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第一九八話 完璧な勇者~迷宮前~

※この話もサトル絡みとなりますので閑話を読んでいないという方はご注意下さい。

 あれから更にアケチ一行の旅は続き、三日が過ぎたその日の夜のこと。

 アケチはあの女騎士に話があるといって皆の輪とは少し離れた位置までついてきてもらうことにした。


「あ、あのアケチ様、お話とは一体?」


 少し戸惑った様子で騎士が尋ねる。するとアケチはにこやかな表情を変え、真剣な目で彼女を見やる。


「……そ、その! わ、私には、だ、大事な人ひゃ――」


 すると何かを察したのか慌てふためく女騎士であるが。


「う~ん、なにか勘違いしてるのかな、アレクト?」


 しかしアケチに問いかけられ、盛大に対応を間違ってしまったんだと知り、アレクトと呼ばれた女騎士は顔を真っ赤にさせた。アケチでなければこのまま手を出してしまおうかと考えても仕方ない可愛らしさである。


「……とはいえ、それを言われてしまうと僕もこの先が言いにくいかな」


 しかし、続けて憂いの瞳でアケチが言った。え? とアレクトが顔を上げる。


「君を呼んだのは前に派遣した黒騎士の件でね。実はカラスが偵察に向かわせていた鳥達から知らせがあって――黒騎士は全滅した。僕達を追っていると思われる何者かの手によってね」


 瞳を大きくさせ、え? と一言だけアレクトが呟いた。アケチの言っている意味を咀嚼するのに若干の時を要したようで、固まったまま瞬きすらしようとしない。


「……やはり、ショックだったかな?」

「――い、いえ……」


 しかし、一旦瞼を閉じ、胸の間で拳をギュッと握りしめた後、再び開いた双眸には、しっかりとした意志が芽生えていた。


「帝国の騎士たるもの、覚悟は――してましたので……」


 気丈に振る舞う彼女の様相は、正に誇り高し騎士そのものであった。


「……そうか。一応取り乱した姿を見せたくないかなと思って、先に聞かせておこうと思ったんだけどね」

「お心遣い痛み入ります」

「いやいや、別にいいよ。でも大丈夫? 一人は君の夫だよね? まだ子供だって小さいというのに」

「……」


 視線を落とし、物憂告げな表情を見せる。やはりそれを言われると多少なりとも態度に出る。


「だけどね、報告によると君の旦那様は立派だったようだよ。相手はこちらの情報を引き出そうとあらゆる拷問を行ったそうだけど、それでも重要な機密は一切漏らさなかったようだし。どうやら先にふたりが殺されてしまったから、最後まで残った君の夫は、相当苦しい思いをしたようだけどね。しかもその相手は最後にもし話さなければ君と子供を殺すとまで言ったらしい。それで彼も知られても問題がない程度の情報は話してしまったようだけどね」

「……それは、本当に申し訳ありません」

 

 蚊が鳴くような細い声でアレクトが言う。だが、何を言っているんだ、とアケチは述べ。


「言ったろ? 重要なことは最後まで話さなかった。君の夫は立派だったのさ。悪いのは殺した相手の方さ。何せそいつは情報を話せば助けると言ったにも関わらず、最後は笑いながら徹底的に痛めつけ、嬲り、そして人としての尊厳すらも蹂躙して、そして――惨たらしく殺したのだからね。本当に人としてどうかと思うよ。いや、もしかしたらそいつはもう人間ですら無いかもね。カラスの話だとあまり近づくとバレる可能性もあったから顔なんかは確認できなかったらしいけどね」


 悲しみを堪え、気丈に振舞っていたアレクトであったが、アケチの話を聞いている間はいつの間にか下ろされていた拳が強く強く握りしめられ小刻みに震え続けていた。


 実はこの話には事実と異なる脚色も施されているが、アケチとしては何者かに対する恨みを強く抱いてもらったほうがその相手に対するのに役立つと考えたのである。


 そしてアケチの狙い通り、明らかな怒りが、怨嗟の気持ちが、その内側で渦巻いているのがよく判る。


「……大丈夫? あまり辛いようなら戻ってもらっても」

「大丈夫です。私の任務は皆様の護衛。それに先程も申し上げましたが、覚悟はできていました。ですが、もうここまできたなら、その何者かがアケチ様達を狙い向かってきているかもしれない旨は、しっかりと皆様にお伝えしたほうが宜しいかと――」


