第一九四話 ペルシアの素性
「皆様~本当に~ありがとうございました~」
青い修道服に身を包んだマリアが、相変わらずのぽわんっとした口調でお礼を述べた。
最初に孤児院に来た時は目つきも口調もキツイ女性だったのだが、それはマサルのシナリオメーカーによる影響であり、実際はいつもどこかのんびりとした雰囲気のある女性らしい。
しかしそのマサルの力もなくなり、今や地下牢に閉じ込められていることもあり、険の滲んでいた顔つきもすっかり軟化し、慈愛に満ちた表情で子供達の様子を眺めている。
「そしてナガレ様にはぁ、本当にぃ、お世話に~なりま~したぁ。孤児院がぁ~こうしてぇ、元通りになれたのも~子供達の元気な姿を再び見られるようになったのもぉ~全て貴方様のおかげです~」
優しい笑顔を浮かべながら、マリアがナガレにお礼を告げる。間延びした口調は相変わらずであり、声もどこか幼さの感じるものだが、その眼には確かに感謝の気持ちを滲んでいた。
そんな彼女に先ず、自分に様はいりませんよ、と優しく微笑みながら伝え。
「――貴女の聖母のような笑顔を見ていると、少しでも助けになれてよかったなと思います。以前の姿が全て虚偽で本当に良かった」
「まぁ、お上手なのですね~ナガレさんはぁ」
頬に両手を添え、はにかみながら答えるマリアである。ナガレは素直な気持ちを口にしただけだが、そのストレートな物言いにぐっとくるものがあったのだろう。
その様子をジト目で見ているルルーシでもあるが。
「それに~皆様にはぁ、子供達の遊び相手にまでなって頂き、本当にぃ、感謝感謝でございます~」
胸の前で両手を握り、神に捧げるように祈りをあげるマリア。その姿は中々に様になっている。
「それと~ルルーシちゃんも~、色々とご援助頂き~本当にありがとうございますぅ」
「別にいいのよこれぐらい。それに持ってきたのは全て寄付品だしね」
「それでも~ありがたいことでございますぅ。寄付して頂いた皆様に~神のご加護があらんことを~」
再びマリアが祈りを捧げる。間延びした口調とは裏腹に律儀な女性である。
「でも、本当ならセワスールがいつも子供達の相手をしているのに、出番取られちゃったわね」
「ははははっ、いやいや私もこれで歳のせいか中々、子供達の元気な姿を見ているだけで若さを分けてもらえるようなそんな気はしますが、しかし元気いっぱいの子供達と触れ合うには、体力の衰えがどうしても気になるところです。ですので今日のところは若い皆様にお任せさせて頂きますぞ」
「セワスール様がお年を気に召されるなどご冗談を。ここに来る途中も、数多くの魔物を一刀両断にされてきたではございませんか」
ナリヤが呆れたように口にすると、いやはやそれとこれとはまた別の話ですからな、と腕を組んで答える。しかし仰々しい重装鎧に身を固めたままで、長い道程の中ルルーシを護衛してきた以上、確かに並大抵の体力ではないのは確かだろう。
「あ、あのナガレさん! その節はありがとうございました!」
すると、一人の少年が駆け寄ってきてナガレにペコリと頭を下げお礼を述べる。
この少年には当然ナガレは覚えがあった。マサルの情報を掴みに冒険者ギルドに赴いた際、冒険者達の武器を一生懸命磨いていた少年のリッツである。
「あ、あの後、冒険者の皆さんから随分と謝られてしまって――そこで僕これからも武器磨きを続けていいですか? と聞いてみたら、大歓迎だって言ってくれて報酬付きでお手伝いさせてもらえる事になったんです!」
ぐっと拳を握り、キラキラした瞳でナガレを見上げた。未来を夢見る無垢な瞳である。
「それは良かった。例えマサルに操られていたとしても、見ている人はしっかり見てくれていたのですね」
「はい! これでマリアお母様にも恩返しが出来そうです。それに僕、今度冒険者ギルドから鍛冶師も紹介して貰う約束をしてもらって、それで鍛冶の勉強をしてみようと思うんです」
「確かに、リッツは武器を磨くのは勿論ですが、道具を扱う能力に長けてるようですし手先も器用です。今から頑張れば良い鍛冶師になれるかもしれませんね」
「はい! 僕頑張ります! ナガレさんに手を握って貰った時の言葉、忘れません! 僕に才能があると言ってくれたことも、本当にありがとうございます!」
リッツは相当嬉しかったのか何度も感謝の言葉を述べてくれた。その後はセワスールの武器を磨かして欲しいとお願いし、笑顔で、ではお願いさせて頂きますか、と渡された大剣を磨きながら、装備品について色々話を聞いている。
