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レベル0で最強の合気道家、いざ、異世界へ参る!  作者: 空地 大乃
第五章 ナガレとサトル編

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第一八六話 ナガレVSマサル

ちょっと長くなりました

「し、シナリオメーカーだと? ははっ、な、何をわけのわからないことを……」


 ナガレに指摘され、マサルは一応は否定を示すが、しかしその顔には明らかな動揺が見て取れ、目も完全に泳いでいた。


「貴方がこの世界に来て手に入れた中で特に今回の変化に関係しているのは、アビリティの思い込み、そしてスキルのシナリオメーカーと演出効果です。この三つを利用し、貴方はこの街を中心に自分の思い通りの世界を構築しようとした」

「で、デタラメを言うな! 第一なんで貴様にそれがわかるのだ! 鑑定でも俺の能力をみやぶるなんて不可能なのだぞ!」

「それは、貴方がご自分に鑑定は効かないといった設定にしているからですね。ですが、貴方もいい加減お気づきでは? 私には貴方の能力は一切効いておりません。つまり貴方の考えている設定自体私には無意味です」


 ぐぅ! とマサルが呻き声を上げる。そして必死に何かを考えている様子だが。


「も、妄言だ! お前の言っていることにはそもそも根拠が無い! お前は俺を貶めようとしているだけだ!」

「……本当に仕方のない方ですね。そんなに自分の設定の拙さをさらけ出して欲しいのですか?」

「は? つ、拙いだと! この俺が、よりによって、つ、拙いだと!」

「はい、そのとおりです」

「――ッ! くっ、ならば言ってみろ! 俺のどこが拙いというのだ!」

「どこと言われても正直どこから指摘していいか迷うぐらいですが、そうですね例えば冒険者ギルドです」

「ぼ、冒険者ギルドの何がおかしいというのだ! この世界にも冒険者ギルドがあるぐらい誰でも知っていることだ!」

「その様子だと、多少は事前に街を見て回るぐらいはされたようですね。ですが、ドッグ、これはこの街のギルドを管理する方の名前ですが、何故か彼がギルドマスターとして受付嬢が認識し、彼自身もそう思い込んでいた」

「そ、それの何がおかしい! ギルドにギルドマスターがいるのは当たり前のことだろうが!」

「貴方の中ではそうなのかもしれませんが、残念ながらギルドマスターというのは各国に一人ずつしか任命されておりません。そしてこの王国に関してはギルドマスターが在籍しているのは王都の冒険者ギルドのみ。なのでこの街にいるのはあくまでギルド長、ギルドマスターではないのですよ」

「な、んだ、と……」


 マサルの唇がわなわなと震えていた。これぐらいのことは少し調べれば判ることなのだが、マサルは冒険者ギルドとはそういう物という思い込みで設定を作り上げてしまった。その結果、ナガレどころかこの街にいた冒険者はともかく、それ以外の外からきた冒険者であれば誰もが気づきそうな矛盾を生み出してしまったのである。


「くっ、だが、そんなものは!」


 しかしどうやらマサルはまだ諦めていないようだ。なかなか往生際が悪い。


「それと、貴方は他にも大きなミスを犯しています」

「な、何? 一体俺が何をミスしたというのだ!」

「そうですね、例えばカイル。弓使いの青年ですが、彼は本来男性を呼称する際にはフレムっちのように語尾に【っち】を付けます。ですが貴方のシナリオメーカーの効果が及んている間はそれがなかった」

「ぐっ、そ、そんなものは知らなかったのだから仕方ないだろう!」

「……もはやそれは自分の力を認めたも同然ですがね」

「――あっ!?」

 

 思わず口を両手で塞ぐマサルだが、険呑の篭った瞳をナガレに向け、い、今のは言葉の綾だ! などと強がった。

 既に化けの皮は剥がれ始めているが、ナガレは更に続けていく。


「ですが最も貴方が致命的なミスをおかしたのは、先ほどの子供達とフレムやピーチによる戦闘です」

「あ、あれのどこがおかしいというのだ!」

「おかしいと言えば、擬音が外に飛び出してる時点で正直おかしいのですが……」


 確かにフレムが一体どこで覚えたのか双龍裂波なる妙な技を使った際、『ドゴォォォォォオォォオオオォオン!』という擬音が爆発と同時に立体化され飛び出してきていた。これもマサルの演出効果によるものなのだろうが、マンガやアニメならともかくこの場においては滑稽なこだわりである。


