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第一九二話 領主の器

「そないしても、うちが本気やないって、ほんにどうして判ったのどすえ?」


 オパールは扇で口元を隠しながら、流し目でナガレを見つめ問いかける。


「私は人を見る目はそれなりにあるつもりなので――オパール様は少なくとも一度した約束を簡単に反故するような御方とは思えませんでしたし、それに領民を蔑ろにするようにも見えませんので」


 その問いに対し、ナガレは淀みなく自信に満ちた声で返答する。オパールは数度瞬きをした。そして興味深そうな視線をナガレへと固定させたまま口を開く。


「うふふ、ますます気に入ったどす。ほんにナガレはん、えぇ男やないの。そやわ~うちがあんはんの為に一つ屋敷を用意したるさかい、ハンマからうちの傍に移るというのはどないどす?」

「え!?」

「と、唐突に何を――」

「いえ、折角のお誘いではありますがご遠慮させて頂きます。今は護衛の任務にも集中したいので」


 オパールの誘いに思わず目を丸くさせ声を上げるエルガと、どこか焦ったような表情を見せるローズであった。

 しかし続くナガレの回答にふたりともほっとした様子である。


「ほんに、つれないどすなぁ。せやけどそこがまたええとこやわぁ。ほんにエルガはん、ええ男を護衛につけて羨ましいどす」

「え? あ、はい、そう言って頂けると嬉しいですわ、あ、いや! 嬉しいでごわす!」


 思わずエルガの語尾がおかしなことになってしまった。それに目をパチクリさせるローズとオパールであり、気恥ずかしそうにエルガが俯いた。


「ま、ええどす。ナガレはんとの話はこんあたりにしときまひょか。折角エルガはんにもお越しいただいとるんやし」

「え? あ、はい。なんともありがとうございます。あ、ところで、出発が少々遅れることとなりましたが、日程の方は大丈夫でしょうか?」

「問題あらへんどす。元々余裕を持って日程を組んどるさかい、そないな心配せえへんでも、それはそちらはんも重々承知の上やろ?」

「あ、た、確かにそうですわ、いや、そうであるな!」


 そう言って愛想笑いを浮かべるエルガであったが、オパールはどこか値踏みするような瞳でエルガを見据えている。


「……ほんに、ナガレはんは随分と男前やのに、領主のあんはんはどこか頼りないでおますなぁ」

「え? あ、それは、その――」


 手厳しく先手を取られ、エルガはなんともやりにくそうに言葉を濁す。その態度に更にオパールの視線が厳しくなった。


「……ところでどす、エルガはんはイフトフェンスに招待を受けた理由を存じあげておますか?」

「え? あ、いや、親睦を深めたいということだけは……」

 

 すると、エルガの答えに対し、あからさまな嘆息をついてみせるオパール。そして緋色の瞳を光らせ険しい視線をエルガへと向けた。


「ほんにまぁ、締りのない顔で頼りにならないことしか言われへんのやなぁ。あんはんほんまに領地を世襲したのどすか?」

「も、もうしわけありませんわ、いや面目ない……」


 オパールの辛辣な物言いに、エルガは言い返す事が出来ず、萎んだ風船のようになってしまった。

 それが頼りなく思ったのか、オパールはため息一つ。するとローズが、

「お、お言葉を返すようですが、招待されて赴く程度の話で何をそこまで気にかける必要があると? 私にはそこまで問題にすることではないように思いますが……」

とエルガの代わりを務めんとばかりに反論した。ナガレに関しては静観を決め込んでいるが。


「なに甘いこちゆうてはるん? 相手はんに招待されたさかい、言われたさかい、せやさかいほいほい言われへんがままに出向きます、そないなことどへんな方やて出来はることどす。子供のお使いちゃいますで。領主でおることを自覚しいやはるなら、どないな時かて気をしっかりはっておかんと、そへんなことでは、足をすくわれるだけやおま。今回ん件に関しいもそや、突然親睦を深めたいなんてどないしてええはりだしたんか、なん故うちやあんはんらなんか、そん頭が飾りもんやへんゆうなら、それぐらいんことは考えて当然、調べて当然どす」