「あの~ナガレさん、リッツが話してくれたのですが~冒険者ギルドでぇ、あのマサルに~手を出されそうにぃなったようなのですが~突然マサルが飛んでいったおかげでぇ、怪我をせずに済んだそうなのです~それはぁもしかして~ナガレさんが助けて~くれたの~で~すか~?」
コテンっと首を傾けながら澄んだ瞳で尋ねてくる。それに対し一度瞑目した後、
「どうでしょうか? ですが彼は孤児院の為に随分と頑張ってました。その一生懸命さを神様がちゃんと見ていてくれたのかもしれませんよ」
と口にしニコリと微笑む。マリアの頬が薄紅色に染まった。
「あ、貴方中々油断ならないわね……もしかしてマサルより危険だったりするのかしら?」
「そうですね……私も男ですから、もしかしたら彼よりも相当危険かもしれませんよ」
「え!?」
「ふふっ、冗談ですよ」
そのやり取りで何故かルルーシまでもがドギマギし始めてしまった。
「ナガレ様、ルルーシ様は男性経験(恋愛の)が少ないですのであまりからかわないであげて下さい」
「それは失礼致しました」
「ちょ、誰が経験少ないのよ!」
「ではこれまで何人の殿方とお付き合いしたことが?」
「う!? だ、だったらナリヤはどうなのよ!」
「……それはそれとして」
「逃げたわね」
「逃げましたね」
完全に藪蛇な状態となってしまいナリヤは一つ咳払いしつつ話を変えようとした。ルルーシには半眼で突っ込まれてしまっているが。
「あの~ところでぇ皆様は~明日には出発されるというお話でしたが~一体どちらに向かわれるのですか~?」
「え? あ、そういえば言ってなかったわね。私たちはね、明日辺境のイストフェンスに向かうのよ」
「うにゃ!?」
ルルーシが説明すると、ネコのような可愛らしい声が聞こえてくる。それに反応し振り返ると、いつの間にか近づいてきていた猫耳獣人のペルシアが立っていた。
「そ、その節は本当に助けて頂きありがとうございましたにゃ! そして数多くの非礼申し訳ないにゃ!」
どうやらナガレ達にお詫びをしにきたようだ。ちなみに彼女と一緒にマサルの傍で行動をともにさせられていたキューティーからは既に謝罪とお礼を受けている。
「謝られることではありませんよ。あれは全てマサルの力でやらされていたことですからね」
「ふにゃ、でもあのままあの男に操られていたらと思うと――」
そう言ってペルシアがガタガタと肩を震えさせた。他の子供達もマサルに対しては解放された後、気持ち悪かった、思い出すのも嫌だ、と嫌悪感を露わにしていたが、彼女の場合はそれともまた違う何かが感じられる。
「……安心して下さい。もう彼がこの孤児院に姿を見せることはありませんよ。かなり重い刑に処される筈ですので」
「そ、それはもう心配してないにゃ。……御心配おかけしてしまって申し訳ないにゃ」
「もう、だからペルシアが謝ることじゃないんだってば」
腰に両手を添えルルーシが言う。そして、本当にあの馬鹿のせいで! と憤った。マサルの事を思い出してるのだろう。
「……あの、皆さんはイストフェンスに向かうにゃ?」
「はい、明日には旅立つ予定ですね」
「そうね、でも安心して。用事が終わったらまた帰りにでも寄るわよ」
様子を窺うように尋ねてくるペルシアに答える二人。だが、彼女の表情はどこか優れない――と、言うより何か言いたげである。
「ペルシア、何かあった?」
「にゃにゃ! そ、そのにゃ……イストフェンスに向かうなら、て、帝国の――な、なんでもないにゃ~~~~! ごめんにゃ~~~~!」
ペルシアはルルーシの問いかけに何かを返そうとしたようだが、結局言い淀み、何故か走って去っていってしまった。
ちょっとペルシア~~~~! と叫ぶルルーシであるが。
「……ペルシア~もしかして~あのことを気に病んでるのかも~知れませ~ん~」
するとどこか物憂げな表情でマリアが言う。ただ喋り方は相変わらずだが。
「マリア、なにか知っているの?」
「……そうですね~皆さんになら~お話をしても~良いかもしれません~実は~ペルシアは元々~マーベル帝国から奴隷として連れてこられた子なのです~」
「え? 嘘、奴隷!? しかも連れてこられたって――」
そこまで口にしルルーシが顔を歪めた。口にすることも阻まれるといった様相だが。
「それはもしかして――裏で取引きされる奴隷としてですか?」