「特に酷いのはピーチとの戦闘ですね。よりにもよって貴方はピーチに魔法を使わせたのですから」

「そ、それの何がおかしいと言うのだ! あの女は杖ももっているし見た目も魔法少女のそれだろ! 魔法を扱うのは至極当然だ!」

「残念ながら彼女に関してはいえばその理屈は通りません。何せピーチは杖を持っていて、いかにも魔法を扱いそうな雰囲気はありますが、実際は全く魔法がつかえません」

「は、はぁああぁああああ?」

「ちょ! ナガレそれ酷くない!?」


 ピーチがガバリと起き上がり、心外だと言わんばかりに声を上げた。見たところナガレが言っていたようにこれといった怪我は見当たらない。


「あ、ピーチ気が付かれましたか」

「うぅ、私だって少しは……」

「くっ! ふざけるな! だったらその女の格好は何だ! 杖はなんだ! そんな姿をしておいて魔法以外でどう戦うというんだ!」


 若干の気落ちを見せるピーチだが、そんな彼女を認めながらマサルが納得いかないと声を荒げる。


「杖ですね」

「は? 杖?」

 

 だが、続くナガレの回答にマサルは目を丸くさせる。


「そうです。彼女のメインの武器は杖、それで殴るのです。そこに魔力操作も加わりますし、訂正させて頂くならピーチも貴方がさせたような炎の魔法を多少は使えますが、最近杖を新調したこともあり、今の彼女は杖と魔力操作を融合させた戦い方が基本です。ですから間違っても先ほどのような真似は不可能なのです」

「そ、そんな、馬鹿な、そんなの、そんなの判るわけ無いだろ……」


 わなわなと肩を震わせマサルが愚痴るように述べる。確かによもや魔法使いのメイン武器が魔法ではなく杖だなどと考えるものは少ないだろう。


「あれ? もしかして私何か知らないうちに役に立った?」

「はい、助かりましたよピーチ」


 その一言でピーチの頬が緩む。気落ちしていた様子は既にない。この切替の早さも彼女のいいところだ。


「と、ところで先生、俺もなんでやられたのかイマイチ……」

「それもマサルのシナリオメーカーによる効果ですが……しかし、かなり動揺しているようですね。効果が薄れてきていますよ?」


 いつの間にかピーチと同じように気がついていたフレムにも説明し、そしてナガレは改めてマサルをみやり問いかける。


「ぐ、う、うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーーー! 調子に乗りやがって! その余裕の表情が腹が立つ! 第一、俺の力が判ったからといってどうだっていうんだ! 俺の力は神が俺に与えた力だ! つまり俺は神に選ばれたんだ! 俺の力は無敵だ! そうだお前なんかに負けるわけがないんだ!」

「やれやれ、先程まで貴方自身が言っていた話をそのまま聞かせて上げたいですね」

「黙れ! 今俺のシナリオメーカーが発動した! お前の負けはこれで確定した! 俺のシナリオは、そう俺の作品は! 完璧なんだ! 稚拙だと? ふざけるな! 何も知らないくせに、俺の本気を! 俺が本気を! さぁ見せてやる! 今度のレベルは53京だ! 京だぞ京! もう絶対に、お前には!」

「無駄ですよ」

「ぐほおぉおぉおぉおお――」

 

