第二三六話 神縫島での出来事
地球の話です。
「いや! ちょっとやめて下さい!」
「放して、放してよぉ……」
「うるせぇ! いいからおとなしくしやがれ!」
比較的閑静な住宅街。その道端でふたりの女子高生がガラの悪い男たちに捕まっていた。
少女ふたりはわけがわからないと言った様子であり、一人は大声を上げ抵抗を試み、一人はスマホをポッケから取り出し助けを呼ぼうとするが。
「てめぇ! ふざけたマネしてると今すぐにでもぶっ殺すぞ!」
「キャッ!」
悪漢に手から無理やりスマホを奪われ、握りつぶされる。少女の目には涙が溢れていた。
「なんで、なんでこんなことするんですか……」
「一体私達が、何をしたって言うのよぉ」
「あん? 何をしたって? ば~かこれからナニをするんだろうが。俺達の前をノコノコと通り掛かるお前らが悪いんだよ」
「そうそう、恨むんならてめぇの運の悪さを恨むんだな」
「おい、いいからさっさとそいつら乗せろ!」
すると、彼らに横付けしたワゴン車から、同じようにガラの悪い男が下りてきて、彼女たちを無理やり押し込もうとしてくる。
「嫌だ、誰か! 誰か~~~~!」
「ば~か、騒いだって無駄だっつの。お前らはこれから俺達がたっぷりと楽しんだ後、外国に売り飛ばしてやるからな。言っておくがまともな暮らしを送れると思うなよ? 親にも二度と会えねぇ、肉体的にも精神的にもボロボロになるまで使い込んで、げぶぉおおおぉ!?」
だが、下卑た笑みを浮かべ、少女たちをワゴン車へ押し込もうとしていた男の身体が、突如宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
そのショックで男は白目をむき、口からは泡を吹いて完全に気絶してしまっていた。
「な、なんだてめぇは!」
「ど、どっから現れやがった!」
「別に普通に来ただけよ。声が聞こえたからね。てか、あんたらこそ一体何よ? 私の友達に何をするつもり?」
『め、メクルちゃん!?』
ふたりの少女が声を合わせた。涙目になりながらも、メクルの登場に安堵している様子も感じられる。彼女の存在はそれほどまでに心強いのだろう。
「あん? なんだこのガキは?」
「ふん、制服が同じなところみると、こいつらの友達ってとこか?」
すると、ぞろぞろとワゴン車から悪人面の男たちが下りてきて、あっという間に少女たちを取り囲んでしまった。
「ふん、正義感って奴か? 全く馬鹿な女だぜ」
「まあ、いいじゃねえか。おかげで獲物が一人増えたんだからよ」
「ああ、ちっとばかし胸は小さいが、顔は悪くないしな。へへっ、これはこれで楽しめるってもん、へ?」
「誰が永遠の無乳女よーーーー!」
実はこうみえてメクルは胸の事は結構気にしていたりする。つまり今投げ飛ばされた男は見事に彼女の地雷を踏み抜いたのであった。
そんな男の末路がどうなるか――語るまでもないであろう。
「だ、だれもそこまでは言っていないよメクルちゃん落ち着いて!」
そして再び友達ふたりを庇うような位置に戻ったメクルを、どうどうと宥める少女である。
なぜなら胸のことを言われたことで、メクルの目が怖い。助けてもらえるのは嬉しい限りだが、流石にやりすぎるとちょっとした事件に繋がってしまう。某、米と花のつく町じゃあるまいし、こんなところで死体を量産するのは勘弁して欲しいところなのだろう。
「くっ、このガキ舐めやがって!」
「俺達を闇の組織【ブラックチーター】と知ってやってんのか、あぁん?」
巻き舌口調で取り囲んでいた男の一人がそんなことを述べてきた。しかし自分から闇の組織と言い出す辺り、かなり痛々しい。
「は? 何それ知らないし。大体何よブラックチーターって、かっこ悪いわね。恥ずかしくないの?」
ぐむむむむっ! と悔しそうに歯噛みするガラの悪い男たちと、クスクスと笑い始める少女達。
先程までの不安はメクルの登場によって完全に払拭されたようだ。
「ふざけやがって! ちょっとぐらい戦えるからって調子に乗んなよ! 俺達のチートがあればてめぇなんて楽勝なんだからな?」
「……は? チート?」
「そうさ、見ろこれを!」
