第一八九話 ギルドに落ちた流れ星
何はともあれ、ジュエルドラゴンの件に関しては冒険者ギルドに先ず報告し、そこから領主であるジュエリーストーン伯爵に伝達してもらい判断を仰ぐことになるだろう。
ただ、ナガレの計算では例え毎年宝石の積立を行っているにしても、それはあくまでジュエルドラゴンが予定通り一五〇年周期で目覚めた場合の計算の筈だ。
しかし今回は途中で目覚めたとあって本来の計算よりはどうしても脚が出てしまう。その分をどうするかといったところだが――どちらにしてもこの責任に関しては当事者にも取ってもらう必要はあるだろう。
「ナガレ様ーーーー!」
ジュエルドラゴンについての話が一段落ついたところで、エルガのナガレを呼ぶ声が皆の耳に届いた。
「あ! そういえばエルガ様のことすっかり忘れていたわね……」
慌てた表情で駆け寄ってくるエルガに対し、なんとも薄情な台詞をピーチが口にした。
とは言え、これに関してはナガレ以外は同じ気持だったようで、一様に、そういえば、といった顔を見せていた。
なんとも冷たいようだが、マサルの件に加えジュエルドラゴンのこともあったのでついつい失念してしまっていても致し方無いと言えるか。
「な、ナガレ様良かったですわ! ジュエルドラゴンが出たと聞いて慌てて来たのですが、ご無事なようで」
「いや、ご無事も何も先生がジュエルドラゴンを追っ払ったんだぜ」
フレムの返しに、えぇええぇえええぇ!? と仰天するエルガである。
「まあ追っ払ったというより、ナガレっちが話し合いで退いてもらったって感じだけどね」
「はい、無駄に血を流すことなく対話で納得してもらうなんて、やはりナガレ様は素晴らしい御方です」
ローザがキラキラした目でナガレを評する。勿論これはローザが心からナガレを尊敬している故である。
「ど、ドラゴンと対話だと? 馬鹿な! そんなこと出来るわけがないだろう」
「でも、事実よ!」
怪訝な表情で述べるローズに、ビシリと人差し指を突き付け自分のことのように得意がるピーチ。そしてそれが真実であることはルルーシ一行も証明してくれた。
「……まさか、本当とはな――本当に何者なのだお前は?」
「ただのしがない冒険者ですよ」
ナガレの回答に、むぅ、と唇を曲げるローズである。
「でも本当に良かったですわ。ですが、確かにナガレ様であればジュエルドラゴンを倒したと言われたとしても納得できますけどね」
「でも私としては少し残念よ~怪我をしてたら愛の回復魔法で、い、嫌だ冗談だからそんな顔で睨まないでん」
ジト目を向けるニューハに怯えるダンショクである。ただ、ダンショクも男の回復が出来ないとあって、どこか禁断症状のようなものが出てきている様子でもある。
「確かにナガレ様なら心配無用だったのでしょうが、ですがやはり私心配でしたわ――」
「あの、ところでレイオン卿、そ、その話し方は一体?」
ナガレが心配だった故か、ついつい素が出てしまっていたエルガであったが、そこを見事にローズに突かれ、ハッとした表情を見せる。
「う、うむ! ナガレ殿が無事で、よ、良かったぞ! いやはや本当に良かった!」
態度を一変させ男の口調に戻すエルガであったが、流石に無理がないか? と苦笑する面々である。
だが、ローズは首を捻りながらも。
「あ、なるほど! レイオン卿は皆の緊張をほぐそうとわざとおちゃめな態度を取って見せたのですね。そのお気遣い流石でございます」
そう言って恭しく頭を下げるローズである。その様子に、え~、と言った表情を見せたピーチとフレム達であるが、とりあえずごまかせたのなら良しとするしかないだろう。
「あ、そうだ! ナガレ、ど、殿! 実は大変な事実が判ったの、である!」