 アケチは気を利かした体で語るが、アレクトは真面目な顔で彼に進言してくる。

 この何者かの話については現状必要最低限の者しか知らない。それはアケチと行動を共にしているクラスメートにしても一緒である。


 なのでアケチも一考する素振りを見せた後、そうだね、と顎を引きアレクトと戻り事の顛末を話して聴かせる。勿論派遣した黒騎士が全滅したことも含めてだ。


「ちょっと、そんな危険な相手に狙われているかもしれないって大丈夫なの?」

「その辺りは、我々も護衛として尽力をするつもりです」

「いや、尽力ってあんたら黒騎士の内三人はやられたんだろ?」


 マイの発言に、改めて護衛の力を強調する黒騎士だが、カラスの切り込みに言葉をなくしてしまう。


「……我々が不甲斐ないばかりに皆様の不安を煽る結果となり申し訳ありません」

「え? あ、いえ、ごめんなさい。あの、黒騎士の皆様を悪く言うつもりはなかったのです。本当にごめんなさい――」

 

 アレクトの事情も既に聞いているためか、マイが申し訳なさそうに頭を下げた。

 だが、気にしないでください、とアレクトが前置きし。


「ですが、今この場には黒騎士だけではなく他にも腕利きの騎士が同行しております。これまで以上に守りも固めてまいりますので、どうかご安心を」

「うん、アレクトもこう言っていることだし、それに僕だってそう簡単にやられるつもりもないから安心してよ」


 アレクトを擁護するようにアケチが言葉を加えてきた。確かに現状この中で尤も実力があるのは黒騎士ではなくアケチであり、それは皆も認めるところである。


「マイに関してはこの俺もついてるからな。大船に乗ったつもりでいてくれよ」

「……それは逆に心配なんだけどね――」


 胸を叩き自信ありげに語るシシオであったが、マイは眉を落とし呟く。シシオはそれを聞いていないようで、何故か筋肉を誇示するポーズを見せ続けているが。


「どちらにしても、ここまで来たら私達も今更引き返すわけにはいかないし、気をつけて進まないと駄目よね……騎士の皆さんにだけ任せておけないわ。自分の身は自分でも守るもそうだし、それでいて皆で協力していかないと」

「うん、流石委員長らしい意見だね」

「……別に、それは関係ないと思うけど――」


 アケチの言葉にメグミは眉を顰める。委員長として見られるのはあまり気に入ってない様子だ。


「アイカちゃんは大丈夫? 大分疲れてそうだけど」

「え? あ、私は――」

「何言ってんだよ。こいつは大丈夫だよ。な? アイカ?」

「ちょっと、なんで貴方がそんなこと判るのよ」


 心配そうにアイカに尋ねるマイであったが、口を挟んできたカラスに綺麗な瞳を尖らせた。


「あ、いや、なんとなくというかよ」

「だ、大丈夫だよマイちゃん。私は全然いけるから」


 バツが悪そうにするカラスだったが、アイカの答えを聞いた途端ドヤ顔を見せてきた。

 それに怪訝な顔を見せるマイであったが、とりあえず、道中より一層気を引き締めながら古代迷宮へ向かうのを優先させるということで話はついた。


 その後はシシオが自分の股間を押さえながら、あの女騎士を俺が慰めてやりたいぜ、などと宣ってもいたがそれは止めるように抑えつつ、それからも更に旅は続き――魔物を倒し皆もそれなりの実力がついた頃、ついに古代迷宮である英雄の城塁(キャッスルヒロイック)の外観が一行の視界に飛び込んできた。


