第二十二話 試験?
マリーンの合図とともに、ゲイがナガレに肉薄した。
この速度、流石Bランク特級ですね、とナガレは少しだけ口元を緩めた。
何せ折角異世界に来たというのに、これまでの相手ではとてもナガレを満足させる事は叶わなかったのである。
故に、久しぶりの実力者との戦いはナガレの気持ちを高揚させた。
「行くわよ!」
叫び、ゲイの手にいつの間にか握られていた槌が振り上げられる。
(打撃武器ですか。しかし、やはり柄は短いのですね……)
ゲイの手に握られているのがバトルハンマーである事はナガレにも理解できた。
そして、やはりヘッドの部分がやたらと大きいが柄は短い。
この世界の人間は長柄武器に精通していないからだ。
樵のベアールも言っていたが、長柄として使用されているのは刺突専用の槍だけなのである。
だが、だからといってこのゲイがベアールの時のように、不格好な形で得物を扱うような事はなかった。
確かに柄は短いが、ゲイの肉体は見た目に反して柔らかい。
その柔軟性を活かした振りはその力を芯に伝えるに十分たるものだ。
「ふんっ!」
オネェ言葉から男のソレに代わり、同時に気勢を乗せた一撃がナガレの脇腹にヒットした。
それをみていたピーチが悲鳴を上げる。
「ちょ! ゲイやり過ぎよ!」
マリーンも一緒になって叫んだ。その視界では宙を舞うナガレの姿。
だが――ナガレはクルリと回転し、見事着地を決める。
「ちょ! ナガレ、大丈夫?」
「えぇ大丈夫ですよこれぐらい」
マリーンが思わずナガレの安否を問うが、涼しい顔で返答したことで、彼女の顔が驚きに満ちた。
「……ちょっぴり傷つくわ、ね!」
そして平然としているナガレに突っ込み、ゲイの更なる一撃。
斜め上からナガレの肩目掛け槌を振り下ろし、それも淀みなく命中する、が、ナガレの肩がすっ、と下がり、かと思えばそのまま天地が逆となり横回転を見せながらやはり平然と大地に脚をつけた。
「少しはやるみたいね!」
そこからは更に激しくなったゲイのハンマーによる乱舞が続く。
しかし、攻撃は全てナガレに命中しているのだが、どんな攻撃をいくら当てても、ナガレが地面に屈することはなく、おまけに全くダメージ受けた様子が感じられない。
「ど、どうなってるのよ一体――」
ぜいぜいと肩で息をしながら、ゲイはナガレの姿を睨み据えた。
試験を開始した当初と違い、その瞳に宿る光は殺意に近いものをも宿しているが、同時に表情には戸惑いも感じられた。
しかし、それも仕方のない事だろう。ゲイとて既に気がついているはずである。
自分の攻撃をいくらあてようがまるで暖簾に腕押し、そう、彼の手に全く打撃を加えた感触が伝わらないのだ。
まるで空気相手に戦い続けているようなそんな感触、そしてそれ故に、身体に溜まる疲労も増大する。
「全く、長いこと試験官の仕事こなして来たけどこんな事初めてよん。でも、それだけに少しわくわくしてもいるわぁ」
「そうですか、ですが私は少しだけ残念ですね。もう少し楽しめると思ったのですが……」
ナガレは眉を落とし、心底残念そうにゲイに告げた。
その言葉に、ゲイは驚愕をその顔に貼り付ける。
「ず、随分と私も舐められたものね……」
「いえいえ、才能は凄く感じられますよ。流石Bランクの特級と言うべきでしょう。ですが、少々動きに無駄が多い。それと筋肉に頼りすぎですね。そのせいか振りも大きいものが多く、手の内が判りやすいのですよ。折角それだけ柔軟な身体でもあるのですから、もう少しその性質も活かしてみては?」
ナガレは特に悪気もなく、相手をバカにしてるつもりもない。
あくまで親切心で言ってるわけだが、ゲイにとってはまるで小馬鹿にでもされたように感じたのだろう。
その顔中に青筋が浮かび上がりピクピクと波打っている。
「ちょ、ちょっとゲイ! これが試験だって忘れないでよね!」
