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第二一一話 奴隷制度への不満

「またえらく唐突な質問でおますなぁ。一体そんな事を聞いてどないするつもりどす?」

「……勿論ただの興味本位というわけではございません。今しがたルプホール様の申されたように今後は帝国との国交が正常化し交易が始まる見通しが整ってまいりました。しかしその際に懸念されるのが現在の奴隷制度です」


 オパールのどこか訝しむような視線を受けても全く動じる様子もなく。どことなく老獪さ漂う空気を滲ませながらハラグライが述べる。


「不思議なのですが、今の制度に何か問題がありましたでしょうか? 私には特にそういったことは感じられませんが」

「あぁ、確かに貴方ならばそうかもしれませんなぁ」


 下劣なものを見るような冷たい瞳でハラグライが述べた。

 先程一応謝りはしたものの、エルガへの露骨な嫌悪感は隠そうともしていない。


「ですが、私は今王国が取り入れている自由奴隷制度程、歪なものはないと思います」

「……歪どす、か――」


 目を細めオパールが呟く。そしてハラグライをじっと見据えた。相手の心中を推し量るように。


「左様です。そもそもこの国は奴隷に自由を与えすぎている。そうは思いませぬか? 本来奴隷とは道具に同じ。例えある程度の尊厳を認めるにしてもそれは最も低くなければいけないのが道理。そうでなければ平民と奴隷との境界すら曖昧になりますでしょう」

「……そこに何か問題が? そもそも自由奴隷という制度が奴隷に対する差別を廃するために制定された制度です。それを否定されるのでしたら自由奴隷という制度そのものが成り立たなくなるでしょう」

 エルガが怪訝な目つきで老君に訴える。だがその姿を認めどこか呆れたように息を吐きだしハラグライが考えを述べていく。


「ですから、そんなものはそもそも成り立つ必要がないのでは? と私は思うのです。何よりこのような歪な奴隷制度は我が国だけ、大陸中どこを探しても他にこのような制度を取り入れてる国はございません。特に今後重要な交易国となる可能性のあるマーベル帝国は今でも奴隷に関しては厳しい姿勢を保ち続けております」

「……歪どすか、そないゆうてもその奴隷制度の違いと交易に何の関係があるというどす?」

「大いにありますな。この大陸で最も奴隷取り引きが盛んなのは自由商業都市コネルトとされておりますが、二番目は帝国であると帝国側の主張もあります。その為帝国側としては国交が正常化されたあかつきには是非とも奴隷の輸出を進めたいところでもありますでしょう。しかし現在の王国の制度ではそれも成り立ちません。現状王国では他国からの奴隷を商品として持ち込むのは禁止されておりますからな」

「……つまりハラグライ様は今後の帝国との交易の為にも、今の王国の奴隷制度は廃止し帝国と同じ、つまり以前採用されていた奴隷制度に戻すべきだと、そうお考えなわけですね?」

「あくまで私の考えですが、そのとおりです。故にルプホール様が重要と考えておられる皆様が、奴隷制度についてどう考えておられるかお伺いした所存でございます」

「なるほどどす、今後の交渉のためにも奴隷制度を見直すべきではないか? というておますのやな。それ故にうちたちの考えを知りたいと」


 そこまで言うと、オパールが一考し、そして扇を艶やかに扇がせ言葉を紡げる。


「そないなことなら答えは簡単どす。王国の奴隷制度について――これほど滑稽なことはおまへんなぁ」

「なんと、オパール卿もそう思われておりましたか」


 アクドルクが若干身を乗り出すようにして彼女の話に食いつく。

 エルガはすっと視線をオパールに向け様子を窺うが――


「思うとるどす、そんなたわいないことを、さも問題あるかのように語る、それがあまりに滑稽どす」


 オパールが続けた言葉にハラグライの眦が尖る。たわいないなどと一蹴されたのが気に入らない様子である。


「まるで、私の話がそもそも間違っているような言い方ですな」

「そう捉えてくれて構わないどす。そもそも何故帝国に合わせる必要があるんどす? 売りたい言うてもこちらに買う理由がなければ取引の場に出してくる事自体が間違いどす。向こうはんも頭が湧いてないかぎり、王国では奴隷の売買が禁止されていることぐらい判っておますやろ。それやのに奴隷取り引きありきで話を持ち込んできてはるゆうなら、そもそも帝国はんに取り引きする気がない考えるのが妥当どす。相手がそないな姿勢で望んでくるゆうなら、むしろこちらは強気な態度で突っぱねるぐらいの気概を持って欲しいところどすなぁ」


