第二三二話 疑い
「……随分な言い方どすなぁ。まさか突然犯罪者の容疑を掛けられるとは思いもよりまへんでしたわ」
自らが名指しされたことで、オパールは若干不機嫌そうに言葉を返した。
だが、ハラグライは忌々しげにオパールに目を向け、更に言葉を続けていく。
「ふん、随分と落ち着いていられるように思えるが内心では冷や汗を垂れ流しているのでは? しかしこの状況でそれだけの態度を取れるとは、大した女狐だ」
「……流石にそれは失礼が過ぎるのでは? 何を根拠にオパールに疑いをかけているか判りませんが、貴方はもう少し側近としての在り方を見つめ直した方が宜しいかと思いますよ」
物腰は柔らかいが、エルガのその眼は相手を非難したものである。
「……なるほど、ですが貴方もこの雌狐の事を心配している場合かな? 言っておくが、伯爵と行動を共にしているという時点で、貴方も疑いの対象ではあるのですぞ?」
「な、なんたる無礼な! 貴様一体どのような了見があって言っているのだ! 場合によっては不敬というだけではすまんぞ!」
ローズがハラグライを睨めつけ叫んだ。彼女はエルガの護衛の騎士としてこの場に同席している。その為、主君への侮辱は己への侮辱と同じと憤慨しているのだろう。
「ローズ様の言うとおりかと私も思うぞ。……アクドルク義兄様、流石にこれは些か失礼が過ぎるのでは? 私も一緒に旅をさせて頂きましたが、闇商人とつながっているような節は全く見られませんでした」
「ルルーシの言うことは最もだな。ハラグライ、推測だけでこのような失礼を働いて間違いでしたでは、流石の私も次は――」
「証拠がございます」
「何?」
アクドルクが眉を寄せ述べる。まるで初めて話を聞いたような自然な反応である。
「中々面白い話が続いとるどすなぁ。ほな、その証拠ゆうのを見せてもらいましょか? ほんにそないなものがあるとゆうならどすが」
席から立ち上がったオパールが扇を口元に持っていき、どこか余裕の感じられる口調で言い放つ。
そして既にオパールだけではなく、その場にいた人物全てが剣呑な空気を読み立ち上がっていた。
そんな中、ハラグライが、あれを、と騎士の一人を促した。すると目配せをし奥に控えていたと思われる騎士が何やら革袋を抱えてやってくる。
「この袋は今朝方、魔獣の森駐屯地から報告に来た騎士隊長より預かった代物です。ルプホール様もご存知のように、昨晩魔獣の森へは駐屯地に控えていた騎士も向かっております。その際不正に奴隷を我が国へ運び出そうとしていた闇商人の馬車の中から見つかったものがこれになります」
「なるほど、しかし、その袋が一体なんだというのだ?」
「どうぞ中身を検め下さい」
ハラグライはアクドルクへ中身が見えるように開いた袋を手渡し、そしてアクドルクが中身を確認するが。
「……こ、これは――」
目を一際大きく見開き、驚いたような声を上げるアクドルク。そして、むぅ、と唸り声を上げるが。
「……お義兄様、その中身は一体?」
「――お許しを頂けるならこの上に広げさせて頂きますか、いかが致しましょうか?」
「……仕方がないな」
アクドルクの許可を得て、ハラグライが食卓の上に袋の中身を出していき広げていく。
するとルルーシが目をパチクリさせ、これは――と呟いた。
ハラグライが食卓の上に広げたのは黄白色の美しい輝きを放つ宝石。夜空に浮かぶ月の如き輝きを放つとも称される、とある地方でしか採掘されない希少な宝石であり――
「……これはムーンネフライトですわね」
ルルーシの姉でありアクドルクの妻でもあるリリースが呟くように述べる。
するとハラグライが一つ頷き。
「そのとおりでございます。まさにこれはムーンネフライト、本物であることも朝早くから無理を言い商人ギルドの鑑定士に確認してもらっている故、証明されております。さてジュエリーストーン卿、一つ質問させて頂きますが、このムーンネフライトはどこで採掘される宝石でしたかな?」
ハラグライがわざとらしくオパールに質問をぶつけた。答えなど既にわかっているといいたげな表情。するとオパールがハラグライに視線を合わせ、含みのある笑みをこぼす。
「……ふふ、なるほどそういうことどすか。確かにその宝石はうちの領地でしか取れない宝石どすなぁ」
この発言に、何事かと様子を見ていたメイドや使用人たちもどよめき始める。
「いよいよ観念して認めましたな。そう、この宝石はマウントストム領でしか採掘できない代物でございます。それが奴隷を運ぼうとしていた商人の馬車から発見された以上、ジュエリーストーン伯爵の関与を疑う他ないでしょう」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! その宝石ほ本当に闇商人の馬車からみつかったものなのか?」
「それに関してはそこの冒険者がよく判っているのでは? 褐色の貴方ですよ」
ルルーシの問いかけを受けたハラグライがビッチェを指差して述べる。するとビッチェは一旦瞑目しつつ、
「……その袋は間違いなくあの商人の馬車にあったもの。ただ、私は中身までは確認していない」
「ほ、ほら、中身はみていないと」
「ですが、重さは判りましたよね、持ってみて頂いても?」
