第二三三話 ナガレの考え
結局、オパールとエルガが城に留まり調査を受けることを承諾した為、帰還の日程を伸ばすことを余儀なくされた。
そしてハラグライはエルガの護衛騎士やナガレ達護衛の冒険者もある程度束縛することを強く望んだが、流石にそこまでは出来ないと、これに関しては騎士団長やアクドルク以外の側近から疑問視する声が上がり実現することはなかった。
理由としては、もし護衛の騎士や冒険者も今回の件に関与(そもそもエルガやオパールに関しても疑いをかけられているにすぎないが)してるのであれば、わざわざ自分から魔獣の森に向かうような真似をしないだろうというのが一点。
更に宝石の入った革袋を素直に渡していたことも理由としてあげられた。
また、ナガレ達冒険者に関して言えば、エルガが疑いをかけられている状態で、静観を決め込んでいたことで、結局はお金で雇われた護衛としての関係でしかないと思われたのも大きかったのだろう。
その結果、エルガとオパールを除いては監視下におかれるようなこともなく、自由を約束された。
尤もローズに関していえば護衛騎士の隊長である以上、常にエルガ様の傍に控えさせてもらう! と確固たる姿勢を崩さず結局エルガと同じ部屋に留まることになったわけだが。
「全く、何を考えているのだあのハラグライという男は!」
そして話も一旦終わり、全員一度部屋に戻ることとなったわけだが――部屋に戻るなりルルーシは怒りを露わにした。
「ですが、証拠品が出てしまったのは少々厄介でしたね」
「あんなもの捏造に決まってるだろう! 大体オパールの街には孤児院も建っていて、多くの子供達がそこで過ごしている! なのに奴隷商人などと関わり合いになるわけがないではないか!」
「私もそう思いますが……ハラグライはそうは思っていないようですね――」
ご立腹のルルーシに向け、ナリヤが眉を落とし言った。朝になったので既にナリアの姿はない。ただ、守護霊としては常に寄り添っているようだが。
そして彼女の言うように、ハラグライはあの後孤児院に関しても言及していた。その話は孤児院も密かに奴隷の売買の施設として利用されているという荒唐無稽なものであった。しかしそれは孤児院と院長であるマリアの庇護下で暮らしている子供たちを間近に見ている彼女たちだから思えることであり、実際にみていない者達からすれば、オパールが今回の件に関与しているのであればその可能性もあり得ると判断するのも仕方ないのかもしれない。
「とにかく、私はオパールやエルガが犯人だなんて信用しないんだからね! だから――私がこの事件! 解決してみせるわ! お父様の名に掛けてね!」
「……ルルーシ様、それはどうかお控えを。むしろそれはお父上が頭を抱えるだけでございます。それにここで下手に動いては、私達に疑いを持たれてしまう可能性とて十分ありえますからな」
「は? 何言ってるのよセワスール! それにそれならそうで好都合じゃない! 私達何もしてないんだから!」
「いえ、あの、ルルーシ様、そういう問題ではないかと。疑いを持たれてしまうと色々大変ですし」
セワスールとナリヤがなんとか考えを改めさせようと説得するが、ルルーシには中々聞き入れてもらえず。
「だって、他に信用できる人なんていないじゃない! あのナガレだって……」
「ナガレ殿がどうかされましたかな?」
瞳を伏せ、彼の事を口にするルルーシに、セワスールが思わず尋ねるが。
「……私、正直言うと少しがっかりしたのよ。だって、あの場でナガレなら何かやり返してくれると思ったのに、黙ってみてるままだなんて――」
落胆した様子で語るルルーシにやれやれとセワスールがため息一つ。だが、その直後表情を柔らかくさせ彼女に伝える。
「ルルーシ様、ナガレ殿に関しては今ここで見限るのは些か早計かと思われますぞ。あの場で発言しなかったのにはきっと何かやむをえぬ事情があったのでしょう」
「……事情?」
「左様です。そうでなければナガレ殿はそこまで冷たい方ではないと、私はこうみえて彼を買ってますからなぁ」
そこまで言って、はっはっは、と陽気に笑うセワスールである。きっとルルーシに少しでも安心してもらおうと思ってのことなのであろうが。
「……セワスール、貴方――」
「はい、何でございましょうかお嬢様?」
「……貴方、さては何か知ってるわよね?」
「――え!? あ、いや、そのようなことは……」
両手を突き出し否定のポーズを取るセワスールだが、その口調はどことなくぎこちない。そして、全く、とその様相を眺めながら頭を抱えるナリヤでもあった――
