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第二一〇話 アクドルクの私室にて

 それぞれの部屋を使用人に案内させた後、アクドルクはマウントストムの領主たるオパール伯とグリンウッド領主であるエルガ伯を私室に招き入れた。


 しかし、私室とはいえちょっとした食事会などを開けそうな程に広く、高価そうな壺や絵画の類が壁に飾られている。今にも動き出しそうな鎧騎士の像があったりと中々装飾豊かな部屋である。


 そしてそれらを眺めるに適した位置に、意匠が施された光沢のある机と革製の長椅子が設置されていた。

 

 エルガとオパールのふたりはアクドルクに促され、机を挟み向かい合う形で椅子に腰を掛ける。


 室内には夫人の姿もなく、彼の側近を呼称する気難しそうな老人のみが一歩退いた位置から様子を見ているだけであった。

 それ以外では何かあった時の為に、一応それぞれの護衛となる騎士エルガについてはローズが扉の前で見張っている状態だ。


「それにしてもグリンウッド伯がここまでお綺麗な方だったとは驚きです。いや、私の耳には世襲したのは嫡男と届いていたもので」

「ふふっ、それは間違いではございませんわ。私、正真正銘の『男』ですもの」


 領主の発言を認め、口元に指を添え、品のある女性らしい仕草で応じるエルガである。

 しかし唐突に知らされた真実に、アクドルクは目を白黒させた。後ろで聞いていた側近も目を眇め怪訝な態度を見せている。


 エルガの今の見た目はどこから見ても美しい貴女といった様相なので驚くのも無理は無いが、側近は男性であるという事実が受け入れられないようだ。

 

 すると、その様子の隣に座るオパールが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「あんはんも驚いたようどすなぁ。正直ここまで馬鹿正直に打ち明けられると呆れますやろ? ほんに、でもうち、この子のこうゆうところ、今は結構気にいっとります。それに、何より美人やろ? うちこの子使って新しい何かが発見出来そうな気がしとるんどす」

「あ、新しい何か、ですか?」


 多少ぎこちない笑顔を見せながらもアクドルクは興味深そうに尋ねた。


「そうどす。例えば今この子がつけとりやす指輪やイヤリングなどの装飾品、全てうちの領地でこうてもろうたものどす。よく似合っとるやろ?」

「ああなるほど。確かにこの指輪に付いているのは【ムーンネフライト】、確かジュエリーの街近郊の鉱山でしか採れない希少な貴石でしたか」


 エルガの指に光るそれを認め、アクドルクが述べる。そして、よくお似合いですよ、と笑顔で付け足した。


 彼も最初男性と聞いた時は驚いていたようだが、既に頭の切り替えは完了したようだ。中々に順応性が高い。

 ただすぐ後ろで控えている側近の老君はあまり好ましく思っていないのか、エルガの姿に白い眉をひそめている。


「そうどす、その似合うというのが重要なんどす。うち、例え男性であってもマウントストムで採れる宝石との組み合わせでまるで女性のように輝ける、というのを売りにしようかと思うとりやす」

「ほう、男性なのに女性のようにですか」

「そうどす。ルプホール卿は気づかれたやろか? エルガ卿に仕える護衛の冒険者にもう一人女性の姿をした男性がいたんどすえ」

「え? 本当ですか?」

「はい、長い亜麻色の髪をした魔導師の――」

「あぁ、確かに凄くお綺麗な方がいましたね。尤もレイオン卿のお連れしている護衛には騎士も含めて美しい方ばかりでしたか」


 そう言って笑顔を見せるアクドルクである。エルガの護衛には勿論ナガレを含め男性もいるが、女性の比率もかなり高い。しかも彼の評した通り揃いも揃って見目麗しい者ばかりだ。


「ですが、その話しぶりだと……」

「はい、彼女はニューハと申しますが性別的には男性ですわ」


 彼女と紹介しつつ男性であると告げられたことで、やはりアクドルクは一瞬目を丸くさせるが、

「なるほど、いやしかしあれだけお美しいと、女性としても全く違和感がありませんね」

と言って笑う。しかし側近の顔は険しい。


「それに、ニューハと一緒にいた、スカートを履いた太めのもんも、実は男性なんどすえ」

「あ、いえ、それはもう、聞くまでもなく――」


 つまりダンショクの事を言っているのだが、アクドルクは引きつった笑みで答えた。あの姿で女性と思うものは先ずいないが、見た目のインパクトはかなりのものなのだろう。思い出して青ざめるぐらいには。


「まぁ、そっちは置いておくとしても、エルガはんやニューハはんには十分に人を惹きつける魅力がありまふ。せやから、うちとりあえずふたりを【男の娘】として看板になってもらおうと思っとるのどすえ」


 扇を口元に添えつつ、オパールはどこか愉しげに微笑んだ。

 すると聞き慣れない言葉にアクドルクが、男の娘? と復唱する。


「そうどす、男でありながらまるで女の娘のように可愛らしい男性をさす言葉として考えたんどす。ええと思いまへんか? 結構気に入っとるのどすが」

「あ、いえ、そうですね。私などでは考えもつかないことですが、流石宝石の街とも称されるジュエリーを拠点とする敏腕伯爵だけあります。ですが、レイオン卿はそれで問題ないのですか? その、中々世の中では周知されていないことでもありますが」