 突っぱねるようにオパールが述べる。ハラグライは眉間を険しくさせていた。


「……奴隷制度さえ見直しがあれば、今後王国にとって有利な取り引きがなされるとしてもそう言えるのですかな?」


 相手を圧するような口調。しかしオパールは圧にも全く屈する様子を見せず軽々と跳ね除けてみせた。


「うちならいいまふ。大体商いいうんは相手に合わせればええゆうもんやない。目の前に餌ちらつかされ取り引きに応じてもらう為に尻尾を振る――それを良しとするゆうならそな楽なことはありまへん。せやけどなぁ、それをやったら終わりどす。相手に舐められたら商人としては死んだも同然、そこに大小の差はないとうちは思うとるどす」

「……百歩譲って帝国に合わせる必要がないとして、だが現在の制度に問題があるのも確かであろう。私は別に帝国との交渉のことだけを考えて言っているのではない。今の制度が歪であり、このままでは国が乱れる一方だと危惧しておるのです」


 ハラグライは更に切り返し王国側の問題を述べ始める。しかしエルガは首を傾げ口を出した。


「不思議な事を申されるのですね。正直今の奴隷制度だけをとって国の乱れは計れないと思いますし、寧ろ私は旧奴隷制度に戻すことのほうが危ういのではと思いますが」

「……ふん、何も判らないような暗愚な君主のいいそうなことだ」


 ハラグライのエルガへの態度は全く変わっていない。それに流石にオパールも険のある目つきで声を強めた。


「……あんはん流石に口が過ぎるのではおまへんか? エルガはんはグリンウッドの地を任された歴とした領主どす。どれほどルプホール卿に信頼されてるか判らへんけども――」

「そうだぞハラグライ。流石に今のは口が過ぎる、私も看過出来ないぞ」

 

 相手の無礼を叱咤するオパールであったが、その途中でアクドルクが口を挟み、後を引き継ぐようにハラグライに告げる。


 その姿にとりあえずオパールも鉾を引っ込めた。


「……これは大変失礼致しました」

「それにだ、先ほどの話もジュエリーストーン卿の言われた通り今のままではあまりに滑稽な話でしか無いであろう」


 頭を下げるハラグライに更に諭すように続けるアクドルクであったが、彼の言の一部に引っかかりを覚えたのかオパールが口を挟んだ。


「……わざわざ言い直してもらわへんでも、うちのことは先程ゆうてたオパールで構いまへんどす」

「私もエルガで大丈夫ですよ」

 

 オパールに倣うようにエルガも言う。ふたりともいい加減堅苦しいと思っていたのだろう。


「おお! そうか、いやお美しいふたりに言われると中々照れくさくもあるが、では私もどうかアクドルクとお呼びくだされ」

「……美しいといっても一人は男ですがな」


 ボソリと呟く老君。それに反応しオパールが尋ねる。


「何かゆいましたどすか?」

「いえ別に――ただ確かに口が過ぎましたが、今の制度の為に新たな問題が浮上してきております」

「新たな問題? 一体何のことどすかなぁ」


 まだ続けるつもりか、と言った目つきを見せるオパールであるが、一応は話の続きも聞く姿勢を見せた。老君が口にした問題というのが気になったようである。


「……懸念されるのは治安の悪化でございます」

「治安の悪化? 王国は寧ろ平和な方だと思いますが」

「それはあくまで表向きの話。しかし王国が奴隷制度を今の形に無理やり収めたことで、それに不満を持っている貴族なども少なくない。その結果、現在の奴隷制度で満足されていない貴族は非合法な手段でしか奴隷を手に入れることができなくなった」

「…………」


 オパールにしろエルガにしろ何か言いたげではあるが、とりあえずは黙ってハラグライの話に耳を傾けている。


「しかしその結果王国の調査によって奴隷を闇で購入した貴族が明るみに出てしまい、爵位を剥奪されるばかりか罪にまで問われ刑に処されるなど愚かな真似にまで発展していたりもしますが、それはまだいいとしても、結果的に王国が奴隷に権利を与え売買が認められなくなったことに起因し、逆に王国から売りに出される奴隷に高値がつくという事態に陥っております。その結果闇の商人に依頼された盗賊や、場合によっては冒険者までもが人攫いに手を染め、本来奴隷に堕ちる必要のない者までもが国外に売り飛ばされてしまう――そのような嘆かわしい事件まで起きているのです」

