第二一二話 イストブレイスの冒険者ギルド
エルガとオパールが領主のアクドルクに私室へ招かれている頃、ナガレ達は歓迎のための晩餐会が開かれるまでまだ時間があったことから街に繰り出してみることにした。
イストブレイスは要塞都市といった表現がピッタリとくる様相であり、その堅牢さもさることながら衛兵の数も圧倒的に多く、また市街地においても騎士や兵の訓練場となる区域が整っており、また農業用の区域も広く確保されている。
いざという時の事を想定してか、水道は勿論の事、給水塔まで設置されており、有事の際にも水が足りなくなるようなことがないようしっかり考えられて設計されているようだ。
街には戦闘員だけではなく当然この街で生活を営む人々も多く暮らしているが、そういった生活区は完全に仕切られている。
勿論見回りの兵は常時目を光らせているが、あまり重々しい空気にならないよう考慮されており、ちょっとした公園なども敷設されていた。
市場もハンマの街に負けず劣らず活気に溢れ、帝国との辺境地という立地条件にありながらも人々の表情も明るく鬱憤なども感じられない。
尤もこれは帝国の脅威が年々薄れてきているという要因が大きいのだろう。それどころか帝国との国交も正常化する兆しが見えてきているとあって、特に商人の中には浮き足立っているような様子を見せているのも散見していた。
帝国との交易が始まれば当然商会を構えるような商人はやり方によっては大きな利益に繋がる可能性がある。勿論今すぐの話ではないが、風の噂レベルの話ではなくいよいよ現実味を帯びてきたと情報の早い商人たちの間では囁かれ、それを期待して今から皮算用を始める者も多そうである。
そんな中ではあるが、全員が街に出て先ずフレムが興味を持ったのは装備品を扱う店である。
何がそんなに目を引いたかと言えばその数だ。とにかく装備品を扱う店が多く、そしてその殆どが鍛冶屋を兼業している。
すると、何故ここまで装備品を扱う店が多いかに関してはルルーシが説明してくれた。
その要因としてはやはり辺境の街であることが大きいらしい。確かに帝国と事を構える可能性は低くはなってきているが、それでもいざという時のために騎士や兵士達は毎日の鍛錬に余念がない。
いざという時のために実践形式の訓練も欠かさず行い、その場合は武器も本物(通常訓練用は木刀であったり刃のないものだったりする)、盾や防具も実際の戦と同じように身につけ激しい訓練を行う。
その為、装備品の疲弊はかなり激しい。訓練により破損した物は街の武器屋や防具屋に持ち込まれ修理を依頼されるが、その量があまりに多いため一つの店だけではとても対応しきれない。
そういった背景から修理に対応できる店の数が次第に増えていき今に至るというわけである。
その為装備品を扱う店の数はとにかく多い。そう、多いのだが――
「う~ん、先生ここもいまいちでしたね。やっぱり腕はスチールの方が上ですよ絶対」
何店か回った後、フレムが残念なような、それでいてどこか誇らしいような、そんな様子を覗かせつつナガレに語りかけた。
確かにどこの店も決して腕が悪いわけでも、いい加減なわけでもないのだが、展示されている装備品の出来栄えはどうしてもスチールとくらべてしまう。
この街には装備品を扱う店数は多いが、店主がドワーフという店は一つもない。勿論種族の差だけで一概に図れることでもないが、少なくとも今まで見た中では鉄などの鉱物を扱う装備品に関しては確かに見劣りしてしまう。
「だけど、革製品にはいい出来のが多かったよねぇ」
カイルが表情をニコニコとさせて述べる。彼は気に入った胸当てを見つけ新調したばかりだ。その為かいつも明るいカイルだが、今日は更に機嫌が良い。
ちなみにフレムも革装備に関しては悩んでいた様子だったが、結局今のままでいくことに決めたようだ。
「でも、先生のナガレ式はどこも売り切れて入荷未定となってましたね。全く先生が考案された武器なのですからもっと気合入れて販売してもらわないと!」
「……それは私は特に気にしてませんが、あそこまで大きく『ナガレ式完売! ご予約はお早めに!』と掲げられているとなんとも言えない気持ちになりますね――」
何せ店によっては式が抜けていて『量産式ナガレ検討中!』といったことが書かれていた店もあったほどだ。
ナガレとしても思わず眉をひそめてしまう表記であったが、ピーチに関しては何故か、
「ナ、ナガレが量産――」
と顔を紅くさせながら呟いていた。何故顔が紅いのか不思議そうにみやるナガレであったが、その様子にピーチが慌てたように目を逸らしつつ話題を変える。
「そ、そういえば杖もいいのがなかったのよねぇ」
「ピーチはその杖も新調したばかりですしね」
