第二〇三話 地に落ちたカラス
申し訳ありません
二〇二話を修正しようとしたときに間違って二〇三話に上書きしてしまっていたようです。
修正致しました。こちらが本来の二〇三話です。
周囲の偵察に向かわせていた悪魔達から報告を受け、ある人物像が頭に浮かんだ時、きっとサトルは恐ろしいまでの笑顔を溢れさせていたことだろう。
見る人が見れば気が触れたかのようにも思えるかも知れない。だが、それほどまでにサトルはその邂逅を喜び、そして悪魔に感謝した。
そしてサトルは更に続く情報からカラスが一人ではなく、女と一緒である事を掴み、それがアイカであることも知った。
これらの情報は全てイビルアイに掴ませたものであった。イビルアイは決して強くはないが不可視で発見されにくく、相手のステータスも鑑定が出来る偵察能力に優れた悪魔だ。サトルのレベルが上がることに有効範囲も広がり、そのおかげで多少離れた相手の情報もつかむことが出来る。
イビルアイはそれほど飛行速度は速くないので、普段であればリトルデビルやガーゴイルに周辺の偵察に向かわせることも多いのだが、目的地に近づくに連れ、相手に見つかる可能性も考慮し、偵察役をイビルアイに変更したのが功を奏したとも言えるか。
こうして手に入れた情報で、サトルはカラスが目下情事にご執心中であることも知った。この時ばかりは正直その隙を狙い襲ってやろうかとも思ったほどだが――そこは逸る心を押し込め、相手の能力の分析に務めた。
アイカに関しては、何故迷宮探索に駆りだされたのか判らないほどにステータスも低く、正直大したスキルも持ちあわせていないようだったが、カラスの行為を考えるに、ステータスというよりは女として連れてこられたというところが大きかったのだろう。
正直決して望んで身体を許しているわけでもなさそうだが、サトルにとってはそんなことはどうでも良かった。アイカとてサトルに対して見て見ぬふりをしていた連中の一人だ。勿論それはそれで復讐対象ではあるが、優先順位で言えば当然カラスの方が圧倒的に高い。
だが――ことそのカラスに関して言えば中々に厄介な相手だなと思わざるを得なかった。
流石アケチに連れられ古代迷宮の攻略に付き合わされただけのことはある。
鳥使いや鳥強化といった能力も勿論だが、何よりパーフェクトテイカーが危険とサトルは判断した。
このスキルは相手の魔法やスキルを奪いストックができるという代物で、一度きりの使い捨てではあるものの、ストックしてある分は魔力も必要なく、詠唱なども無用なようだ。
だが、何より問題なのはイビルアイの鑑定を用いてもストックしてあるスキルや魔法までは見ることが出来なかったことだ。
その為ここはサトルとしても慎重にならざるを得なかった。
特にカラスの性格を考えれば中途半端な戦い方は逆効果だ。
それ故にサトルは作戦を練り、必要最低限の悪魔だけを呼び出し、更にカラスからは見えない位置、それでいてふたりのこれからの戦いがしっかりと見える位置に陣取らせる。
作戦上、あまり過剰火力にならない程度に、それでいて遠距離からでも対応可能な悪魔が望ましかった。故にヘラドンナとレオナードのみを選択。
そしてサトル自身はカオスフルアーマーにデビルフライヤーを装着し、更に攻撃用にアゾットソードを手にしておく。
この装備はカラスの目を欺くには特に重要であった。そして準備が整ったところで逸る心を抑えながら、カラスの下へと向かった。
屑のカラスはアイカの首を絞めながら行為に及ぶという、下劣な情事を終わらせ一息ついていたところだった。おかげでアイカは気絶していたようだが、サトルとしてはアイカは後回しで先ずはカラスを狙う予定であった。
ただ、ある程度予想はついていたが、やはりカラスは鳥使いのスキルに加え斥候系の能力にも長けているとあってか、サトルが近づいてきていることにすぐに気が付き声を大きめに誰何してきた。
とは言え、これもサトルからすればある程度は想定内。故にカラスの前に姿を晒し、声色も変えることはしなかった。
そのほうがあれを仕掛けてからの時間稼ぎがしやすいと思ったからだ。
