第二二六話 奴隷と召喚
「とりあえず、理由の一つは判ったけど、後ふたつって何なの?」
Sランク特級の件もナガレが断ったことで片がついたので、ピーチは残りふたつに関して言及した。
「……ふたつも大体ナガレと関係している。正確に言えば今最後の一つにも関係した」
「へ? どういうこと?」
「……いま大きな案件として抱えてる内のひとつは、闇商人によるバール王国内での奴隷売買の蔓延、本来ギルド連盟は特定の国の事件には関わらない、でも、この件は多方面へ悪影響が出る可能性がある」
「それって本当タイミングいいというか何というか――」
「まさにいま、目の前で起きていることが、その関係ですからね」
「私としても興味深いです。ビッチェ様でしたか? 今の話だと王国内でこういった事件が増えているように聞こえますが」
「そうだね~王国は他国に比べて平和なのが利点なのにね」
「我々としても看過できない問題だな。場合によっては奴隷の件はエルガ様やヒネーテ様にもお伝えせねば」
「……この件自体はそれでも構わない。けれど、私のことは他言無用」
「そっちは……何か関わるとややこしそうだから、聞かなかったことにする」
若干表情を曇らせながらローズが言った。そしてナリアとナリヤもそれに関しては同意してくれるようである。
「アン、ペルシア嬢とのことをもう少し聞きたいですね。それと皆さんもよければ――」
すると、ナガレが子供たちを連れて皆とは少し離れた位置で話を始めた。
奴隷の話は、折角心が解れてきた今の子供たちにはあまり好ましくないものである。それ故に気を利かせたのだろう。
「……ナガレ、流石よく気がつく」
「それほどでもありませんが、とはいえ今耳にするには少々厳しそうですからね」
「うん、流石ナガレ、て! えええ! な、なんで!? なんで子供たちと向こうにいったナガレが!?」
「気にしないでください、ただの分体ですから」
「はい?」
「な、なんだ分身ということか? 確かにそういうスキルもあると聞いたことがあるが……」
「……私のとも何か違う、ナガレ、やっぱり底が知れない」
「判った! きっとナガレも双子なのよ!」
「それは、違うと思いますが……」
「うぉおおぉおお! 先生はやっぱりすごすぎだぜ!」
「頭が沸騰しちゃうよ~」
ナガレの行動に十人十色な反応を示す一同である。ちなみに当然だがビッチェが使うようなスキルとも異なり、ナガレのこの技も合気の、正確に言えば神薙流のとある奥義の応用である。
通常、一般人が使用する分身の術というものは、時速二三九キロメートルを維持する事で可能ということは誰もが周知のことである。しかしこの分身というのはいわゆる幻影であり、当然実体はない。
だが、今ナガレがやってのけたのは分身の実体化、いわゆる分体の作成である。これには本来一体の分体を創る上でマッハ一〇〇〇万の速度を維持する必要があるわけだが、ナガレは先ず地面を一瞬にして数万回蹴りそれを合気で受け流し反発させることでこの超神速を実現させ、その上で分体を創り出しているのである。
「それにしても先生の凄さは今に始まったことじゃないですが、でもビッチェ、さっきの王国に奴隷の売買が蔓延ると他国への影響があるってどういうことだ?」
小首をかしげながらフレムが問う。するとビッチェは洗練された白金のような瞳を真剣なものに変化させ答えた。
「……本来の奴隷制度そのものは、ここバール王国を除けば今でも普通にどこの国でも存在する制度。それは当然わかっていると思う」
「まぁ、ね。正直この国になれてるとあまりいい気はしないけど」
「神聖教国ですら奴隷制度は残ってますからね……」
「……そう、そしてそういった奴隷の値にはある程度相場というものが存在する。だから特殊な事情でも無い限り普通は国が変わったからといって大幅に変化することはすくない」
奴隷は人でもあり物でもあるという考え方が浸透している故だろう。ここバール王国を除けば人に値段がつくなど当たり前になされていることなのである。
「……だけど、その相場がバール王国での闇奴隷の蔓延によって崩れる可能性がある。現在バール王国では裏取引で特に獣人がかなりの高値で取り引きされている。相場の倍以上らしい、それにバール王国から運び出された奴隷、これも勿論非合法な手段によるもの、それもやはり裏で高値で取り引きされてしまっている」
「……王国からのというのは私も被害に合いそうになったから判るわ」
「あの胸糞悪い連中みたいなことだな。思い出すだけで吐気がするぜ」