 サトルはまだ話している途中であったが、ナガレは容赦なくマサルに近づき、あっさりと彼の脚を払い地面に転がした。勿論合気でそれなりの痛みを伴う行為である。


「がっ、な、なんで、俺の、俺のシナリオは街全体に、いやこの辺り一体は全て俺の領域の筈なのに――」

「貴方の能力には欠点があります」


 悔しがるマサルに向けてナガレがはっきりと告げた。マサルが起き上がり狼狽した顔で反問する。


「け、欠点だと? 俺の、俺の力にどんな欠点があるというんだ!」

「わかりませんか? 貴方のスキルは、貴方が想像できる範囲(・・・・・・・)のことしか操作出来ない」

「だ、だからなんだ! 俺の想像力があればどんなことだって!」

「無理ですよ」

「は?」

「だから無理なのですよ。貴方程度の想像力では、私の実力も、そして私に勝てるビジョンも思い描くことは出来ない」

「――ッ!? な、が」


 思わずあんぐりと口を開け絶句するマサル。しかし散々マサルが言い続けていた薄っぺらい自慢に比べ、ナガレの言葉は重みが違った。


「ふ、ふざけるな! 何が想像出来ないだ! お前ごときを倒す姿が、俺に想像出来ないわけがない! お前の強さぐらい俺に想像出来ないわけがないんだ!」

「いえ、出来ません。私の積み重ねてきた物は、全てから逃げ続けてきた貴方では想像もつかないからです」

「ぐっ、何を、何を偉そうに! お前の言っている事はブーメランなんだよ! 所詮お前だってこの世界に転生した時に偶然手に入れた力で偉そうにしているに過ぎないだろうが! そこにいる連中だって、お前が凄いから一緒にいるんじゃない! お前のチートが凄いからそこにいるだけに過ぎないんだよ!」

「あん、なんだと? てめぇさっきから聞いていれば先生に向かって――」

「ふん、何が先生だ。大体お前は悔しくないのか? そんなたまたま手に入れたチートで偉そうにしてる男に、先生だなんだと尻尾を振ってよ!」


 そのマサルの態度に、今にも跳びかかっていきそうなフレムであったが、それをナガレが制してマサルに向けて口を開く。


「……先程から何を勘違いしているのか知りませんが、私の力は私自身の物ですよ。そこに第三者の介入できる隙間などありはしません」

「は? 何を馬鹿なことを。なんの力も持たず、俺の能力を見破り、一時的とはいえ俺の能力から逃れるなんて、そんなものは何かチートでもなければ、無理に決まっているだろうが!」

「ですが事実です。それに私は転生者ではありませんよ。最初も言ったと思いますが、私は自分自身の力でここまで辿り着き、いまここに立っているのです」

「は? 何を馬鹿なことを言ってんだか。そんなこと人間に出来るわけ、出来る、わけ……」

 

 しかし、マサルが向けた視線の先に立つナガレの瞳はあまりに真っ直ぐであり、一切の嘘偽りを感じさせない堂々たる光をその双眸に宿していた。


 見た目には一五歳程度の少年でしか無いにも関わらず、全身から滲み出る風格は、悠久の時を生きた達人の如く。いや達人という言葉すら痴がましい、マサルの想像した設定など全くお話にならない圧倒的な存在感。


 それがナガレの言葉に嘘偽りがないことを、それが真実であることを、如実にあらわしていた。


「そんな、馬鹿な、そんなことが本当に、本当に、ありえない、そうだ! ありえない! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーーーーーー!」

「しかし、真実です」

「黙れ黙れだぁああぁあまあぁああれぇええぇえぇえ! だったら! だったらこれでどうだ! どんなトリックがあるか知らないが、お前に効かないというなら、街の人間を利用するだけだ! そうだこいつらだって俺の言うことを聞いて死ねるなら本望だろ! さあどうする! お前が抵抗するなら俺は、俺はこの街の人間を!」

「やはり貴方にそれは過ぎた力なようですね」

「へ?」

 

 マサルが全てを言い終える前に、ナガレの手が、その合気が、マサルを完全に捉えていた。

 