今までの相手もそうだが、虐めていたという意識が強いせいで、サトルと知ると相手は強気に出てくる。ご多分に漏れずカラスもやはり同じであった。
だが、鎧の中身がサトルだと知ってからのカラスの発言は、彼の感情をとにかく逆撫でた。思わず頭に血が上り声を荒げてしまった場面もあったが、それでもなんとか頭を切り替え、必要最低限の攻撃だけを加えていく。
途中、やたらとカラスがストックの魔法を連射してきたが、改めて鎧の防御力を再認識することとなった。勿論サトルも信頼していたが――そしてそのおかげでカラスのストックしている魔法やスキルには極端に強力な物は存在しないことが理解できた。
その上で再度サトルは相手に攻撃を仕掛け、あれを、そう悪魔の書第六六位のキャスパリーグを取り憑かせることに成功した。
正直この時もサトルはかなり緊張していたものだ。何せ悪魔の召喚には悪魔の書の現出は必死。しかしカラスにはパーフェクトティカーがある。そう、サトルにとって絶対に避けなければいけないのは、悪魔の書を盗られることである。必ず盗られると決まっているわけではないが、可能性がある以上当然無視は出来ない。
だからこそサトルは重厚な全身鎧姿と剣での攻撃で、メインの戦い方は装備品を駆使した近接戦と思わせる必要があった。この時点では何があっても悪魔の書の存在は隠しておかなければいけなかったのだ。
故にカラスへの攻撃もかなり気を遣った。わざわざ片手だけで剣を振り、その隙に後手で悪魔の書を現出させカラスにキャスパリーグを仕掛けたのだ。
そしてそれは見事成功した。これさえ成功すればあとは時間との戦いである。キャスパリーグは不気味な黒猫といった人形の様相をした悪魔で、その効果は呪いである。
ただ、この呪いが発動するまでには結構な時間が掛かる。相手の力量によってその発動までの時間が大きく変わるのも難点の一つだ。
当然カラスはこの人形を訝しんだ。だからサトルは本来の効果とは違う内容を相手に伝え、それを信じこませるために一芝居も打った。離れた位置に控えさせておいたレオナードに簡単な状態変化魔法をかけさせたのだ。相手にはステータスの減少だと伝えたが、実際はステータスに影響を及ぼすものではなく、少しだけ身体が重くなる程度のものだが、ハッタリとしては十分な効果があった。
おかげさまでカラスはまんまと人形の効果は隠れた形でのステータスの減少だと信じてくれた。
とは言えサトルはこの時間稼ぎの間がとてつもなく苦痛にも思えた。その間はカラスの反吐が出そうな発言に耐え忍ぶ必要があったからだ。
だがいい加減聞いてもいられなくなり、ある程度はサトルからも仕掛ける事とする。ただ悪魔の書の力を知られないように戦うのは中々困難なものもあった。
意外にも鳥使いの能力が面倒な代物であり、ガルーダを相手にした際はその鉤爪で押さえつけられ少々手間取ってしまった。その時は心配してくれたのかユニコーンのユニー(名前が無いのも不便なのでサトルが名付けた)が助けてくれたりもしたがその隙に念でヘラドンナに命じ、ガルーダを捕らえる植物を土中に伸ばし、上手いこと倒すことに成功した。
その際にサトルはある程度カラスのパーフェクトティカーの有効範囲にもあたりをつけた。恐らくだが無制限にどんなものでも盗れるというものではなく、発動するタイミングがカラスにはっきりと判るものでないと盗れないのだろうと。
そうでなければヘラドンナが仕掛けた蔦も盗っていただろうからだ。そうすればガルーダも助かった可能性があっただろうにカラスはそれをせず、しかし多少ではあるがガルーダが死んだことが悔しそうでもあった。これはサトルの予想を裏付けるに十分な所為であった。
ただ、そうなるとやはり悪魔の書は見せなくて正解だったなとも考えた。悪魔の書は上手く隠さないかぎり出した瞬間がわかりやすいからだ。その存在を知れば間違いなくカラスは悪魔の書に目をつけてくるだろう。
そしてそうこうしつつ、相変わらずの神経を逆撫でる発言にも耐えながら、呪いの発動を待った。
だが、ガルーダ後のカラスの取っておきに関して言えば、少々サトルが肝を冷やしたのも事実だ。
