第二三五話 帝国への出発
「それにしても驚いたわね。本当にナガレの言っていたとおりに堂々と帝国に行けることになるんだから」
「堂々とは言っても、条件はありますけどね。入国の時間も決められてますし、それでいけば早速明朝には出立する必要がありますから」
「そんなことは屁でもありませんよ! そ、それで、俺も先生と同伴させて頂いても?」
フレムにとってはそれが重要なようで、ナガレと帝国に向かう残りの五人に意地でも加えてもらおうと鼻息を荒くしている。
「わ、私は勿論一緒よね! ナガレとパーティーを組んでるわけだし!」
「ええ、勿論ですよ。ピーチはリーダーなわけですし。それと――」
結果的にフレムの希望は叶えられた。ナガレが想定していたメンバーはピーチ、フレム、ローザ、カイル、ビッチェの五人だったからだ。
勿論これは全員が承諾してくれたらの話ではあるが――
「……ナガレとの旅、断る理由がない」
「はい! 私には聖魔法しかありませんが、頑張ります!」
「おいらもどこまで役立てるかわからないけど、ナガレっちにお願いされたら断れないよね」
「ま、俺達はパーティーなんだから一緒に行動するのは当然だな。先生もそれを考慮してくれたのですね!」
「あ~でもこれバランスはいいわよね。ナガレは、まあ、うん完璧すぎるとして、フレムとビッチェは前衛、カイルや私は弓と魔法で援護、ローザは魔法で回復出来るもの」
『…………』
ピーチの発言に冷ややかな空気が充満した。
「……ピーチはどう考えても前衛。そろそろ魔術師という考えは捨てる」
「え!?」
「ま、まあおいらが後方支援なのは納得出来るけどね~」
「大体先輩はいつも自分から前に出ていってるだろ」
「あ、で、でもほら、ピーチは杖から凄いのを発射できますから、後方といえば後方な気も――」
ローザのフォローがより悲しいピーチである。
ふぇぇ~ん、とナガレに泣きつくが、
「大丈夫ですよ。皆さんピーチを信頼しているからこその発言なのですから」
と言われ、ころっと表情が変わり喜ぶ単純なピーチである。
ただし、当然だが信頼されているのは杖で殴る前衛としてであるが。
そうと決まれば時間が経つのは早いものだ。あっという間に次の日の朝を迎え、帝国へ旅立つナガレ達精鋭六人の前に、見送りに来たおなじみの面々が並ぶ。
「うぅ、お姉様と暫く会えないのは寂しいです……」
「ちょっと大げさよへルーパ。今生の別れというわけでもないんだし……そうだ! じゃあ戻ったら皆で一緒に女子会開こうよ!」
「お姉様と女子会……はい! 私楽しみに待ってます!」
ぴょんっと愛しのお姉様に抱きつき、甘えるように言ってくるへルーパの頭をピーチは撫でてあげた。ピーチにとっては可愛らしい妹が出来たような気分なのかもしれない。
ヘルーパがどう思っているかは別問題だが。
「ふ、フレム、その、せ、精々気をつけて旅立つのですね! 貴方調子に乗りやすいのですから、それで大怪我を負っても自業自得ですわよ!」
「な、なんだよそれ。お前、わざわざそんなことを言いに見送りに来たのかよ」
そっぽを向きながら苦言を呈するクリスティーナに、やれやれと肩をすくめるフレムである。
密かに照れからかクリスティーナの頬が紅いのだが、その理由すら気づかず、何故か怒ってるぐらいの感想しかもてないのがフレムという男であり、離れた位置からみているローザも呆れ顔だ。
「……わ、私が言いたいのは――戻ってこなかったら、しょ、承知しませんわよ!」
両手をぎゅっと握りしめ精一杯の気持ちを伝えるクリスティーナである。それにぽりぽりと頬をかきつつ、フレムがその手をポンっとクリスティーナの頭の上に置いた。
「ば~か、戻ってくるに決まってんだろ。先生と俺がわざわざ出向くんだ。こんな問題ちゃっちゃと片付くに決まってるさ」
「……ほ、本当に自意識過剰ですわね」
「そんなんじゃねぇよ。けどな、出来るって思わないと何も出来ねぇしな」
そう言ってふとみせたフレムの真剣な表情に、どこかドギマギしてしまうクリスティーナであった。
「それにな、先生も俺達もこうやって安心して帝国に行けるのも、お前たちのおかげってのもあるんだぜ?」
「へ? 私達?」
「ああ、先生も言っていたしな。頼りにしてるってことだよ。だから、後は任せたぞ」
フレムの言葉に、何かを感じ取ったのかクリスティーナは表情を引き締めコクリと頷いた。
