第二三四話 帝国へ向かうには?
「でもナガレ、その様子だと帝国にいくつもりだとは思うけど、でもどうやって帝国にいくつもりなの?」
「確かに、帝国に渡るとなると簡単ではありませんわね。今回国交正常化の為に色々動いていると言っても、まだまだマーベル帝国とバール王国との確執は続いております。そう簡単に入国は出来ないと思われますわ」
既にナガレが何も語らずとも、行くものと判断されているナガレである。しかしそれに否を唱えない時点でその考えが正しいことが暗に告げられていた。
そして、そうなると確かにピーチやクリスティーナが言うように、どうやって帝国に入るかが問題となるわけだが。
「何言ってんだよお前ら。全く先輩なんてこれだけ先生とくっついて歩いているのに、そんなことも判らないかよ」
「と、いうことはフレムっちは判ってるの?」
「当然! 俺ほど先生を慈しみ、理解しているものはいないんだぜ!」
「……いつの間にか随分な口をきけるようになったもの。正直生意気」
ビッチェがどことなく不機嫌そうな空気を漂わせて言う。例え相手が男であろうとナガレの事となれば負けるわけにはいかないのだろう。
「ふふん、悪いが俺とお前じゃ見てる世界が違うのさ。そして先生はズバリ! 帝国には黙っていく! 先生ほどのお力なら許可なんてなくたって気づかれることなく入り込むなんて息を吐くより簡単なことさ!」
「で、でもそれって密入国じゃ……」
ローザが眉を落とし不安そうに述べた。確かにフレムの言っていることをそのまま実行したならナガレは密入国であり、当然バレれば捕まり処罰の対象となる。
「ローザ、いいか? 男ならば例え悪いと判っててもやらなければいけないことがあるのさ。そして先生! 当然ですがそれには俺達もついていきますよ! 先生の為なら地の果て海の果てどこへだっていってみせます!」
「……いくらナガレが頑張ってバレないように帝国に入ろうとしても、お前みたいな目立つのがいたら台無し」
「な!? う、うるせぇよ! お、俺だって見つからずに入り込むぐらい余裕で出来るんだぜ!」
しかしビッチェの言っていることは尤もだと他の皆の目が告げていた。正直フレムは隠密行動には最も向かなそうだからである。
「……でも、本当にナガレが行くなら私も連れて行ってほしいな。それにほら、私だってリーダなんだし――」
ピーチがどこか願うような瞳をナガレに向けて述べる。ただ、もし本当に密かに帝国に侵入するつもりならば、自分なんかが言っても足手まといになるのでは? という心配も見え隠れしていた。
「……皆様がそこまで考えてくださるのは嬉しい限りです。ですが、少なくとも私は黙って帝国に入ろうなどという気はありませんよ」
ナガレの発言に、え? と全員が目を丸くさせた。正直言えば、ついていくいかないはともかく、確かに帝国に向かうとしたら密かに入り込む方法しかない気がしたからなのだろう。
だが、ナガレはどうやら堂々と帝国へと入り込むつもりらしい。
「でもナガレ、それってどうやって?」
「そうですね。それに関しては、どちらかといえば帝国に行く必要が出てくるといった方が良いのかもしれません。恐らくそろそろ――」
その時、皆が集っている部屋の扉がノックされ、この城の執事が声を掛けてくる。
「ナガレ様、ルプホール様より言伝を承っております。都合が良ければ部屋で話をしたいと――」
ナガレはその申し出に素直に応じ、アクドルクのいる私室へと向かった。
「やあ、よく来てくれたね」
「いえ、ご指名を頂き断るのも失礼かと思いましたので」
執事に部屋へ通された後は、案内役の彼も部屋を辞去したので、ナガレはアクドルクとふたりきりで話をする事となった。
とは言え、今はナガレも普段と変わらない態度で接しているが。
「いやいや、わざわざ呼び出したりして本当にご足労を掛けて申し訳ないね。朝もちょっとゴタゴタしてしまって、気が気ではないかと思うけど、そうだ、紅茶は飲むかい? 気持ちの落ち着けるいい物があってね」
「では折角ですので――」
ナガレは素直に応じ、促されるままソファーに腰を掛ける。テーブルを挟んだ向かい側にアクドルクが座り、対面した状態で用意された紅茶をお互いに一口ずつ口へと運ぶ。
そしてカップを受け皿に戻した後、アクドルクが本題を切り出した。
「さて、早速ではあるのだけど、君はオパールやエルガが今回の件に関係していると思っているかい?」
真剣な口調で、どこか観察するような視線で、アクドルクがナガレに問いかける。
するとナガレは表情一つ変えず、いえ、と短く口にし。
「私たちは護衛という立場である以上、レイオン卿の事は勿論信用しております。そしてオパール卿もやはり信用に値する御方だと思っております。それ故にレイオン卿も信頼されておりますから」
