第二〇九話 到着イストブレイス
ジュエルの街を出立し、途中野宿を挟みながら数日、その道程で約束通りローズの水浴びにナガレが番に立ち、ピーチがむくれるなどといった些細な出来事はあったが、それ以外は特にこれといった問題もなく、一行はイストフェンス領内に入り、領主が城を構えるイストブレイスの街へ到着した。
「う~ん、流石に国境近くにある街というだけあって、随分と厳重そうですね先生」
「そうですね、ハンマの街よりも壁は高く厚いですし、形も異なってますね」
イストブレイスはふたりの言うように、確かにハンマやジュエリーの街とは見た目が大きく異る。
何より壁の配置は円形ではなく芒星型であった。これはナガレのいた世界でも星形要塞として活躍したタイプに近いが、火砲からの防衛目的であった地球のソレとは少し様相が異なり、どちらかといえば魔法による恩恵を受けやすいということのほうが理由としては大きい。
この街を囲む壁には術式が刻み込まれている。こうすることで、いざというときはこの壁そのものが魔法陣のような役割を果たし、迅速に大掛かりな防衛魔法を発動することが可能なのである。
そしてイストブレイスは砦と連結した街でもある。芒星型の外壁は東側の一点が剣のように伸びており、それがそのまま帝国との堺にある山地に建つ砦と繋がっている。
街は山の麓に広がっているため、砦とは高低差もあり、空に向けて剣を掲げているような形にはなっているが、こうすることで砦に何かあった際も魔法によって防衛力を高めることが出来る仕組みだ。
そして当然そのような街だけあって、入り口の警備も厳重だ。大きな街門の前に仰々しい鎧に身を包まれた衛兵が立っており、ナガレ式のハルバードを手にし、街にはいろうとする商人や旅人などをチェックしている。
「先生の考えられた武器がもうここまで浸透しているのですね!」
「いえ、ですからあれは別に私の考案というわけでもないのですが……」
「それは謙遜が過ぎるよナガレっち~」
「でも、やっぱり要所の衛兵ともなると新しい武器の支給も早いのね」
「ですが、やはりあぁいうのは落ち着かないですね」
ローザが眉を顰めて言う。職業柄刃物の類に対して苦手意識が強いのだろう。ただ以前スチールが披露していた時はそうでもなかったので、衛兵の雰囲気も大きいのかもしれない。
どちらにせよ普通ならば街に入るのにも一苦労しそうな検問であるが、一行に関して言えばそもそもが領主からの招待であること、そして先に誰何された馬車にエルガとオパールが乗っていたことから、それほど手間を取ることなく街に入ることが出来た。
そしてその後はすぐに領主の居城へと案内されることとなる。どうやら護衛のナガレ達も含めて賓客として考えられているようであり、泊まる部屋は城の方で用意してくれているようであった。
そして城へと赴き、執事の案内でエントランスに入る。そこは城と呼ぶには豪奢な装いであり、床全面に赤絨毯が敷かれ天井にも豪華絢爛なシャンデリアが設置されていた。天井は吹き抜けとなっており、上へと続く階段の手摺は金で縁取られている。視線を上げると途中で内側に湾曲した階段の先は縁が張りだしており、上階から下が見渡せるようになっていた。
全体的に居住がメインのようにも感じられるが、いざというときのためか騎士や兵は多く常駐しているようであり、また執事にしろ使用人にしろ、男女問わずかなり腕に自信がありそうな者たちが揃っている。
ナガレの見立てでは冒険者のランクで当てはめると、最低でもB3級、しかしAランク程度の実力を持った者も少なくはない。
正直ナガレと出会った当初のフレムでは、相手にならない程度の実力者がごろごろいるといったところだ。
その為かナガレ達に向けられた視線もどこか探るようなものが多い。別に睨んだりといったあからさまなものではなく、普通に雑務をこなしながらもさり気なくチェックされている。
ただ一行を不審がっているというよりは日常的に行われていることなようで、その為か一つ一つの動きに不自然さは全く感じられなかった。
「ようこそ我が城へ、遠方よりわざわざお越しいただきありがとうございます」
すると上階から随分と雄麗な声が皆の耳を駆け抜ける。
一様に顔を上げると声のイメージに良く合った、眉目の整った男性が立っていた。