 アクドルクがちらりとエルガを見やり問いかけるが、エルガは淑やかな笑みを浮かべ答える。


「問題ありませんわ。私のようなものがオパール様の考えられたブランドに役立てるのであれば。それに周知されていないからこそ大きな利益に繋がる可能性があるではございませんか」

「そういうことどす。勿論これはうちだけの利があっての話ではありまへん。うちが新たにブランドを立ち上げることで、エルガはんのイメージを上げる効果も期待できるのどす。そうすることでエルガはんの真実も受けいられやすくなるやろ? それにこういった新しい試みは新たな文化を生み出すきっかけになると思うとるどす」

「なるほど……新しい文化ですか」

「そうどす。そして、それがいずれは帝国はんとの交流にも役立てるかも知れまへんやろ?」


 オパールの話にアクドルクの瞼がピクリと動く。


「……なるほど、流石は情報通としても定評のあるジュエリーストーン卿だ。こちらから切り出すまでもなく、既に掴んでいるのですね」

「大まかなところは、どすけどなぁ」


 目を細め中々不敵な感じの笑みをこぼすオパールである。そしてエルガもオパールに話を聞き大体のことは知っていたことを伝え、今後のことについて話し合う。


「――いや、やはりおふたりと話せてよかった。おかげ様で今後の展望が開けましたよ」

「それは良かったどすえ。せやけど、話としてはまだまだ課題が残っとるどすなぁ」

「そうですね。経路についてもですが、輸出にしろ輸入にしろあまり偏りすぎても良くないでしょうし――」

「とりあえずまだ初日ですし、その辺りは後日にでも。最初から拘束しすぎても申し訳ありませんからね。ただ、この件はどうかまだまだご内密に。……実は帝国側の方で少々トラブルがあったみたいで、まあそれはまたの話ではありますが、こちらも改めて外交官と日程などを調整する必要がありますので」

「確かに、帝国との交渉ともなると辺境伯だけの責任というわけにもいきまへんから、大変どすなぁ」


 緋色の瞳を三日月形にし、からかうような所作で告げる。そんなオパールの姿に苦笑するアクドルクであるが。


「……失礼ながら申し上げさせて頂きますが、ルプホール様、本当にこのような者達にそこまでお話して良かったのでしょうか?」


 ふと、会話に割り込んできたのはこれまで静観を決め込んでいた側近の老君であった。


「……それはまた、随分な言い草どすなぁ」

「お、おい、ハラグライ、失礼だぞ」


 言下に不機嫌さを口調に滲ませるオパールであり、側近の名を呼びそれを叱咤するアクドルク。しかし一つ頭を下げつつも彼は更に続けた。


「出すぎた真似とは承知しております。ですが、そちらのジュエリーストーン卿はともかく、レイオン卿は正直どうかと思われますぞ」

「私でございますか? 一体何か問題でも?」

「……ご自分で気づかれていないのなら正直滑稽に過ぎますな。そもそもこのような場に女装して現れるとは、領地を任され伯爵という立場にある御方があまりに無礼が過ぎませぬか?」

「……もし私の立ち振舞に失礼があり、そう思われたのでしたら謝罪をさせて頂きますが、女性の姿をしているという点のみで言われているのであれば、私に恥ずべき点はないと自負しております」


 な、と絶句するハラグライだが、その姿に愉しそうに表情を崩すオパールであり。


「随分とエルガはんを嫌悪してはるようどすなぁ。せやけど、彼女の姿に一体何の問題があるゆうのや? 最初見た時にルプホール卿が男性としてではなく女性として見ておったやろ? エルガはんはそれぐらい女として完璧どす。性別なんて些細なことどす。それに肝心のルプホール卿がそれを問題としてないのどすえ」

「そうだぞハラグライ。むしろ私は性別的には私と同じ男でありながら、ここまで完璧な女性に扮することが出来るのかと感動すら覚えているよ」

 

 むぅ、と唸るハラグライだが、それは失礼致しました、と一応は謝辞を述べる。


「それでは、失礼ついでにもう一つお聞きしたいのですが――」


 だが、そこから更に切り込んでくる側近に、どこか呆れたような表情を見せるオパールである。


「ほんにまあ、この状況で話を続けるとは、流石はルプホール卿の側近というだけあって肝が据わっとるどすなぁ」


 皮肉るように返すオパールであるが、アクドルクは苦笑し、そしてハラグライに関しては何も動じることなく言葉を続けた。


「……これに関してはルプホール様が敢えて触れないようにされていたようなので、しかしここはぜひとも聞いておきたい。おふたりは、この国の奴隷制度に関してはどのようなお考えを持っておられますかな?」

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[一言] 全面的に執事が正しいのに異世界にはキチガイしかいないのかな?
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