「うん、そうなんだけどやっぱりちょっと気になるじゃない?」
「お姉さまであればどのような杖であってもお似合いですからね」
ナガレの横に並ぶピーチだがそのピーチの隣にはへルーパがウキウキしながら歩いていた。
ちなみにフレムの隣にはクリスティーナの姿もある。
「でも、杖でちょっと殴ろうとしただけなのにあそこまで慌てる必要ないわよね。杖が壊れる~って私そこまで乱暴じゃないわよ」
ピーチが杖をビュンビュンさせながら愚痴をこぼす。杖に関して言えば扱っているのは魔導具店であり、目についた店に飛び込んだピーチであったのだが、魔法の効果を高めるような付与が施されている品は多いものの、全般的に耐久性は考慮されていないようであった。
当然杖を武器として扱うピーチには相応しいと言えない。ただ、そもそも杖を武器として扱うという考えを持っていないのだから仕方ないとも言えるか。
何せ店の外には魔法の効果を試すための的が用意されていたのだが、ピーチが二、三回素振りした後、的を杖で殴ろうとしたところで店員が慌てて駆け寄ってきて、壊れるからやめてくれ! と涙ながらに訴えられたほどだ。
杖を見に来て魔法の試し撃ちをするならともかく、殴ろうとするなんて前代未聞だ! と驚嘆さえされたぐらいである。
尤もピーチは、だから試し打ちしようとしたんじゃない、とぶつぶつ文句を言っていたりもしたが――何はともあれ一通り街を見て回った後、一行は冒険者ギルドへと向かった。
ハンマの街以外の冒険者ギルドがどんな感じなのか見ておきたかったというのが皆の考えであった。
何せジュエリーの街ではマサルの件でゴタゴタした為、あまり詳しくは見れていない。
なので、全員その脚でギルドへ向かった。
「う~ん、どんなものかと思ったけどあんまりハンマと依頼内容は変わりませんね先生」
「そうですね。ただ内容はともかく仕事の数はかなり多そうです」
「う~ん、でもやっぱりおいらは綺麗な女性が受付にいるギルドの方がいいかな~」
「そこは本当にぶれないですねカイル」
ローザが呆れたように返す。
フレムに関してはしげしげと掲示板の依頼をチェックしているがハンマと代わり映えしない内容に多少がっかりしている様子。
ただ、ナガレの見る限り特徴的な依頼は数件あったりするが。
「悪かったな綺麗な女じゃなくてよ」
すると、カイルの声が聞こえたのか受付の男が不機嫌そうに口を開く。
一旦全員の視線が掲示板から受付カウンターに向かった。
「言っておくけど常に発情してるのはこいつぐらいだぞ」
「酷いよフレムっち!?」
フレムに親指を向けられ軽いショックを受けるカイルである。しかし本人にも自覚があるようなのですぐに立ち直った。
「……ふ、フレムもやっぱり受付は女の子がいいの?」
「は? う~ん、俺は別にどっちでもいいけどな。とろくさいのは勘弁だけど」
妙にそわそわしながら問いかけてくるクリスティーナに、黒目を上げ一瞬考えたフレムである。
そしてその後に続いた回答はなんとも彼らしい物であった。
「そ、そうよね! やっぱり受付嬢は男性がいいわよね!」
「いや、だからどっちでも、て、受付嬢の男性ってなんだよ!」
一瞬全員の視線がニューハに注がれた。
まぁ――と少し照れたような笑みを浮かべる彼女、もとい彼である。
「ふふん、でも私、彼みたいな受付タイプかもなのよ~」
すると、ダンショクが受付の男に向けて熱い視線を注ぎつつ言った。舌舐めずりまでしている。その瞳は獲物を見つけた肉食獣の如くギラギラしていた。そして一瞬にして受付の男の肌が粟立つ。
「な、なんだこのばけもんは! 魔物か!」
「あら、魔物だなんて失礼しちゃうのよ~」
しかし残念ながらダンショク以外にそれを否定するものはいない。今は下手な真似をして討伐依頼として掲示板に上がらないよう祈るばかりである。
「ふふっ、でも逞しい男性は私も好みですけどね」
「お、そ、そうか?」
なんとも艶っぽく微笑を浮かべニューハが述べる。ダンショクと異なり男性受付も思わず照れながら問い返す。
ニューハの言うとおり彼は中々に逞しく野性的だ。冒険者ギルドだから主にそういった男性を受付に選んでいるのかは判らないが、他の職員も似たような雰囲気の男が多い。
そしてニューハの視線を皮切りに何故か他の受付達も筋肉を誇示したり、髪を整えたり、キメ顔を見せ始めた。
だが忘れてはいけない、ニューハとて性別的には男性なのだ。だが、ここでそれを明かすと一気に受付男子のテンションが下がりそうなので敢えては触れずに話を進める。
ダンショクが動いた先で悲鳴があがったりもしたが、事件に発展しないかぎりは放っておいても問題無いだろう。