はっきりと言い放つナガレに、ふむ――と、アクドルクが顎に指を添えた。
そして何かを一考した後、ナガレに目を向ける。
「私は、君があの場で全く口を出されなかったので、もしかしたらそのあたりはドライな関係なのかもしれないと思ったりもしたのだけど、その様子だと杞憂だったようですね」
「あの場で何も申し上げなかったのは、状況的に口を挟むのは逆に不都合があると考えたからです。現段階ではこちらも確証に到れる物が整っておりませんので」
ナガレを一瞥し、アクドルクが、ははっ、と笑い声を上げた。
「流石ですね。数多くの武勇伝を築き上げただけのことはあります。やはり私の目に狂いはなかったのでしょう。その状況判断力と何があっても動じない胆力は素晴らしい」
「お褒めに預かり光栄です。ですがそこまで言われるほどのものでもございません。今の件にしても実際はもう少しやりようがあったのではないか、と不安に思いもします」
「ご謙遜を――ですが、確かにこのままでは進展がないのも確かでしょう。ただ、実は私も今回の件にあのオパールとエルガが関係しているとはどうしても信じられないのです」
「……左様ですか」
「見損ないましたかな? そう思っているならもう少し助け舟を出してもいいのではないかと、そう思っておられたり?」
「いえ、ルプホール卿にも立場というものがお有りでしょう」
そこを判って頂けますか、とアクドルクは大げさに手を広げて喜んで見せる。
「まさにその通りで、やはり物証があると私としても不問というわけにはいきません。ですが、このまま黙ってみているままというのも気が引けます。ですので、ナガレ様に一つお願いごとがありこうして部屋までご足労願ったわけです」
「お願いですか?」
「はい、実はナガレ様には一度マーベル帝国へと赴いて頂けないかと思っておりまして」
「――マーベル帝国にですか。これはまた突然のお話ですね」
そういったあと紅茶を啜る。それに合わせてアクドルクもカップに口をつけ、そして話を続けた。
「確かに急なお話ではありますが、この状況では悪い話ではないかと。それにこれは実は帝国から内密にではありますが依頼のあったことでして」
「……内密に?」
「はい、帝国との約束もあるので、あまり大きな声では言えないことですが、実は今回の交渉の肝となる予定でした、帝国側の辺境伯が行方不明になっておりまして――」
その話に、行方不明にですか? とナガレがアクドルクの目を見ながら反問する。
「そうなのですがね。ただ、実はその辺境伯は帝国では珍しい女性の辺境伯であり、その為か他の貴族から疎まれているということもあって、帝国内でも公にはされてないようなのです。勿論領内でも捜索隊は出ていますが、なんでも辺境伯お抱えの騎士たちも一緒に行方知れずとなっており、お手上げ状態なのだとか。そこで、こちら側から誰か腕利きの冒険者を派遣して貰えないかと話がありまして――そこでナガレ様であれば適任かと思ったのですよ」
「ふむ、なるほど。しかし冒険者ギルドなら帝国内にもあるのでは?」
「確かにありますが、帝国の冒険者はあまり質が良くないようで、正直依頼を出しても、そこから漏れてもおかしくないと信用されてないようでね。ですから本来こんなことを頼めば大きな貸しを作ってしまうと向こうも考えたでしょうが、それでも辺境伯ともあろう物が行方不明などという大事が公になるよりはいいと思ったのでしょう。そこで、どうでしょう? 引き受けてくれれば帝国へ入る道は向こう側が確保してくれますし、何より今回の奴隷の件にしてもそのルートで考えれば辺境伯、正式名称はカチュア・フィーニス・シュタイン辺境伯となりますが、彼女の治めるフィーニス領が最も怪しく、情報も集めやすいと思う。同時に帝国からの依頼も発生してしまう形ともなりますが、それはそれで依頼料も出ますので、引き受けては頂けないでしょうか?」
ナガレはすぐには返答せず、少し悩んだ仕草を見せる。答えは決まっているのだが、敢えてじらすような真似をとってみせた。
「……駄目ですか? しかし、今回の件は帝国の情報が解決の緒にも繋がるのでは? と個人的には思っていたりもしますが」
「……確かにそうかもしれませんね。では、引き受ける条件として私だけではなく信頼できる仲間もご一緒させてもらって宜しいでしょうか?」
ナガレの発言に目をパチクリさせるアクドルクではあるが。
「あ、ああなるほど。確かにこれだけの話となればそうですね。それは構いませんが、ただ、あまり大人数だと向こうが難色を示すと思われます。そこはやはり忍んで行動して欲しいという条件でもあるので」
はははっ、と軽く笑いながらも一応ナガレの願いは受け入れられた。尤も少人数限定で、ナガレ含めて五、六人までならという話ではあるのだが――