「神薙流秘伝・逆転流罰――」


 そしてナガレの呟きと同時に両手から眩い光が溢れ、かと思えばマサルの身体が激しく回転し、直後地面に叩きつけられた。


 ぐぼぉ! と呻き声を上げ、そのままマサルはうつ伏せに倒れた。ヒクヒクと小刻みに身体を動かし、だがなんとか両手を地面につけ、ゆっくりと立ち上がる。


「はぁ、はぁ、な、なんだ、た、大したことないじゃないか」


 決してそうは見えないが、だが、確かにナガレがただ倒そうと考えていたならば、マサルは当然この程度で済まないはずだろう。


「今のは貴方にダメージを与えることが目的じゃありませんからね」

「は? お前なにを言って……」

「――ハッ! あれ? 何なの? 私、なんであんな奴に……」

「にゃにゃ! そうにゃ! マリアお母様! マリアお母様にゃ!」

「そ、そうだ私達……」

「マリアお母様に大変なことを……」


 すると、突如子供達が夢から覚めたような表情になり、そしてマリアのことを口にし始める。


「は? マリア、お母様、だと? お前たち何を言って……」


 当然、その事に戸惑うマサルだが――その変化は彼自身にも訪れていた。


「ね、ねぇナガレ、もしかしてその男がマサルなの?」

「はい、彼こそが本当のマサルですね」

「おいおい、さっきまでと全然違うじゃねーか」

 

 ピーチとフレムが、そして周囲のマサルを見る目が、確実に変化している。マサルもそれに気がつくが、一体何が起きているかまでは理解していない様子。


「ぜ、全然違う? だ、と? だからお前たちは何を言って……」

「あ、あれが、マサルなの! なんて、なんて醜いなの!」

「にゃ、あいつが、あいつが私達を、あいつのせいで!」


 子供達の怨嗟の声がマサルへと突き刺さる。そして子供達の何か化物を見るような目がマサルの心を抉る。


「は? なんだ、一体なんなんだこれは!」

「まだ気が付きませんか?」

「だから何がだよ!」

「貴方が妄想で作り変えたものを、その眼でしっかりと見てみるといい」


 ナガレにそう言われ、マサルは先ず孤児院を見て、絶句した……。

 マサルがシナリオメーカーの力で豪華な建物に変化させた筈の孤児院がすっかり元の孤児院に戻っていたからだ。とは言ってもマサルがマリアを貶める為に用意したボロボロの孤児院というわけでもなく、質素ながらも温かみの感じられる建物である。


 そして今度は先程まで自分をマサル様と敬っていた少女たちを見やる。すっかり侮蔑の目付きに変わっていた少女たちも、マサルが用意した豪華絢爛なドレス姿から一変し、地味な平服姿に戻っていた。ただ地味とはいえマサルが最初に設定したボロのような物ではなく、繕いの跡は感じられるものの大事にされていることがよく分かる代物である。


 そしてマサルはそこまで見てようやく何かを察したように、自分の両腕を目の前に持っていく。その様子にマサルの身はわなわなと震えた。細いながらも逞しかった腕はすっかり痩せこけ肌の色も病的なまでに青白い。生前の不健康そのものといった生活がそのまま具現化されたような体つきだ。着衣を確認する。ボロボロのジーンズに薄汚れたTシャツ。そして自分の顔を触る。痩せこけた頬に落ち窪んだ瞳。そして手が髪に伸びた、ボサボサでまるで整っていない黒髪は、ろくに風呂も入っていなかった所為で不潔そのもの、触れただけで手にねっとりとした液体が絡みつく。


「うわ、うわ、うわぁああぁあぁああ! なんだこれは! なんなんだよこれは! 戻れ! 戻れ! 戻れよ! 発動せよシナリオメーカー! 俺の姿を、孤児院を、こいつらの目付きも、全て今すぐ俺の想像のままに! 戻せーーーーーー!」


 両手で顔を覆い、現実から目を背け、再びマサルは自分の力に頼り懇願した。

 だが――能力は全く発動しない。


「な、なんで、なんで、なんで!」

「無駄ですよ」

「無、駄? なんだお前、な、何をした! 一体俺に何をしたんだよーーーーーー!」

「やれやれまいりましたね、私は別に大したことはしてませんよ?」


 ナガレはマサルを真似るように肩を竦めそう告げた後――


「ただ、貴方の力を逆転させただけです。能力を手に入れた貴方と、能力を手に入れてなかった(・・・・・・・・・)貴方をね」


 ナガレの秘伝、逆転流罰は、使用した相手に関するふたつの事柄を逆転し定着させる。生と死を逆転させることは不可能などの制約はあるものの、過去にエルマールやゲイにも使用し、また普段から技に磨きをかけることに余年がない為、この世界に来てから技の幅は更に広がった。


