第二十三話 ピーチの秘策
「てか――参ったじゃないわよーーーー! 一体何考えてるのよふたりともーーーー!」
試験が終わり、どことなく清々しい表情すら見せるゲイであったが、その直後、正気を取り戻したマリーンが憤慨の声を上げた。
「やだん、何怒ってるのよマリーン」
「そりゃ怒るわよ! てか何? 何よ負けたって! ゲイ貴方判ってるの? これは試験よ! 別に命をかけて競い合えってそういう事言ってるわけじゃないのよ! それなのにあんな大技まで使って見てよこの有様! 試験場が滅茶苦茶じゃないの!」
切れたマリーンが捲し立てるように一気に言い放つ。
そんな彼女の視線の先には、ゲイの手によって生み出された岩の花によって散々な有様となった試験場の姿。
「……嫌だ、つい熱くなっちゃったわねん」
「ついじゃないわよついじゃ! それにナガレ! 貴方も立場判ってるの? 貴方ようは受験者よ! 試験を受ける方なの! なのになんて途中からゲイを指導しちゃったりしてるのよ! これじゃあ立場が逆じゃない!」
「いや面目ない。私も年甲斐もなく、つい熱くなってしまいました」
落ち着いた声音で微笑みながら返すナガレ。
しかし今度ばかりはマリーンも笑顔にはごまかされない。
「貴方まで何言ってるのよ! てか年甲斐って私より若いくせに何言ってるのよ!」
「あぁ、確かにそうですね」
ナガレは面目なさげに後頭部を掻きながら述べるが、すぐに笑顔を覗かせ。
「でも、ありがとうございます。マリーンが最後まで見守っていてくれたから試験を楽しむことが出来ました」
それを聞いたマリーンの頬が紅潮し、眼をパチクリさせた。
二度目の微笑みには彼女も流石にたえられなかったようである。
「貴方結構やるわねぇ……てか、楽しんだって全然本気なんてだしてなかったじゃない――」
「いえいえ、才能ある方と手合わせするのは、それだけで何事にもかえられない価値がありますから」
そんな言葉を交わすふたりに、もう! とマリーンが声を張り上げ。
「ナガレはずるい! なんかもうずるい!」
「え? あ、はぁ」
やはりやり過ぎてしまったかな? と頬を掻くナガレである。
「はぁ、もういいわ。で、試験の結果は……聞くまでもないわね」
「えぇ、文句なしの合格よん。Bランクというのが申し訳ないぐらいよん。そうだ! ナガレも特級にしてしまえばいいと思うわん」
「いきなり特級って聞いたことないわよ……」
マリーンがその整った顔を引き攣らせる。
「とにかくBランクは間違いないわね。何級かはギルド長の判断に任せるわよ。てか、ゲイはここも後でしっかり直してよね。壊したのは貴方なんだから」
「はいはい、本当マリーンはそういうところは厳しいわよね」
「当然よ! さて、じゃあこれで試験も終わったしナガレも一旦上に――」
「て! ちょっと待ってよ!」
話が纏まりかけたところで、ピーチが大声で叫びあげた。
皆の視線が一斉に桃色髪の彼女に向けられる。
すると、若干涙目になったピーチの姿。
「私! 私のこと忘れないでよ! 私も試験受ける為に来てるんだからね!」
あ……、とマリーンが声を漏らし口元に手を添えた。
どうやら完全にピーチの事を失念していたようだ。
「……そういえば試験受けるのふたりだったわねぇ」
目を眇めつつゲイが零す。
「そうですね。ついつい私が先に出てしまいましたが、ピーチもBランクになるためにここに来ていますし、お疲れでしょうが宜しくお願いいたします」
ナガレがそれを願うと、ゲイはヤレヤレといった顔を見せながらも、仕事だし仕方ないわね、と述べ再び試験場の中心に戻っていった。
「でも、ここもうぐしゃぐしゃじゃない」
眉を顰め、マリーンがゲイに告げるが、大丈夫よ、と一言発し。
「その娘、魔術師でしょ? だったらあたしは魔法を受けるだけ。それで判断できるわん。だから問題無いわよ」
バトルハンマーをどこぞへしまい、ゲイは左手を差し上げた。
流石に、ナガレと相対した時のような戦いになるわけがないと踏んでいるのだろう。
「な、なんか私舐められてるわね……まぁナガレの後じゃ仕方ないかもだけど」
「ピーチ」
溜息混じりにピーチがこぼしていると、後ろからナガレが声を掛けた。
「え?」
そしてピーチが振り返るとすぐ目の前にナガレの顔があり、思わず彼女が仰け反る。
「ちょ! な、何ナガレ!」
「えぇ、一つ試験のコツを教えてあげようと思いまして……」
コツ? と首を傾げるピーチにナガレが耳打ちして囁いた。
若干擽ったそうに身を捩らせるピーチであったが、ナガレの話を聞きその眼を丸くさせた。
「それで……本当に?」
「えぇ、寧ろそのほうが好印象だと思いますよ」
相変わらずの笑顔で応えるナガレに、照れながらもピーチは表情を引き締め。
「判った! ナガレと折角パーティーを組んだんだし、私もBランクに昇格できるよう頑張るわね!」
言って、ピーチはゲイから数メートルほど離れた位置で立ち、杖を正面に構えた。
「ねぇナガレ、ピーチに何を言っていたの?」
「……そうですね、その前にひとつ確認ですが、昇格するために試験官が見るのは単純な実力の他、将来性も考慮されますよね?」
「えぇそのとおりよ。その時点の実力が多少伴ってなくても将来性があれば、昇格出来ることもあるわ。でもそれがどうかした?」