「大変な事実ですか?」
「う、うむ。それがであるな、どうやら孤児院の院長が、な、なんと、あの、マサルという人物に、か、変わっているようなのだ!」
真剣な面持ちでエルガが語る。それを耳にし――全員が顔を合わせ、そして一斉に笑い声を上げた。
その様子に目を丸くさせるエルガであり、
「な、何がおかしいのだ! レイオン卿が必死に集めてくれた情報だぞ!」
とローズが文句を言う。
しかしその後、その院長であったマサルもナガレがあっさりと倒してしまった事を知り、目を丸くさせるふたりである。
そしてその後は開放した孤児院と孤児院の子供達と顔合わせし、地下牢に戻りマリアの解放を求め訴えた。
そしてこれは存外すぐに受理された。何せ看守にしても、記憶はある程度残っているにしても何故このような場所にマリアを閉じ込めてしまったのかわけがわからないといった様子であったのだから当然か。
何はともあれ無事マリアも孤児院に戻ることが叶い、改めて院長として子供達の世話を見る事となった。
市場での出店権に加え屋敷や財産もマサルの凶行によって奪われ差し押さえられてしまったダイエ一家も、マサルの力が消失したことでその全てが不当なものであると判断され、屋敷に戻り市場にも改めて出店できるようになった。
こうしてマサルの為にゴタゴタに見舞われていた街も、ナガレの手で無事平和な生活を取り戻していくことになるのであった。
◇◆◇
ジュエリーの街が夕闇に包まれ始めた頃、流れ星が一つ街へ目掛けて落下を始めていた。
ただ、その星は普通の星とはどこかが違った。何故ならその流れ星には手足と顔が付いていたからであり――そして落下途中のその表情は恐怖に引きつっていた。
『ひ、ひ、ひ、ひぎゃああぁああぁあぁあぁああぁあ!』
光の帯と絶叫を後に残しながら、遂に流れ星が地面に着弾。
ぐぎゃ! という呻き声を上げ、そのままゴロゴロと転がり、どこかの建物の扉を派手にぶち開け、そこから更に空中を数回転した後に床板に頭から落下した。
「う、うぅうぅ、なんで、この俺が、こ、こんな目に――」
そして悔しそうに転がり込んできたマサル星もとい、マサルは床に爪を立て泣き言を述べる。
だが、ふと一体ここはどこだろう? といった思いを抱き、そしてガバリと顔を上げるが――
『マサル様!』
その瞬間、無数の男女の声が揃い、
『ようこそ! 冒険者ギルドへーーーー!』
と、正面に並んだ冒険者達が一斉に拍手で彼を出迎えた。
その光景に、へ? と間の抜けた声を発しつつ恐る恐ると立ち上がる。
マサルの視界に映るは、さんざん活躍した(事になっている)ギルドの冒険者達だ。見覚えのある顔もあるため間違いない。何よりカウンターに立っているのは控えのハーレム要員であるルイダである。彼女は年齢的には一九歳とマサルの許容範囲ギリギリであった為、仕方なくマサルに惚れさせることを許していたわけだが、そのルイダも笑顔でマサルを出迎えてくれている。
「ははっ、は、あは! そうか! やっぱりそうだったのか!」
その様相に、マサルは思わず歓喜した。そう今マサルは確信した。やはり能力は消えていなかったのだ、マサルが思い描いていたように、一度は能力が消えた体で物語が進んでいたが、その力も今復活を果たし、その結果冒険者達が自分を讃えてくれているのだと。
「さ、マサル様、どうぞこちらへ!」
ひとりニヤニヤしながらそんな事を考えていると、数名の冒険者が近づいてきてマサルの腕を引っ張り冒険者達の輪の中へと連れて行ってくれる。
「おいおい、俺も少しは疲れているんだ。いや、あの程度どうということもないがな、気疲れというものか? 手加減というのも中々――」
