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第二〇八話 男の力

「……お前、何者?」


 ビッチェは警戒心を露わにしてその男に誰何する。男は黒く厚手のローブを纏っているが、感じられる雰囲気は達人の域さえも超えるソレだ。


 達人といえばビッチェの頭には当然彼の姿が思い浮かぶわけだが、彼はどちらかといえば静なる強さを秘めているのに対し、目の前の男は動、つまり自らの強さを大胆に噴出させている。


 ただ、にも関わらず攻撃に映るまではその気配をビッチェにすら感じさせなかった。気配を隠すことにも自信のある彼女だが、同時に気配察知の精度にもビッチェは自信があった。


 しかしそんなビッチェが近づかれるまで全く気がつくことが出来なかったのだから警戒心を露わにするのも当然と言えるだろう。


「ふむ、しかし人間の癖にこの俺に興味を持たせるとはな。あの女達でもここまで思うことはなかったぞ。全く大したものだ」


 彫りの深い顔の男だが、その顔相を更に深くさせるほどの好色な笑みを浮かべた。そして値踏みするようにビッチェを見やる。


 ビッチェが警戒しているのはその不気味な実力もだが、外見的特徴によるところが大きい。

 この男、確かに見た目は人とも酷似しているが、頭に生えている二本の角が多種族であるということを如実に証明している。


 魔物であれば角ぐらい生えていることは別段珍しくもないが、見た目も知能も人型となればある程度限られてくるのである。


 そんな中ビッチェはふと脳裏に魔人の姿が思い浮かび、悪鬼族――? と口に出す。

 そして確かに悪鬼族であればこの男のように頭に角が生えている。

 

 ただ疑問点もある。悪鬼族は特殊なスキルを持っているのも多いが、魔法に関して言えば不得意とされている。しかし先程ビッチェに放たれた攻撃は明らかに魔法によるものだ。


「いい線言ってるぜ。だが同時にアレと同列に思われるのは気に入らなくもあるがな。どちらかといえばあの連中は俺の下だからなぁ」


 そう言って灼熱色の瞳を細める。右腕が上がり、ローブが捲れ赤銅色の腕が顕になった。

 逞しいな、といった印象をビッチェは持った。別に感心しているわけではなく、相手の強さを測っているというのが正しい。


 魔法を使う上、ローブ姿となれば当然魔術師系と思えそうなものだが、鍛え上げられた肉体が垣間見えたことでそうとも決めつけられなくなった。


 寧ろ魔法も肉弾戦も両方行けると見るべきだろう。


「……それにしても、この状況でも全く心折れていないとはな。益々気に入ったぜ」

「……お前が何者か知らないけど、あまりに怪しい」


 右手に持った剣の先を男に向けビッチェが述べた。ニヤリと口角を吊り上げ、願ってもないこと、と言わんばかりに半身の姿勢を見せる。


 既にビッチェの目的は男の無力化だ。勘でしかないが、今さっきまで黙考していた件に何か関係があるのでは? と思い立った。


 それに本人は否定したが悪鬼族との関係性は匂わせている。


 どちらにしても放っておいて良い相手ではないのである。


「チェインスネークソードか、珍しい武器を使うんだな女。しかし俺には通用しないと思うぞ」


 どうやら相手もビッチェの意図は察したようだ。だがそれがどこか愉しそうでもある。


「最近あのジジィが煩いから派手に動けなくてな。丁度身体が訛っていたところだ。少しは愉しませてくれよ?」

「……だったら十分に感じせて、上げる!」


 細く靭やかな腕がブレた刹那、細かく分断された刃が男の顔に迫った。

 だが、男は僅かな顔の動きだけで悠々と躱す。が、直ぐ様ワイヤーに繋がれた刃の起動が変化し、旋回し男の首を絞めに掛かった。

 

 ワイヤーは細く研磨されたケラモスク製だ。ケラモスクはとても軽く、加工することで鋭さが増しまた伸縮にも優れている。耐久性が低いのが難点とされていたが、鉄と上手く組み合わせることでその欠点も補える。少しでも配合を間違えると鉄屑になるため、ドワーフ族にしか扱えないと言われる代物でもあるが、それをビッチェはワイヤーとして採用した。


 これにより、相手に巻きつけることで刃とワイヤーによって瞬時に肉骨に食い込んでいきほんの少し力を加えるだけでも部位が切断される。

 