確かに帝国で動くことも大切なこと。しかし、渦中に身を置いているのはエルガとオパールなのである。そして更に言えば子供たちのこともある。
何せオパールに疑いが掛かったことで子供たちを孤児院に任せるという話も一旦白紙に戻り、その処遇については宙ぶらりんな状態である。
そのことは、既に子供たちも知っていることであり、やはりこの先について不安を拭いきれない様子であった子供たちではあるが――そこは旅立つ前にカイルが色々と話しをし子供たちにも安堵の表情が見え始めている。
やはりこういう時は同じ獣人同士の方がわかりあえるのだろう。
「でも、カイルちゃんと少しでも離ればなれになるのは寂しいわ~そうだ! 今のうちにたっぷり回復魔法を――」
「そ、それは結構だよ~~~~!」
そしてこのやり取りもあって、子供たちに笑顔も見られたりした。尤もカイルは逃げ回るのに必死だが。
「やっぱりナガレはセワスールの言ったとおりの男だったわね、見直したわ!」
そして見送りに来ていたルルーシに指を突きつけられ、認めてもらったみたいな雰囲気になるナガレである。
後ろではセワスールとナリヤが困った顔を見せているが。
「認めてもらえたなら良かったです。エルガ様とオパール様の潔白を証明するために尽力しようと思います」
「そうね、任せたわよ。こっちは私やセワスールにナリヤもいるから任せて!」
「私もエルガの助けになるようこの件が解決するまではここに残ろうと思います。それと――こういう状況なのでエルガもオパール様も見送りにはこれないですが、頼りにしています、と言伝を預かってますので」
ニューハに言われ、頷いて返すナガレである。
「あ、あのナガレさん、その――」
そして、アンも駆け寄ってきて何かを言いたげな様子。そんなアンへニコリと微笑みかけ、
「大丈夫ですよ。サトルくんのことも忘れてませんから」
と告げたことで、アンの表情も明るくなった。そしてペコリと頭を下げ、他の子供たちの下へと戻っていく。
その姿を眺めていると、セワスールが、ナガレ殿、と声を掛けてきた。
「お嬢様も申されてましたが、後のことはどうかお任せを」
「はい、色々と面倒をおかけしてしまいました」
「いえ、アレに関しても既に調べには出しておりますし、こちらはこちらで――」
セワスールは敢えてルルーシには聞こえないぐらいの声でナガレと話し、そして固く握手を交わした。
「ははっ、流石ナガレ様ぐらいの御方となると見送りも多いのですね」
そして、出発直前に姿を見せたのはアクドルクと妻のリリースである。
そしてアクドルクは、任せましたよ、と笑顔を貼り付けたまま労いの言葉を皆に掛け、改めて帝国へ入るための手順を伝えてきた。
一旦ナガレ達は壁でつながっている砦まで用意された馬車で向かい、その後、帝国から派遣された案内人に付き従い、帝国へと入国する形だ。
勿論その際は向こう側の砦も越えることとなるが、その手続きも既に済んでいるようである。
「皆様馬車の準備が整いましたので」
「承知いたしました。それでは――」
「そうね、それじゃあ、いざ帝国へ向けて出発よ!」
こうしてピーチの声に合わせて全員が馬車に乗り込み、ナガレ達の新たな旅が今始まりを告げた――
◇◆◇
「……チッ!」
ロウは木々の影からふいに投擲されたナイフを避けつつ、舌打ちした。
あの一件依頼、手応えのある依頼もギルドに貼られることなく、彼は退屈な日々を過ごしていた。
そんな最中、魔物の駆除の指名依頼が入り、少しでも退屈しのぎになればとハンマの街から徒歩で半日ほどの距離にある(尤もロウの足ならば一時間もあればつくが)森へと赴き、特に苦労もなく魔物の駆除を終えた直後のことである。
しかし、舌打ちはしたものの、その顔には薄っすらと笑みも浮かんで見えた。正直ロウにとってこの依頼は簡単すぎた。
指名というわりには現れた魔物も大したことがなく、正直退屈しのぎにすらならず若干の苛つきさえ覚えていた程だったのである。
だが、何者かは知らないが、今ロウを狙っている人物はそれなりに腕も立つようであった。そうでなければ気配に敏感で鼻も利くロウが、投擲される直前まで相手に気づかないなどあり得ない。
それが逆に嬉しかった。高揚する感情に、ロウは改めて自分が冒険者になったのは刺激を求めているからだと再確認する。
