第一九九話 観察するもの
サトル関係の話となります。
「おい、いいからさっさと脱げよ」
「……で、でもこんなところで」
「こんなところでも糞もないだろ。この俺っちがわざわざ騒ぎ起こしてお前みたいな地味な女のために時間作ってやったんだ。だったらてめぇのやることは一つだろうが」
「……そんな、私、私」
「うん? ああそうか。なんだそういうことか。つまりテメェは普通よりこういうやり方の方が好きなんだろ!」
「キャッ! い、いや――」
カラスがメガネを掛けた少女を押し倒し、その装備品を剥がし始めた。少女は恐らくステータス的にも力があまり強くないのだろう。カラスに対し抗うすべも持ち合わせていないようだ。
装備品にしても軽易な物が多く、胸当てはあっさりと外され上着も、長めのスカートも、その全てが強引に剥がされていった。
ただ、少女も多少は抵抗らしき素振りを見せていたものの、途中から半ば諦めたような表情に変わってしまっている。
「ふん、カマトトぶりやがって。今更初めてじゃあるまいしよ。ケケッ、それにしてもお前見た目地味なくせに身体だけは中々だよな」
涙目の少女に構うことなく、カラスの手が残された下着に伸びていった。
(あぁ、アイカちゃん、あんな、あんな奴に――)
ここに一人、ふたりの行為を観察し続ける少年がいた。彼は少し離れた位置で、それでいてふたりの姿がはっきりと見える位置を陣取り、荒ぶる呼吸を抑えながら、カラスとアイカの様子をずっと覗き見ている。
彼は小森 純一。カラスやアイカと同じく異世界に召喚された友紗学園二年A組の生徒である。そしてアケチによるクラスメートの割り振りでヒメギシ、イヌズキ、ハナメデの三人とも組まされていた男子だ。尤も彼女達には随分と早い段階で置いてけぼりを食らってしまったのだが。
そして今小森は罪悪感に苛まされながらも、アイカに対するカラスの暴力的な行為を覗き続けていた。コモリは地球にいた頃からそうであった。出来るだけ目立たず自分にとって平穏な毎日を送ることが彼の全てだった。
だからこそ影を薄めるように人の輪にも入らず、まるで河原のなんの変哲もない石ころのように、当たり前に存在する空気のように、息を潜めるようにしながら生きてきた。
下手なことには関わらない。余計なことには首を突っ込まない。友達なんて別にいらなかった。一人でいるのが好きだった。
それが結果的に自身の保身に繋がると信じて疑わなかった。だから、当然彼もクラスでの虐めを知っていたし、日々虐めが度を超えてエスカレートしていくのも感じていたが、我関せずで静観を決め込んだ。虐めには参加しなかったが止めるような真似だってしなかった。
だが、そんな彼にもある日一つの変化が訪れた。コモリがアイカと席が近かったある日の授業中、シャープペンの芯が切れ、予備もなくなり困っていた。こんなとき影を薄く、出来るだけだれとも関わらないように生きてきたのが裏目に出る。
誰かに頼むということが出来ないのだ。だが、そんな最中、隣から手が伸びそっと芯を置き、良かったら使ってと微笑んでくれた。それがアイカだった。
些細な出来事だった。ただそれだけの事だった。けれど、そんな小さな出来事がコモリの影のよう人生に僅かな光を照らしてくれた。
気にしないようにするべきだったのに、それからは自然とアイカの姿を目で追うようになっていた。それが恋だと気がつくまでそれほどの時間は有さなかった。地味で下手すればブスとさえ言われるアイカだが、コモリには全くそうは見えなかった。コモリにとってアイカは野に咲く可憐で小さな花であった。
しかしだからこそ辛かった。見ているだけで幸せでもあり、それでいて見ている事が辛かった。
そして同時にクラスでの立ち位置にも変化があらわれた。決して目立たず影のようにひっそり暮らしてきたコモリがクラスの皆に認識され始めた。自分自身が誰かに興味を持ったことが、結果的に自分の影を濃くしていったのだ。
とは言えそれは決して良い変化ではなかった。虐めというほどのことではないが、誂われたり、そういった行為を受けることが少しずつ増えていった形だ。
そしてだからこそあの三人からも、黙って置いていかれるという自体に陥ったのかもしれない。だが、そのことはコモリにとっては僥倖だったとも言えた。一人になったことである程度の自由が保証されたからだ。