「あれが古代迷宮か。名前の通り見た目はまんま城だな」

「うん、でも流石に雰囲気があるよね。凄く歴史を感じるよ」


 シシオの感想にアケチも言葉を続けた。全体的に銀で統一された荘厳な外観をしており、街によく見られるような壁の存在は見当たらない。迷宮というだけに城としてみればかなり大きなもので、城壁こそないものの神秘的でありながらも秋霜の如く犯し難い威厳を感じる。その佇まいは英雄の名を冠するにふさわしい物だ。


「でもなぁ、確かにでかい城だとは思うけど、迷宮って意味ならそんなに攻略が難しいってことも無いんじゃないか?」

「とんでもありません。この城は内部に関しては外観は殆どあてにならないことで有名です。どうやら空間魔法関係の古代の術式が施されているようで、その為外の大きさと中の広さは比例しないのです」


 カラスの発した疑問にアレクトが答えた。どうやらそう単純な話でもなさそうである。


「つまり中はしっかりダンジョンしているってことだね」

「面倒だな。なんなら俺が外側を破壊して近道しようかと思ったのによ」

「それも厳しいかと……古代迷宮の破壊は過去にも試したものがいたようですが、どのようなすぐれた魔術師や騎士、冒険者に至るまで数多の方が挑んだものの、僅かな傷すら残すことが出来ませんでした」

「ズルは許してくれないってことね」

「まあ、そんなに簡単なら苦労はしないだろうしね――」


 アレクトの説明に、得心がいったように頷きマイとメグミが言った。

 そしてある程度迷宮との距離が近づいたことで、攻略についての作戦を話し合う、が――


「なあアケチ、俺っちはアイカと一緒に外で残っていた方がいいと思うんだけど駄目かな?」

「は? カラスお前何いってんだよ。第一お前はここみたいな迷宮攻略でこそ力が発揮できるだろうが」


 突如カラスがアケチに迷宮攻略には加わらず残りたいと言い出したが、シシオは怪訝そうに言葉を返した。


 確かにカラスはタイプとしては斥候や盗賊系に属し普通に考えれば外すべきではなさそうである。


「理由を聞いてもいいかな?」

「あ、ああ。ほら何か妙なのが俺たちを狙って近づいてきてるかもしれないんだろ? だったらある程度しっかりとした見張りが必要だと思うんだよ。俺っちの鳥使いの能力ならかなり広範囲の情報も掴めるし、それに罠を見破ったりならアケチでも出来るだろ? 索敵も持っているようだし」