階段を上がった先の広くなったところで美しい女性と連れ添って一行を俯瞰している。
女性の手は鍛えられた男性の左腕に絡められており、ふたりが親密な関係であることを窺わせた。精強な男性はサラサラの金髪と翠眼が印象的であり、どことなく親しみのもてそうな笑顔を振りまいている。
上質な生地で仕立てられた服は、詰襟タイプの上着とズボンの組み合わせであり、制服のようにきっちりとしたものだ。汚れの一切感じられない白地が眩しくも感じられる。
隣に立つ女性は男性と同じ金色の髪が腰辺りまで伸びている。そこまで畏まったものでもないが緩過ぎもなく品の感じられるドレス姿で、生地はやはり上質なものであり、基本色は白で刺繍などには銀糸も使用されている。
柳眉な麗しい女性で、目元などはどことなくルルーシに似ていた。ただ胸はルルーシよりも更に大きく、背も高いか。そしてどちらかというとおてんばな印象が強いルルーシと違って彼女は落ち着いた雰囲気の感じられる大人な女性といった様子を感じさせる。
そしてルルーシは男性の隣に立つ彼女に特にその視線を向けていた。その瞳はよく知る者を見るものであり、そのことから彼女がルルーシの姉であると判断できる。
当然そうなればその隣に立つ男性は彼女の夫、つまりこの辺り一帯を任されている領主、アクドルク・イストフェンス・ルプホール辺境伯なのだろう。
そして彼の妻でありルルーシの姉でもある彼女は、リリース・ルプホール辺境伯夫人ということになる。ルルーシはフルネームで言えばルルーシ・ローズマリとなるが、姉は結婚した為当然姓に関しては異なっている。
真ん中のイストフェンスという称号は領主のみが継承する規則なので当然夫人には付かない。
リリースに関してはナガレ達も既にそれなりの情報は持っていた。ジュエリーの街からの同道でルルーシ達とも親睦を深めることが出来たため、その過程で色々と話もするようになり、その中に彼女の姉のこともあった。
ルルーシとリリースは性格にこそ違いはあれ、とても仲がよく領地でも美人姉妹と噂され憧れられるほどであったようだ。
そしてだからこそ姉のリリースの婚姻が決まった時にはルルーシも随分と驚いたようだ。尤もリリースは年齢的には結婚してもなんら不思議ないものだったので、ルルーシとしては姉と離れ離れになることにショックを受けたという理由のほうが大きかったようだ。
しかしそんなルルーシに、リリースは夫になる相手がどれほどに素晴らしい相手か聞かせてくれたらしい。この世界では相手の顔も知らず突然親に相手を決められ何も知らないまま嫁ぐなどということも珍しくないようだが、リリースに関してはある舞踏会に参加した際に一目見て好意を持ったらしい。
つまり一目惚れであり見た瞬間に電撃が走ったとまで語って聞かせたそうだ。
その熱意にルルーシも姉が幸せになるならと笑顔で見送る事を決めたらしい。ただ、話を聞いてから婚姻の儀を結びアクドールと暮らし始めるまで随分と早かったので、納得はしても最初は戸惑いもあったようだ(ちなみにこの婚姻の儀に参列した帰りに、件のデスクィーンキラーホーネットの事件があった為一時期はかなり落ち込んだようだ)。
ただ、今回のような様子を見にルルーシが城に赴くことはリリースも歓迎してくれているため、今はそこまで寂しくもないとのことだ。
「さて皆様、長旅でお疲れでしょう。こちらで部屋はご用意しましたので一先ずそちらでどうぞ英気を養って下さい。君も妹君と積もる話もあるだろう。私のことはいいから部屋まで付き添ってあげるといい」
「はい、ありがとう貴方。その優しいところが本当に素敵だと思います」
「はははっ、おいおい、客人の前なのだから程々にな」
頬を染め夫の肩に頭をのせる姉の姿に、思わず目を細めるルルーシである。
「あ、相変わらずの熱々ぶりね」
「仕方がありません。相思相愛での結婚な上、まだまだ新婚といったところですからな。しかしやはり女性は家庭を持つとより輝きますな」
「……それは結婚していない私は輝いていないということでしょうか?」
「いや、別にそういう意味でいったわけでは――」
ナリヤにジト目を向けられたじろぐセワスールである。どうやら彼女は独り身であることをそれなりに気にしているようだ。
とは言え、折角のご厚意というということもあり、一行はその後使用人の案内に従い用意された部屋へと向かうのだった――