 勿論捕まえるのが目的な為、生け捕るのが理想なのだが、それでも本気でやらなければ逆にやられ兼ねない相手だけに、急所を責めることにも容赦はない。


 だが――男の反応は早かった。即座に首を引っ込め、軌道の変化に対応し、低い体勢のまま瞬時にビッチェの眼前にまで迫る。


 彼女の剣捌きは一流だ。チェインスネークソードは分解した状態になると、刃を戻す必要がある為接近を許すと弱い。だが並の冒険者ならともかくビッチェともなれば瞬きする時間があれば手元に戻せる。


 にも関わらず、間に合わない。刃の戻しが、そして男が無理な体制なまま足を回す。ビッチェの首を巻き込むような後ろ回し蹴りだ。


 まさか体術で来るとは、とビッチェも目を丸くさせたが、しかしただの体術でないことは足に纏わりついた黒い炎で判った。


 同時にまともに喰らうのは勿論、受けることすら危険だと察し後方に跳びはねる。


 ブォン! という低く唸るような音が耳に届き、直後黒い炎が散開した。しかしそれで終わりではない。ビッチェは蹴り終わりを見極め、手元に戻った剣を再度伸長させようと狙っていたが、男は蹴り終えた時には既に両手を合わせるように構え、電撃のようなものが迸る黒球を生成していた。


 勿論それも魔法であることは明らか。しかもこの男はこれまで詠唱らしい詠唱はしていない。術名も述べず完全な無詠唱だ。


 放たれた黒球は禍々しいエネルギーを増幅させ、大地を喰らい、大きさもビッチェ程度なら軽く飲み込めるほどまでに膨張した。


 本能的にこれに近づくのは不味いと感じたのか、切れ長の銀瞳が見開かれ、しかし反射的に攻撃ではなく回避に切り替え、反転しながら分解した刃を後方に佇む木の枝に巻きつけた。


 鋭い刃だが巻き方を変えれば縄のように巻きつける事も可能なのがこの武器の強みだ。


 そして収縮する力を利用して素早く枝に飛び移り、それを足場に大きく跳躍。


 俯瞰する形になった彼女の視界には、男から放たれた黒球は草も木も喰らい、直進上の全てを飲み干していく姿が飛び込んできた。


「いい武器だな。拡張刃(マウントエッジ)で自由に長さも変えれるようだし」


 空中を漂いながらビッチェは目を見張った。確かに男の言うとおりビッチェは愛用のチェインスネークソードを右のグリーブに押し込んでいたところだ。


 ビッチェの剣はこうすることで刃を追加し長さを変えられる。だが、それはパッと見で判るようなものでもなく、刃も完全に防具の中に隠れているのである。


 本来はそうすることで相手に突然武器が伸びたと錯覚させる目的もあるのだが――とはいえ見破られてもやることに変わりはない。


 ビッチェは拡張した得物を改め、空中で躍動感溢れるダンスを披露した。一流の踊り子を彷彿させる激しい動き。それでいて舞姫と形容するにふさわしい優雅さも兼ね添えている。

 

 褐色の健康的な肉肌が無駄のない洗練された動きで波を打つ。だが、勿論ビッチェはただ踊りを男に披露したいわけではない。舞うような動きで剣を振るっているにすぎないのだ。


 そして分解し、伸長する刃は、更に姿を変え、八又に分裂した。

 大気を貫き、鋭い音を後方に置き去りしながら、八頭の蛇が男に迫る。


 ビッチェは鋼鉄の蛇を優雅な動きで見事に操ってみせた。それぞれがまるで意志を持っているように行動し、上下左右から男を喰らおうと牙を立てる。


 だが――それすらも男は余裕の表情でかわし続けた。しかもその眼は迫る剣など見向きもせず、執拗にビッチェの肢体を追っている。


「全く、いい胸と尻してやがる。人間にしておくには勿体無いぜ」


 どうやらその激しい動きに合わせて揺れ動く女の主張を、男はじっくり堪能していたようだ。

 つまり、それだけ余裕があるということであり、思わずビッチェも奥歯を噛みしめる。


「……それなら――アバターリベレイション!」

 

