第一八五話 マサルVSナガレ
「それで満足できましたか?」
「ふっ、強がったところで俺には判るぞ。貴様はいま内心ヒヤヒヤしていることだろ」
「全くなの! 正体はとっくにバレてるなの!」
「神妙にお縄を頂戴するにゃ!」
マサル達から観念するように言われたナガレであったが、その様子にこれといった変化は見られなかった。ひどく落ち着いているようにも見えるが、マサルにはそれが強がりであることが十二分に理解が出来た。
「その様子だと、どうやら孤児院を諦めるつもりはないようだな」
「諦めるというより、貴方はこの馬鹿馬鹿しい茶番劇を終わらせる気はないのですか?」
「ふん、言うに事欠いてなにを言い出すかと思えば――お前のほうこそ茶番はそこまでだ! どうしても諦めないというならこちらも実力行使に出るまでだぞ?」
「やれやれ仕方のない方ですね貴方は」
ナガレが肩を竦め呆れたような物言いを見せた。それはこちらのセリフだ、と思いつつもいい加減愚かな男に現実を教えてやる必要があるな、と前に出ようとするが。
「お待ち下さいマサル様! ここはマサル様が出るまでもないなの!」
「そうにゃ、あの程度の相手、私達で十分にゃ!」
なんと、マサルの庇護下にある少女ふたりが、彼の代わりに戦おうと前に出た。
これはマサルとしても悩むべき案件だが――とは言えマサルを手伝うために陰ながら努力し、更にマサルと共に苦難を乗り越えつつづけたふたりだ、ここは一つ任せてもよいか、と首肯する。
「先生、だったらここは俺がでます! 先生は見ていて下さい!」
「そうよ! ナガレの出る幕じゃないわ。私に任せて!」
すると、ナガレの方からは赤髪のいかにも粗暴そうな下品な脳筋男と、巨乳でツインテールをした、本当のナガレの姿も知らず盲信する哀れな女が前に出てきた。
「……ですが――」
「先生! あんなガキども俺にかかればいちころですよ!」
「ナガレはそこで見ていて、私の究極魔法であっさり倒して上げるわ!」
意気揚々と前に出てきたふたりを認めながら、やはり愚かだな、とマサルは相手を嘲笑するように嘲る。
「何がおかしいんだてめぇは!」
「そうよ! まさかこんな子供に私達が負けるとでも思っているの?」
「そこからして愚かだな。この子達をただの子どもと思っている時点でお前たちの程度が知れるというもの」
ふたりを諭すようにマサルは言う。だがふたりはそれでもまだ、ペルシアとキューティーを侮るような態度を崩さなかった。
「こんなガキにこの俺が負けるはずがないんだよ! 喰らえ! 究極奥義双龍裂波!」
「むぅ! あのフレムという男、双龍裂波を使いこなすのか!」
「知ってるのセワスール!?」
「双竜裂波――双剣技にして究極最大の奥義。身体に漲る龍の気を一対の刃に集中させ、全てを喰らい尽くす双龍へと化身させ相手を飲み込む!」
「あれを喰らっては、あのような少女では一溜りもありません!」
フレムが双剣より放った二匹の龍は、お互い絡みあうようにしながらペルシア目掛けて突き進み――そして一気に喰らう! ドゴォォォォォオォォオオオォオン! という擬音と共に激しい爆発が起き、土埃が視界を覆った。
「むぅ、やったか!」
「やったに決まってるよフレム」
セワスールが目を大きく見開き声を上げ、狐耳の男が勝利を確信したかのように顔を綻ばせた。
そしてフレムもまた口角を吊り上げ満足気な表情。だが――
「どこを見てるにゃ」
「なにぃぃい!」
驚愕し、フレムが彼女を振り返る。だがその瞬間にはペルシアの攻撃が彼を捉え、あ、がっ、と呻き声を上げあっさりとフレムが地面に倒れた。
「そ、そんなあのフレムを一撃で倒すなんて……」
「いや、違いますぞ! あれは一撃に見えるだけで、実際は少女の攻撃はあの一瞬で何億発もヒットしていたのだ。まさか、あの双龍裂波を避けるばかりが、反撃に転じるとは……」