 これまでの表情を一変させ、真剣な顔つきで叱咤するように述べた彼女の様相は酸いも甘いも噛み締めた熟練の領主そのものである。それでいてどことなく経験を積んだ商人のような雰囲気も滲ませていた。


「そ、そこまで言われるなら、オパール様はしっかり調べていると――」

「帝国とん交渉ん場が近く設けられるおま」

「……はい?」


 ローズは淀みなくつらつらと述べるオパールに顔を歪めつつも、反論を続けようとするが、凛とした表情で語るオパールの様相になんとも間の抜けた声を返してしまう。


「せやさかい、今ゆーたとおりどす。イストフェンスはマーベル帝国と国境を介しはる辺境地。かつては帝国ん進撃を防ぐためん要所やった領地どす。そやけど今は陛下ん外交手腕と大陸連盟ん発言力がきつうなっとることもあり、えらい昔ほどん緊張状態やなくなって、ほんにマーベル帝国ん威光も衰えとるんや。ほんでもこれまでん確執もあり帝国はんは国交ん正常化を頑なに拒んできたんや。そやけど、ここにきてどないやら帝国はんも交渉ん席を設けたいちゅう話がおったようなんえ」

「そ、そんなことが……」

「でも、なんで帝国が急に?」


 エルガが驚きに満ちた顔で呟き、ローズが若干疑わしそうな様子を見せながらも質問を重ねる。


「少し前ん話になるんやけど、帝国側ん辺境伯に初めておなごが選ばれたんどす。そん領主が国交ん正常化をきつく望んでおいやしたようどす。それがきょうびになっていよいよ現実味を帯びてきて、近く王国ん辺境伯と帝国ん辺境伯で対談が行われる手筈になっとるんどす」


 オパールの説明を聞きながら、どこかポカーンとした表情を見せるエルガである。よくそこまで調べたなという驚きが大きいのだろう。


「……うちの家は元々大商人として持て囃された家系どす。こんぐらいの情報集めるのは朝飯前や。せやけどエルガはん。うちぐらい集めるのは当然とまでゆわへんけど、少しでも気を張り詰め、なん事も勘ぐる気持ちがあれば、辺境伯に呼ばれたんが、ただ親睦を深めるためだけやおまへんことぐらい気がついた筈どすえ」

「で、ですが、その話が私達と何の関係があるというのでしょう、いや、言うのだろうか?」


 オパールが怪訝そうに眉を寄せつつ、やれやれといった空気を滲ませながら回答していく。


「ほんに、そないなことも判らへんなんてなぁ。ええよろしか? こん対談があんじょう纏まれば、うちがさっき言わはったように、帝国とん交易が始まることになる。そないなれば当然直接的な窓口は辺境伯ん治めるイストフェンス領が任されはることになるんは当然どす。せやけど、当然一つん領地やけで賄いきれへるほど商いは簡単なモンやおまへん。要は今イストフェンスん辺境伯が求めとるんは帝国はんとから輸入した品もんを捌くためん販路の拡大、ほんで帝国へ輸出しはるためん必要な物品の調達どす。特に輸出に関しいは、王国ならではの特産品を全面に押し出しい、相手にとっても交易をしはる上で利があると思わせる事が必要不可欠どす――」

「そ、そういうことですか……」


 どうやらそこまで聞いてようやくエルガもピンっとくるものがあったようだ。


「ぬるいあんさんでも、流石に判ったようやな。今回イストフェンス領主、アクドルク・イストフェンス・ルプホール辺境伯がうちらを呼んだのは帝国と交易を結ぶ際、うちらが重要と考えたさかいどす」

「そ、そうか……このあたりで採れる宝石は王国内でしか見られないような珍しい物も多い、それに魔晶石の採れる鉱山も数多くある――そしてグリンウッド領は王国の中心地、販路を拡大するには見逃すことの出来ない上、ハンマには自由商業都市の商人の往来も盛ん――」