 スキルを発動。その瞬間、ビッチェの身体が四体に分かれた。気と生命力を込めることで作り出す生身の分身。


 それぞのビッチェがお互いを足場に散開し、男を中心に取り囲んだ。


「おっと、これは流石に俺もピンチかな」

『……【チェインファングオロチ】』


 四人のビッチェが同時に声を上げ、伸長した刃が再度八本へと変化する。しかも今度はそれが四人分、つまり三十二の牙が男に迫っていく。


 それはまさに剣の牢の如し、完全に逃げ道を失った男には打つ手などない。それが並の男ならば。


 しかしその男はただものではなかった。見た目と同様に、まさに人を、いや生物の域を超えた身のこなし。しかも針の穴にも等しい包囲の隙間を一切の迷いなく潜り抜けていく。


「遊びは終わりだ!」


 四方八方から迫る剣戟を、息をするように躱しつつ、男はその手に黒き鎌を現出させた。これも魔法で作られたものであることは明らかだった。


 剣の牢から抜け地面を蹴り、分身たちと視線が重なったところで柄が伸び、不気味な光を放つ大鎌を一気に振るう。衝撃は爆発のごとく、三人のビッチェは真っ二つに切り裂かれ、本体も直撃は避けたがその余波で軽々と吹き飛ぶ。


 それでもなんとか落下途中で体勢を整え、地面に片膝と左手を付く程度に留めた。

 だがしかし、彼女の正面に男が立ち、

「これでチェックメイトだ」

と延べ魔法で刃化した手をビッチェの首に当てた。


「……えぇ、貴方がね」

「何? ぐふっ!」


 ビッチェが顎を上げ、視線を男に重ねた瞬間、地面から伸びた刃が男の脇腹を貫いた。男が言っていたようにビッチェの剣は刃を追加できる。


 そして刃は右足と左足にそれぞれ仕込まれていた。そして拡張刃はそれ単独でもある程度は武器としても扱える。


 ビッチェは地面に左手をついたその時に地面に刃を潜らせ操作した。それが今男の脇腹を貫いた筈なのだが――ビッチェの目の前で捉えた筈の男の身体が霧散した。


「惜しかったな」


 弾かれたように後ろを振り返るビッチェ。しかし強い力で首を締め上げられ、両足が地面から離れた。


「所詮は無駄なことさ。俺には勝利の道筋が見えるのだしな。しかし気の強い女だが、それがいい」

「――ぐっ、私を、どうする気?」


 ビッチェを片手で持ち上げながら嬉しそうに述べる男へ、ビッチェが問う。


「俺はお前を気に入ったと言っただろ? この俺が人間を気に入ったと言っているのだ。もっと光栄に思うことだな。そうだな、お前には俺の子でも産んでもらうか」


 冗談じゃない、とビッチェは残った力で自らの首に刃を当てた。このまま好きにされるぐらいなら死を選ぶといった意思表示だ。


「――本当にいい女だなお前は。だが、少し面倒だ、仕方ないな、少々ねむ、あん? お、おいふざけるなジジィ! 俺はこの女が気に入ったんだよ!」


 突然――男が妙な言動を見せ始めた。ビッチェに向けて語られているのではない。まるで見えない何かと話しているようだ。


「――目的は判ってるよ。大丈夫だ女の一人ぐらいどっかに閉じ込めて、あん? 何? くそ! なんだってそこまで慎重にする必要があるんだよ!」


 そして暫く喧嘩腰な口調が続く男であったが――遂に男は折れたように天を仰ぎ。


「――判った、判った、今回は言うことを聞いてやるよ。チッ、運が良かったな女」


 男は話が終わったようで、かと思えばビッチェに向けそんなことを述べ、地面におろした。


「……だが覚えておけよ。俺はお前が気に入ったんだから、何れ絶対に手に入れてやるからな」

 

 そしてそう言い残しビッチェの前から姿を消す。声にならない声で、待て、と口にしたビッチェだったが、どうしようもないことは彼女が一番判っていた。


(一体、何だった、あれは?)


 地面に横たわり、空を見上げながら黙考する。だが答えは返ってこない。しかし、一つだけ確かなことがあった。あの男は今のビッチェの手に負える相手ではないということだ。


(……やっぱり、そろそろアレを呼び戻すべきかも――)


 そしてそんな事を思いつつ、暫く体力の回復に務めた後、起き上がる。


「……悔しいけど、そんなことで落ち込んでもいられない――とにかく、頭を切り替えて……」


 とにかく今は本来の目的地に向けて――歩みを再開させるビッチェであった。

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