何者が一体何の目的で自分を狙ってきているのか? そんなことはロウにも判りはしないが、相手がやる気ならロウもそれに応ずるまでだ。
地面を蹴る。野生の狼を思わせる身のこなしで藪の中へ自ら飛び込み、獣道を駆ける。
より相手の実力を知るために。これに付いてこれるか、付いて来るにしてもどの程度の距離を取ってくるか、それで大体の相手の特徴は掴むことが出来る。
意識を集中しながら、それでいて周囲の観察も怠らず、鼻と耳もフル活用し相手の居場所を探る。
しかし、そんなロウに向けられた答えは――やはり投擲。投げナイフが今度は八本、ロウの横から迫った。
疾駆するロウの横からである。つまり相手はロウとある程度の距離を取りつつ、並列して動いている。
しかもロウの動きが逆に読まれている。なぜならロウの動きは単純なものではない。密集する木々を縫うような、しかも速度は保ったまま、複雑な動きで疾駆していたのだ。
にも関わらず、ロウの駆ける位置へと寸分狂いなくナイフが投げられたのである。
なるほど、どうやら相手はかなり洞察力に長けてるようだ。だが、なんてことはない。確かにこれだけ動けるロウに狙いを定める腕は大したものだが、狙い所が素直すぎた。
装着した爪を振るい、左手だけで全てのナイフを弾き返す。
そしてナイフの投げられた位置から相手の場所を掴もうと視線を移動させるが――そこへ今度はナイフの壁が迫った。
はあ!? と思わず間の抜けた声を漏らす。そう、それはまるで壁の如く大量のナイフであった。
あまりに馬鹿げた物量に、思わず目を丸くさせるが、流石にこれほどの量となると、普通に爪で弾くには無理がある。
「……舐めるなよ、螺旋狼牙爪!」
だが、ロウはその壁に向かって、避けるどころか自ら突っ込んでみせた。螺旋狼牙爪は螺旋状の高速回転を伴う突撃技だ。強力な回転によって爪の威力を飛躍的に高め、直線上の敵を切り刻む。
それが本来の使い方であるのだが、ロウは今回はナイフを一気に弾き返すために利用した。回転によって周囲に生み出された竜巻状の暴風も相まって、大量のナイフは一本もロウに刺さることなく弾き返されていく。
直線状に並ぶ樹木をも薙ぎ倒し、ちょっとした災害の後のことく様相を後に残しながらも、ロウは地面に着地。
だが、ナイフの投擲された位置から大体の当たりをつけ、あわよくばとも考えていたロウだが、残念ながらそう上手くはいかなかったようで、ロウを狙う何者かの姿は前にも後ろにも見当たらず――
そしてロウが立ち上がった、その時、彼の足元に数本のナイフが突き刺さり、かと思えば轟音と共に地面が大きく爆ぜた。
どうやら今投擲されたナイフには爆発の効果も付与されていたようで、しかも連鎖的に引き起こされたことで大爆発へと繋がったようである。
「……ふむ、この程度か。もう少しやるものかと思ったのだがな」
すると、もうもうと立ち上る黒煙と、爆発の衝撃で生み出された円状のクレーターを眺めながら、目深にフードを被った人物が姿を見せた。
フードで隠れ容姿ははっきりとしないが、声の雰囲気から男性なのは間違いないだろう。
「それにしても、少々やりすぎたかな。死んでなければいい――」
「狼爪十字斬!」
しかし男がつぶやき終わる直前に、ロウが地面の中から姿を見せ、背後から十字に相手の背中を切りつけた。
相手の虚を突き、確実に捉えた一撃――そう思えたのだが、切り裂いたのは男が身につけていたマントだけだったようであり……。
「ふむ、なるほど、爆発する前に爪で地面に潜り、こちらの出方を見たというところか、中々見事ですな」
かと思えば、ロウの背後から手をたたきながら男が姿を見せる。
その声に弾かれたようにロウが振り返り、身構えてみせた。
その双眸は血に飢えた狼そのものであり、いつ飛びかかってもおかしくなさそうである。
「おっと、これ以上の戦いは勘弁願いたいですな。もう貴方の実力は大体わかりましたゆえ」
「……俺の、実力だと? 何だ? 貴様一体何者だ?」
両手を上げ、敵意がないことを示しながら、そんなことを口にする男を訝しげに思いながらロウが誰何する。
「おっと失礼いたしました。いや、さる御方から貴方を推薦されましたね、少し試させて貰いました。ですがおめでとうございます。貴方は試験に合格しました。ロウ・ロウ、本日より貴方はAランクの特級冒険者です――」
レベル0で最強の合気道家、いざ、帝国へ参る!
 