 その結果、マサルに使用したことで彼が手に入れた力を綺麗さっぱり消し去ることが出来たのである。


「そ、そんな馬鹿な……す、ステータス! お、俺のスキル、俺の、俺のスキル!」


 どうやらマサルは自分のステータスを開き、スキルやアビリティを確認しているようだが――


「あ、あ、無い、無い、無い無い無い無い無い! どこにも、どこにも俺のスキルが、アビリティが、あ"~~~~~~~~~~!」


 両手で頭を抱え、奇声を上げ絶叫する。


「俺の力がーーーー! 俺の全てが無駄に、俺の積み重ねてきた物が全て、すべて~~~~~~!」

「安心して下さい」

「……は?」


 ナガレに声を掛けられ、怪訝な目で振り返る。その姿を認めながらナガレは諭すように更に続けた。


「もし貴方の積み重ねてきたものが本物なら、私の力は及びません。貴方がしきりに口にしていた努力が本物ならば、ですが――」

「う、うわあぁああぁあああぁ! なんなんだよ! なんなんだよお前は! なんだお前! なんだお前! お前に、一体! 何の権限があって! こんなことをする! 努力? なんだ! 努力をした人間がそんなに偉いのか! お前が努力しているから俺にこんな仕打ちをしていいというのか!」


 マサルの言っていることはあまりに自分勝手に過ぎるが、それに対してナガレがしっかりと答える。


「私は別に自分が努力したなどと思ってませんよ。そこまで驕ってもいませんからね」

「は?」

「私は自分勝手な人間です。これまでの人生私は好きな事をやり続けただけです。この力も私が好きだからこそ鍛錬を続けた、その結果に過ぎません。勿論自分自身に目標を掲げたこともありますが、目標に達するまでの行為を努力と呼ぶなら、努力は当たり前にやるべきことです」

「……何が言いたいんだよ」

「貴方は先程も随分と努力努力と言い続けていました。ですが結局努力という物は周りが評価するもので、努力してると評価された人物は自分自身努力しているなどと思わないし安々とは語らないものです。しかしだからこそ他者に努力していると思われる人物は尊く感じるのでしょう。ですが、貴方にはそれがない。自分が努力しているなどと語れば語るほど――酷く薄っぺらく聞こえるのですよ」


 ナガレにそう諭され、ぎりりと唇を噛み締めマサルは絶叫した。


「うわぁああぁあ! 黙れよ! もうお前は黙れよ! 何だよ! 説教かよ! 偉そうに! 偉そうに! てめぇは俺の親か! あのくだらない価値観に縛られた糞みたいな親と一緒なのかよ!」

「ご、ご自分を育てられた両親に向かってそんな言い方、さ、最低です!」


 ナガレに指を突き付け噛みつくように述べるマサルへ、ローザが抗議の声を上げるが。


「うるせーよ! たかがハーレム要員の一人でしか無い癖に偉そうに語るな! お前に何が判る! あの親共は二言目には俺に働け働けとうるさくしやがって! 最後には俺を家から放り出しやがったクソ親だ! 何も知らないくせに勝手なことを抜かすな!」

「いや、そもそも働くのは当たり前だろ」

「そんなこと子供でも判ることじゃない」


 彼の自分勝手な言い分にフレムとピーチも呆れ顔である。だが、マサルの口は止まらない。


「はぁ? なんですか~? 働くのがそんなに偉いんですか~? 偉いんですか~? 偉いんですか~? ふざけんじゃねぇ! その価値観が間違っている事に何故気が付かない! 働くのが美徳なんて洗脳なんだよ! 本来俺みたいな男が評価されるべきなんだ! それなのに連中は働きたくないというだけでやれニートだ無職だ底辺だ! ふざけるな! 俺は高等遊民だ! 最先端の人間なんだよ! 今ではなく未来に生きてる俺は本来はもっと評価されるべきなんだ!」


