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第二〇七話 ビッチェの甘い罠

「よぉ姉ちゃん、随分といい格好してるじゃねぇか」

「へへっ、男誘ってんのか? いいぜ俺らが愉しませてやるよ」

「ま、全部で二〇人はいるから壊れても責任はとれないがな」

『ギャハハハはハハハッ!』

「……はぁ――」


 下品な笑い声を上げる粗暴な連中を冷めた目でみやりながら、褐色の美女ビッチェが面倒くさそうにため息を吐いた。


 ビッチェ個人としてはさっさと彼と合流したいのだが、気配を断っていないせいか移動しているだけでこのような下衆な連中がわらわらと湧いてくる。


 ならば気配遮断を使用すればいいのでは? と思えるのだが――


『最近バール王国では非合法で拐った相手を奴隷として売りさばく商人連中が増えてるらしくてね。悪いんだけど移動中ちょっと囮になって適当に片付けておいてよ――』


 彼、ナガレ・カミナギの報告書を提出した際、そんなことを頼まれてしまったのである。確かに、普段は気配遮断によって相手に認識されないように行動しているビッチェだが、それを解いてしまえば彼女の容姿も格好も半端でないぐらい目立つ。フェロモンも自然と撒き散らすことになるので清濁関わらず彼女に引き寄せられてしまうのである。


(……それにしても、よくこんなこと私に頼む――)


 そんなことを思いつつも目の前の連中を観察するビッチェであり。


「……お前らは、直接は関係ない、けど、処分は必要」

「は? 何いってんだこの姉ちゃん?」

「処分じゃなくて処理の間違いだろ? 性的なよぉ、がはは、は?」


 笑い声を上げた男は、何か違和感を覚えたのか自分の腹部を見下ろすが、そこには大きな風穴が開いてしまっていた。

 

 そしてそれはこの男だけではない、いつの間にかビッチェの腕から伸びていたソレは、ならず者たちの首を刎ね、急所を潰し、上下を離れ離れにさせ――ほんの一瞬、まさに瞬きしている間には全員が絶命していた。


「……死んで償え――」


 それだけ呟くとビッチェは死体はそのまま放っておいて先を急いだ。別に取るべき戦利品もなく、またこの森であれば勝手に魔物が死体を喰らってくれるであろうことは予想がつく。


 ビッチェが連中から情報を聞き出すこともなくあっさりと殲滅したのは奴らの血の匂いが濃かったからだ。つまりこいつらは盗賊であることに間違いないが、奪うだけ奪った後に容赦なく殺すタイプである。


 つまりそれは裏の奴隷商人とつながってる可能性は低いということでもある。もしそういった繋がりがあるなら物品だけではなく人も品物と見るため、殺害する人数は自然と減るのである。


 また、それ以前にここまで理性が欠けてるような連中は扱う側が嫌がる。もし何かしらの関係があるとしても雇い主に繋がる情報は間違いなく持っていなく、情報源としても役に立たないのは経験から察しがついた。


 ならばこんなクズ連中は殺しておくに限るというのがビッチェの結論だ。この連中がこれまで殺害したであろう数を考えれば街の衛兵などに突き出しても結果は同じであるし、正直今のビッチェにそんな暇はない。


 尤も――ここまでの道のりで出くわすのは、今みたいなクズ連中や人間の女でも発情するような魔物が殆ど、それ以外では溜まった冒険者などか。


 ちなみに冒険者に限って言えば目的はようはナンパである。しかも性的要求を満たすのがメインみたいなものだ。


 もちろんこういった連中も飄々と躱してきたビッチェだが、中には本気で求婚してくる男も出てきたりするので中々大変である。


 ある貴族などは妻と別れ屋敷も財産も、なんなら爵位も全て差し出す。だから私と結婚してくれ! などと熱弁してきたりもした。もちろんその相手はこれまでビッチェと何の面識もなく、ただ街道ですれ違っただけである。


 にも関わらず馬車を急停止させビッチェを引き止め、告白し、丁重に断ると地面に頭を擦り付けて涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔で懇願してくるのだから、この時ばかりは流石にビッチェも悪いかなと思ってしまったほどだ。


「……やっぱり、気配遮断しないと鬱陶しい――」


 今度は群がるゴブリンを駆逐しながら辟易だと言わんばかりに口にする。何気に頭が痛いビッチェでもある。何せこれだけ色々な相手が湧いて近づいてくるものの、肝心の奴隷商人と関わっているような連中とは全く出会っていない。


 しかしこれはある意味当然だ。確かに王国内でも非合法の奴隷商人やそれに協力する盗賊も増えているが、どちらかといえば多いのは王国に奴隷が流入するパターンだ。

 

