第二二七話 遅れてきた騎士
ビッチェの話によりビッチェの主な目的は理解した一行であったが、なぜこの森までやってきた? という疑問点が残った。
そしてビッチェによるとその理由は、本当ならばナガレが滞在しているイストブレイスに向かう予定だったのだが(ちなみに門が閉まっていてもこっそり入る予定で密かに夜這いも計画していたようだ)その途中森からピーチ達の気配を感じたからだったようだ。
ちなみに当然だがビッチェでもナガレの気配まではよめない。だが、ピーチとフレムがいるなら間違いなくナガレがいるだろうと踏んだようで見事その推理は当たった形である。
「……ナガレと再会出来て嬉しい。できればこのまま大人の夜を過ごしたいところ」
「させないわよ。絶対そんな真似させないんだからね!」
「先輩も必死だな……」
「それが恋する乙女ってものよフレム」
「そうなのか? 俺にはよくわかんねぇな」
実際はフレムもローザの事が気になっていた時期があったのだが、いつのまにかその気持ちも薄れすっかりナガレ一筋になってしまったフレムなのである。
「……ピーチのこともあるしそれは一旦保留。それに少し調べ物がある」
「調べ物ですか?」
「……そう、この連中の乗ってた馬車を見たい」
「馬車? でももうボロボロじゃない」
ピーチの言うように、この闇商人がアン達を乗せていた馬車は魔獣によって破壊され幌も破れ車輪も外れ、木片もあたりに散らばっているような状況だ。
「……でも、調べれば何か証拠が出てくるかもしれない」
「そうですね。それであれば遺体の方も手分けして調べるとしましょうか」
ナガレがそう述べると、子供たち以外の一行が調査に入る。
勿論本来であればナガレ一人で簡単に調べ上げる事が可能だが、それだとビッチェの立場もないので敢えてしないナガレである。
「う~ん、この冒険者は大したもの持ってないわね」
「とりあえずタグは全て回収しておいが方がいいでしょうね」
「う~ん、大体Bランク冒険者ってところかな。魔獣の出る森にしては低いね~」
「まあ、それでいえば俺達もBランクなんだけどな」
「何ナガレもなのか!?」
「はい、私もBランクですね」
「それなのにSランクの話が来たのか……冒険者の基準がよくわからなくなってきたぞ――」
ローズがどことなくげんなりとした顔で述べる。しかしそれも仕方ないだろう。一つ言えるとするならば、ナガレを基準に物事を考えてはいけないということである。
「ふむ、ですが彼らのランクが低い理由は恐らくこれですね」
ナガレが地面に落ちていた筒型の何かを手にして言った。片手に収まる程度の代物であり、筒の外側に術式が刻まれている。
「これ、魔導具っぽいわね」
「はい、ここから煙が出る仕組みのようですね。きっとこの商人は、この煙によって魔獣には襲われないと思いこんでいたのでしょう。過去に何度かそれで切り抜けられたのかもしれません」
「なるほど、しかしそれが今回は効かなかった――それで魔獣にやられてしまったわけですね」
ナガレの発言に得心が言ったようにナリヤが頷いた。
「でも、これは収穫かもね! 魔導具は大体魔術師ギルドの管理で登録されてるから、これを調べれば持ち主の事が判るかも!」
「いや、持ち主はもうそこで死体として転がっているんだから意味なくないか?」
「……あ」
ピーチががくりと項垂れて、フレムに指摘されるなんて、とうわ言のように繰り返した。まさかフレムでも気がつけたことが判らなかったなんて、とショックを受けているようでもある。
「いえ、ピーチの考えは悪くないですよ。その魔導具はこの商人のものとは限りませんからね。この取り引きを手引きした相手が渡した可能性の方が高いでしょう。ただ、正規のものである可能性は低いと思いますので、そう簡単ではないかもしれませんけどね」
ナガレの言うように、この魔導具が闇商人を手引するために用意されたものであるなら、ギルドに登録されているような表の品を利用する筈がないだろう。
「……ナガレ、こっちにも収穫あった」
すると、今度はビッチェが戻ってきて皆に向けて知らせてきた。
その手には革製の袋が握られている。先端を付属の紐で絞っているタイプであり、この世界ではわりと普通に物入れとして使われている代物である。
膨らみとしてはビッチェの掌に乗せれる程度。ただ底面の凹みをみるにそれなりの重さを感じさせた。
「それって中身は確認したのか?」
「……見た、宝石が入っている」
「宝石ですか――」
そう答えつつ顎に手を添え一考するナガレであるが――
「皆様、無事ですか!」
突如、後ろから何者かの声が響き渡る。それに弾けたように振り返る四人、ただナガレはどことなく余裕の感じられる所作で、ビッチェはそのまま視線を声の主へ向けた。
「あ~良かった。聞いていた人数で、皆さんいますね」
「本当、驚きましたよ。途中ブラックドッグやマンティコアや他にも大量の魔物の骸がゴロゴロしているのですから――」
