第二〇一話 黒猫
サトル関係の話が続いております。
「お前たちは、俺が殺す!」
「チッ!」
再びサトルが肉薄し、片手で横薙ぎに剣を振った。苦みばしった顔を見せながらも、カラスはそれを手にしていたナイフで受け止める。そしてその勢いを逆に利用し剣の振られた方向に合わせて大きく飛び退いた。
そして、ふぅ、と顎を拭う。
「それにしても驚いたぜ、今のは結構自信があったんだが――」
『キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ』
喋っている途中、カラスがぎょっとした顔で己の肩をみやった。そこにはいつの間にか黒猫の人形のようなものが乗っており、じっとカラスの顔を覗き込んでいる。
「な、なんだこの不気味な野郎は――」
表情を強張らせるカラス。確かにその黒猫は決して可愛いといえるような姿ではなく、人形としてみても非常に不格好だが、口が大きく裂け、片目だけが異様に大きくしかもその目も外に飛び出さんばかりに剥き出しであり、ギョロ付いた眼球がじっとカラスを見据えている。
「くそ、こいつ、離れろ、離れろ!」
『キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ』
カラスは体を揺さぶり、手持ちのナイフで刺してみたりと色々と試みるが何をやってもその黒猫は全く離れようとせず、そもそも実体がないのか攻撃も全て素通りしてしまう。ストックしてある魔法もいくつか試してみたが無駄であった。
「やめておくんだな。無駄なことだ」
「――くそ! こいつは一体なんなんだ!」
「気にするな、ちょっとしたまじないみたいなもんさ、お前のステータスを下げる効果のあるな」
「何? ……馬鹿な、ステータスには何の変化もないぞ」
サトルの話に眉間に皺寄せ、カラスは己のステータスを確認する。だが、確かに目に見える変化は感じられない。
「その効果はステータスで確認しても無駄さ。だが、身体が重くなった感じはあるだろ?」
そう言われ確かに気がついた、鉛が巻き付いたかのような気だるい感覚。これが人形が憑いたことによる効果なのか、と顔を歪める、改めて離れろ! と色々試してみるが。
「無駄だと言ったろ? 一度憑いたら取れないのさそれは」
サトルの回答に顔を顰めるカラス。だが、確かにサトルの言うとおり何をしても離れそうにない。ただステータスが下がるといってもそこまで大きな効果はなさそうだ。
ただ、正直ステータスが下がることよりもこの気味の悪い様相の物が取り憑いている方がウザくもあり、だが、それにかまっていても仕方がないと一旦カラスはそれを排除するのを諦めたようだ。
「やっと諦めたか」
「……へっ、お前らしい小賢しい手段だな。で、この人形とその装備品のおかげでお前はそうやって余裕ぶっているわけか? 大した自信だな」
サトルを下に見るように言いのける。だが、サトルは肩を竦めて言葉を返す。
「お前は随分と俺を舐めてるようだけどな、だがな、正直俺は俺で別の意味で驚いているんだぞ。お前が単独行動していることにな。シシオやサメジの金魚の糞みたいな小狡い男だったのにな」
お返しとばかりに発せられたサトルの挑発じみた言い草に、カラスの眉がピクリと跳ねる。そして、フンッ、と鼻を鳴らし。
「俺だっていつまでもあいつらの力に頼ってるわけじゃねぇってことさ。この世界にきてから常々思っていてな。正直俺はその気になればあのふたりよりは強いってな」
カラスが言っているのは別に強がりでも何でもない。カラスだけが持っているパーフェクトスティールは使いようによってはシシオやサメジを凌駕するものだ。特に脳筋のシシオに関しては、ずる賢いという意味で知能に長けているカラスは十分に自分のほうが上になれるという思いもある。
勿論それは実際はいますぐの話ではない。サトルに言われあえてそういう言い方をしているが、ふたりより確実に上だと言うには正直スキルや魔法のストックに不安が残る上、アケチのこともある。
カラスは逆らってはいけない人間は本能的に判る。アケチはそのタイプの人間だ。当然シシオやサメジよりもアケチに対する恐れが強いのである。
「随分な自信だな――まあそのほうが俺も倒しがいがあるってもんだけどな」
「お前こそ随分な自信だな。と、いいたいところだが、俺には判るぜ。その鎧と剣、確かに大した代物だ。正直恐れいったぜ。この黒猫はよくわからねぇが、でもな、だからこそ不思議でしょうがないがな。それだけの力があればくだらない復讐なんかにこだわらなくても、十分この世界で面白おかしく暮らしていけただろ?」
カラスの言葉にサトルは地面に向け剣を突き立て地面を爆ぜさせた。
彼の言葉は一々サトルの気持ちを逆撫でる。