 しかも多いといっても溢れる程跋扈しているようなものというわけでもない。そんな相手が移動している途中に引き寄せられる確率など非常に低いのである。


「……本当、変なのしか引っかからない。絶対あいつ面白がってるだけ――」


 ある人物を思い浮かべながらビッチェが愚痴るように零した。

 そうこうしている内にゴブリンは全滅、変異種ほどではないが少数のゴブリンを纏め上げるボスクラスも生まれていたのでそれも駆逐した。


(それにしても――最近魔物の動きも妙に活発……あの問題もある)


 ナガレの報告書を届けた際、ビッチェは非合法の奴隷商人以外にも最近になって問題視されているある事を告げられた。

 これはナガレにも多少は関係はあることで、正直言うとその事もあって当初はビッチェもナガレの調査を命じられていたりもした。


 ただ――正直ナガレに関しては内容があまりに突飛しており、報告書を目にした途端彼も大声で笑いあげた程だ。正直言えばこんな報告書、纏めたのがビッチェでなければとてもではないが、ふざけるな! と一蹴されるのが落ちの代物だろう。


 何せ過去の文献を見ても、向こう側からこちらの世界に自らやって来たなどという事例は存在しない。そもそも召喚魔法の仕組み自体不明点が未だに多いのだ。つまり彼の行動は異例中の異例であり、故にあの人が興味を持つのも仕方ないとビッチェも考えるが――それはそうとし、ナガレの件は脇においておくとして、今問題として上がっているのは、どうやら水面下で異世界からこちら側の世界にやってきた人物が結構な数いる、ということだ。


 尤もこれとて語尾にらしいという言葉がつく話で、冒険者ギルド連盟としても確信には至っていないようだ。


 通常故意に異世界人を呼び出すには召喚魔法の行使が必要となる。

 ただ現在は人権的な意味合いから生きている人間を異世界から召喚する術式は禁忌扱いで許可されていない。


 そしてもしそのような召喚魔法が行使されそうな動きがあった場合、冒険者ギルド連盟が各国に派遣している諜報員によって前もって情報が得られる場合が多い。


 そしてこういった召喚魔法は基本行使される前に潰すが基本なので、情報を手にした特級冒険者は即時行動に移り妨害に向かう。


 ビッチェとてこれまでもそういった隠れて異世界からの召喚を試みる相手を沢山断罪してきた。


 だが今回に関しては色々と不可解な点が多いようで、勿論召喚と思われるような動きの場合もあるのだが、魔法無しで突如こちらの世界にやってくるパターンも多いと思われているようなのである。この場合、後者はこれまでも稀に起きていた現象なのだが、最近は立て続けに起きている可能性が高いとされており、これはあまりに不自然との判断であった。


 その為この現象も故意に起こしていると考えているようなのだが――ただ確固たる証拠は本部も得られていない。


 各国に派遣されている諜報員には召喚魔法が行使されたりなど何らかの魔法や、この世界とは明らかに違う何かが現れた際などに感知できる術式の使い手もかならず随伴しているのだが、どれも反応は一瞬であり、感知者が察知してから向かっても既にいないような場合も多いのだと言う。


 また召喚されるパターンの場合にしてもこれまでに比べ術式の発動があまりに早く、妨害が間に合わないという。


 通常異世界からの召喚は準備にも相当な手間がかかり発動までもかなりの時間が掛かる。それ故に諜報員が発見してから潰すという方法も上手くいっていたのであるが――それも現状は中々成功できず、連盟の幹部たちはこれらの現象には何か大きな組織が関わっている可能性が高いと判断しているようであった。


 ただ、最近になってその不可解な現象にも動きが見られた。どうやらかなり大掛かりな召喚魔法がマーベル帝国にて行使されたようなのである。


 どうやら魔法は既に行使されてしまったようなのだが、とにかくこの召喚者を押さえ捕獲することが出来ればこれまでの出来事も含め解決できる緒に繋がるかもしれないと連盟は考えているようであり――ただそれにしても連盟は慎重な姿勢を見せているようだ。何せ帝国に潜入させていた諜報員からはある時期を境にぱったりと連絡が取れなくなっているからだ。


(……でも、これは逆に好都合だったかもしれない)


 ビッチェは森を疾駆しながらそんな思いを巡らせていた。実はビッチェはナガレと再会するために先ずはハンマの街に立ち寄ったのだが、そこでナガレ達がエルガ伯の護衛としてイストフェンス領に向かった事を知ったのだ。


 イストフェンスといえばまさにマーベル帝国と国境を介する辺境だ。もしかしたら何か掴める情報の一つもあるかもしれない――


「――ッ!?」


 その時だった、突如脇から漆黒の槍が飛び出しビッチェに迫る。驚きに銀眼を見開きつつ跳躍し避け、発射地点を捕捉し、鞭のような形状に変化した刃で貫いた。

 

 だが、手応えがない。舌打ちしつつ、目端を駆け抜けた影を追ったが――


「……随分と色香を振りまいてやがるから、てっきりあいつかと思ったが、まさか人間とはな――驚いたぜ」

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