第二一四話 魔獣討伐の依頼
「魔獣の森はここから北へ二〇キロほど行った先に広がってる大森林でな。その名の通り、魔獣の住処となっていることからその名で呼ばれ続けているのさ、かなり昔からな」
受付の男が魔獣の森について話し始めた。距離的には近すぎず遠すぎずといったところで、西から東へ横に大きく広がってる森林とのことであった。
その為、森の東端はウォール山脈の麓にも辺るようである。ついでに言えば古代迷宮の入り口も魔獣の森の東側からそれほど離れていない位置にあるらしい。
「実は森の魔獣も、一度は腕利きの冒険者達や領主の結成している騎士団なんかの手によってかなり駆逐されてな。勿論たまには魔獣の一匹ぐらいが出てくることはあったがその都度討伐隊が組まれたりして暫く森も平穏な時が続いていたんだけどな」
「そうなのか? だったらなんであそこに貼りっぱなしなんてことになるんだよ」
「まあ話は最後まで聞けって」
途中で口を挟むフレムへ、せっかちな奴だなと言わんばかりに男が返し、更に話を続けた。
「確かに暫くは平和だった。だけどな、ここ最近になって急にまた魔獣の数が増え始めているのさ。しかも跋扈している数は以前より遥かに上だ。あの辺りには希少な薬草も多いし、魔獣が減ってからは採取に向かう冒険者も多かったんだが、突然増えたものだからかなりの冒険者が犠牲になってな。うちも慌てて討伐隊を組んで何匹かは始末したんだが、それでも全く追いつけないぐらい魔獣が増えていて――結果は散々なものだったってわけさ」
男が顔を歪めながら語る。その時のことでも思い出したのか表情も一変しどこか暗い空気を滲ませていた。
「だけどな、魔獣が増えて森の外にでも出てこられると周辺の村なんかも危険にさらされる。この街だって被害が出ないとは限らない。だから、それからも何度か討伐隊が再編されたんだが、やはり効果は芳しくないどころか犠牲者も増える一方でな。次第に魔獣の森に近づく冒険者自体少なくなった上、あの事件も絡んで誰も依頼を請ける奴はいなくなってしまったってわけさ」
この依頼に関しては受付の彼も中々に困り果てている様子だ。請けるものがいなければ確かにそれも仕方ないか。ただ、一点気になるフレーズがあり――
「あの事件って?」
そして、その思わせぶりな一言に反応したのはルルーシであった。
「あ~そうか。あんたらが知るわけもないもんな。実はあまりに魔獣の駆除がはかどらないものだから、つい数ヶ月ほど前に領主様自らが声を上げてな。この領地の騎士団、フェンス騎士団というのだけどな。それが自ら魔獣の討伐に乗り出したんだ。その時に討伐隊の指揮官として選ばれたのがフェンス騎士団の副団長【ギネン】で、他腕に覚えのある騎士と兵士で小隊組んで魔獣狩りに向かったんだ」
「騎士団が絡んだとなると、随分と大事になったわけですな」
セワスールが神妙な面持ちで行った。冒険者ギルドが各地に設置され冒険者の活躍も認められるようになった昨今、大抵のことであれば冒険者ギルドが何とかしてしまうことが多い。冒険者は動く上での制約が少なく素早く行動に移すことが出来るというのが大きいのだろう。
一方で国が抱える騎士団にしろ、各領地が結成している騎士団にしろ、当然動くとなれば個々の判断で勝手にとも行かず上の許可が必要となり、母体が大きくなればなるほど手続きが煩雑になることも少なくない。
だが、その分いざ団が動くとなれば一度に多くの人員を割くことが出来るのは強みとも言えるか。人数が多くなればなるほど統率力の差も生まれる。冒険者は四、五人でパーティーを組むようなことはあっても大人数で一斉に動くということはそれほど多くはない。
ドラゴン退治など例外はあるが、それでも普段から集団戦の訓練を受けてるというわけでもないので、多くの人数を率いる戦闘に関しては普段から訓練に余念のない騎士に軍配があがることが多い。尤もこれはあくまで基本的な考えであり、冒険者の中にもそういった固定概念を一蹴するような腕を有すものもいたりするが、それは例外中の例外といえるだろ。