「――土鈴 勝人を覚えているか?」
「……あぁそりゃ同じクラスだからなぁ」
「……お前もあいつと同じだ。お前らは俺の気持ちを随分と軽く見ている。あいつは負けを認めればそれで俺の気持ちが満たされると思っていた、そしてお前は俺の復讐をくだらないという。舐めるなよ、お前らにとってはその程度のことでも、俺にとっては悪魔に魂を売ってでも成し遂げたいことなんだよ。だから今お前の目の前に俺がいる。お前という存在を許せない。殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても、殺しても! 殺しても! 殺しても! 殺しても! 殺し足りないぐらいの恨みをもったこの俺がな!」
怨嗟の声は呪詛となり、カラスの羽に絡みつく。だが、カラスは呆れたようにため息をこぼすと、サトルに向けて言い捨てた。
「随分と俺っち達にご執心のようだが、何を言ったところでテメェは俺っち達と同じ穴の狢じゃねぇか」
「――何?」
「なんだ? テメェは頭だけじゃなく耳まで悪いのか? 同じ穴の狢だと言ったんだよ。その様子だとどうせショウジンの奴もお前がやったんだろ? 他にも急に消息を立った奴が何人もいたな。キモいオタク三人組や、さっき言ってたナノカ、スギル、ルノもそうだ。後は何だ、教師のイサムやホノカはどうした? もうそれもやっちまったか? 全く男女関係なしとはお前も酷いやつだよ。で、どうよ? やっぱり女は殺る前にやることはやったのか? 気持ちよかったかおい」
「…………」
「おいおいだんまりってことは認めてるのと一緒だぜ? そんな奴が恨みつらみ並べ立てたところで何も心に届かねぇよ。それに同じ穴とはいったが、実際はテメェのが酷いぜ。極悪人だ最悪だよ。俺っちは精々テメェを虐めて妹を犯しただけだがな、お前は俺っちなんかよりよほど多くの人間を殺してるじゃねぇか。俺っちからすれば犯罪者が何を偉そうにって話だよ。そういうのを面々の蜂を払えと言うんだよ。自分がどれほどの悪辣なことをして来たか振り返って見るんだな」
カラスの言っていることはそのまま自分にも当てはまることだが、しかしそんなことは気にもせずサトルに向けて言い放つ。
するとサトルの仮面に隠れた顔がカラスを捉え、
「あぁ、そうだな。そういう意味で言えば確かに俺も同じ穴の狢かもしれない」
とカラスの発言を肯定してるかのような返し。
「ふん、よく判ってるじゃ――」
『キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ』
再び耳障りな叫声を上げる黒猫にカラスはその顔を顰めた。やはりうざったいといった感情が窺えるが。
「どうだ? それはイラつくだろ?」
「ちっ、ふざけたものつけやがって……」
カラスの猿のような顔相が不機嫌そうに歪む。
「さて、確かにお前の言うとおり、俺が一番よく理解してるさ。確かに俺も相当な数殺してるしな、だが、それがどうした?」
「……何?」
「今更そんなわかりきったことを言われてもそれこそ俺の心には何も響かないんだよ。何を言われようが俺が復讐の為にお前ら全員を地獄に叩き落すことに変わりはない。悪魔に魂を売ったと言っただろ? 比喩でもなんでもないんだよ。特に俺から全てを奪ったお前やシシオ、サメジにアケチは、絶対に逃しはしない。地の果てまで追い詰めてでも殺す。その手始めがお前だ。楽に死ねると思うなよ? 妹にあわせてくれた苦しみを何千、何万倍にしてお前に返す。俺の復讐はお前ら全員殺すまで消えやしないんだからな」
「言ってろボケが!」
カラスが吠えあげると、突如サトルの左右から何かが飛来。それは黒いカラスであり、そして挟みこむようサトルに突撃すると派手に爆発してみせた。
「……なんだこれは? 今更こんな子供だましでなんとかなるとでも思っていたのか?」
「――チッ、マイトクロウでも駄目か」
マイトクロウは本来群れに危険が迫った時、自らが自爆して群れを逃がす性質を持ったカラス型の魔物だ。
だが、鳥使いのスキルを持つカラスであれば自由に自爆させることが可能。だが、その魔物による攻撃も全くダメージが通っていない様子だ。
「だったら――こい! ガルーダ!」
続いてカラスが呼びかけると、怪鳥の鳴き声を上げて上空から巨大な鳥が姿を見せた。鷲のような獰猛な顔を有し、頭部は白、全体的には蒼い羽毛で覆われており、その大きさたるや片足の鉤爪だけでも余裕でサトルを掴み持ち上げられそうな程である。
「このガルーダは分類的に魔獣。ま、俺からすれば魔鳥ってとこだが、レベル的にもステータス的にも他の追随を許さない強力な空のハンターさ。さぁサトル、てめぇはこいつ相手にどう戦う!」