「判ってるわマリーン。大丈夫よ。ただ小生意気な新人さんには少々教育が必要なようね」
引きつった笑顔で口にするゲイからは、とても冷静さを感じられない。
「ふむ、どうやら貴方はメンタルの部分でも少々脆いところがありそうですね。勿体無いですね、折角の才能なのに――仕方ないですね、少々稽古を付けてあげるといたしますか」
「抜かしてるんじゃないわよーーーー!」
事も無げに、とても試験を受ける側とは思えない発言を繰り返すナガレに、遂に切れたゲイが怒髪天を衝く勢いで飛び出した。
そして、ナガレに向かってハンマーを振るうが、横薙ぎに打たれたそれを今度は手を添え受け流し、反転しながらゲイの背中を取る。
「今さっきいいましたよね? 振りが大きすぎです。あなたならもっとコンパクトに、インパクトの瞬間、力を開放したほうが効果的ですよ」
「このっ!」
「腰の使い方がなってません。こんな事ではいずれ腰を痛めるだけですよ? それともっと膝を柔らかく使ったほうが良い」
「だから!」
「攻撃の瞬間相手を見過ぎです。出来るだけ全体を見るようにしないから、あっさり相手を見失うのです」
「なんなのよあんた!」
「大分良くなってきましたね。ですが持久力が少々足りないようです。呼吸法の問題ですね、もう少し――」
「い、いい加減にしなさいよ! あんた判ってるの!? 試験官はあたしなのよ!」
左手で顎を拭い、遂に我慢ができなくなったのがゲイがそんな事を叫びあげた。
するとナガレは、あぁ、と一言発し。
「すみません、つい師範だった時の癖が出てしまいました。冒険者になる前は人に教える立場でもあった故」
ナガレの説明にゲイはその目を丸くさせた。
何せ彼から見ればナガレはまだ一五かそこらの若造である。
にも関わらず人に教えてるなどと宣っているのだ、耳を疑わずにはいられないというものだろう。
「ですが、貴方は荒削りですがやはり筋は宜しいですね。この短い間でも随分と動きが良くなりましたよ」
「……そりゃどうも」
ゲイはブスッとした表情で言葉を返す。
しかし、自分より遙かに年が下(彼から見れば)な男にここまで言われるのは癪でもあったゲイだが、同時にありがたくもあった。
何せこの試験の最中、ナガレがゲイに伝えてきた助言は全て適切であり、そのおかげか、確かにゲイは自分の動きが良くなっていくのを肌で感じていたのである。
ゲイは実を言えばここ最近のレベル上昇に限界を感じていた。
これはこの世界の人間であれば誰にでも立ち塞がる壁でもある。
レベルというものは誰にでも分け隔てなく平等に与えられるものではない。人によってはレベル20で成長が打ち止めになる場合もあれば、200までいってもまだ向上するものもいる。
ゲイがBランクの特級になれたのは、勿論レベルがそれだけ高く上昇していた事によるところが大きい。
それは底辺の冒険者からしてみれば酷く羨ましく思えることだろう。
しかし彼には彼なりの悩みがあった。どうしても超えられないトップクラスの冒険者になるため、それこそA級S級で名を馳せるのに必要なレベルの壁である。
それを越えようとこれまでも彼とて努力を重ねた。自分のレベルより手強い相手に挑み死にかけたことだって数知れず。
しかし、それでもどうしても上手くいかなかった。いくら強敵を倒しても筋肉を付けても限界を突破する術は見つからなかった。
しかし、今、このナガレとの短い時間手合わせしただけで、そう、それだけにも関わらず、彼は今まで感じていた壁に亀裂が生じるのを感じ取ることが出来たのである。
そして――当然こういった事情もナガレは最初の一撃目を喰らった時点で全て看破していた。
だからこそ、敢えて自分からは仕掛けず、彼の攻撃を受け流すことに専念し、実力の違いを魅せつけた後で、稽古に切り替えたのである。