「いえ、ただ私はその辺を考慮してちょっと伝えたもので」
そこまで言うと、マリーンは不思議そうな顔でナガレを見た。
なぜなら魔術師に関してはいえば、昇格できるか否かは使用できる魔法の練度によって下される場合が多い。
戦士系と違い直接手を合わせる事がない魔術師に関しては、将来性を加味する事など皆無に近いのである。
「さ、いつでもいいわよん。貴方の最も得意としてる魔法を撃ち込んできなさい。受け止めてあげるわよん」
マッチョのポージングを決めつつ、余裕の表情でピーチを見るゲイ。
流石にナガレと違い、彼女相手に警戒心を抱いている様子はない。
寧ろ先の戦いがナガレだっただけに、どこか冷めた様子で見てる節もあるほどだ。
「わ、判ったわ。じゃあ遠慮無くいくわね」
若干の戸惑いの表情を見せつつも、ピーチは杖を前に突き出し詠唱を開始した。
以前ナガレも目にした炎術式第十門を開き行使する魔法である。
「――フレイムランス!」
唱えると同時に杖の先端から焔の槍が飛び出し、ゲイに向かって突き進む。
しかしゲイは特に気にする様子も避ける様子も見せず、ピーチの最も得意とするそれを片手で受け止めた。
ドスンッ! という破裂音。ゲイの手が一瞬炎に染まるも、軽く手を振ると瞬時に掻き消された。
彼の手には傷どころかちょっとした火傷の痕すら残っていない。
「……で? まさか貴方、これで終わりなのん?」
先程までの感情丸出しの声音から一転、どこか淡々とした口ぶりで告げられた言葉に、うぅ、とピーチが喉を詰まらせる。
「……思ったんだけど、先にナガレが試験を受けたのは不味かったんじゃないかしら? 試験官たるもの常に平等な判断を下すのは当然なんだけど……それでも直前のナガレの戦いが凄すぎて、あれじゃあピーチの魔法が霞んで見えてしまうわ」
「……ふむ、でもそれも仕方がないですよね。正直ピーチの魔法では、とてもBランクに上がれるようには思えませんから」
え? と目を見張りマリーンがナガレを見やった。
まさかそんな言葉が彼から発せられるとは思わなかったのだろう。
「それって……ナガレはピーチの昇格が無理だと思っているという事?」
「いえいえそれは違いますよ」
しかしナガレは言下にそれを否定し、マリーンはますますわけがわからないといった顔を見せるが。
「ウィンドカッター!」
ピーチの魔法が再びゲイに向けられた。が、今度はそれを真正面から受け止める。
にも関わらず全くダメージを受けた様子もみせず欠伸を噛み殺す様子さえ確認できた。
「……ねぇ? 貴方さっきの炎の魔法でさえ私に通じなかったのに、こんなので認めてもらえるって本気で思ってるのかしらん?」
ゲイが少々キツイ口調でピーチに問いかけた。 ピーチは悔しそうに唇を噛みしめる。
「……ここまでかしらね。ナガレちゃんの腕が素晴らしかっただけに残念だけど……」
「ちょっと待って!」
ゲイが終了の宣言をしようとしかけたその時、ピーチが吠えた。
「私にはまだとっておきがあるわ! それを見てから判断してほしいわね!」
ビシッ! と指を突きつけ、ピーチが自信をその顔に覗かせる。
「……へぇ、面白いじゃない。だったらいいわ。だけどこれが最後ね。それで納得できなかったら……はっきりと言っておくわん、貴方の昇格は見送りよん」
「わ、判ってるわよ……」
それはとても残酷な宣告であったが、ピーチには諦めている様子は感じられない。
真剣な表情で、今度は更にゲイに向かって前進しながらも詠唱の言葉を紡いていく、が――
「……ちょっと、それって――」
「フレイムランス!」
ゲイの言葉に重ねるようにピーチの魔法が発動。
だが、確かにゲイが言いかけたようにそれは、先ほどと何ら変わらない炎の魔法。
唯一違いといえば、放たれた先がゲイの顔面であったことぐらいか。
「顔を狙ったぐらいで試験に合格できるとでも? 馬鹿にしないでよ、ね!」
ゲイは顔の前に右手を広げ、飛んできたフレイムランスを握りつぶした。
小爆発が顔の前で起き、一瞬視界が遮られるが気にする様子はない。
「……全く、この程度とはね、本当がっか、て、え?」
しかし爆発が収まった直後、ゲイの黒目が戸惑いに揺れた。
なぜなら、彼の視界からピーチが消え失せたからだ。
そして――
「はぁああぁああ!」
直後、ゲイの背後からピーチの気勢が上がり、そして彼の臀部に衝撃が伝わる。
「な、何これ!」
「まだまだよ!」
動揺するゲイ、しかしピーチは構うことなく、両手で握りしめた杖で、その尻を叩き続けた。
「な!? ちょ! 貴方何してるのよ! なんで……なんで杖であたしを殴ってるのよーーーー!」
「あら、もしかしてBランクの特級冒険者ともあろう方が知らなかったの? 杖は、武器としても使えるのよ!」
更に、パン! パン! パーーーーン! と快音が鳴り響く。
その様子にマリーンも目を見張った。
「そんな……杖を武器として扱うなんてあり得ないわ――」
「それがあり得るのですよ。それに、ピーチも中々様になってるではありませんか」
顎に指を添え感心したように述べるナガレ。
すると、遂にゲイの口から。
「ストップ! ストップよ! 判った、もう判ったわ! もうこれで試験は終了よ!」
そんな叫びが試験場内に響き渡るのだった――