第二三八話 陥落前のとある町のお話
サトル側の待機組の話です。
町が落とされる前の彼らや町の様子を書いてます。
この話も含めて痛ましい描写が含まれておりますのでご注意下さい。
帝国で唯一領地を任されし女辺境伯カチュア。その彼女が治めるフィーニス領の一画に存在するビストクライムの町。
そこは人間達が穏やかに暮らす町であり、近隣にも凶悪な魔物も少ないため、帝国内でも比較的安全な町として知られている。
その上で、外壁にも囲まれ、防衛力も高いため、異世界から召喚された勇者の仲間が身を置くには丁度いい町としても選ばれた。
そう、ここにはステータス的にも戦闘には向かないとされたアケチのクラスメート、山田 太郎、田中 太一、佐藤 一、咲本 春菜、佐藤 女紅、百貫 妙子、森下 潤美、鈴木 栄子の八名、待機組とされる少年少女達が滞在していた。
そして、帝国からすればとりあえずはこの八人も大事な客人扱いなので、腕に覚えのある騎士や兵士も護衛としてついてきており、彼らも町の外に目を光らせていることから、この町の防衛もより盤石なものとなっていた。
ビストクライムは、彼らにとっても過ごしやすい町であった。住人も多すぎず少なすぎず、彼らの安全を考えて選ばれたとあって、少なくともやってきた彼らに敵意を持つものもいない。
食べるものも物凄く旨いとまではいかないまでも、十分食べられる味である。
ただ、それでも彼らはもともとは娯楽の多い日本で暮らしていた身。当然暫く過ごし続ければ家が恋しくなったり、暇を弄んだりと不満が出ることになる、とそう思われていたが――
しかしこの町のある意味娯楽とも言える制度は、彼らを飽きさせず町に留めさせるに十分たるものであった。
◇◆◇
「キャッ――!」
一本の矢が、獲物の腕を貫いた。あまりの痛みにその顔は苦痛に歪み、そして地面に倒れ込む。
悲しげに苦しげに、鳴き声を上げるそれをみながら、やったヒットよ! と鈴木 栄子が笑顔を見せた。
「流石ですね。戦闘に向かないとされながら、今ではすっかり弓にも慣れたようで」
「ふふっ、ありがとう。フレデリックの教えが良いからよ」
そういって流し目を送るエイコである。彼らが滞在するフィーニス領は、領主であるカチュア辺境伯の影響で本来は女性の方が立場が強く、騎士の多くも女性だ。
フィーニス領のヴァルキリー騎士団といえば、女性だけで編成された騎士と兵士の集まりにも関わらず、下手な領地の騎士団より勇ましいと評判になるほどである。
だが――彼、フレデリックに関しては帝都から護衛として付き従っている帝国軍の騎士である。故にフィーニス領の管理下には置かれず、立場的にも遥かに上だ。
それでいて剣や弓の腕も立ち、金髪碧眼の色男でもある。その為か特にエイコにとって彼はお気に入りであり、弓の鍛錬も彼の指導の元、一生懸命こなしたのである。
そしてその甲斐あってか、こうして逃げ回る獣人にも矢を当てられるまでに成長した。
「それにしても、そんなところでずっと蹲っていられても楽しくないわね」
服すら着ることを許されず、奴隷の首輪を嵌められた獣人に冷たい視線を送りながらエイコが言う。
するとフレデリックがもう一人の首輪に繋がれた少年を獣人に見えるように突き出した。首輪には鎖が繋がれている。
「そ、そんな、弟を、弟に何するの?」
「お前次第だな。エイコ様は狩りを楽しみたいと申されておるのだ。にも関わらずそんなところで蹲られていては、人形を相手するのと変わらないであろう? それでも動かないと言うなら、この薄汚い獣に変わりをさせるまで」
「や、やります! 僕が代わりをします! だからこれ以上お姉ちゃんを――」
怪我を負った姉を見せられ、鎖につながれた弟が懇願するが、黙れ、と恫喝するようにフレデリックが告げつつ鎖を引くと、首輪が締まり少年が苦しそうにもがき始める。とどうじにその身がピクンピクンと跳ねた。奴隷の首輪の効果で逆らうと激痛が身体を駆け巡るようになっている。
その為、鎖などなくても本来は逃げ出す心配などないのだが、どうやら痛みと同時に首が締まり苦しむ姿を見たいがために付けてるようだ。
「ほら、早く逃げろ。でないとこいつの首を刎ね飛ばすぞ」
汚物を見るような視線を向け、フレデリックが命じると、うぅ、と呻きつつも狼の耳と尻尾を生やした少女が駆け始める。
「流石はフレデリックです! さぁ、第二ラウンドの開始ですよ!」
それからエイコは逃げ惑う獣人の足を肩を、目を、次々と射抜いていく。狩りを行っている間のその表情は高揚感に包まれており、罪悪感などさっぱり感じられない。
そして――
「ふむ、この獣はもう駄目ですね。事切れてます」
「え~残念。でも、結構楽しめたからいいかな」
「う、うわ、うわぁああぁあああ! お姉ちゃん! お姉ちゃ~~~~ん! どうしてー! どうして――あ"……」
エイコの手で弄ばれ、それでも弟を助けるために必死に抗い続けた姉の無残な最後に、弟の獣人が慟哭する。
だが、その声がうざったいと言わんばかりに、エイコはフレデリックに、殺っちゃって、と無慈悲な言葉を告げ、その瞬間少年の頭が宙を舞った。
「ふむ、しかし狩りはもう良かったのですか?」
「うん、もういいの。だって、狩りをしていたらもう疼いちゃって仕方ないんだもの。ね? いいでしょフレデリック?」
「いや、しかしそろそろ戻らないと日が落ちてしまいますよ?」
「大丈夫よ。ほら、また太陽は上にあるんだし、ね? だから、貴方の槍で思いっきり――」
そういいながら鎧の下の方へ手を伸ばすエイコ。それに、やれやれ、と嘆息しつつ。
「私は槍より剣の方が得意なんですがね」
「もう、意地悪言わないで」
そのまま死体を置き去りに森の奥へとしけこむふたりである。護衛の役目を担うフレデリックは仕方がないな、といった表情ではあるが、しかし役得とも言えるか。
このエイコという女は、そこまで見目が良いというわけではないが、かといって醜女というわけでもない。容姿でいえば普通より少し上ぐらいか。だが、胸はそこそこありスタイルは悪くはない。
正直、一応は召喚した異世界人の一人であり、帝国側からすれば今はまだ大切な客人の一人だ。それを誑かすような真似をしたなら、フレデリックとてただではすまないが――今回に関して言えば最初に誘うような言葉を発してきたのはエイコの方である。
だから、彼からしてみれば正直僥倖なのである。こういった任務を受けていては中々そっちの処理にこまることも多いので、向こうから誘ってくるのであれば願ってもないことだ。
尤も、相手さえ選ばなければ別に彼女でなくても方法はあるが、しかしやはり生粋の帝国人である彼は家畜に手を出す気にはなれないのである。
そんなわけで、フレデリックはエイコとたっぷりと情事を楽しんだ後、町へと足を向けたのだが――
「……うん?」
「え? どうかしたフレデリック?」
「あ、いえ、何かに見られていたような気がしたのですが、気のせいだったようです」
「嫌だ、もしかして背徳感ってやつ?」
「まさか」
ははっ、と笑いながら腕に絡みついてくるエイコと一緒に改めて歩み始めるフレデリックである。
そして、その周辺で最も高い樹木の梢、そこに潜んでいた小さな悪魔は一通り観察を終えた後、その場を飛び立った――