 ローズにも話の意図を察することが出来たようで、頭のなかでまとめたことを思わずぶつぶつと口にしてしまっている。

 その様子を眺めながら、オパールは優雅に扇で自分の顔を仰ぎつつ話を続ける。


「そこん騎士はんにも理解できたんやね。ま、当然どす。これだけゆうて判らなければ流石に救いようがあらしまへんさかい」


 少し吊り上がり気味な緋色の瞳を細めながら、オパールがやれやれといった様子で答える。そんな彼女を窺うように見つつエルガが言葉を発した。


「……それでは、その、オパール様はそのことも察した上で私と同道したいと提案されたのです、いや提案したのであろうか?」

「……そうどす。うちからみてもエルガはんの領地は無視はできまへん――せやけど、正直今はそん気持も冷めとるどす」

「え?」

「今もゆうたように、領主たるもの常に気ん張って相手ん言葉の裏ん裏まで読むぐらいは常に考えて行動する必要があるとうちは思うてます。その為にも情報は大事、せやけどあんはんはあまりにその気持ちが欠けすぎておます。そないなことではこんまま話ん赴いても、アクドルクに都合のいい条件だけ押し付けられ、利用されて終わるだけやろ。情報がないということはそういうことどす。相手のことをなんも知らんければ、こちらからはなんも仕掛けられへん、先手を切られ後手後手に回るんことなり、気づいたころには有利なカードばかりが相手ん手元に渡り、あんはんの手元にはクズみたいなカードしか残らへん、そんなマヌケなことんなるんやで、それでええんおま?」

「そ、それはなんとも、面目ないこと、です……」


 後頭部を擦りつつエルガは申し訳無さそうに頭を下げる。それは一領主として見るにはあまりに頼りない姿であったことだろう。


「……どうやらとんだ見込み違いだったようどす。あんはんはうちと同じ境遇やさかい、どんなものかと同道を申し込んでみたのやけど」

「……同じ境遇、ですか?」

「せや、お互い早くに両親をなくし爵位と領地を世襲した身。せやからええ機会どすし、一度顔合わせしとこうかあ思うたんやけど……」


 そう言いつつ、オパールはナガレを一瞥し。


「相手見るには先ず周りんからどす。それ故ナガレはんを見て随分とええ男護衛につけて、こんに男前の冒険者がいるようなら期待出来そうやと、そう思ったんどすが、ほんにがっかりやわ」

「し、しかしそれは流石に早計では? 確かに情報の面ではそちらの意にそぐわなかったのかもしれませんが、しかしレイヨン様は商人の出ではない! それなのに――」

「そないなこと理由にならへん! それとも何ですか? 情報一つを疎かにしたばかりん領地の財政に深刻なダメージを与えたんとしても、うちは商人の出ではないさかい、仕方がないんやでゆうて済ますつもりどすか?」

「そ、それは……」


 オパールの辛辣な意見に、ローズはしきりに領主たるエルガを擁護しようとするが、ぴしゃりと言い負かされ、エルガにしても言い返す言葉もないといった様子である。


「……ま、うちも別にあんはんを苛めたくて呼んだわけじゃありまへん。情報の件に関しいも、今が例えダメダメゆうても、これをきっかけにその大切さを学んでくれればええとも思います。せやけど、それよりもうちには我慢ならないことが一つあるんどす」

「我慢、ならないことですか?」

「そうどす、あんはん――ずっと何かを隠しとるやろ?」

「――え?」


 核心を突くようなオパールの一言に、エルガの顔色が変わった。目が泳ぎ完全に落ち着きを失ってしまっている。


「ちょっと待って欲しい。レイオン様が隠し事? 私には全くそうは見えないですし、レイオン様は清廉な御方。そのような素振りも全く見えないのであるが、一体何を根拠にそのような事を――」