ルルーシが発言するも、ハラグライはビッチェに更に重さの確認をさせるため、一旦中身を全て袋に戻し、彼女に手渡した。
「……重さは間違いない」
「ありがとうございます。どうやら貴方は正直な冒険者なようだ」
「……お前に褒められても別に嬉しくない」
「ふふっ、本当に正直な方ですね」
袋を返してもらったハラグライは、不敵な笑みを浮かべつつそんな事を述べた。
「し、しかし重さが同じぐらいで」
「確かにそうですが、しかし、そもそもここにこの宝石がこれだけある時点で駐屯地の騎士でどうにかなる話ではないのですよ。これだけの希少な宝石を右から左に横流し出来る人物となると限られてきます。そうでございましょう? ジュエリーストーン卿?」
「……ほんに、まるでうちが奴隷商人とつながっていたと決めつけるような言い方どすなぁ」
「私はそう思っておりますよ。でなければこの宝石が出てきた理由がつきませんからな」
「しかし、その宝石がオパールのものとは限らないのでは?」
エルガが問うように述べると、ルルーシもそれに追随するように言葉を続ける。少なくとも彼女はオパールもエルガも犯人ではないと信用してくれているようだ。
「そ、その通りだ。確かに採れるのはマウントストム領だけかもしれんが、貴族であればそれぐらい――」
「残念ながらこの量はそれぐらいと言えるようなものではありませんよ。例え貴族であってもそうそうどうにか出来るものではない」
しかしハラグライは言下にルルーシの意見を否定した。その発言には絶対の自信も感じられる。
「……一つ聞きたいのだが、その宝石が奴隷商人の馬車に入っていたとして、それを商人に渡すメリットは何でしょうか? ジュエリーストーン伯爵には宝石を商人に渡すメリットがないと思われますが?」
すると、今度はルルーシの護衛騎士であるセワスールが質問する。ふたりを心配するルルーシのことを放ってはおけなかったのだろう。
「そんなことはないでしょう。例えば奴隷を帝国側から仕入れるルートを確保して貰う代わりに賄賂として渡していたということもありますし、宝石も一部は帝国へ横流しをしていたのかもしれない。何せ帝国には存在しない宝石だ、上手くやれば王国で売るよりも遥かに儲かる。聞くところによるとジュエリーストーン卿は随分とがめつい、いや失礼、儲けを最優先に考えるたちなようですからな」
しかし、やはり一蹴するようにセワスールの質問を跳ね除けるハラグライである。
だが、渦中に身をおくオパールがハラグライを睨めつけ言い放つ。
「……随分とうちも馬鹿にされたものどすなぁ。確かにうちは得になること儲けになること以外には興味がありまへん。せやけどなあ、裏でこそこそと非合法な仕事に手を染めるほど落ちぶれてもおらんどす。あんはんも喧嘩売るなら相手を見て物いいや!」
扇を下ろし、背筋を伸ばし堂々とした立ち振舞ではっきりと言いのける。その姿に迷いなどは一切感じられず、睨めつける瞳にはやましいことなど何もなしという強い意志が感じられた。
だが、言われたハラグライも決して怯むことなく、むしろ罪人を見るような眼を彼女に向け言い返した。
「……強がりですな。何を言おうとこちらには証拠がある。ルプホール様、ここは厳正な判断を」
「……しかしハラグライよ、この証拠を下に一体何を求めるというのか?」
「勿論、ジュエリーストーン伯爵とその協力者の可能性も高いグリンウッド伯爵には即刻地下牢に捕らえさせ――」
「待て待て! 流石にそれは乱暴が過ぎるであろう。そもそも私は未だ信じられぬのだ。いくら証拠があるとは言えな」
ハラグライの発言は確かにあまりに横暴なものであり、決めつけが過ぎるとも言えるであろう。
アクドルクもそこまでは出来ないと口にこそするが、ただ、どこかはっきりとしない態度でもある。
「僭越ながら申し上げます。確かに現状はまだ疑いという段階ではありますが、領内で起きた案件に対し何もしないというわけにはいかないと思われます」
すると、今度は騎士団長からの進言。それに、むぅ、と短く唸るアクドルクであるが。
「団長の言うとおりですな。確かに牢屋というのは些か発言が行き過ぎましたが、少なくともこのまま領地に戻ってもらうわけにはいかないでしょう。こちらも調査を続け王都にも使いを出し報告を、勿論その間はこの城に留まって頂くのは必須かと」
「馬鹿な! それではこのふたりを軟禁すると言っているようなものではないか!」
これには流石に黙っていられないとルルーシが声を荒げる。確かにこれではあんまりとも言えるかもしれないが、しかしハラグライはこれに関しては断固として譲らないと言った強い姿勢を示した。
「そのとおりでございます。限りなく黒に近い罪人を放置しておくわけにいきませんからな」
「ちょ、ちょっと待て、そのような話を勝手に! このローズ! 主に使える身として断固抗議――」
「わかりましたどす。そちらはんがそこまでゆうのであれば、どうぞ好きなだけ調査でも尋問でもすればよろしいおま」
「オパールがそう言うのであれば私も構いませんわ」
慌てて抗議するローズであったが、しかしオパールとエルガの発言に、え? と目を丸くさせることとなり――そしてその間はハラグライに尋ねられたビッチェを除き、静観を決め込んでいるナガレ一行であった……。