「いいから早く早く」
髪をかきあげつつ格好をつけるマサルだが、わりと強引に冒険者たちはマサルを輪の中に引っ張っていく。
「マサル様! よく戻ってきたな!」
「本当待っていたぜマサル様!」
冒険者達に囲まれた状態で盛大な歓迎を受けるマサル。それに応えるようにマサルは両手を上げ、どうどう、といった仕草で全員を落ち着かせた。
「いや、お前たち歓迎ご苦労であるな。ふっ、しかしやれやれ、正直俺は大したことしてもいないし、このような歓迎を受ける言われはないのだがな」
カッコつけるようにポーズを取り、ちらりとルイダを見ると、彼女はニコニコの笑顔を保ったままマサルを見続けていた。
こいつやはり俺に惚れてるな? と思いつつ、唯一の不満は孤児院の少女たちが一人もいないことか。
だが、とりあえずは仕方ないなと、ここでの話が片付いたら孤児院に顔を出せばいい話だ、と一人頷き、ついでにあのナガレとかいう男にしっかりお返ししなければいけないなと考える。一〇〇倍、いや万倍にして返し、ついでにナガレが囲っていた女どもも全て自分の物とした上で、盛大にざまぁ! とやってやらなければマサルの気がすまないのである。
「いや~それにしてもマサル様には本当お世話になったぜ」
うん? とマサルはそんなことを言い出した男を見る。正直疑問符が湧いて仕方ない、どっからどうみてもその辺りのモブに居そうな男であった。ただなんとなく頭の片隅の端っこあたりにこんな男がいたような記憶が残っている。
ただ、正直男などどうでもいいと思っているマサルが、わざわざ感謝されるようなことをこんなモブにしただろうか? と疑問は残る。
とは言え、感謝しているのであれば話を合わせておけばいいだろう。
「そうか、お前も随分と殊勝な心がけだな。その気持ち忘れるでないぞ」
「ああ、全く。いやマサル様、こっちは忘れたくても忘れられないですよ。何せマサル様、いや、マサル、お前に思いっきり股間を蹴り上げられたわけだからな」
「うむ、そうかそうか股、間……?」
「俺達は蹴りを入れられてふっ飛ばされたんだったな~随分と派手に」
「え? え?」
マサルの脳裏に大量の疑問符が浮かんでは消えていく。こんなことは知らない。いや確かにやったことはなんとなく思い出したが、何故それをこの連中が言ってくる? それにいつの間にか様の文字が抜け、マサルは呼び捨てにされていた。
マサルの額に嫌な汗が滲んでくる。
「私も――随分な目に合わされましたよね。本当、意味もなくお気に入りの制服が破かれて半裸にされるんですから……」
ルイダの声の調子が変わった。マサルは思わず彼女の顔を見た。ニコニコだった笑顔は一変しその目も汚物を見るような眼差しに変わり、冷たい笑顔が顔に張り付いている。
「よりにもよって俺達の憧れのルイダちゃんを」
「襲わせるなんてな。全く、酷い茶番に付き合わされたものだぜ」
そして直前まで明るかった冒険者達の声も激変し、押しつぶすような低く威圧的なものになっていく。
その様子に流石のマサルもおかしいことに気が付き始め。
「よぉマサル様。どうも、ギルドマスターのドッグです」
そしてルイダの後ろからのしりと巨体が姿を見せ、カウンターを超えてマサルの目の前に躍り出た。
「あ、え、と、その――」
「いやぁしかし参ったぜ本当。ギルドマスターに昇格させてもらったのはありがたいんだけどよマサル様、その後、俺の記憶ではお前に随分と可愛がってもらったようで、なあマサル? 全く椅子にはされるわ犬扱いされるわ、本当どうしてこんなことになってしまったんだろうな~なあ、おい、マ・サ・ル」