奥からぞろぞろと甲冑姿の男達が姿を見せた。その様相から騎士であることは想像がつく。鎧に刻まれた紋章はこの領地の騎士であることを証明する為のものだろう。
「おいおい、それにしたってこれは一体なんのつもりだ?」
「突然騎士姿の人がやってきてちょっと驚きね」
するとフレムとピーチが怪訝な表情で述べる。
「これは失礼いたしました。我らイストフェンス騎士団の騎士。ルプホール様と団長の命に依り馳せ参じました」
そこへ、一人の騎士が前に出た。茶色いちょび髭を生やした男である。年齢は四〇代そこそこといったところか。
「つまり、ルプホール卿が我らを心配して騎士を派遣してくれたということか」
「はい、ですが、みたところどうやら我らの出る幕はなさそうですな」
ローズに言葉を返した後、はははっ、とひと笑いしたあと、改めて彼はこの騎士の中で隊長を務めているナイツであると名乗った。
「それにしてもよく追いついたな。街からだとかなり距離があるだろ?」
「ははっ、勿論街からではありません。ここから近い駐屯所からの派遣です。知らせは夜鳥を使ってのものですが、そういう意味ではむしろ我々の方が驚きですけどな」
そう言って今度は苦笑してみせる。まさか街からでた冒険者がこんなにも早く森にたどり着いており、しかも既に多くの魔獣を倒してしまっているのだから驚くのも無理はない。
「ところで、貴方様がお持ちのそれは?」
ナイツがビッチェの抱えている袋を指差し問いかけた。それに一瞬ビッチェが答え倦ねるが――
「……そこの壊れた馬車の中から見つけた」
ビッチェは素直にそう答えた。この状況では下手にごまかしても不信感を抱かせるだけだと判断したのだろう。
「そうでしたか。この連中については我々もルプホール様より、不当な手段で奴隷を運んでいる闇商人の可能性があると知らせを受けております。そういえばその奴隷にされそうだった者は?」
「それは私達で保護しております。今は少しは落ち着いてますが、ことがことだけにあまり刺激はしたくありません。なので引き続き我々におまかせ頂いても宜しいでしょうか?」
「勿論、ナガレ様の事もルプホール様から知らせを受けております。ただ街では後々にでも顔合わせは頂くことになると思いますが」
「一旦街に身を置く以上それは仕方がないでしょうね」
ナリアが述べ、それに異を唱えるものはいなかった。
「それと、その袋に関してはこちらで預からせて頂いても宜しいでしょうか?」
ただ、この要求に関してはフレムが前に出て噛み付いてみせる。
「おいおいおいおい、ちょいとそれは筋が通らないんじゃないのかい? 俺達冒険者のルールだとこういった場合戦利品は解決した冒険者に受け取る権利があんだろが?」
正直、相も変わらずと言えばそれまでだが、こう言った際のフレムの口調はそのへんのチンピラみたいである。
とは言え、フレムの言い分に間違いはない。ただそれもこれが正式なギルドの依頼の場合であったり相手が盗賊などであることが明白な場合だ。
今回に関しては、イストフェンス領側からしてみればこの商人はあくまで、裏で奴隷取り引きをしていた疑いがあるという段階である。
そしてこの案件そのものは、魔獣の駆除を除けば冒険者ギルドから正式に依頼されたものではない。勿論領主の許可をもらってことにあたっている一行ではあるのだが。
「ええ、判っております。ですのであくまで預かりです。こちらとしてもこの連中の素性や他に仲間はいなかったのか? 取引相手は誰なのか? と、そういったことを掴むためにも少しでも証拠品に繋がりそうなものは回収しておきたいのです。勿論調べが終わり次第、ギルドを通して皆様にはお返しいたしますのでどうかここは一つ――」
しかし、騎士隊長であるナイツはあくまで低姿勢でお願いという形で接してきた。こうなるとフレムも、むぅ、と目を眇めそれ以上言葉は出てこない模様。
流石にこの状況で嫌だというのも気が引けるのだろう。
「ビッチェ、これは仕方がありませんね。彼らにも事情があるのですし」
「……ナガレがそういうなら、仕方ない」
そしてビッチェは素直に革袋を騎士隊長に手渡した。ただ、魔導具に関しては聞かれなかったのでそのままナガレ達が持ち帰ることにしたが。
そして、念のため騎士たちも何か手がかりになるものがでてこないかと周囲を調べたがこれといったものは見つからず、商人がもっていた商人ギルドの証明書(あくまで表のものだが)を回収し、タグに関しては同じ冒険者であるナガレ達が後日ギルドに提出するという形で話はついた。
「後は倒された魔獣や魔物についてですが、これだけの量ですからな。よろしければ後日こちらも兵を総出で回収に協力致しますが?」
「いえ、今は多くの魔獣が倒された影響で、他の魔獣や魔物も慎重になっており、これ以上出てこないとは思いますが、また朝になれば動き出すでしょう。それにわざわざその為に動いてもらうのも申し訳ありませんので、禍根を残さないためにもいま回収していきますよ」
「……はい?」
思わず目を丸くさせて間の抜けた声で返してしまうナイツであったが、その直後規格外のナガレの回収方法に驚かされることとなったという。
