、正直看護師という夢があったならケバいとかいう以前の問題とも思われる。
「でも改めて考えると、アケチのやり方は正しかったんだろうな」
「……アケチ『様』をつけなさい」
「え? いや、こういうところでそこまで」
しかし普段は悲しそうな目をしているウルミに怖い顔で睨まれてしまい、口にしたタイチも萎縮してしまう。
「ウルミはこの中だと特にアケチ様ラブって感じだしね」
「当然。それにアケチ様がいたからこそ私たちは安全で快適に過ごせている」
「まあ、この町でのんびり待っていればいいんだもんな」
「そうそう。でさ、この町ってまさに俺達のクラスに近いというかさ、獣人みてるとそう思うんだよ。俺達のクラスも生贄がいたからこそ、平和だったわけじゃん?」
改めてタイチがそう述べると、全員がなるほどと頷いて見せた。
「当然ね。アケチ様のお考えに間違いなんてないわ」
「まあ、確かにね。はっきりとした虐める対象がいたから、ストレスも発散できたものね」
「で、でもここの皆はサトルには直接手を出してはいないよね」
ウルミとエイコがかつての学校での有り様を思い出すようにしながら語りだす。
ただ、ハルナはサトルに関してはそう主張するが。
「まあな。だってあいつはほら、陸海空とか、あと女子でも存在感の強いのがメインで虐めてたからな。あの中には中々俺達も入っていけないぜ」
「まあ、私はそもそもあんな屑に興味すらなかったけどね~」
「な~に、言ってんだか」
「メグはハジメと一緒になって、あいつが捕まった後、ネットでめちゃめちゃ書き込んでたじゃん」
タロウとエイコがそう言うと、それぐらいいいじゃん、とメグは悪びれもなく言い返す。
「だってあいつキモいのは確かだし、家で家族とやりまくってそうじゃん。だから私の配信は正しいの」
「ま、他にも捏造記事書きまくったけどな」
「お~っと、本当ハジメは澄ました顔して鬼畜だよな」
「俺は頭で勝負するタイプだからな。そんな直接手なんて出さないさ」
ハジメが言うように、彼は事件の前からサトルに関して裏掲示板などにも書きまくっていた。その結果他のクラスの生徒もサトルに関わらうとするものはおらず、他にも色々と影響が出ていたわけだが。
「でも、あの事件のことってネットでも反応がまちまちだったのよね。中には全く知らない、何それ? みたいなことを書いてくる人もいたし」
「ああ、俺もそれは感じたな。噂だと思っていたけど、実際にあの話は本当だったのかもしれない」
「何それ? どういうこと?」
「あいつの事件は関東の一部でしか報道されてないって話さ。学校側があまりに話を大きくしてイメージが悪くなるのを避けるためにアケチ様にお願いして、報道規制をかけたとか、そんな話だな」
「マジかよ。明智家どんだけ顔が利くんだよ」
ハジメの話を聞き、タロウとタイチが目を丸くさせる。確かにそれが本当ならかなりの影響力を持つ一家だと言えるだろ。
「でも、それならどうして関東の一部だけは許可したんだろうね?」
「さあ? でも良かったわよ。少なくともあの屑の近所の人たちには事件のことが知れ渡ったわけだし」
「ま、それはハジメのネットでの書き込みの影響も大きかったんだろうけどな」
「そうそう、ハジメも良くやってくれたわよ。おかげであの屑の家族も白い目で見られるわ、誹謗中傷の電話が鳴り止まないわ、石を投げられたり嫌がらせを受けたりして最後はそろって命を絶ったんでしょ?」
「あはは、い~気味~」
エイコが手を叩いて悦び、他の皆も愉しそうな笑い声を上げる。
「あ~でも、あいつ屑の癖に妹と母親は美人だったよな」
「あ~それは思ったわ。全く、どうせなら死ぬ前に俺もやっとけばよかったぜ、あの妹」
「何あんた、もしかしてあのゴミの妹に惚れたの?」
「ば~か、ちげーよ。ここの獣人の雌と同じ意味でやっときゃよかったなって話だ」
「あ~それなら俺あの屑の母親でもいいわ」
「母親って、中古みたいなもんだろ」
「だからさ、可哀想だからお情けで俺が一発ぐらいやってやってもいいって話だよ。あ、勿論終わったら廃棄処分だけどな」
「何それウケる~」
何が面白いのか、ゲラゲラと笑いあげる待機組である。ただ一人その横でもぐもぐと食事を続けるタイコに、どこか呆れた様子でメグが言う。
「あんたは本当に食事に夢中ね」
「あたしからしたらサトルなんてゲテモノのことより、食事の方が大事よ」
「そんなこといいながらも、貴方だって残飯をサトルを虐める材料として提供していたじゃない」
くすくすと笑いながらエイコが暴露する。しかしタイコにそれを否定する様子はない。
「あたりまえでしょ。あのバカが殴られたり蹴られたりするから、あたしが食事とってても埃がまって辟易してたんだから。全くあの汚物のせいで食事もまともに喉を通らなかったわよ」
「いや、お前普通におにぎり二〇個とか食べてただろ」
「二〇個しか食べられなかったのよ」
平然と言いのける。しかしこのタイコ、自分が提供した残飯を陸海空達が無理やり食べさせている様子を見ながら、美味しそうに菓子を間食していたりもしたわけだが。
「ま、なんだかんだでサトルも向こうじゃ死刑なわけだしな」
「本当清々するわね」
「あぁいう屑を死刑に出来る力があるのが、アケチ様の素晴らしいところなのよ」
「うん、そうだね。それにこれで簡単に出てきて逆恨みで復讐とかされたら嫌だしね……」
ハルナがそう言って苦笑する。だが、ハジメが眼鏡をクイッと押し上げ。
「いや、わからないぞ。意外とサトルも実はこの世界にやってきていて、手に入れたチート能力で復讐の機会を狙っているかもしれない」
わりと真剣な表情でそんな事を述べた。その瞬間、し~ん、と静寂が食事の席に漂うが――
「ぷっ、あはははは、ありえねぇ~~~~!」
「お前それWeb小説の読み過ぎだって! いじめられっ子が復讐ってテンプレすぎだろ」
ゲラゲラと笑いあげるタロウとタイチ、それに女子もくすくすと嘲笑にちかい笑い声を上げ。
「それにあの屑はどっちかというと、チートもらったいじめられっ子が勘違いして調子に乗っちゃって……」
「あっさりと雑魚にやられたり、主人公の、そうアケチ様のような真の勇者にズタボロにされる役回りね」
「間違いないわね。あんなやつにまともなチートが手に入ると思わないし」
「そもそもあのゴミじゃチートもらったって使いこなせねぇっての。もし本当にやってきたとしても俺があっさりとぶっ殺して地獄に送ってやるよ!」
「ああ、その時は俺が協力するぜ。両腕切り落としてから、そうだな獣人の雄にでも相手させるか!」
「なら、それを録画してからネットに上げるとするか」
「嫌だハジメってば、この世界にネットはないわよ」
そしてまたゲラゲラと下品な笑い声を上げる待機組。こうして暫く彼らの談笑は続いた。
だが、彼らはまだ知らなかった――破滅の足音がもうすぐそこまで迫っていたことを……。