「騎士団ぐらい俺らの領でも動いてただろ」
すると何故かセワスールの意見に対抗するようにフレムが言った。
「あれは騎士団が出るほどの案件でしたから仕方ないかと思いますが――」
ニューハがハンマの街での出来事を思い出しながら述べる。フレムにしろニューハにしろ別行動であった為、直接現場にいたわけではないが後の話を聞けばそれほどの大事件であったことが判る。
尤も大部分の魔物や変異種はナガレ一人で片付けてしまったのだが。
「ああ、ハンマの噂は俺も知ってるぜ。だけどな、魔獣だってそれに負けず劣らずな厄介事だ。まあそれでな、その騎士団にしても最初のうちは調子よく魔獣を片付けていったみたいだが、奥にいったところで魔獣に囲まれたらしくてな――結局なんとか逃げ帰った一人を除いて副団長も含めて戦死しちまってな……」
受付の男の声のトーンが下がる。彼にとって、いや下手したなら街で暮らすものにとっても痛ましい出来事だったのかもしれない。
「でも囲まれるって……魔獣ってそんなに大量に出てくるものなの?」
「いえ、そうあるものではありませぬな。中型の魔獣であれば数体で行動することもあるようですが、大型であれば群れで行動するなど聞いたこともありませんし、そもそも魔獣はそこまで次から次と生まれるものでもありません」
「ですが、それが本当なら一大事とも言えますね。本来魔獣は一体だけでも脅威です」
ルルーシの疑問にセワスールとナリヤが答えた。実際冒険者ギルドでも魔獣は竜種に次ぐ脅威とされている。
とはいえ、魔獣にしろ竜種にしろ全部が全部他種族と敵対するというわけでもない。
特に竜種は理知に優れている種も多い。
そのため、ジュエリーの街周辺を縄張りにしていたジュエルドラゴンのように、他種族が竜にとって不利益になるような事さえしなければ話し合いで解決する場合も多々ある。
だが、魔獣に関して言えば他種族を餌としか見ていない場合が多く、比率としては敵対する場合のほうが殆どのようである。
そう考えると全体的には竜種よりも魔獣の方が厄介といえるのかもしれない。尤も竜種の中にも似たような考えを持つ種もいたりするので、その場合は魔獣とは比べ物にならないほどの脅威となり得るのだが。
「そこなんだよな……いや実際その辺りの事もあって、この件は市民もよく知る事件となってしまったんだけどな」
「それは、魔獣が多数出現したことと関係してということですか?」
ナガレが尋ねると男は深く頷き、そうなんだよ、と同調した上で。
「あの森に魔獣が数多くいるって話はあったんだが、それでも魔獣が一斉に囲むなんてそうあるもんじゃない上に、生き残った兵士の話だとまるで待ち伏せしていたみたいに突如現れて取り囲んだってことでな、それで噂されるようになったのさ。今回の件は全てギネンの自作自演だったんじゃないかってな」
その発言に、ほぼ全員が、は? と疑問符が浮かんだかのような不可解な表情を見せた。
「いや、なんだよ自作自演って……」
「文字通りの意味さ。実は帝国との交易が再開されるかもしれないって話が結構前からあってな。それの絡みでもあるんだが、副団長のギネンは帝国との関係改善に否定的な男だったようでな。国交の正常化に関して領主様相手でも遠慮なく反対の意を示していたらしい。それでギネン自ら森の魔獣を操り問題を大きくして、という噂が広まったのさ」
「え~でも魔獣を操るなんてそう簡単なことじゃないんじゃないのかな?」
「ああ、確かに普通じゃ無理だが、アビリティやスキルの中には滅多に覚えないらしいが魔獣を使役できたりするのもあるらしい、魔物使いの魔獣版みたいな感じでだな」
「なるほど、つまりギネンは魔獣を操り森で問題を起こさせることで、帝国との交渉どころではない事態に陥れようとしたと、そういうことでしょうか?」
「そうだな。だから討伐隊がほぼ死んだのもギネンの裏切りのせいだって噂で一時期持ち切りになってたぐらいだ」
「え? あの、でもその討伐任務でギネン様もお亡くなりになってしまったのですよね?」