 開き直ったようにそんなことを口にするマサル。当然周りの目は冷たい。


「も、もうおいらには彼が何を言っているのか理解できないよ……」

「理解できなくて結構! この俺の高尚な考えがお前らモブに理解出来るなんて思っちゃいねぇからな! だから俺が、この俺が! 導くんだ! 新しい世界に! 理想の世界に! なのに! なんなんだお前は! なんの権限があって俺にこんな事をする! 俺が何を悪いことをしたと言うんだ! 何もしてないだろ! 俺がいれば皆が幸せになれる! まさにWIN-WINだろうが!」

「何馬鹿なこと言っているのよ! これだけ散々迷惑かけておいて! あんたのせいでマリアだって今は地下牢の中なのよ! 市場のダイエからも何もかも奪っておいて! ふざけないでよ!」

「全く身勝手もここまでくると腹ただしいですな」

「お前さえいなければマリア様もダイエー様もその家族や孤児院の子供達も、何の問題もなく暮らせていたではないか!」


 流石に我慢がならなかったのかルルーシが文句を突き付け、セワスールもナリヤも抗議の言葉をマサルにぶつける。


「うるせぇうるせぇうるせぇ! 何が問題ないだ! こんな見窄らしい孤児院で暮らして、小汚い服来てみんなで仲良く頑張りましょうそれが幸せにつながりますってか? 反吐が出る! 俺に任せておけばこいつらはただ俺に流石ですとかいって頭撫でられてハーレムメンバーとして俺を神のように敬っていれば! それだけで豪邸に住めて! 綺麗なドレスを着て! 豪華な食事にもありつける! 何の不自由もなく暮らせるんだ! あんな乳がでかいだけのエロババァに任せてるより俺のほうが! 俺様の方が! お前ら全員幸せに出来る! お前らもそうだ! そこの乳のでかいピンクツインテールも! 白ローブ来たシスター女も! 金髪縦ロールも貴族のお嬢様も少女も幼女も全て幸せにしてやる! そこのすかしたナガレとかいう野郎より! 金も持たない貧乏な院長より! 俺が、この俺が!」

「ふざけるななの! 勝手に私達の心を操作して、マリアお母様を奪っておいて! 身勝手な事言うななの!」

「そうにゃ! 私達の幸せは私達が決めるにゃ! お前なんかに押し付けられる覚えはないにゃ! 本当に何から何まで気持ち悪いにゃ!」

「そうよ! お前なんかマリアお母様の足元にも及ばないわよ!」

「気持ち悪い! 顔も見たくない! どっか行ってよ!」

 

 だが、マサルの捻くれた考えは、肝心の孤児院の子供達にはまるで突き刺さらなかったようで、むしろ彼を軽蔑し非難する声が相次いでいる。


「くっ、こ、こいつら――」

「当然ですね」

「あん? 何だと?」

「当然だと言ったのです。貴方が語っているのは全て自分がどうしたいかばかり。最初にもいいましたが独りよがりがすぎるのですよ」

「黙れよ! 黙れよ! そんなものはな一時的なものなんだよ! そうだ、そうだよ。これはフラグなんだ! 俺の力が消えたのも一時期的! 覚醒ってやつだ! これから俺は覚醒して! 更に強力なスキルを身につける! そうさ、俺の考えた物語がこんなことで終わるわけがない! 理解されないわけがないんだ!」


 この期に及んでまだそんなことを口にするマサルに、ナガレは嘆息しつつ口を開いた。


「……まだそんな夢物語を言っているのですか? いい加減気がつくべきだ、自分が作り上げたものがどれだけくだらないものか。中身のない貴方の妄想話に付き合わされる側がどれだけ迷惑か」

