第二一三話 古代迷宮と攻略者
「まあ受付に女がいないのは領主様の意向でもあるんだけどな」
受付の男はおもむろにそんなことを話し始めた。ただこの話は不可解でもある。冒険者ギルドに関しては国ではなく冒険者ギルド連盟の管理で運営されているためだ。
その為本来ならば領主とはいえ冒険者ギルドへの口出しは出来ない。
「領主様ってアクドルク卿のこと?」
「そうだ。一応は帝国と国境を接する上、この街はいざとなった時の要所でもあるしな。今はそんな雰囲気も全く感じないが、とはいえもし何かあったときは冒険者ギルドの連中は受付も含めてどうしても避難は後回しになるからな」
ピーチの問い掛けにカウンターの中から男が答えていく。どうやら有事の際を考慮してという部分も大きいようだ。
「だからそれを考慮して受付は男性だけに統一した方がいいのではないかとアクドルク卿から提案されたってわけさ」
「う~ん、でもそれって考え過ぎかもしれないけど、いざというときには女は役に立たないって思われてそうな……」
ピーチが若干の不満も漏らす。確かに女性だからと言ってしまえば冒険者にも女性はいるわけだが、ただ受付になる条件に強さは必ずしも重視されていないのも確かだ。そう考えると領主の心配も判らなくもない。
勿論中にはマリーンのような例外もあるにはあるが――
「まあ、実際受付希望の女性ってのは少なくもないし、中にはそういう風に不満を持つのもいたりするけどな。それに、本来ならいくら領主でも冒険者ギルドに強制権もないんだけどよ。でもギルド長もそこで領主と不和になるのは避けたいって思いもあるんだろうよ」
領主の考えは女性を労るという気持ちであるのならばそこまでおかしくもないと言えるだろう。
それに話を聞いていると、あくまで提案という姿勢だったようなので、それを受けるかどうかはギルド長次第といったところだったのだろう。
尤もここのギルド長は、あまり波風は立てたくないと考えるタイプだったようであり、その為受付を男性に統一するという話を受け入れたようだ。
「ところであんたらハンマから来たんだろ? どうだいこっちの依頼は」
「どうだかな。量は多いけどそこまで代わり映えは無い気がしたぜ」
フレムの回答に男は眉を寄せた。そして、おいおい、と口にした後。
「確かに依頼なんてどこも似たようなものかもしれないが、それでもこの街を代表する依頼だってあるんだぜ。何せ古代迷宮の探索だからな」
逞しい腕を振り上げるようにしながら男が続けた。それに、え? と目をパチクリさせるフレムである。
「そんな、依頼あったかな……」
「はい、ありますね。他にも魔獣の森の魔獣討伐というものもあるようです」
「え! そんなものまで!」
「おう! よくみてみろよ、あそこだよ」
気がついていた様子のナガレに驚くフレムであり、その後受付の男が掲示板を指差す。
フレムは顔を巡らせ改めて掲示板に目を向けた。他の皆もそちらに注目する。
「あ、確かに! でもあんな隅にあるなんて――」
確かにフレムの言うとおり、他の依頼書は目立つ場所に集約されているが、その依頼書二枚に関しては申し訳無さそうに端っこに居座っている状態だ。
「あの依頼は常に貼ってあるし、この街の冒険者なら知らないのはいないからな。だから敢えて目立つようなところに貼る必要もないってわけだ」
「そういうことなのか……ですが、あれに気がつくとは、流石先生! 目敏いです!」
「目敏いって、あまり褒めてるように聞こえないわね」
ナガレを称えるフレムだがピーチは目を細めた。
「それにしてもこんなところに古代迷宮なんてあったのね」
「お嬢様はこの街の冒険者ギルドに顔を出すのは初めてですしな。古代迷宮といえば四大迷宮を思い浮かべる方も多いようですが、他にも大小様々な迷宮があるようですぞ」
「王国内でも数ヶ所あるとは聞いたことがありますね」
ルルーシが意外そうに口にし、セワスールとナリアが答える。バール王国には四大迷宮は存在しないが、古代迷宮自体は発見されているようだ。
「それで、この古代迷宮の依頼はどんな内容なのかしら?」
「ああ、ここの迷宮は構造自体は時間が経っても変化がないことは判っていてな――」
男の話を聞く限り、どうやら迷宮の中には一定期間を於いて内部構造が変化するタイプと、全く変化しないタイプとがあるようだ。
「だから探索の時に地図を描いてもらいたいというのと、それと魔物なんかの情報だな。新しい情報が更新されればそれに応じて報酬が出るのがこの依頼さ」
「魔物の討伐で何か特別報酬は出たりするのか?」
「それに関しては迷宮だからと特別手当があるわけでもない。核迷宮と違って中の魔物が外に出ることはないからな」
古代迷宮は核迷宮と違い古くからそこにあり続けるものだ。故に攻略することで迷宮がなくなるという代物でもない。
そして彼が言うように、核迷宮と違い迷宮内の魔物は人為的なことが無い限り外に出てくることはない。