それにリアルな生活には多少の変化はあったとはいえ、異世界に召喚された際にコモリに与えられた能力は正に彼にピッタリのものであり、使いようによってはかなり役立つものであった。
そんなコモリだが、三人に置いて行かれた後、やろうと思えばクラスメートの事も帝国の事も放っておいて一人どこかに身を潜めておく事も可能だったかもしれないのだが――結局アケチ達の後を追うことに決めてしまった。
理由としてはアケチに黙って勝手な行動に出た場合、バレてしまった場合が怖いという事が一つ。だが何より――やはりアイカの事が気になってしまったのだ。
だから、戻っている途中でアイカを発見できたことに運命のようなものも感じてしまった。だが、カラスが一緒にいたことに残酷な運命も感じてしまった。
「お願い、もう、こんなこと、やめてぇ――」
カラスに覆い被された状態で、蚊が鳴くような細い声で、悲しみのこもった悲痛な声で、アイカが泣いていた。
「うるせぇ! いい加減気づけよ! てめえはもうこの俺っち専用のペットなんだよ! テメェは黙ってこの俺の要求を満たすためだけに股を開いてればいいんだ!」
アイカが酷い目にあっている。カラスの慰みものになっている。だがコモリには何も出来ない。助けることなんて出来やしない。そんな力、コモリにはない。例え今出て行っても、返り討ちにあいよりいっそう惨めな思いをするだけだ。
悪いことを悪いと言えれば、困っている人を助け手を差し伸べ悪人を打ち倒す、そんな漫画の主人公みたいな人生を送ることが出来れば、どれほど幸せだろう。どれだけ格好良いだろう。でも、そんなことは架空の物語の中だけのものだとコモリは理解している。
コモリには助ける勇気もない。悪人を倒す力もない。出来ることなんて、ただ、黙って見守るだけ。
「ぐ、ぐるじぃ、やめ、じ、ぬ――」
「ああ死ね! テメェは俺っちを気持よくさせて、そして天国へ逝きやがれ!」
カラスが少女の細い首を絞めながらより一層興奮し、動きも活発になった。首が折れてしまうんじゃないかとでも思えそうな乱暴な責めだった。
そんな様子を覗き見ながら、アイカの事を思いながら、何故か興奮を覚えてしまう自分が、コモリは嫌だった。
こんなこと駄目なのに、許されないことなのに、本当なら止めないと駄目なのに――背徳感に苛まされながらも芽生えた要求に抗うこと叶わず、己を慰め続け、そして彼が果てるのと同時にアイカは動かなくなってしまった。
「ふぅ、ふぅ、へへっ、久しぶりにすっきりしたぜ。て、なんだ、気を失ったのかよ。本当に使えない女だよな――」
そう言ってカラスはようやくアイカから離れ、下草の上に腰を下ろす。
そして――これからどうすっかなぁ、と呟いたと同時に、
「――そこにいやがるのは誰だ! 出てきやがれ!」
と、叫びあげ始めた。思わずコモリの身体が震え縮こまる。まさか、バレたのか? と嫌な汗が吹き出てきた。
だが、それが自分に向けられた言葉ではないことはカラスが突如コモリのいる方とは別の方向へ向けて魔法のような者を発動させたことで理解できた。
大きな炎の玉が、周囲の木々を焼き払い、更に続く第二波の攻撃が爆発を引き起こした。
地形が変わるほどの攻撃。コモリの方にもし放たれていたらきっと一溜りもなかったことだろう。
「全く、いきなり攻撃してくるとは随分と容赦がないな」
だが、それだけの攻撃を受けながらも、その人物、いや、人と言って良いものか理解に苦しむが、全身を黒い鎧に包まれたそれは全くのダメージを感じさせることなく、カラスの前に姿を見せた。
「……誰だ、テメェは?」
「くくっ、さて、誰だと思う?」
だが、コモリはその声に聞き覚えがあった。そう、コモリの記憶に間違いがなければ、カラスと対峙した黒い鎧騎士の正体は――
「……まさかテメェ、その声、サトルか?」
そしてそれに勘付いたのは、どうやらカラスも一緒だったようだ――
冷やし中華……ではなく新連載を始めました。
異世界殺人鬼
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夏らしくホラーティストの殺人鬼が異世界で暴れまわるお話です。
よろしければちらりとでも覗いて頂けると嬉しく思います!