「勘どす」

「は? か、勘?」

「そうどす。せやけど、うちはこうみえて若いうちから熟練の商人たちととことん渡り合っておます。そやからうちは自分の勘に自信がおます」

「そんなことで……」

「どないですかエルガはん? うちの言ってることに間違いがあるゆーなら、どうぞ遠慮なくゆうておくんなまし」

「そ、それは、その――」


 エルガを問い詰めるオパールであるが、そのはっきりしない口ぶりにため息一つ。


「それは認めてるのと一緒どす。ほんにあんはんは顔にはっきり出るんやなあ。もう少し人を欺くすべを知らんと領主としては失格どす」

「は? あの、お言葉ですが、先程から言っていることが無茶苦茶では? 隠し事をしていることに文句を言いながら、人を欺くすべを知ろだなど――」


 ローズは怪訝そうにオパールに言い返すが、彼女は一旦瞼を閉じ扇を膝下に置いた後はっきりと言いのける。


「うちは別に騙す事自体が悪いとはゆうてまへん。寧ろこういった場では騙す騙されは当たり前。心んなかでベロを出しながら、表面ではにこにことしてはるぐらい、商いの世界んなら当たり前どす。少しでも利になる為やと思うたなら、二枚舌でも三枚舌でも使いこなせばええ。せやけどな意味のない騙し謀りはうちはすかんのどす」

「い、意味のない、で、すか?」

「そうどす。あんはんさっきから見ていると自分を全く出してないやろ? 見ていれば判るどす。だからどこか及び腰や。気づいてへんどすか? あんはんさっきからたんとうちと目を合わせへんし言葉も少ない、自分を主張しない。どっちが上というわけでもないゆうのに、うちもあんはんとは対等の立場で話そうとしとるのに、あんはんは自分をごまかし、己を騙し、そんなことにばかり気が回っとるのや。相手を騙すのではなく己で己を騙すことにばかり集中しとる。こんなあほ臭いことありまへん。うちみたいに商人の血が濃いもんからすれば、こんな失礼な話はおまへん。正直そんなあんはんとこれ以上話を続けてても一ジェリーの得にもならんどす」

「…………」


 エルガは全く言葉が出なくなっており、沈黙で返すのみであった。ローズはどこか心配そうな目を向けて入るが、ナガレに関してはいえば一切口を挟むことはなかった。


 何故なら先ほどオパールがナガレとの会話を望んだ際も、他から口を挟まれることを嫌がり一対一で会話を進めナガレが信用に値する人物か否かを見極めようとし、そして先ほど彼女自身が言っていたようにナガレを通してエルガについても考察する姿勢を見せていたからである。


 そしてそれはこの会話においても同じ、オパールはエルガが今後懇意するに値するかどうか、そして領主としての器はどうか見定めようとしているのだ。


 そのような考えを持っている中で、ナガレは自らがしゃしゃり出る話ではないと判断し、静観を決め込んでいる。


 ただローズに関してはかなり前に出てしまっているが――しかしそれも踏まえてオパールの中ではとっくにエルガに対する評価が決まっている様子であった。

 

「何も言うことはなしですか。ほんにがっかりやわぁ。うちにとって得だった事といえば、ナガレはんとこうして話が出来たことぐらい。ま、ええで。それでも一度した約束やし、イストフェンスまでは同道致しまひょ。うちは一度決めた約束は破らんのが自慢さかい。せやけどそれだけ、うちとあんさんの関係はこれ以上進展することはおまへんな。せやからうちからこれ以上話すことはありまへん。さあ、どうぞお引取りを――」

本日無事書籍版の2巻が発売となりました。早いところでは既に並んでいるところもあったようですが(^^ゞ

そして!連載中のこちらもいつの間にかポイントが29000PTを超えもう数百ポイントで夢の3万PT達成です!

書籍化されたことも含め、これも偏にいつも応援してくださる皆様のおかげと思ってます。

この場を借りて改めてお礼を!本当にありがとうございます!感謝感激!

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