第二二八話 イストブレイスの街への帰還
フレムの頑張りもあってか、魔獣の森を出てから街まで一時間程度でつくことが出来た。
衛兵もしっかり待っていてくれたようで、ナガレ一行の到着を認めるなり、開門! と声を上げあっさりと出迎えてくれた。
「皆様お疲れ様です! 城も皆様がいつ戻っても大丈夫なよう門は開いておりますので!」
ビシっと、貴族でも出迎えるような姿勢で衛兵が言った。緊張している様子も感じられるので、上から失礼がないようにと言い渡されているのだろう。
「ありがとうございます。このような夜分遅くまで本当お疲れ様です、助かりました」
「とんでもございません! 私のような若輩者にそのようなお言葉を頂けるとは光栄至極でございます!」
「街に入るだけでも苦労する程に管理が厳しいイストブレイスの衛兵にここまで言わせるとはな……」
ローズが感心、というよりはどこか呆れた表情でそう述べる。彼女からすれば常識外にも程があるといったところか。
何はともあれ、無事街門を抜けた一行はその足で城へと戻ろうとする。
「馬役ご苦労様です!」
「う、うっせぇ!」
すると車体を引くフレムに衛兵のそんな声が届き、流石にその時はちょっと気恥ずかしそうなフレムなのであった。
「やあ、やあ、本当にお疲れ様だね。それにしても、何か凄い偉業を果たしているような、今の君達を見ているとそんな気がしてくるよ」
城に着くなり、アクドルクとその妻であるリリースが出迎えてくれた。
アクドルクは随分とにこやかな顔だが、森で何があったかまでは知らない様子。
ただ、同行している子供たちを見て何かは察しているようだ。
「僭越ながら申し上げます。ナガレを含めた我ら魔獣討伐隊、森へと出立いたしましたがその際に魔獣と遭遇、またナガレによる事前の推測通り、不当な手段で奴隷を――」
そしてこの件に関しては代表してローズが説明した。騎士という立場なのはローズのみであり、この状況ならば彼女から告げた方が良いだろうとの判断の上である。
「ふむ、やはりそのようなけしからん奴隷商人がいたのですね。しかし、念のため近くの駐屯所から騎士を派遣したがどうやら杞憂に終わったようですな」
「いえ、森での調査に協力して頂き、更に奴隷商人の素性などに関しても調べて頂けるということでとても助かりました」
実際は調査に関してはナガレ達の手で完全に済ましてしまっていたが、ここは敢えて相手を立ててといったところなのだろう。
「ふむ、その辺りの報告はきっと明日にでも彼らが街に赴きしてくれるでしょうね。本当に今回は苦労をかけました。子供たちの部屋もすぐに用意させるのでご安心を。ただ詳細に関しては後日伺うことになると思いますが――」
「それは承知しております。子供たちにも話はしておきますので」
それに関してはナガレが答えた。肝心の子供たちは、やはり城に連れてこられどこかおっかなびっくりと言った様子でもあるが。
そしてその後はアクドルクが言っていたように、深夜であるにも関わらずメイドや使用人が子供たちの部屋を用意してくれた。帝国から王国まで連れてこられ、不安と恐怖で支配され続けた子供たちということもあり、敢えて全員が就寝できる大部屋を用意してもらうこととなり。
「貴方がペルシアの言っていたアンちゃんね。あ、私ペルシアちゃんが暮らしている孤児院のマリアと友達でね。それでペルシアちゃんともね――」
ルルーシが子供たちの部屋に顔を出しつつ、少しでも安心させようとアンと目線を合わせて話してあげた。
更にカイルも顔を出し子供たちの相手をする。同じ獣人であるカイルであれば子供たちの心も開きやすいと思ってのことだ。
同時にカイルが冒険者として普通に生活を送っている事が判れば、王国では本来獣人差別などは禁止されていて不便なく暮らしていけているんだということも知ることが出来るだろう。
「魔獣の森には行けなかったけど、おいらでも役に立ててよかったよ」
そんなセリフを軽い口調で話しつつ、子供たちの質問にも答えていくカイルである。
そしてビッチェも顔を出したが、その途端に子供たちに囲まれ質問ぜめにあうビッチェである。
「ど、どうすればお姉さまみたいな、な、何か凄い女性になれますか!」
「……女の武器を活かすなら、女は勿論、男も、雌も牡も、あらゆる生物の性を知り、そして――」
「ちょ、ちょっとビッチェ何を子供たちに教えているのよ!」
だが、その内容はいくらなんでも早すぎると思ったのかピーチが止めに入ったりしつつ、結局はナガレやフレムの輪の中に入り、少しでも子供たちの不安な気持ちが和らぐように努め――それから間もなくして子供たちにベッドの上で寝息を立て始めた。
奴隷として馬車に無理やり押し込まれ、知らない土地に連れてこられ、途中で魔獣にまで襲われたのである。精神的にも体力的にも追い込まれていたギリギリの状況。だが、それらから解放されたことを知り、ようやく彼女たちも安心して眠りにつくことが出来たのである。