そう言って男たちはワゴンから刀やらナイフやら、鎖鎌やら、大金槌やらを取り出した。
「見たか! 俺達のチート、リアルウェポンを!」
「…………」
呆れたように目を細めるメクルであったが、何を勘違いしたか男たちは勝ち誇ったような笑みを浮かべ始める。
「へ、このアマビビってやがるぜ」
「だけどな、今更後悔してもおせぇからな!」
「てめぇ全員俺達が、グベッ――!」
だが、全てを言い終える前にメクルは男の一人を地面に叩きつけのしてみせる。
そして立ち上がり男たちを鋭い瞳で睨めつけた。
「な、なんだこの女……」
「俺達のチートが怖くねぇのか!」
「それのどこがチートよ! チートなめんなこの屑!」
言ってメクルは大金槌を持った男の柄を掴み、金槌ではなく男の方を振り回して周囲の悪漢どもを叩きのめしていく。
その姿にすっかり腰が引ける男たちだが、舐めるなよ! と日本刀を持った男がメクルに飛びかかり刃を振り下ろした。
それは、命を奪うことに一切の躊躇が感じられない一振りであり、目にした少女たちからも悲鳴が上がる。
だが――
「し、真剣白刃取りだとーーーー!」
「伊達に叔父様に鍛えられていないのよこっちは!」
メクルは刀を持った男の足を払い、バランスを崩した男を掴んだ刀を支点に振り回した。パキンっと刀身が折れ、勢いに任せて男も壁に激突、鼻骨が砕け、ぼとぼとと鼻血を垂れ流し気を失った。
「ひっ、この女、化け物だ!」
「畜生、お、覚えてやがれ!」
すると、その圧倒的な力の差に恐れをなした残りの男どもが、捨て台詞を履きながらワゴン車に乗り込み、アクセル全開で逃亡を図る。
だが、しかし――
「逃がすわきゃないでしょこの馬鹿!」
「は、はぁ? 馬鹿な、こっちは時速六〇キロを超えてんだぞ!」
目玉が飛び出さんばかりに驚くブラックチーターの連中であるが、メクルはあのナガレの指導を受けているのだ。
そんな彼女にかかれば、時速六〇キロメートルなど亀の歩みに等しい。
「でやぁああぁああ!」
ワゴン車の前に飛び出したメクルが気合の声を上げ、そしてワゴン車を見事なフォームの背負投で地面に叩きつけた。
これによって車体が完全に転倒し、犯罪者達は逃げ出せなくなる。尤も車内で完全に目を回してしまっているので逃亡を図るなど不可能であろうが。
こうして、メクルの手によって彼のクラスメートであり友達でもある女子高生の危機は去り、その後は警察を呼び、ブラックチーターを名乗る連中は警察に連行されていった――
「と、いうことがあったのよ。本当参っちゃうわね」
「お前、さらっと言ってるけど、やってること凄いな」
メクルから話を聞いたナゲルは呆れたような目を向けて感想を述べる。
何せまだ一五歳の少女が悪漢共をちぎっては投げを繰り返し、更にワゴン車ごと背負投を決めたというのだ。祖父もとんでもないものを育てたものだ、と今更ながら頭を悩ますナゲルである。
尤もそのおかげで彼女の友達は救われたわけであるが。
「それにしても、ブラックチーターか……」
「え? もしかしてナゲル知ってるの?」
「ああ、最近ちょいちょいニュースでも取り上げられる集団でな。本州では結構有名で、ヤングマフィアを語ってる連中でかなり危ないことに手を染めてるらしいな」
「へぇ、そんなのがいるんだ……全然知らなかったわね」
「ま、この島とは無縁の集団だったしな。だけど、まさかこんなとこまでそんな連中がやってくるなんてな……」
やれやれと頭を掻く掻くナゲルである。神薙家のあるこの地は、本州とは離れた位置にある島であり、神縫島が正式名称である。
島と言ってもそれなりの大きさを誇るものであり、場所としては静岡から南方の位置にあたる。
面積は四国の倍を超えるほどであり、その為、区分としては県となり、神薙家の屋敷があるのは神縫県神縫市神薙町となるわけだが。
そしてこれは余談ではあるが、かつて日本を震撼させるほどの荒れ狂う神が復活した際、とある若い合気道家の手によって神は倒され、そしてこの地に縫い付けられ島へと変化した――それが神縫島の名前の由来でもある。
尤もその当時の記録については国家機密とされており、今では伝承としてこの地に残されているだけではあるのだが――