ちなみに、量が量だけに本来ナガレとピーチの所持している魔法の袋であっても回収しきれる重量ではないのだが、そこは流石のナガレである。合気による圧縮で質量さえも一旦変化させ見事全て回収しきってみせた。
ただ、後日ギルドは相当忙しい目にあうとは思うが。
「ところで皆様これからはどうなされますか? 決して快適とは言えないかもしれませんが、一応駐屯所にも宿泊できる環境はありますが」
「いえ、領主様に戻ると伝えておりますので戻ることに致します」
「そうですか。本来ならこのような夜分に危険では? といいたいところなのですが、正直ここまでの実力がお有りの方にそのような心配は不要でしたな。何かあまりお役に立てず逆に申し訳ない」
そういって頭を下げられる一行であったが、いえいえお気になさらず、と丁重に応対するナガレである。
「な、ナリヤ様私のことは覚えてますか?」
「あ、はい、以前は街に」
「は、はい! その時は衛兵だったのですがナリヤ様にご指導頂いて騎士に!」
「ナリヤ様、あ、握手していただきますか?」
「え? はい、私などで良ければ」
そしてその間、他の騎士に何故か囲まれるナリヤの姿があった。どうやらルルーシの護衛として街に来た時に兵士たちの練習に付き合ったことがあるようだ。
その影響で人気が高いようである。憧れ的な意味合いが強いようだが。
『う~ん、お姉ちゃんもこういう人気はあるのに恋愛には中々発展しないよのねぇ~』
そんな姉の姿を見下ろしながらナリアがやれやれといったようすで呟いた。ちなみにナリアは既に幽体に戻ってしまっている。流石に他の騎士に自分の姿を見られるのはややこしくなるだけだと思ったのだろう。
そして当然だがその姿はナガレにはしっかり視えていたりする。
「ところで先生帰りも同じ方法で戻りますか?」
「あ、でも子供たちがいるわよね」
「ええ、ですので馬車を直します」
「……はい?」
思わずピーチの思考も止まってしまうが、その間にナガレは周囲の木々を合気で加工し、馬車を修理する材料に当て、その上で壊れた馬車を見事修理してみせた。
いや――もはやこれは修理というレベルではないか。何せ元の馬車より遥かに頑強で乗り心地の良いものに変化しているのだから。
勿論これもナガレの配慮によるもので、乗る子供たちが奴隷として運ばれていたことを想起しないようにデザインそのものも大きく変更。
普通であれば素っ気ないただの幌馬車が、なんということでしょう、ナガレの合気によって手が加えられ、幌一つとってもどことなくスタイリッシュなデザインに、まるで余裕の感じられない狭苦しい車内も一変、大人八人が乗っても余裕のある広々とした空間。地べたに座るだけという味気ない環境も、ナガレの工夫によりテーブルとチェアが設置され、その一つ一つが職人芸ともいえる洗練されたもの。人体工学に基づいた形で作成されたチェアは腰の負担が少なく長時間乗っていても全く疲れないという乗る人の身になって考えられた拘りの作り。
まさに今、何の特徴もなかった平凡な幌馬車が、見事なまでに生まれ変わったのです。
「うぉおおぉおぉお! 先生すげぇっす! ぱねぇっす!」
「……何かもう、ナガレなら冒険者をやめてもどんな仕事でもやっていけそうね」
「……ナガレと結婚できれば絶対幸せ」
「ナガレ様なら、住まわれる屋敷でもご自分でどうに出来てしまいそうですよね……」
「正直私はもうついていけない」
何はともあれ、これで子供たちが乗れる馬車も出来上がり、一安心といったところの一行であるが。
「ところでナガレ様、馬はどうされるのですか?」
ナリヤの質問に全員が、そういえば、という顔を見せた。
確かにいくらナガレでも無から馬を生み出すことは……やってやれないことはなさそうな気もしないでもないが、敢えてやろうとは思わないだろう。
「そうですね、ここは一つ修行ということで――」
するとナガレが問い掛けに答えながらも視線をフレムに向けた。
それに、へ? と目を丸くさせるフレムであったが――
森を出てすぐ一行は派遣されてきた騎士たちと別れ帰路についた。
そしてフレムを除いては行きと同じようにトレイン方式で移動する一行であるのだが。
「フレム、しっかりついてきてくださいね」
「うぉおおおぉおおぉおおおぉおおぉおおおお、先生俺は、俺はやってやりますよぉおおおぉぉおおおぉお!」
「す、凄い! 馬より速いです~~~~!」
そう、子供たちを乗せた馬車を引く役目はフレムに託されたのだ。そしてナガレに任命され喜んでその役目を引き受けたフレムでもある。
その速度はナガレの修行の賜物と言えるか、馬よりも遥かに速いものであったという――
気がつけばこのレベル0で最強の合気道家、いざ、異世界へ参る!も初公開から1年経っておりました。時が経つのは早いものです。ここまで更新を続けられたのも書籍化が出来たのも応援してくれている皆様のおかげです!改めて感謝を!本当にどうもありがとうございます!