「でもナガレ、本当にあれで良かったの? 何かちょっともやもやしちゃって……」
ピーチは一旦ナガレ達と同じ部屋に向かい、そして事の真相を確かめるように口にする。確かめたいのは勿論、なぜあの場で何も言わなかったのか、そしてピーチ達にも、これから何があってもおとなしく見守り続けていて下さい、などと口にしたのかということである。
ナガレを信用していないわけではないと思うが、ピーチの眉は落ち、どことなく不安そうな表情も滲ませている。
「それは勿論! 先生には先生なりの深い考えがあってのことに決まってるぜ! そうですよね先生?」
「いえ、そこまで深い考えがあったわけではありません」
『えええぇええぇええええぇえ!?』
フレムとピーチが声を揃えて仰天した。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。
「と、言うのは半分冗談ではありますが、ただ理由としては単純です。一応は向こうも証拠品を出している以上、あの場でむやみに騒いでも逆効果なのは目に見えていたからですね」
冗談の言葉でホッとするふたりであったが、その後更にピーチは質問を続けた。
「で、でもそのおかげでふたりに疑いが掛けられて、城からは出れなくなってしまったし、護衛として同行してるのに大丈夫だったのかな?」
「……それは、ナガレが口を挟んだところで同じ。そういうことなのだろう。それに、あの場で下手に擁護していたならあの男はナガレにも平気で疑いを掛けてきていたと思う」
ピーチの発言に対し、口を挟んだのはビッチェであった。それに、え? と顔を向けるピーチであるが、
「うぅ、で、でも、そういえばビッチェだって、何もあそこであんなに馬鹿正直に本物だなんて認めなくなってよかったんじゃない?」
と若干責めるような口調で言い返した。ピーチが言っているのは宝石に関してのことである。
しかしビッチェは、嘆息し、そして首を横に振る。
「……そんな嘘は逆にふたりの立場を危うくさせるだけ。それに私達も目をつけられる」
「う!? そ、そっか。皆色々考えてはいたんだ。……でも、エルガやオパールはあまりいい気分じゃないかも」
「……それは心配無用。あのふたりは間違いなくこうなることは判っていた」
「へ? 判って?」
「おいビッチェ、それは一体どういうことだ?」
彼女の発言にピーチは小首を傾げ、フレムが怪訝そうに問い返す。
「……ナガレの行動を振り返れば判る。子供たちを助けた夜、ナガレはあのふたりと話をしていた。きっと、それは今回の件を事前にある程度知らせておくためと勝手に予想」
「え!? そうなのナガレ!」
「……ふふっ、流石ビッチェはよく見ていますね。尤もそこまで細かいことではありませんが――」
どうやらナガレはある程度今朝のような事態がおこることを想定しており、その為エルガとオパールには前もって、そのつもりでいるように、話は通しておいたようである。
それを耳にしたフレムは歓喜に震え、よりナガレへの尊敬を深めた様子でもあった。
「で、ですが、それならばもっと良い方法はなかったのでございますか? 正直現状でもレイオン卿とジュエリーストン卿、両伯爵の立場が危ういことに変わりがないように思えますわ」
しかし、そんな中、冷静な目で考え、口を挟んだのはクリスティーナであった。
確かに彼女の言うように、今のままでは証拠品のことも含め、決して楽観できる状況ではないだろう。
「ええ、確かにその意見は尤もです。しかし、確かにあの場だけをやり過ごすのでしたら手はいくらでもありましたが、真の意味で解決を目指すのならば、やはり色々と動き方を考える必要があります」
「つまり、ナガレ様は、今回の件は何か大きな力が働いていると、そうお考えなのでしょうか?」
「少なくとも、ここイストフェンス領内だけの問題でないことは確かですね」
ニューハの質問にナガレが答える。彼からしても親友のエルガが関わる案件だけに気が気でないようで、出来れば早く疑いが晴れて欲しいと思っているようだ。
「……ナガレ、私にはなんとなく判る。その問題の解決の為、帝国に向かう必要があると、そう考えている」
「え!? 帝国に!」
ビッチェの指摘に、ナガレの隣で聞いていたピーチが驚きの声を上げた。フレムもどことなく決意めいた表情を見せており、カイルやローザを含め全員の視線がナガレに集まる。
それに対して、ナガレは瞑目し、はっきりと口にすることはなかったが――その様相からビッチェの考えが正しいことがよく伝わってきた。




