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第二三一話 サトルを助けて

 アンの話から、彼女を助けた存在がサトルという名前の人物であることが判った。

 そしてはっきりとこそ口にしなかったが、そのサトルの介入によってアン達を追ってきていた三人の異世界人(ナガレからすれば地球人)が死亡したということも判断がついた。


 ただ、アンはその時、あまりにいろいろな出来事が重なりすぎた為、記憶に関しては覚束ない節も多々ある模様だった。

 

 それでも、アンの記憶ではどうやら三人を殺害したのはサトル自身ではなく、一緒にいた仲間であり、その人物は全身が黒い鎧で覆われていたという。


「……つまり、正確にはそのサトルという少年と、もう一人いた? そのもう一人の名前は、判る?」

「ご、ごめんなさいそこまでは……」

「……ん、それならいい、大丈夫」


 耳を垂らししょげるアンに優しくビッチェが伝えた。あまり無理に思い出させようとしても辛い記憶ばかりが蘇るだけだろうと、彼女も判断しているのだろう。


 そして、その話を聞きながら、黒い鎧ですか、と一人つぶやくナガレでもある。


「……ナガレ、何か判る?」

「ふむ、その黒い鎧は果たして人間なのか? と……」

「……人間じゃない? 魔物かもしれないということ?」

「そうですね。魔物とは違うかもしれませんし、あくまで可能性の話ですが」


 ビッチェは一瞬目をパチクリさせるも、

「……どっちにしろ調べる必要はありそう――」

と口にしつつ、再度アンに話を聞くが、それ以上のことに関してはアンの記憶も曖昧でありこれ以上質問責めにしても負担になるだけと判断しそこで話を切り上げることにした。


 とは言え、帝国に召喚されたと思われる人物がいたことや、サトルという少年の存在が知れたので十分有力な情報だったといえるだろう。


「……ありがとうすごく助かった」

「ええ、アンの情報はきっと役立つと思いますよ」


 ビッチェの表情の変化が乏しい分、ナガレが暖かい笑顔を見せる。


 するとアンもどこかホッとしたような顔を見せ、だが、その直後真剣な眼でナガレに訴えてきた。


「あ、あの! もしかしておふたりは帝国に向かったりしますか?」

 

 どうやらアンはこれまでの話から、もしかしたらナガレとビッチェは何か調べることがあり、帝国にいくつもりなのではないか? と、そう判断したようだ。


 これは調査をしているという点ではあながち間違いでもないが、ただ帝国に赴くことになるかに関してはまた別問題でもある。


 とは言え――


「そうですね。もしかしたらそういうこともあり得るかもしれませんね。断言は出来ませんが」


 ナガレがそう答え、ね? と同意を求める眼をビッチェに向ける。


 その澄んだ瞳が気恥ずかしかったのか、少し照れたように頬を染めるビッチェでもある。中々他の男には見せないレアな表情でもあるが。


「……確かに、可能性はあるかもしれない」


 そうナガレに合わせる形で同意を示した。

 するとアンは一旦顔を伏せるも、何か決意めいた顔でふたりに訴えてきた。


「そ、それならお願いします! さ、サトルさんを助けて上げて下さい!」

「……助ける?」


 小首を傾げながら問い返すビッチェである。これまでの話で結果的にサトルの行動がアンを助けることに繋がったことは理解したが、サトルを助けるという部分に関しては今の話だけだと怪訝の方が強いのだろう。


「話を聞かせていただいても?」


 なので、ナガレはアンを促した。彼女はこくりと頷くが、途端に表情が重くなり始め。


「……私、私、助けてもらったのにサトルさんに酷いことをしてしまったんです。お礼を言わないといけなかったのに、私つい悲鳴を上げてしまって」

「……悲鳴?」

「……はい、私、私怖かったんです――助けて貰ったのに、サトルさんのことを、怖いと思ってしまったんです」


 目に涙を溜めながらアンが訴え続ける。どうやらアンはサトルにお礼を言えなかったことが、いや、それよりも助けてくれた存在を恐怖してしまった自分がどうしても許せなかったようだ。


「……話は判った。でも、それも仕方がないこと。結果的に助けてもらった、でも、目の前で起きた出来事は、子供には厳しい。恐怖して当然」

「…………」


 励ますつもりでビッチェは述べたようだが、やはりアンの表情は昏く沈みきっている。そしてその理由はサトルに対して悪いと思っているだけのことではないのだろうとナガレは理解した。