 カラスの説明になるほどね、とアケチが頷き、シシオは、怖いだけだろ、と悪態をつく。


「しかし、確かにカラス様の力は斥候としても相当なものです。あの――派遣した黒騎士達の情報も事細かに掴み知らせてくれたようですし」

「え? 黒騎士? 俺っちが?」

「なんだよカラス。もう忘れたのかい? 確かに僕に報告してくれたじゃないか」


 カラスの目を見ながらアケチが告げると、あぁ、とカラスが顎を掻き。


「確かにそうだったな。そう、だからさ、そういう意味でも俺は残っていたほうがいいと思うんだよ」

「貴方の言ってることは判ったけど、だったらなんでアイカまで一緒なのよ?」

「それはアイカの実力じゃ迷宮攻略は厳しいと思ったからだよ。かといって外に一人ってわけにもいかないから俺がついててやるってこと。これでも気を遣ってるんだぜ?」


 カラスの話を聞くもマイは疑わしそうな瞳を彼に向けている。


「……話は判ったけど、ここに残すにしてもまさか逃げ出すつもりじゃないよね?」

「は? いやいやいや! そんな、俺が仲間を見捨てて逃げるわけ無いだろ? それに俺だって戦いになればそれなりに腕には自信があるんだし」

「本当? 僕の目を見ながら誓える?」


 アケチがカラスの顔を見据えながら念を押すが、カラスもまたアケチから目を離さず、

「ち、誓えるさ」

と言い切った。


「――うん、そうだね。それならカラスとアイカちゃんには迷宮に入らずに残ってもらおうか」

「ちょっと待ってよ、本当にアイカを残すの?」

「うん、それに彼の言うとおり、正直能力的には厳しそうだしね」

「で、でも、正直ふたりだけ(・・・・・)は流石に心配なんだけど」


 マイはふたりだけを特に強調して言う。カラスはただでさえ妙にアイカにちょっかいを出している節があったので気にしているようである。


「マイ様、大丈夫です。そういうことであればこちらも騎士を何人か残しておきますので」

「だそうだ。何が心配かしんないけど、それなら大丈夫だろ? アイカも問題ないよな」

「え? あ、え、と――」


 改めてカラスに問われ口籠るアイカであるが、

「んだよ、はっきりしろよテメェは!」

とシシオが語気を強めたことでビクリと肩とお下げ髪を震わせる。


「ちょっと、怒鳴ることないでしょ!」

「あ、いやごめんよマイ。長旅でちょっと俺もイラッとしてるんだよ」

 

 するとマイがシシオを攻めるが、アイカとマイで明らかに態度が違うシシオである。

 そんな中、更にカラスが、な? とアイカに確認すると目を伏せながらも、はい大丈夫です――と返事した。


「……マイ、心配なのも判らないでもないけど私も残るから大丈夫よ。外のことは任せておいて」


 すると、今度はメグミまでもがこの場に残ると言い出した。


「おいおい、お前までかよ」

「そうよ。ここまでの旅で判ったもの。私も確かにレベルは結構上がったけど、でもやっぱりアケチ君達ほどじゃないし、多分このまま攻略に行っても足手まといになると思うから」


 少しだけ悔しそうに言う。魔法剣士と中々希少な称号持ちではあるが、それでも古代迷宮の攻略に向かうには力不足と感じていたようだ。


「ふ~ん、ま、仕方ないね。自信がないなら無理して一緒に行っても仕方がないし」

「そう、それなら私も一緒に残るわ。正直いうと私だって自信ないし」


 マイが追従するように残ると言うと、シシオがえ!? と目を見張った。


「いや、マイ、君はだめだ」

「は?」


 だが、直後にアケチから否が入る。それに噛みつくような目でマイが彼を睨んだ。


「なんで? なんで私は駄目なの?」

「シシオのやる気がなくなるからだよ。なんならマイが来ないというだけでシシオまでもがこの場に残りかねない」

「おう! マイが来ないなら俺も攻略にはいかねぇぜ!」

「ちょ、何よそれ。私別に彼の保護者じゃないのよ?」

「それは判ってるけど、シシオは戦士としての実力は高いし、攻略には必要な人材だ。ここに残すわけにはいかないし、かといって無理して連れて行っても実力を発揮できないだろ?」

「そんなこと私には関係ないじゃない!」


 声を張り上げアケチに抗議するマイだが、アケチは一つため息をつき。


「マイ、忘れたのかい? 元の世界に戻るには帝国の協力は不可欠だ。その為にもこちらも協力できることは協力してあげる必要がある。お互いの利の為にね。その為にもこの迷宮の攻略は大事なことだろ?」

「そ、それは判ってるけど――」

 

 マイはやはり納得のいっていない表情で目を伏せ呟く。するとアケチが、それに、と口にした後。


「君は僕達と一緒にいたほうがいいよ、だって――」


 そこまで言った後、アケチはマイの耳元で何かを囁いた。するとマイはぎょっとした顔を見せた後アケチを睨めつけつつ。


「……判ったわ。私は攻略にいくことにするわよ」


 そう不承不承といった様子ではあったが、口にし攻略組に加わることとなった。


 その結果、攻略には行かず、外で見張りの役目を担うのはメグミとカラス、そしてアイカに黒騎士一人と帝国騎士達。


 そして攻略組としては、アケチにサメジとシシオ、そしてマイと黒の女騎士であるアレクト、そして残りの騎士となり――こうしてふた手に分かれての活動が今始まった……。

 

もう少しサトル絡みの話が続きます。

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