すると言いにくそうなルルーシをナリヤが代弁する。この王国では、本来奴隷は自由奴隷という制度をとっているので、商人の手で物のように扱われることなどない。そしてこれを破って人身売買的に奴隷を扱った者は厳罰に処される。
故に、本来であれば帝国から奴隷が連れてこられるようなことはあり得ない。が、裏の闇商人などであれば話は別だ。
そしてマリアはナリアの質問に首肯して答える。
「ペルシアは~帝国から運ばれている途中で隙を見て逃げ出したのです~そして~ボロボロになって森を彷徨っているところを私が保護致しました~」
地理感もない王国をペルシアは何日も彷徨い歩き、そうして森を越え山を越え、ようやくこのジュエリー近くの森までたどり着いたそうだ。ただ、そこで力尽き行き倒れも同然だったらしい。
無事だったのが奇跡とも言えそうな有様だったようだが、マリアが見つけ、助け、そして冒険者ギルドや領主に自ら掛けあって孤児院の子供として育てる許可を認めて貰ったようだ。
彼女は喋り方だけならば、かなりのんびりしている印象だが、子供達の為となればその雰囲気は一変し、他をあっと言わせるような行動力を見せるようである。
「暫くは~私の事も怖がってぇ、相当酷い目にあったのだとぉ、思いますぅ。ですが孤児院で過ごすようになりぃ、他の子供達とも触れ合っていくことで、明るさを取り戻していきました~」
それは、今の様子を見ていればわかることだ。そして、何故マサルのことであそこ迄畏怖の感情を見せたのかもこれで理解できる。奴隷として捕まっていた時期のことを想起してしまったのだろう。
「……そんな目にあっていたなんてね――でも、それなら帝国のことなんて思い出したくもないんじゃないかしら? イストフェンスは帝国と境界を接する辺境地だし、話も聞きたくないというのなら判るのだけど――」
確かに、ペルシアの様子はどちらかというと話自体に興味があり、何かを知りたいような、そんな雰囲気が感じられた。
「……それは~恐らく帝国で離れ離れになった~友達の事を~心配しているのだと思います~」
「友達ですか?」
「はい~ペルシア達獣人は……帝国では本当に酷い扱いを受けているみたいなのですが~なんとか帝国の目を逃れてぇ、ひっそりと獣人だけで隠れ過ごしていた一族がいたようなのです~ペルシアもその隠れ集落で家族と一緒に過ごしていたようなのですがぁ、その時一緒によく遊んでいた女の子がいて~ペルシアは実の妹のように大切に思っていたようなのです~」
ですが~とマリアは憂いの表情を見せ。
「その生活も長くは続かなかったようでぇ、帝国の人間に見つかりぃ、逃亡を余儀なくされたそうなのです~その時その友達とも離ればなれになることに~その後ペルシアの家族はぁ……」
そこまで言ってマリアが口を噤んだ。だがそれが彼女の家族の末路を暗に示していた。そしてペルシアだけは捕まり帝国の商人の手に渡り、奴隷として王国にまで密かに連れてこられたようなのである。
「……つまり、ペルシアはその離れ離れになった友達のことを今も気にかけているわけですね」
「はい~それで、もし可能ならイストフェンスに向かう皆様から何か情報をと思ったのかもしれません~辺境のイストフェンスであれば~帝国の情報も何かあるかもしれないとぉ、ですが~それほど簡単なことではないとぉ、気がついたのかも知れません~それに~そんな手間をお願いするのは申し訳ないと~そう考えたのでしょう~」
「……そんなの――集めるに決まってるじゃない! そこまで聞いて何もしなかったら、公爵家の名が泣くわ!」
そういうが早いか、ルルーシはペルシアの下へ駆け寄って、彼女をギュッと抱きしめた後、私に任せて! と口にした。
「ルルーシちゃんには、本当にお世話になりっぱなしです~」
「気になさらず。それにルルーシ様のあの優しさと人々を大事に思う姿勢は、護衛を請け負う身としても誉れに思います。だからこそ――妹に変わってお傍にいたいと思ったのです」
ナリヤが感慨深く口にする。
ナガレも優しい表情でルルーシの姿を見た。彼女は人として大事なものをその心に秘めている、そう思うナガレでもあるが。
「ところで、そのお友達のお名前は判りますか?」
ナガレは改めてマリアに尋ねる。すると彼女は、あ~そうでしたね~と口に、ナガレに顔を向け答えた。
「確か~アンという名前の少女です~」
気がついたら文字数が100万文字を超えてました。
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