理由に関して言えば、古代迷宮内の魔物はあくまで古代迷宮を守るための魔物であり、古代迷宮で生まれる魔物は全て本能としてそれが刻まれている、故に迷宮内の魔物が外に出ることはない――という説が濃厚とされているようだ。
なので古代迷宮は領地によっては財産と同じように考えられているケースも多い。何せ古代迷宮には地上では手にはいらないようなオーパーツが眠っており、更に貴重な宝も多い。古代迷宮に挑戦する冒険者が後を絶たないのはそういった理由もあるからだ。
ただ奥に向かえば向かうほど当然迷宮を守るためにうろついている魔物の脅威も上がる。故に挑戦して命を失う冒険者もかなりの数いるようだが、これに関しては当然自己責任で行動する必要がある。まさに命がけの冒険が古代迷宮には待っているわけである。
「この古代迷宮はウォール山脈北東側にある洞窟でな。ここは出てくる魔物は全て獣系だって情報が上がってきてる。だからか知らないがこの古代迷宮の名称はアニマルパニックって言うんだけどな」
『…………』
一瞬静寂が訪れた。古代迷宮が一体どれほどの迷宮かは知る由もないが、少なくともその名称には緊張感の欠片もない。
「ははっ、全く、大体この名前を聞いた時の連中は似たような反応見せるよな」
「そりゃそうだろう……なんだよアニマルパニックって……」
「な、なんか獣というか可愛らしい小動物が出てきそうな名前だよね~」
「で、でも平和的で宜しいではないですか」
フレムがどこか呆れたように感想を述べ、カイルもやはり苦笑気味だ。ローザはフォローのつもりで口にしたようだが確かに本当に可愛らしい動物しか出てこないなら平和的である。
「え~でもそんな可愛らしい動物相手だと流石に杖でぶん殴るのは躊躇われるよ~」
「……貴方、とりあえず発想が杖で殴るですのね――」
「勿論! 杖で殴るお姉さまこそお姉さまたるお姉さまです! その可憐さたるや下手な動物では及びもしません!」
杖を振り振りさせながら眉を広げ口にするピーチ。その発想にクリスティーナが残念なものを見るような冷ややかな視線を送る。
しかしそれとは対照的にへルーパの顔は明るく目もキラキラさせていた。
「うふん、可愛い雄なら私も大歓迎なのよ~」
「貴方の場合雄から逃げてしまいますけどね」
「ニューハってば結構辛辣なのよ~!」
ニューハの返しにショックを受けるダンショクである。だが、確かに彼が近づいたならどんな動物でも瞬時に怯え一目散に逃げ出したとしてもおかしくはない。
「ふむ、確かに名称は微笑ましいですが、古代迷宮というからにはそう簡単ではないのですよね?」
「おっと、あんたこの中で一番若そうなのによく判ってるな」
ナガレの発言に、受付の男が感心したように顎を上下させた。だが見た目は少年でも実はこの中で一番の年上は彼だったりするわけだが。
「それにしてもあんた、見た目の割に妙に大人びた喋りかたすんだな」
「当然! 何せ俺の先生だからな!」
正直何が当然なのかといったところでもある上、その先生ってのもよく判んないんだがな、と怪訝そうに眉を寄せる男でもある。
「まあそれはいいとしてだ、アニマルパニックは名前だけで舐めてかかると痛い目にあうぞ。入って戻ってこないって冒険者もかなり多くてな、上層はCランクでも問題ないが、中層からの推奨はBランクの2級からにしてある。出来ればそれぐらいのが四、五人でパーティを組んで挑むのが理想だな」
「う~ん、でもその上層と中層の境目ってどのあたりなのかなぁ? 階層で分かれていたりするの?」
「そこがこのアニマルパニックの――」
「どうでもいいけど、そこはもう迷宮で統一して欲しいわね、流石にアニマルパニックじゃ緊張感の欠片もないわ」
「お嬢様の気持ちもよくわかりますが、しかしアニマルパニックという名前がついているのなら仕方ないのではないでしょうか」
「もしかして今セワスール様、アニマルパニックとただ言いたかっただけでは?」
ナリヤの突っ込みに、セワスールが頬を少し染めながら、コホンっと咳払いをした。どうやら図星のようである。
「とにかく、そこがこの迷宮の厄介なとこでな。階段なんかはなくてとにかく洞窟を下っていく構造だ。しかも途中途中がアリの巣のように複雑に分岐している上に似たり寄ったりの構造のおかげで一体今どこを歩いているのか判らなくなる。尤もだからこそ地図の作成が依頼に入っているんだけどな、しかし油断すると地図を持っていても迷う上、まだまだ未開の場所も多くてな」
どうやら名前とは裏腹に相当厄介な迷宮ということらしい。
「それだと上層中層はどうやって判断するんだよ?」
「その辺は一応これまで探索した冒険者が壁なんかに目印を刻んでくれているからな。Bと刻んであればそこからはBランク推奨って印でその辺りが中層だ。後はこっちでも一応迷宮攻略に向かう連中には地図と冊子を渡している。地図は未開部分を記録する為の物でもあってな。しかも特殊な魔導具だから一緒にセットするペンで新しい情報を記入して貰えれば全員の地図に反映される仕組みだ」