とは言え、以前道場破りにやってきた空手家が言っていたように、確かに辺鄙といえば辺鄙な場所なのである。
尤も、辺鄙と言っても島から本州までを行き来できるよう、海底トンネルが通されており、専用のリニアモーターカーも行き来していたりもするので、往来自体はそこまで難しくなかったりもするが――
とはいえ、本州と離れている故に、と、いうよりは大体は祖父のナガレがいたおかげか、これまでこの島にそこまでわかりやすい犯罪集団がやってくることなど先ずなかったわけだが。
「……じいちゃんがいなくなったからかね、全く」
やはり面倒くさそうに頭を掻くナゲルである。
「そうだ!」
だが、そこへ突然メクルが叫ぶ。それにビクリと肩を震わせるナゲルであるが。
「叔父様よ! 叔父様はまだ戻っていないの!?」
道着の襟を掴み、引っ張り回しながら訴えるメクルに、しまった、と顔を手で覆うナゲルである。
折角今日は珍しくメクルがナガレ以外の話をしてきたので、このままやり過ごそうと思っていたのだが、つい自分から話を振ってしまった形になったことを後悔する。
「はぁ、だからまだ戻ってないよ。というかいつ戻るか、それとも戻らないか、本当にわからないからな」
「くっ! やはり叔父様は異世界に!」
「だからなんでそうなるんだよ……」
残念なものを見るような目で呟くナゲルである。
「それより、メクルもそんな連中が彷徨いているなら気をつけろよ」
「え? 私のこと心配してくれてるの?」
「いや、お前に関しては全く。ただ、お前の周囲は、特にその友達ふたりは厄介ごとに巻き込まれやすそうだしな」
そう、メクルから話をよく聞かされるが、今回攫われそうになったふたりは以前もちょっとしたやんちゃな連中に絡まれたことがあるのである。
「たしかにね。でもなんでかしら、私にくるのは仕返しとかそんな連中ばかりなのに」
「そりゃ、お前が気に入らない連中を容赦なく投げ飛ばしているからだろ」
「やっぱり胸? た、確かにあのふたりは胸があって私にはないけど、ねえ、世の中胸じゃないわよね! 叔父様だってきっと胸に興味なんてないわよね!」
「だから何の話だよ!」
唐突に胸倉掴まれて詰め寄られ、意味もわからず声を上げるナゲルなのである。
しかしメクルとしては気が気ではないのである。もしかしたら叔父様が異世界に旅立ってしまっていて、ひょんなことから助けた何故か杖で殴るほうが得意という巨乳の魔法少女に惚れられていたり、褐色巨乳の妖艶な女性に言い寄られたりしているのでは? と考えると、いてもたってもいられないのだ。
勿論そんな事は杞憂であると、愛しのナガレ叔父様であれば、そんな誘惑に屈する筈など無いと自分に言い聞かせるメクルであるが――
「とにかく、俺は道場での指導があるからもういくぞ」
「え? ナゲル指導なんてやってたの?」
「……お前、俺のことなんだと思ってたんだよ――」
そんなやり取りを終え、メクルも仕方なく帰路へついた。そろそろ愛しの叔父様について有力な情報がつかめるかと思ったのに、全く何もなかったのが残念なメクルである。
こうなったら本格的に異世界に旅立つ方法を探さなければいけないかもと思ってもいるほどだが、残念ながらネットで検索しても中々それらしい情報が出てこない毎日なのである。
そんな最中、正確にいえば叔父様との脳内デートを楽しみながら不気味な笑みを浮かべ、歩いているその途中、彼女のスマホから自作の【合気で愛気! ナガレ叔父様に捧げるAiki☆Love】が流れてきた。着信音に設定している歌であり、それをフルコーラス(一五分)聞いた後、もしもしと応答するメクルである。
『てめぇ出るならさっさと出やがれコラ! 舐めてんのか!』
「叔父様じゃないなら切りま~す」
『は? 何言って――プツン』
本当に切ったメクルである。しかし再び着信音。当然フルコーラス聞いてから再び電話に出た。
「はい? 何、悪戯?」
『ざけんな! てめぇ友達がどうなってもいいのかコラ!』
掛かってきた電話番号が全く同じであったことで怪訝な表情で着信に応じたメクルであったが、その直後の相手の返しに、は? と眉を寄せるのだった――