これに関しては前回の黒騎士戦と同じサトルにとっての反省点ともいえる。カラスの言うように鎧の中のサトルは非常に脆い。ある程度レベルも上がってきたので一撃で倒されるということはなかったが、それでもあと少し呪いの発動が遅ければ流石に力を隠しておくどころではなかっただろう。
幸いだったのは、あの微小な鳥が鎧の中で暴れまわるようなタイプではなかった事か。それをされていたら正直かなりの危機に窮していただろう。
しかし実際は勢いをつけなければ威力を発揮できないタイプだったようなので、なんとか耐え忍ぶことが出来た。
そして――呪いは発動する。その瞬間、案の定カラスが地面をのたうち回った。サトルもかなりのダメージを負ったが、呪いが発動すればそれが逆に功を奏する。
何故ならキャスパリーグの呪いの一つは、取り憑かせてからの間に主が受けたダメージを倍にして返すからだ。つまりカラスの攻撃がサトルに効いていればいるほど、呪い発動後のカラスへのダメージが大きくなる。
その上、呪い発動後の痛みは永続する。一度呪いが発動すれば取り憑かれている間は死ぬまで痛みは治まらない。
「て、テメェ、さ、サトルうっぅう! 俺を、俺を騙しやがったな! 何が、ステータスの減少だ畜生!」
「信じるお前が馬鹿なんだよ。大体敵に手の内をべらべら喋る馬鹿がいるかよ」
地面に片膝をついて痛みに耐えるカラスを見下しながら、はっきりとサトルが口にする。
するとカラスは悔しそうに奥歯を噛み締め、サトルを睨めつけた。
「全く、いいざまだな。だけどな、これで終わると思うなよ? 今度はお前が言ったのを再度俺の言葉で返してやる。テメェの恨みは何万、いや何億倍にして返してやる。当然、楽に死ねると思うなよ?」
「う、ち、畜生、こんな奴に、こんな奴に――」
痛みに耐えながらも地面を拳で殴る。サトルに出し抜かれた事が随分と悔しそうだが、サトルからすれば酷く滑稽な姿である。
「……し、仕方ねぇ、だったらアイカはお前にくれてやる」
「……何を言っているのか意味が判らないな。まさかそれで許してくれとでも言うつもりか?」
「ちげーよば~か、ケケッ、首を洗って待っていろよ! テメェのことはしっかりこの俺がアケチに報告してやる! 開けゲート!」
にやりと口角を吊り上げ、そしてカラスが地面を叩きつけつつ叫んだ。
……が、その声は虚しく森に響き渡るだけで、何も起きる気配がない。
「――な、そ、そんな、確かにアケチから時空魔法を貰っておいたのに……」
「やはりそうか」
ワナワナと震えながら口にするカラスに、昂然とした態度でサトルが告げる。
「ま、まさか、テメェが、何か?」
狼狽した声で問うカラスに、サトルはいよいよ堪えきれなくなり笑い声を漏らした。
「信じてたぜ、お前の手口をな。そうさ、いくら自信があるといっても、お前が何の策もなく、単独で行動するわけない、お前なら絶対いざという時のために逃げ道を用意してあるはず。そして、それが出来るとしたらお前がストックしてある魔法以外にあり得ないと、俺は確信していた――」
「な!? それじゃあまさか、サトル! テメェ俺の能力が見えてやがったのか!」
当然だという目をサトルはカラスに向ける。そう、だからこそサトルは呪いの発動まで下手な攻撃は撃つことが出来なかった。高位の悪魔であればカラス程度一撃で消し去る手はいくらでもあるが、それでは意味が無い。サトルの復讐心を満たすためにはそんなにあっさり死んでもらっては困るのだ。
かといって追い詰めすぎるとストックしてある魔法で逃げられる可能性もある。どんな魔法かまでは判別できないが、それでも間違いなく転移系の魔法はストックしてあると察していた。
だからこそ待ったのだ。キャスパリーグの呪いの発動を。何故なら一度呪いが発動すれば対象者は一切の魔法やスキルの行使を禁止される。サトルからすればダメージを返すことよりもこの効果の方が大きかった。この呪いは一度発動してしまえば絶対だ。黒猫が取り憑いている間は解除も一切不可能である。
そう、この時点でカラスの羽はまさに完全に毟り取られたのである。
「羽をなくし地に落ちた気分はどうだカラス? さぁ、ここからは俺の一方的なターンだ――」