「そこなんだよな。ただそれはギネンにとっても予想外のことが置きたとかバチが当たったんだとかそんな話になってたな」
「……流石にそれは無理があるのではないかしら?」
ルルーシが目を細めて述べる。確かに全体的に見ると色々と粗が多い話でもあるだろう。
「ああ、それにな、この噂は結局アクドルク卿が事実無根であると声明を出してな。それで一気に収束しちまったんだが、でも今でもギネンを疑っている奴は結構いるらしいぜ。まあ、死人に口なしだけどな」
「なるほど……ところでそもそもその噂の出元というのははっきりしているのですか?」
「いや、それはよくわかんねぇな。何かいつの間にか街に広がってた感じだしな~」
「何だそれ、結構いい加減なものなんだな」
「まあ、噂というのは大体そんなものだよね~」
カイルが軽く笑みを浮かべながら言う。フレムは呆れた様子でもあるが、ナガレは顎に指を添え一考しているようでもあった。
「まあ、その件はとりあえず終わってしまったことだけどよ。魔獣の討伐自体はなんとかしないとなぁ」
「……ずっと思っていたのですが、その割にあまり危機感を感じないというか、そこまで慌ててないように感じますわね」
クリスティーナが整った眉を歪ませ述べる。確かに依頼書の貼り方にしても迷宮はともかく魔獣討伐の方がもっと目立つように、場合によっては緊急案件として取り扱ってもよさそうなものである。
「私も不思議に思うわね。正直今の話を聞いていると冒険者ギルドで駄目で領地の騎士団でも手に負えないというなら、国に救援要請を送るぐらいしたほうがいい気もするけど」
「ああ……いや実は確かに騎士団が送り込んだ小隊がほぼ全滅した時にそんな話も上がっていたみたいなんだが――だけどな実はそれから暫くして判ったんだが今のところ魔獣が森の外に出てくる気配がないんだよ。だからとりあえず森の近くの村に魔獣の動きを監視するための見張り台を設置したりしてな、とりあえずはそれで様子見って話にはなっているんだ。最初はあれだけ大騒ぎしておいて何なんだけどな」
「……は? なんだそれ、じゃああの依頼書、今は本当にただ貼ってあるだけってわけか?」
「いや、それも少し違うというかな、魔獣が外に出たら危険なのは確かなんだよ。だからギルドとしては依頼書を貼って討伐できる冒険者を待ってるという状況でもあるんだけどな、けどな、森の中が危険なのは確かなんだよ。それで結局冒険者も今危険じゃないのにわざわざ命の保証がない森に向かうよりは、古代迷宮を探索したり他の依頼に精を出したほうが効率がいいって空気になってしまっててな――」
バツが悪そうに男が答える。そしてその場にどこか白けた空気が漂った。
「……いや、流石にそれは少し呑気すぎない?」
「お、お姉様のおっしゃられてる事も当然かと思います」
ジト目でピーチが述べ、へルーパも同意する。確かに現状はただ問題を先送りにしているだけとも言える。
「本当にそうね。正直私、冒険者のイメージ悪くなったわ。勿論ナリヤとかナガレ達は別だけど」
「う~む、お気持ちも判らなくもないですな」
「私は何故か冒険者として面目ない気持ちです」
生真面目そうなナリヤは、この件とは関係ないにも関わらずどこか申し訳無さそうだ。
「……ねぇナガレ、この依頼ってこの際だから私達で何とかならないかな?」
「そうですね――リーダーのピーチがそういうのであれば。ですが今の依頼はどういたしますか?」
「あ、そういえば私がリーダーだったんだっけ……う~ん、じゃ、じゃあ私エルガに進言してみるわ!」
「おお~先輩珍しくやる気じゃねえか。この件に関してはこの俺も応援させて貰うぜ!」
「……何か珍しくっていうのが腹立つわね」
目を細め文句を言うピーチだが、その意見には皆も同意のようだ。
「おう、うちとしてもこの依頼に望んでくれるならこんなありがたい話はないけどな。でも、もし請けるってことになったとしても無理はするなよ」
こうして一旦話も終わり一行は冒険者ギルドを後にした。その頃には空も茜色に染まり、いい時間だという事もあって一旦城へと戻ることとする一行であった――