恐らく暫くは疲れを取るために眠り続ける事だろう。だがそれでいい。今は子供たちに何より必要なのは暫しの休息である。
子供たちが就寝したのを確認し、明かりを落とし部屋を後にする一行。そして途中から顔を出していたエルガとオパール、そして街に残っていたクリスティーナやへルーパ、ニューハやダンショクも含めて一旦ルルーシの部屋へとお邪魔する。
時間が時間だが、件のこともあり主要な面々には森でのことを説明しておく必要があると思ったからだ。
「……なるほど、森ではそんな事があったんどすな」
「ローズもお疲れ様でしたね」
「いえ、そんな。それに正直私はそれほど役に立てた気がしないのです――」
どうやらローズはナガレやビッチェの戦いぶりに少々自信をなくしてるような雰囲気も感じた。若くして隊長という役目も任され、それが自信にもつながっていたようなのだが、当初は馬鹿にしていたナガレの強さや、さらに後から駆けつけたビッチェの実力を目の当たりにし完全に鼻っ柱を折られてしまったようなそんな様子である。
「いえ、そんなことはありませんよ。ローズは状況判断が的確で、環境を即座に理解し、地の利を活かすような戦いかたはピーチやフレムより遥かに長けています。このあたりは流石騎士団に所属し日々訓練に勤しんでいるだけありますね」
「そうですね。実際ローズ様は群れで行動するヘルハウンド相手にも臆することなく、見事倒してみせました。自信をもっていいと思いますよ。単独で魔獣を倒せるものなど騎士でもそうはいないのですから」
「……そ、そうか?」
しかし、ナガレとナリヤに褒められたことで、照れくさそうな反応を見せながら、意外とあっさり立ち直るローズでもあった。
「……しかし、なぜ見てもいないナガレにそれが判るのかが、どうしても解せなかったりするんだが――」
だが、ふと我に返ってその疑問を口にするローズである。
「……ナガレなら当然」
「……それでいいのか?」
しかし、皆が納得しているのだからそれでいいのだろう。そして今度はルルーシがナリヤを見やり、
「ところで、やっぱりもう出てこれないかな?」
と問いかけた。すると――
「まだ大丈夫だよ~~~~!」
あっさりとナリアが姿を見せた。それに額を抱えるナリヤでもある。
「やった! 流石にもう無理かなと思ったけど、ナリア~~~~!」
「ルルーシーーーー!」
手を取り合って再会を分かち合う二人である。どうやらナリアもずっと出ていられるわけでもないようで、その為かルルーシも今宵は会えるのを半ば諦めていたようだ。
しかし思ったよりも早く事件が片付いたので余裕が生まれたのだろう。
「それにしても……結局どうしてナリアが出てこれるようになったの?」
「それは、私のスキルの恩恵です。正確には守護霊となったナリアと私の合わせ技みたいな形のようですが」
「ふ~ん、それにしても守護霊なんているんだな」
「そうですね。どうやら肉体が朽ち魂が精霊化したものが守護霊となるようですけどね」
「ナガレってば凄い! よく判ってるね~」
ナリアが満面の笑みを浮かべながらナガレに感心する。
このことはこの場のほぼ全員が知らなかったようで、同じように感嘆の言葉を貰うこととなった。
ただ、この守護霊に関しては誰しもがなれるものではない。ある程度素質のようなものも必要なようだが、尤も重要なのは想いの強さのようだ。
そう言った意味では双子でもあるナリアには十分その資格があったとも言えるのかもしれない。双子故に肉体として死した後もナリヤの事を想い、その想いの強さ故に守護霊と化す事ができたのだ。
「で、でも、双子とはいえ、ず、随分と性格が違いますのね?」
クリスティーナが問う。最初具現化したナリアを見た時は随分と驚き、更に既に他界しているナリヤの妹と聞き、悲鳴を上げフレムに抱きついた彼女である。しかし事情を聞きまだ多少は震えているが、それでも大分落ち着いたようだ。
ちなみにそんな彼女はお化けが大の苦手らしい。
「いえ、実はナリアは元々はここまで性格が破綻、いえ、おかしな性格ではなかったのですが」
「……言い直しても、あまりフォローになってない」
ジト目で突っ込むビッチェである。
「とにかく、何というかナリアが言うには、肉体から解放され霊体となったことで心まで解放されてすごくスッキリしたのだとか、そういう理由で、性格がすっかり変わってしまいました……」
「そう! 私、身も心も解放されたのーーーー!」
「あら素敵! 私ももっと自分を解放したいのよ~~~~!」
「貴方は解放しすぎです」
何故かナリアに共感するダンショクに手痛い突っ込みを返すニューハでもある。
そしてその後のナリヤの補足で、スキルの効果で守護霊のナリアが実体化出来るのは夜限定、しかも霊力の関係で七日に一度、だったのだが、その間隔は段々と短くなっていて今は三日に一度ぐらいのペースで実体化できるようだ。
何はともあれナリヤの守護霊に関してはある程度理解した一行である――