「……アンは感性が鋭いのですね。だからそのサトルくんから何かを感じ取ったのでしょう。鬼気迫る何か、といったところでしょうか」


 その言葉でアンが顔を上げ、じっとナガレを見た。そしてぐっと小さな拳を握り込む。


「……私、賢くないから、どう伝えていいか、でも、感じたんです。サトルさんから、それは私があの三人に向けた感情にも似ていて、でも、もっと深い、でも! でもきっとサトルさんは元々は悪い人なんかじゃない! だって、結果的にとはいえ、あの人は、私を助けてくれたから――」


 どこか辿々しくも感じる話だが、ナガレにとってはそれだけ聞ければ十分であった。アンはサトルに感謝し、だからこそ心苦しく、そして心配でもあるのだろう。


「――判りました。もし彼に出会う事があったなら、アンの気持ち、しっかり届けますよ」


 ナガレの言葉にはよほど安心感が滲み出ていたのだろう。沈んでいたアンの表情は一瞬にしてぱぁっと明るくなった。


 その様子に、流石ナガレ、抱きたい、などと口にするビッチェであり、何言ってんのよ! と離れているにもかかわらずツッコミを入れるピーチである。


 こうして――アンとの面談も無事終了し、その後は念の為他の子達の話も聞くふたりであったが、アン以上の有力な情報は掴むことができなかった。


 ちなみに面談している間にピーチと子供たちは随分と打ち解けたようだ。

 あ~そのお菓子私が目につけてたのにーー! などと子供っぽい姿を見せるピーチがきっと親しみやすかったのだろう――





 子供たちの話を聞き終えてから、夕食までは静かな時間が流れた。ちなみに本来の予定でいけば滞在期間は明後日までであり、ルルーシ一行もそれにあわせて屋敷へ戻る予定と言っていた。


 尤もそれも特に何の問題もなく予定が済んだ場合である。


 その後は子供たちも女性陣と広いお風呂を楽しみ(どうやらビッチェの裸体は子供たちの心すら魅了したようだが)夕食もご馳走になった。


 高級食材の数々に涙を流す子供までいたほどで、話を聞くと帝国ではパンの一つにありつけるだけでも贅沢であったようで、その話一つとっても獣人に対する帝国の在り方がよく判る。


 ハーフとはいえ、同じ獣人であるカイルは珍しく複雑そうな表情を見せていた程であった。


 王国では個々の人間で言えばまた話は変わるが、王国全体としては種族間の偏見や差別を禁止しているし、カイルもこうして普通に冒険者として生活を営んでいるのだから、帝国に比べれば圧倒的に獣人にとって過ごしやすい国とも言えるのだろう。





「ところでビッチェは今日のこととかまた報告に戻らなくても大丈夫なの?」

「……戻る? 何のこと?」


 そして夕食の席も無事終わり、部屋に戻る途中でピーチがビッチぇに尋ねる。


 だが、肝心のビッチェは何を言っているのか判らない、といった表情を見せていた。


「いや、だってアンから帝国が召喚した人物の情報も聞けたし、それにナガレのSランクの件もあるじゃない」

「……心配いらない。手紙を送る。それでいい」

「え? でも時間かかるんじゃ?」

「……連盟の情報網を甘く見てはいけない。冒険者連盟の配達ルートを使えば明日には手紙が届く」

「……え? いや、それなら前のナガレの件はどうしてビッチェ自ら届けにいったのよ」

「……私が必死に集めたナガレの情報、第三者なんかに任せておけない」

 

 心外なと言わんばかりに、ムッとした表情で口にするビッチェであり、

「――あ、はい」

としか答えようのないピーチである。


 こうしてこの日の夜も比較的平穏に過ぎていったわけだが――


 それは次の日の朝、全員が揃い朝食を取り終えた直後のことであった。


「失礼致します」

 

 扉を開け、そう断った上であのハラグライがズカズカと朝食の席になだれ込んできた。

 それは随分と険悪な雰囲気であり、彼の周囲には何人かの騎士の姿も見られる。


「これは一体どういうことだ! まだ朝食の途中だぞハラグライ。第一お前はまだ謹慎の途中だろう!」

「もうしわけありませんルプホール様。ですが、急を要することでしたので。それに、この場を逃しては下手すれば罪人共に逃げられてしまう可能性があった故」


 キッと険しい目つきでハラグライが述べる。するとアクドルクが怪訝な目つきで、罪人だと? と反問した。


 すると――


「はい、此度の奴隷を扱う闇商人に関して――その主犯が、そこに平然と座っているオパール・ザ・マウントストム・ジュエリーストーン伯爵だからですよ」

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