ピーチが眉を顰め、フレムが顔を歪めた。以前ビッチェ、ピーチ、ローザの三人は冒険者の裏切りに会い盗賊どもに奴隷として捕まりそうになったことがある。結局裏切り者とその盗賊共はナガレの手によって排除され事なきを得たわけだが――
「……そう、それも問題の一つ。裏の取り引きの方が利益があると噂が広まってしまうと、まともな取り引きをやめてしまう商人が増える可能性がある。本来奴隷商人にもそれなりの暗黙のルールがある。けれど、この状況はそのルールすらも脅かし無秩序な取り引きが横行することに繋がるかもしれない」
「なるほど、確かにそのようなことになれば、不当に奴隷として連れ去られる被害者が増えることが懸念されますね」
「……流石ナガレ、理解が早い。でも、相手がナガレならいつ奴隷になってもいい」
「何言ってるのよ! もう!」
本気の熱い視線をナガレに向けるビッチェであるが、そうは問屋がおろさないピーチである。
「それで、その件は判ったけど、あとの一つは何?」
「……それもナガレとちょっと関係あるかもしれない、異世界からこの世界にやってくる事案が増えてる。ここまで来る間もジュエリーの街でマサルの事も聞いた」
「ということは、あんたもマサルにあったのか。それで何か判ったのかよ?」
「……ギルド長を通して面会はした、でも要領は得なかった。死んで魂が飛ばされた事とナガレの手で特殊な能力が失ったことしかわからなかった。でもやっぱりナガレは流石。あんな能力を持っているのを野放しにしていたら大変なことになっていたかもしれない。お礼に私のことを好きにしてくれていい」
「何のお礼よ! 大体なんでいちいちそっち方面へ持っていこうとするのよ!」
「……チェッ」
「チェッ、じゃない!」
全く油断も隙もあったもんじゃない、とプリプリするピーチである。
「……それはそれとして、実は異世界人の件とこの奴隷商人の件は微妙に関係していたりする」
「え? そうなのですか?」
「それは中々興味深い話ですね」
ローザが眼を丸くさせ問い返し、ナリヤも耳を立てた。ルルーシと行動をともにしている彼女は孤児院の件もよく知っている。故に子供たちが奴隷として取り引きされている現状を他人事とも思えないのだろう。
「……これはマーベル帝国を担当していた仲間の情報から判明したこと。どうやら帝国は何か大規模な召喚魔法を試そうとしていたらしい」
「大規模な召喚って、話の流れでいくと、異世界からのってこと?」
「……そう、勿論大陸連盟、冒険者ギルド連盟、ともに正規の申請は受けていないし、たとえ受けていたとしても却下される案件。だから連中は陰でそれを試したと見て間違いないと思う」
「思うとからしいとか、確信はないのかよ?」
「……あればそれなりの立場の者も動くと思うけど、残念ながら情報はここまで。何せその担当者からの連絡が取れなくなったから――」
それはつまり帝国内で身元がバレ、捕らえられるか、もしくは既に――とにかく良くないことが起きているのは確かなようである。
「担当していたのはAランクの特級冒険者だった。当然腕も立つけど、それがやられたとなると相手は相当の手練れか――」
「もしくは、その召喚が成功したのであれば、特別な力を得た何者かの手によって事が成されたと、そう考えることも出来ますね」
ナガレが語ると、ビッチェがコクリと顎を引く。
「……ただ、もし帝国が召喚に成功していたとしても、一体そんな大規模な術式をどうやって知り得たのかという点も気になっていた、けど、実はそれに関しては関係していそうな相手と既に遭遇していたりする」
「は? 遭遇? え、なにそれ?」
ピーチが怪訝な顔で尋ね返した。するとビッチェはここに来る途中妙な相手に目をつけられたことを話してくれたわけだが――
「確かにそれはいかにも怪しいって感じの相手だけどよ、なんだよ取り逃がしてしまったのか」
「……それは違う、正直勝てなかった。運が良かったに過ぎないかもしれない。でも、次あったら倒す!」
どうやらビッチェは、勝てなかったとはいえ全く歯が立たない相手でもないと踏んでいるようだ。
「でも、Sランクのしかも特級のビッチェが負けるなんて、一体何者なのかしらね……」
「そうですね。それが何者かはともかく、時折こちらを見ている存在がいるのは確かです。かなり遠くからではあると思いますけどね」
「え! 嘘!」
ナガレの発言に驚くピーチであり、そしてふとナガレは空を見上げたわけだが。
『気づいとったんかい!?』
遠くで誰かがそう叫んだと言う――




