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第二〇五話 逃げられぬもの逃げるもの

 気を失っていた彼女が目覚めた時、サトル(というよりはサトルの使役した悪魔だが)は目下拷問の真っ最中であった。


 そしてサトルは悲鳴を上げ苦痛に身じろぎし、血液混じりの糞尿を撒き散らす、まさに汚物まみれの薄汚い烏を冷たい瞳で見守り続ける。


 そのすぐ横にはヘラドンナが恍惚とした表情を浮かべサトルに寄り添うようにして観戦に同席していた。

 

 サトルの召喚したテスタメントの知識は半端がなかった。拷問好きの名に違わない造詣の深さ。それはもはや芸術でもあり、拷問に対する果てしない愛情さえも感じられた。


 とは言えそれを受けているカラスからすればたまったものではないだろうが。何せ大小様々な拷問を一身に受けているのだ。全ての指に針をさすなどは準備運動のようなもので(尤もその針にも特殊な寄生虫を仕込んでおり刺された後に更に寄生した蟲により内側からも気が狂いそうなほどの苦痛を味わい続けるというおまけつきだが)、熱々の鉄板の上でのカラスのBBQに水責め(鼻や口から入り粘膜と鼻孔と咽喉をずたずたにする蛇付き)、電撃椅子からぶっとい釘を利用しての磔、そして菊門のドリル破壊に、性器をあらゆる方向から痛みつける器具の装着、ティータイムの余興に大型の獣を利用しての股裂き、蟲責め、骨砕き、はずれ無しのリアル黒ひげ危機一発に少しずつ伸びていく針を利用しての眼球破壊、敢えてカラスが好きな鳥を利用した鳥責め(徐々に肉を啄んでいく)等など――


 どうやらテスタメントは四桁を超える拷問を全て試したい様子だ。勿論サトルとしても異論はない。好きなだけやってくれと大歓迎だ。


 勿論その間もキャスパリーグの呪いは継続中な為、苦痛に苦痛を重畳させているような状態だ。

 その有様に最初は助けてくれを連呼していたカラスだが、今は願いが殺してくれに変わっている。

 そして当然サトルは、それはつまり殺さないでくれということだな? と承知している。押さないでくれと一緒だ。だからサトルはその時ばかりは笑顔で、ちゃんと判っているよ、と言葉を返し。


「テスタメント、彼もよく理解しているようだ。ここからが本番だとね、だからここで殺すなんてとんでもない。どんどん続けてやってくれ」

「もちろん判っております主様」

「ち、ちぎゃ、こんな、ひぃ、いや、だ、い、もう痛いのは、ア"ァ"ァ"ア"ア"ァ"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ア"」


 テスタメントのいいところは、相手がどの程度で死ぬか、どの程度で精神が壊れるか、それをよく理解していることだ。だからこそ、死なないように精神が壊れないように、いつまでも苦痛を与え続けるし、場合によっては敢えて傷を直して更に痛みを与えるという素晴らしい趣味も持ち合わせている。


 そして、今カラスの身体が鉄の処女(カラスは既に処女どころの話ではないが)の中に収められ、絶叫が外側に零れ落ちたその時――


「え? さ、サトルく、ん?」


 一人の少女の声が耳朶を打つ。黒兜の顔部分は完全に開かれていたので、横顔から気づかれたのだろう。


「あぁ、ようやくお目覚めか」


 しかし、サトルは既に顔がバレたことなど一切気にする様子はない。

 内側に鋭い針がびっしり詰まった鉄の人形の中で喚き続けるカラスの鳴き声がうざったいが、わりと冷静な様相で彼はアイカに身体を向けた。


 しかしアイカはびくりと僅かにその細身を反らす。常に眼鏡をかけている彼女の、レンズの奥の瞳に若干の怯えが見えた。きっとそれほどまでにサトルの目が冷たく、そして淀んでいたのだろう。


「こ、この声って、か、カラス、くん? でも、なんで……」

「なんでって、そんなの拷問しているからに決まってるだろ」


 そしてアイカは聞き覚えのある声からカラスが何かをされていると察したようだ。だが、何を判りきったことを、とでも言いたげな冷笑をサトルが浮かべる。それにアイカの顔が青ざめた。


「拷問って、どうして、そ、そんな……」

「いちいち下らない質問をするな。お前にだって理由の一つや二つ思いつくだろ。こいつらにはこれまでの報いを受けてもらっているんだ。俺はわざわざその為にお前らのいるこの世界に来たのだからな」

「むく……その為にこの世界に? で、でもそれって、もしかして、きょ、教室での、こ、と?」


 肩を僅かに震わせながら、恐る恐ると聞いてくる。その質問が、彼女の態度が、サトルの気持ちを苛つかせた。


「そうだよ。ここにいるのは全て俺に協力を誓ってくれた悪魔達だ。俺は悪魔の力を使い、そして俺や家族を絶望に追い込んだ連中に復讐し、そして――始末する」


 その宣告は、周囲の空気が一瞬にして凍り付きそうな、それほどまでに冷えきった声でアイカに告げられた。サトルの双眸には一切の光はない。広がるのは怨嗟渦巻く常闇の黒だけだ。


「……そんな、ふ、復讐なんて――」

「まさか、馬鹿なことはやめろとでも言うつもりか?」

「そ、それは、その――」

 