ナガレは、勿論まだ見ぬ強敵と戦う事も夢見てはいるが、同時に才能あるものであればそれを育てることにも喜びを感じる男である。
そしてゲイにはその才能が十分にあった。壁だと感じていたのは些細なきっかけで瓦解し崩れ去る程度の物だ。
きっとこの戦いを通じて、彼はさらなる高見へと己を引き上げることだろう。
「……さて、ところで試験はどういたしましょうか?」
お互い若干の沈黙を続けた後、ナガレはゲイに尋ねた。
何せ、これは本来はナガレがB級たる資格を有するか見定める為の試験である。
「……そうね、このままでは貴方を認めるわけにはいかないわね」
「……そうですか」
「えぇ、だって貴方さっきから受けばかりで一度も責めていないじゃない。あたしはあなたの責めも見てみたいのよ。そうでなければ昇格はとても認められないわん」
「……私の気のせいかしら? 何か卑猥な、しかも凄く悍ましい感じの卑猥さを感じるわ」
「てか、これ試験なの?」
ピーチとマリーンが些か冷ややかな目で見守る中――遂にゲイが動いた。
「さぁ! あなたの責め手を見せてちょうだい、そしてあたしを、逝かせてみせてーーーー!」
ナガレを捉えられる位置まで飛び込んだゲイのハンマーが、その顎目掛け跳ね上がる。
しかしナガレは落ち着いた様子で、そのヘッドに手を添えた。
「だから! 受けだけじゃ、て、え?」
ナガレの身が浮き上がり、頂点に差し掛かったその瞬間、彼の身体がぐるりと縦に回転した。
それはまるで荒れ狂う馬車の車輪のごとく勢いで、そして手はしっかりヘッドに触れたまま、ゲイの巨体をその回転に巻き込んだ。
そう、ナガレは相手の攻撃の軌道を完全に見取り、力の流れを完全掌握した上で、静かなる心を持ってそれを受け流し、力を逆転させ、そこに己が高めた気を刹那の間に叩きつけ衝撃を跳ね返したのである。
「グハッ!」
刹那――天井に叩きつけられた彼の口から呻き声が漏れる。
一応抑えたとはいえ、その身が天井に埋もれるほどの衝撃である。ダメージはかなりのものだろう。
天井からは石片もパラパラと零れ落ちてきている。
だが――
「ふふっ、効いたわん、もう逝きそうよん。でもね、あたしにだって試験官としての、そしてBランク特級としての意地があるのよん! せめて一撃ぐらい、決めさせてもらわないとね!」
その瞬間――ゲイの闘気が爆発した。
「ちょ、ちょっと待って! ゲイ、その技はいくらなんでも――」
「さぁ受けてみなさい! このゲイ・マキシアム最大のスキル!」
マリーンが彼の行為を止めようと必死に叫び上げるが時既に遅し、埋もれた身体を天井から引き剥がし、その流れで蹴り飛ばし、ハンマー片手にナガレに向けて急降下――そして。
「ビューティフル・ストーン・フラワーデンジャラス!」
技名を叫びあげ、着地と同時にハンマーをナガレではなく大地に向けて叩きつける。
その瞬間、試験場の床が放射状に伸長し、かと思えば鋭利な岩の花びらが周囲に咲き乱れた。
それは、確かに花弁のようでもあり、だが、槍のようでもある。
どちらにせよ、まともに喰らったなら体中に風穴があくこと必死な必殺の一撃であった。
そう、本来であれば――
「なるほど。いや、これには少し驚きました。上からと見せかけて下からの一斉攻撃――見事ですよ」
ゲイの目が驚きに見開かれる。ナガレのその声は、彼の頭上から降り注いでいた。
そして当然だが、ナガレには傷一つ負った様子がない。
何せナガレは、突き上げたその鋭利な花弁の上に余裕の表情で爪先立ちで乗っていたのである。
「……ふふっ、あはっ、あはははっはははーーーーー! 判った、判ったわよもう。負け、あたしの完敗、もう本当、流石に認めるしか無いわね。勝者はナガレ、貴方よ――」
そしてひとしきり笑い終えた後、ゲイは遂に己の敗北を認め――ナガレの試験は終了を迎えたのだった……