そう言ってカウンターから地図とペンを出してくれた。
「それと冊子にはこれまで見つかった魔物と魔獣が記載されている。壁の印が見つからなくてもこれを見て、出てくる魔物と照らし合わせることである程度判断してもらうことも可能だ。ついでに言えばこれも新しい情報があれば記入してくれれば全員の冊子に反映される」
ちなみに誰の追記が反映されたかもしっかりわかるようになっている為、報酬で揉めることはないらしい。
「でも、魔物以外にも魔獣も出るのですね」
「ああ、そこがこの迷宮の難易度を上げてる要因でもあるな。大型の魔獣なら広い空間に居座っていたりして判りやすいんだが、中型ぐらいだと普通に迷宮内を徘徊してたりするからな」
そこまで口にした後、まぁ、と述べ、
「とは言え魔獣が出るのは中層あたりからだけどな」
と補足した。
「ただ、深層までいくと一度に魔獣が大量にいたりとかなり厄介だとも聞くな。何せ最近じゃ深層と言えるぐらいの位置まで探索できた冒険者も数えるほどしかいない。挑戦者はとにかく多いのだけどな」
「なるほどな、でも先生! 話を聞くと燃えますよね! 否応でも挑戦したくなりますね!」
「フレム、意気込むのもいいですが今回の任務を忘れては駄目ですよ。あくまで今回は護衛で参っているのですから流石に迷宮に挑戦するのは難しいでしょう」
あ……とフレムが目を丸くさせる。
「……貴方、さては忘れてましたわね?」
「そ、そんなわけないだろ! いや、機会があったら挑戦したいなって話だよ!」
クリスティーナが疑るような目を向けるがフレムはとりあえずごまかした。
仕方のない方ですね、と若干呆れたようにナガレが言う。
「でも、それだけ難しい迷宮だと攻略者っているの?」
するとピーチが疑問げに尋ねる。確かに話を聞いている分には攻略には相当苦労しそうである。
「どこまでを攻略と言うかにもよるけどな。ただ最深部へ到達したって意味なら一〇年程前に一人出てる。しかも冒険者に登録して間もなくの話だったようだぜ。俺はその時にはまだここにはいなかったから詳しくは知らないけどな。まあでもすごい話だよ。パーティも組まずたった一人で攻略したんだからな」
「へえ、それは凄いわね。その冒険者一人だけなんでしょ? 攻略者って?」
「話を聞いているとAランクでも攻略は厳しそうに思えますが、凄いですね」
「しかも冒険者として登録したばかりだったというのが興味深くありますな」
受付の男の話を聞きルルーシが話に興味を持ったようだ。
ナリヤとセワスールもただ一人の攻略者が気になったようである。
「それがな、確かに凄いんだが男に関する記録は殆ど無いんだよ。迷宮攻略後に忽然と街から姿を消したらしくてな。性別が男だというのと、名前がクライだったというのは判ってるんだけどな」
つまり男はこの街で冒険者として登録し、迷宮だけを攻略し街を出たということになる。
そうなると登録したてはDランクとなるが、迷宮はあくまで推奨なのでランクに限らず挑戦することができる。
受付の彼の話では当時その男は迷宮探索だけでランクを上げたが、Bランクへの昇格試験も受けることはなくCランクとして最深部まで到達したらしい。
「それはまた、随分と勇ましいかただったのですね」
「でも、私そういうミステリアスな男、凄く興味あるのよ~」
ニコリと微笑みニューハが口にすると、その表情を見ていた受付の頬が緩み、続いてダンショクが何故かその場で回転しスカートをヒラヒラさせながら口にすると、男達の一部が口を押さえて裏口へと駆け込んでいった。
「ま、まぁこの迷宮の情報はこんなとこだが、もし挑戦するつもりなら迷宮への許可証に地図と冊子を提供するが……さっきの話だと別の依頼中か、なら今回は無理か?」
「ちょ、ちょっと残念な気もしますけどね」
「護衛のこともありますから今回は仕方ないですね。ですが、この依頼が終われば落ち着いた頃に来てみてもいいでしょう」
「そ、そうですね! 先生その時は是非俺もご同行させてください!」
「そ、それなら私も付き合ってあげなくもないわよ」
フレムが懇願し何故かクリスティーナも同行したそうな様子。尤も彼女の場合本来のパーティーのリーダーに確認する必要もあるだろうが。
「まあ、ナガレが言ってるように今は護衛のこともあるから依頼を請けるってわけにもいかないわね。でも、もうひとつの依頼として貼ってある魔獣の森、これもずっと貼ってあるって言ってたけど……」
ピーチはそこまで言って問うような目を受付の彼に向けた。
依頼は魔獣の討伐とあるが、魔物ならともかく魔獣討伐の依頼が貼りっぱなしになっているというのが気になってしまったのだろう。
「ああ、そっちはな……正直言うとそれは請けてくれるのがほとんどいないんだよ。何せそれに挑んだ冒険者の殆どが命を落としちまってるからな――」