にやぁ~と不気味な笑顔を浮かべるドッグの様相は、最早ギルド長というより盗賊や山賊のそれである。正直マサルとしては生きた心地がせず、顔からも血の気が引き、奥歯がガタガタと震えていた。正に天国から地獄に叩き落とされた気分なのである。
「そういえばマサル、確かお前、この俺に、靴も舐めさせてくれたよな? 本当この俺が、靴を、なぁ。あれには参ったぜ。その時の俺の屈辱、お前にわかるか? なあマサル?」
顔を近づけられ、ひぃ、と思わず情けない声を上げる。そこには、既にあれだけ強気で尊大で偉そうであったマサルの姿はない。
「あ、あぁ、あぁああぁああぁ! なんと、あ、貴方様の靴に、お、お汚れが! こ、これは、き、綺麗にしてあげないと、いけませんねぇ!」
まさに針の筵といった状況であり、その圧迫感に耐えられなくなったマサルは、なんと自ら這いつくばるような姿勢でギルド長の足元に顔を近づけ。
「こ、この、このマサルが! 綺麗に、綺麗にしてみせます! ほ~ら、レロレロレロレロレロレロ、レ~ロレロ、もう一つオマケに、レロレロレ――」
「じゃかぁしい! こんボケェ!」
「ホゲぇ!?」
しかしマサルが必死にギルド長の靴を舐め舐めしてる途中で、容赦のないドッグの蹴りがマサルの顔面を捉え、マサルの貧弱な肉体が大きく吹っ飛んだ。
だが、背後で控えていた冒険者達が見事マサルをキャッチ! そしてギルド長の前に押し戻す。
「ひゃあ~~!」
みっともない声を上げ床にべちゃりと叩きつけられるマサル。その姿はまるで潰れた蛙だが、こんなものでギルド長の、いや冒険者達の怒りが収まるわけもない。
「てめえなんかに舐められても余計に汚れるだけだろうが糞が! おいマサル! お前これで済むなんて思うなよ? 俺も含めてここにいる冒険者全員が、好き勝手やりやがったテメェにしっかり借りを返すつもりで、こうやって集まっているんだからな」
ギルド長に強制的に起き上がらせられ、ポキポキと拳を鳴らす冒険者達の姿を無理やり目に焼き付かせる。
そんな、こんなの、嘘だ、とマサルはぶつぶつと呟き続けるが。
「残念だがな、これは――現実だぁ!」
それから暫く時間が過ぎ――ギルドの床にはボロ雑巾のように打ちのめされたマサルの姿。腕や足が明後日の方向を向いてしまっており、ただでさえ決して見目がいいと言えなかった顔は、更に見れない顔相に変わっていた。
「ひぐぅ、じぬぅ、ごめん、な、ざい、ごろざ、ない、で……」
「安心しろよ。てめえにはまだまだやってもらう事はあるしな。殺しはしねぇし、しっかり回復役も用意しているからな」
「え"?」
「おい! 出番だぞ!」
ギルド長が声をかけると、は~い、と野太い声で、フリル付きのローブに身を包まれたおっさんが姿を見せた。
「うふ、正直貴方、私のタイプじゃないんだけど~暫く男を味わってなかったし、ニューハもあんたなら好きにしていいって言ってくれたから」
じゅるりんっと大きなベロで舌なめずりをし、そして心は女、身体はおっさんの性魔導師ダンショクが、マサルへと近づいていく。
「ひ"ひ"!? ば、化物――」
「誰が化けもんだごらぁ! て、おっといけないいけない。うふん、そんな怖がらなくていいからね。この私が、たっぷりっと、じっくりと、ずっぽりと、サービス、し・て・あ・げ・る――」
「ひ"ひ"ぎゃあぁああぁああぁああぁあああーーーー!」
こうしてこの夜は、マサルを相手に冒険者達のフルボッコとダンショクの回復(?)が交互に行われ、冒険者ギルドの建物からはマサルの悲鳴が鳴り響き続けたという――
このあとマサルはダンショクが美味しく頂きました。
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