「そうなの! お前の話になんてもう付き合いきれないなの!」

「にゃ~こんなのに動かされていた自分が本当になさけなく思うにゃ」

「うるせぇえええぇええぇええぇええ! 俺に口答えしてんじゃねぇえぇえぞ! 俺を誰だと思っている! 神をも超えた力を持つマサル様だ! たかがハーレム要員にしかすぎない俺にナデポされて喜ぶ程度の脳みそお花畑な連中が俺に口答えするな! 指図するな! 俺にはな! 幸せになる権利があるんだ! お前らは俺を気持ちよくする義務があるんだ! どうしてか判るか? 苦労したからだよ! 俺は地球で散々苦労した! 俺のことを理解しようとしない糞な親は俺を勝手に産んでおいて俺を育てることを放棄した! 育児放棄だこれは!」

「……少なくともご両親は貴方が成人してからも面倒を見続けた筈では?」

「だからなんだ! それがなんだ! 産んだなら俺を一生面倒見るのが当然だ! それを拒否したんだ! 罪だ! 怠惰だ! あいつらは俺という至高の存在をただ働かないというだけで外聞だけ気にして放り投げたんだ! そして俺は! あんなボロアパートで暮らすことを余儀なくされた! 働きたくないのに週に一度も働かなければいけない状況に追い込まれた! 俺は苦労したんだ! 地べたを這いつくばって! 泥水をすすって! それでも生きてきた! それなのに誰も俺を評価しない! 糞だ! 国が! 世界が! 地球が糞だから! 俺が評価されない! 俺を認めない世の中すべてが悪いんだ! そんな下らない世界を生き続けていた俺の苦労がお前らに判るか!」


 そこまで捲し立てるように一気に述べ、そして肩ではぁはぁと息をする。沈黙が訪れていた。そして周囲の目は一様に呆れたようであり時に憐れむようでもあった。


「――だけどな……」

「まだ続くのかよ」


 フレムが辟易とした表情で述べるが、キッ! とマサルが睨めつけ、だがやはり彼の歪んだ論説は続いた。


「俺がこの世界に来た! 俺の肉体は死んだが魂が残り! この世界で転生出来たんだ! そうだ、俺は選ばれたんだ! 自分に目覚めた力がそれを証明していた! これは定めだ! 宿命だ! 運命だ! 俺が現世で散々苦労した分、この世界での俺は幸福にならなければいけない! だから! 俺には! この世界で幸せになる権利があるんだ! そしてお前達には俺を幸せにする義務があるんだ! 責任があるんだ! お前らの意志なんて関係無い! 俺が全てだ! 俺が中心だ! なのに! なのに! なのになのになのに! お前が台無しにした! お前がお前が!」

「…………」

「大体この俺が負けるのがおかしいだろ! ここは俺の世界だ! だから一〇代の女は全て俺のものだ! 俺が見せたチートで流石ですマサル様と言っておけばそれでいいんだ! 男は全部噛ませ犬だ! お前らは俺のご都合主義の世界でご都合よく俺を持ち上げるために無様にやられておけばいいんだよ! そうだ! 邪魔なのはお前だ! お前がいるから! お前がいるから全てが狂った! 俺のテンプレにお前みたいな人外いらないんだよ! 俺のテンプレに俺以外の主人公はいらないんだよ! 出てけよ! 今すぐ俺の前から! この世界から! 出て行け! 消えろ俺の目の前から! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろーーーーーーーーっ!」

「そこまで言われるのでしたらいい方法がありますよ」

「――ッ!? な、なんだよ! 俺の視界に入るな! 俺の目の前に――」

「ですから――」

 

 瞬時に近づかれたことでたじろぐマサルの右腕をナガレが掴み――そしてニコリと微笑んで言葉を紡げる。


「そんなに消えて欲しいなら――お前が私達の目の前から消えればいい」

「へ? あ、ぎ、ギャアァアアァアァアアァアアアーーーーーーーー!」


 刹那、掴んだ右腕をグルンっと捻り、マサルの身が大きく一回転、絶叫を大地に届けながら、天を貫通する勢いでマサルの身が派手に打ち上げられた。


「これでお望み通り、天上より上の存在になれましたね――」


 そしてパンパンっと両手を払うようにしながら、星になったマサルを見上げつつどこかすっきりとした表情でナガレが口にするのだった――



マサルとの対決はこれで決着!



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