第二一七話 晩餐の席にて
晩餐の席には随分と豪勢な食事が並んだ。酒の用意もあるらしく、特にワインはこの日のために仕入れておいたものとかなり良い出来のを振る舞ってくれた。
食事の間は談笑も進み、ハラグライの件は皆もすっかり気にしていない様子であった。
ルルーシに関して言えば姉のリリースとアクドルクとの仲の良さに妹として見てて照れくさいと言った様子である。
正直ひと目も憚らないなかなかのアツアツぶりだ。
「全く、お姉様もルプホール卿と仲がいいのは宜しいですが、人の目も気にして欲しいところね」
「あら、夫婦仲が良いのはいいことですわよ。それに愛している方とお傍にいる幸せを皆様にも分けてあげたいと思ってしまいますの。この気持ち、貴方も結婚すれば判りますわ」
「私にはまだまだ先の話です」
「いやいや、ルルーシもそろそろいい歳ではないか? 結婚相手の一人も居ても不思議ではないと思うけどな私は」
一瞬ピクリとルルーシの肩が跳ねた。だがニコリとアクドルクに微笑み返し。
「そんな、中々ルプホール卿のような素敵な殿方はいらっしゃいませんから」
そうお世辞を述べる。アクドルクは悪い気はしないのかワインを口に含んだ後、ふふっ、と笑みをこぼした。
「それにしても、いい加減そのような堅苦しい呼び方ではなく、御義兄さんとでも気軽に呼んで欲しいところだけどね」
「ふふっ、ルルーシもまだ慣れてなくて照れがあるのですよ」
「はい、少しずつ慣れていければと思ってます」
若干ぎこちない笑みを浮かべながらルルーシが答えた。どうやらアクドルクはルルーシに対してかなり親しみを込めている口調なのだが、ルルーシはアクドルクと接する際どことなく硬さが残っている雰囲気である。特に名前で呼ばれることにもどこか違和感がありそうだ。
「ですがルルーシ、例えば今宵集まって頂いた皆様の中にも素敵な方はいらっしゃるのではないですか? こういった事も出会いに繋がることがあるものですよ」
「ふぇ!? そ、それは――」
今まで落ち着いた様子で会話していたルルーシであったが、リリースにそう振られ突然頬を染め俯き出した。
その姿に、まぁ、と愉しげに微笑を浮かべるリリースである。
「ま、まさかルルーシも……か、可能性はあるわね――」
そんな彼女の様子を眺めながら、若干不安そうな表情を滲ませるピーチである。
「おや? ピーチが料理の手を止めるなんて珍しいですね。お腹の調子でも悪いのですか?」
「ち、違うわよ! もうナガレってば! ナガレってば!」
ナガレが声をかけるとピーチがぷんすかと不機嫌になり。かと思えば料理を口に運ぶスピードが加速した。おかげで給仕も大忙しである。
「何怒ってるんだ先輩? こんなに料理が旨いのに」
「うん、フレムはちょっと黙ってお肉でも頬張ってなさい」
「はははっ、フレムっちも相変わらずだねぇ」
ピーチの様子を不思議そうに見ているフレムへローザが笑顔で窘めた。
カイルはいつも通りのフレムの様子にどこか愉しそうでもある。
「あ~食欲旺盛なお姉さま素敵です……」
「へルーパ、最近本当あなたちょっとおかしいわよ」
眉を顰めて熱い視線をピーチに送る隣のへルーパに声をかけるクリスティーナである。しかしフレムの食事の様子をチラチラと覗き見ているクリスティーナも人のことは言えないだろう。
「ふむ、しかしルルーシも立場というのがあるからな。やはり相手にはそれ相応の者をしっかり見極める必要があるだろう。どこの馬の骨ともわからないものではお義父様も納得しないであろうからな」
「……それはここの御方では相応しくないという事でしょうか?」
ルルーシが少しムッとした調子でアクドルクに切り返す。一緒に旅してきたものたちが蔑ろにされてるようで気分を害したのかも知れない。
「おっと、これは失礼。勿論そんなつもりで言ったのではないよ。ただやはり愛しの妻の義妹とあって私も心配でね。もし気に障ったなら謝罪するよ」
「……いえ、私も少々勘ぐりすぎました」
瞑目しルルーシが答えるとアクドルクが苦笑し、そして話題を変えようとエルガとオパールに顔を向けた。
「料理は気に入って頂けましたか?」
「ええお味どす。ワインもこれだけのものをよく取り揃えたどすなぁ」
「料理も大変美味しく、楽しませて頂いております」
それは良かったと、アクドルクは笑顔を浮かべ、それからも食事は続き、食後のデザートまで振る舞われた。
そして勿論ピーチはデザートもぺろりと平らげ、アクドルクが嬉しそうにおかわりまで用意してくれた程であり――
「皆様も料理は楽しんで頂けましたかな?」
「はい、どれも料理を作られたシェフの気持ちが篭った素晴らしいものでした」
「お、おかわりまで頂いて本当にありがとうございます」
ナガレが答えた横でピーチが気恥ずかしそうに頭を下げた。食べてる時は夢中で気が付かなったのだろうが食べ終わって急に恥ずかしさがこみ上げたのかもしれない。
尤もこの場はそこまで堅苦しい席ではなく、ピーチが食べる速度に合わせて給仕が皿に盛り付けていった形だ。つまりアクドルク側の行為なので気に病む必要もない。
「ところで、エルガ卿の護衛の冒険者も含めて、グリンウッド領には優秀な冒険者が揃っているそうですな。誠に羨ましい限りです」
「あら、ですがこの街に登録されている冒険者の数は、王都に次いで多いとも聞きます。それも十分凄いことではありませんか?」
「ええ、そう言われると確かに数も質も決して悪くはないと思うのですが、何せ古代迷宮が近場にあるということも関係してどうしても目がそちらに向いてしまい、大事な問題から目を逸らしがちになってしまうのでね――」
自虐的な笑みを浮かべるアクドルクであったが、その話に何かを察したエルガは真面目な表情で彼の顔を見やる。
「それは魔獣の事でしょうか?」
「……流石お耳が早い。もう知っておられましたか」
「はい、とは言っても先程、こちらに参加させていただいている皆様が冒険者ギルドに赴き依頼を目にしたようでして」
そしてエルガは、ピーチからその魔獣退治の依頼に出来れば協力したいという旨を進言され、それを許可したという話までアクドルクに伝える。
「なんと! それはそれは大変心強いことですな。あのインキやマサルを倒し、ハンマやジュエリーの街を救ったという皆様なら私から直にお願いしたいぐらいですからな」
「は、はい! 私達出来るだけ尽力させて頂きますので!」
会話の様子からリーダーであるピーチが立ち上がり、一揖したあと張り切った表情を見せる。
とりあえずこれで魔獣退治の件は上手く話がまとまりそうである。
そして話も程々に晩餐会もお開きとなり、それぞれがお礼を述べ食堂を後にしたのだが――
「……これは、いけませんね」
部屋に戻る途中ふとナガレが呟いた言葉に、ピーチが反応を見せる。
「え? ナガレどうかしたの?」
「はい、魔獣の森の件ですが、どうやら厄介な問題が起きそうです。このままだと多くの命が失われることになるでしょう――」