「……先程から一体何をゆうのかと耳を傾けてみれば、ほんにあんはんはアクドルク卿の側近どすか? あまりに考えが浅すぎて、正直空いた口が塞がらない思いどす」


 オパールが辟易した様子で口にした。その言われように眉をしかめるハラグライであるが。


「……随分な言われ方ですな」

「うち、こうゆうことははっきりとしとるどす。そもそもあんはんのゆうてる話ぐらいうちでも知っとることどす。そやけどなぁ、非合法な手段でしか商いも出来ん薄汚い連中を取り上げて、せやから今の王国の制度が間違っとるゆうのは流石に乱暴すぎ、話自体も飛躍しすぎどす」

「私もそう思います。そもそもそれであれば奴隷制度を見直すのではなく、闇取引を平気でするような卑劣な者たちを減らせるように尽力されたほうがいいと思いますが」

「エルガはんの言うとおりどす。それこそ非合法の手段で奴隷を買うようなもんなら貴族であろうと罪に問うていくべきと思いまふ。ハラグライはんはその対応にも不安があったようどすが」

 

 エルガとオパールが結束を見せ、ハラグライに攻め込んでいく。正直彼の意見などお話にならないとオパールは既に興味を失っている様子ですらある。


「……さて、先程から私は不思議でなりませんな。なぜマウントストムの領主ともあろう御方が今の奴隷制度を擁護されるのか。あの地方は鉱山が多く、以前の制度の方が奴隷を大量に投入し効率的に作業は進められる筈でございましょう。今の自由奴隷制度であれば期間内のみでございますし、使い潰すことも認められず、更に奴隷如きに給金まで支払わなければいけない。これほど非効率で無駄なことはないでしょう」

「ほんにそう思うとるゆうやったら、愚の骨頂でおま。あんはんのゆうとるのは視界が狭くなって目先の事しか考えられんくなった愚か者のゆう理屈どす。そもそも長い目で見れば給金を支払うことは決して無駄ではありまへん。給金を支払えばそれを他の店で落とす、それが積み重なれば結果的に領地も国も潤うどす」

「……しかし奴隷に給金を与えるなど付け上がらせるだけであろう」

「そのようなことはないと思います。それどころか給金を受け取ることで自立心が生まれますし、今の王国の制度であれば自由奴隷として登録することで数多くの仕事に携わることも可能です。その結果思いがけない天職に巡り会えることだって少なくありません」

「その通りどす。そもそも使い潰すとゆう考えが間違っとるのどす。人は潰すのではなく育てるという目線を持つことがこれからは大事になることやとうちは思うとるどすえ」


 ぐぬぬ、とハラグライが悔しそうに唸る。しかしどうやらこれ以上は彼も語る言葉が出てこないようだ。


「……そこまでだハラグライ。これで判ったであろう? 少しは頭を冷やすことだ。それに帝国との交渉にしてもじっくりと取り組む必要のある案件、いまここでどうこういう言うべき問題でもない。いや、本当におふたりともハラグライが出すぎた真似を、不愉快にさせてしまったのであれば私が代わりに頭を下げさせてもらいます」

「いえ、そんな。それにこう言った話も大事かと思いますし」

「エルガはんは人がええなと思うどすが、うちもこれ以上特に何か言うつもりはないどす。意見の相違というところどすな。そないなことで目くじら立てても仕方ありまへんし」


 ふたりの言葉にアクドルクの顔が綻ぶ。


「おふたりの寛大な心に感謝致します。この御礼はそうであるな、その分盛大にもてなす形で取らせていただければと思います。良い酒も沢山用意しておりますので」


 それはとても魅力的なお誘いですなぁ、とオパールも頬をゆるめ、エルガも笑顔を見せた。


 こうして初日の対談は終わりを告げふたりはアクドルクの私室を辞去した――

王国の奴隷制度は期間を決め自由に奴隷として働けるという制度ですので帝国とは少々異なっております。

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[一言] 執事に言わせとるだけで領主の本音でしょ?
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