 細い声で呟き、顔をうつむかせた。はっきりとしない女だとサトルは思ったが、ただ、そろそろアイカの勘違いは正しておくべきだと考え口を開く。


「アイカ――どうでもいいが、まさかお前は何もされないとか、そんな甘いことを考えているわけじゃないだろうな?」

「え?」


 怯えた目をサトルに向けてくる。だがサトルから続けられた言葉は彼女にとって残酷な宣告であった。


「俺からすればお前だって十分に復讐の対象なんだよ。直接何もしてこなかったとしても、お前は俺が何をされても傍観していただろ? それだって俺からすれば十分に復讐の理由になる。勿論お前だけじゃない、俺の復讐対象は召喚されたクラスの連中、全員だ!」


 アイカの目には恐怖からか、既に涙が溜まっていた。身体が小刻みに震え、怯えた子羊のようになってしまっている。


「……まあ、お前程度、一撃で殺してやるよ。だから――」

「どうして……」


 そして、遂にサトルが悪魔の書を広げ、アイカに向けて手を伸ばそうとしたその時、彼女の悲痛な声が耳に届いた。

 思わずサトルはその動きを止め、彼女に目を向け、その言葉に耳を傾ける。すると一瞬アイカの目が鉄の処女に向けられるもすぐにサトルを見据え。


「――サトルくんだって、サトルくんだって同じじゃない(・・・・・・)、同じなのに、それなのに!」


 これまでにない強い声でアイカが訴える。それにサトルの意識が一瞬だけ奪われた。

 カラスの言っていた事が脳裏によぎる――判っていたことだ。そう、彼女からすればサトルとて連中と同じに見えたのだろう。

 

 そしてそんなことは、サトル自身よく理解していた――


「お前にもそう見えたんだな」

「え? あ――」


 どこか寂しげな口調で発し、アイカが疑問の声を上げるが、その瞬間にはサトルの翼が槍となりアイカの心臓を貫いていた。吐血し、その勢いに抗うすべもなく、アイカの身は森のなかへと消えていく。


 遠くの地面に柔らかい何かが落下する音だけが耳に残り、そしてそれは、それから動く様子を見せることはなかった。


「……なんでだろな、カラスと違って、お前じゃちっとも満たされない」


 冷めた口調で、感想をこぼす。そして再びその足をカラスの下へ向けた。鉄の処女が開いた時、まだカラスは生きていて、

「もうやめ、で、ごろじで」

と懇願していた。


「……いかが致しましょうか?」


 ヘラドンナが整った顔をサトルへ向け尋ねてくる。しかしその答えは決まりきっていた。


「渇くな、まだまだ渇いて仕方ないんだよカラス。だから、もっとお前の絶望を聞かせろ――」






◇◆◇


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 もう間もなく陽が落ち、あたりに静寂と闇が訪れる。そうなればこの森は魔物が跋扈する魔窟へと変わる事だろう。だが、そんなことも構うことなく彼、小森 純一は走っていた。


(殺された、カラスもそして、アイカちゃんも、あいつに、あの、サトルに、どうして――どうして!)


 コモリは走りながら泣いていた。頬を伝う涙は、走る速度に合わせて後方へと流れていった。アイカの事が好きだった。だけど結局自分には何も出来なかった。カラスからも、サトルからも助けてあげることが出来なかった。

 結局彼がやっていたのは視ていた、ただひたすらに覗き見ていた、それだけだ。その事が悔しいのか――自分が許せないのか。


 違う、そう違うのだ。確かにアイカを思う気持ちはある。彼女が死んだことを悲しむ気持ちもある。だが、そうではない。

 コモリはサトルが怖かったのだ。あれだけの拷問を平然とやりのけ、アイカをゴミのように殺害してしまう。その姿は既にコモリの知っているものではなかった。正にあれは悪魔、その行為も悪魔の所業としか思えない。


 だからこそ、恐怖がコモリの心を支配し、奥歯を鳴らし涙を流し続ける。そしてだからこそ、逃げ出した。コモリはある意味では利口なのかもしれない。彼は自分が何も出来ないことを知っている。だが、何も出来ないからこそ自分が助かるすべだけは誰よりもよく判っていた。


 そう、彼が異世界で手に入れたスキル、【ティミッドハーミット(臆病な隠者)】は一度発動すると、消極的な行動をしている間は自分の存在感を完全に消し去ることが出来る。気配も一切残さないので戦闘にこそ向かないが(不意打ちなど攻撃に関する行為は全て積極的な行動と取られる為)相手の様子を探ったり、危険から逃げ延びたい時にはかなり優位に働く能力である。


 尤も完全にノーリスクで発動できるというわけではなく、使用中は徐々に魔力は減っていくし、また積極的な行動、及び魔力切れによって効果が消失すると暫くは再使用が不可能といった程度のリスクはある。


 だが、リスクより現状は恩恵のほうが遥かに大きいか。何せこのスキルのおかげでコモリはサトルに一切気づかれることなく逃亡することに成功できているのだから。


(ごめんアイカさん、僕はやっぱり臆病なんだ、だから、だから――)

 

 心のなかで謝りながらコモリはひたすら森を疾駆した。既にアケチと合流する気持ちも完全になくなっていた。そもそもサトルの話していたとおりならば、サトルが次に狙うのはアケチ達の向かっている迷宮だ。臆病なコモリが、そんな自殺行為に等しい真似をするはずがなかった。


 もう今のコモリにはどうすれば自分が生き残ることが出来るか、それしか頭にない。だから必死に脳内に地図を開き可能性を探る。

 その結果、思い出した、平和を愛する王が統治する、ある王国の名を――少し距離はあるが、今更帝都にも戻れないコモリにとって、選択肢と言えるものは殆ど無く、結局コモリは記憶を頼りにその方向へ足を向ける事となったのだった――

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[一言] ふーん、こもりは捕まえれないんだ?
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