セワスールが一人驚愕していると、
「全くフレム何やってるのよ! だったら私が!」
と桃色髪の魔術師が杖を構え詠唱を紡いでいく。
「今度は私の番なの!」
「くっ、貴方みたいな子供に負けるなんて絶対に有り得ないんだから! いくわよ究極火焔魔法! カイザーフェニックス!」
「うそ! ピーチはあの火属性最上級魔法カイザーフェニックスまで覚えていたなんて、お、驚きですわ!」
巻き髪金髪の女が驚きの声を上げると、ピーチの杖から炎が吹き上がり、その形が瞬時に巨大な火の鳥に形成される。そして怪鳥の鳴き声を上げ灼熱の炎に包まれた翼を羽ばたかせ、キューティーへと向かっていく。
「お姉さまのカイザーフェニックスはその熱実に五〇〇〇万度! 全てを燃やし尽くす獄炎です! 負けるはずがありません!」
キノコカットの小柄な少女がピーチの勝利を信じているとばかりに口を開いた。
確かにマサルの位置でも熱を感じるほどの灼熱。普通であればチリひとつ残らず消滅するほどの熱量であり、並の魔術師であればそれだけで死を予感することだろう。
だがしかし――
「そっちが火焔ならこっちは氷なの!」
キューティーが両手を広げそして弓を引くポーズを見せた。
それにピーチが目を丸くさせ、そして勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「それは氷の初級魔法アイスアローじゃない! そんなのでこの私のカイザーフェニックスを敗れるものですか!」
「だったら試してみるなの! アイスアロー!」
キューティーが魔法を発動し指を放したその瞬間、射られた矢は巨大なバリスタから放たれた矢玉の如く大きさに変化し、そしてカイザーフェニックスの焔を見事射抜いてみせた。
胴体を貫かれた焔の鳥は最後の雄叫びを上げ、かと思えばその焔が徐々に凍てつき最後には氷の彫像と化した。
「そ、そんな、私のカイザーフェニックスが――」
「当然なの! 見た目の派手さを重視した虚仮威しの魔法なんて効かないなの。マサル様の教えによって例え初級魔法といえど練度を極めれば最上級魔法を凌駕することを知ったなの! その私の魔法がその程度の魔法に負けるわけないなの! さぁ、弾けろなの!」
「きゃ、きゃぁあぁああああああぁああ!」
キューティーが氷の彫刻と化した焔の鳥に命じるように声をぶつけると、その瞬間氷の彫刻が爆散し、その余波によってピーチが吹き飛び、そして目を回して気絶した。
「マサル様やったなの!」
「にゃ~マサル様は教える才能も神憑り的にゃ! マサル様のおかげで私達が勝てたにゃ!」
『流石マサル様です!』
「やれやれ、俺が教えたことなど基礎中の基礎でしか無いのだぞ? この勝利は俺の教えだけではない、お前たちの努力と才能のもたらした結果だ」
マサルはペルシアとキューティーの勝利を労い、その頭を優しくなでなでしてやった。
途端に少女たちの表情が蕩け幸せいっぱいの笑顔を見せる。
「くっ、まさかフレム殿とピーチ殿までもが――こうなっては仕方ありませんな。かくなる上はこの私が――」
「いえ、皆様は下がっていて下さい。後は私がやりますので」
「なんとナガレ殿自ら!」
「ま、まさかナガレが出るなんてね……」
「でも、これでもうこちらの勝利は揺るがない」
「これで貴方も終わりよ、マサル!」
「…………」
勝利を確信したかのようなお飾りの仲間たちの声援を受け、ナガレが一歩前に出る。
「ふっ、ナガレ破れたり」
その姿を認めた後、マサルも少女ふたりを退かせ前に出て、確信を持ってその言葉を送り届けた。
「す、凄いなの! マサル様は相手を見た瞬間から既に勝利を確信したなの」
「当然にゃ、マサル様ほどの御方なら、一目見れば自分との力の差を瞬時に見破ることが可能にゃ」
「おいおいそんな大したものじゃないさ。だがな、ナガレよ、お前は既に戦う前から負けている。何故かわかるか?」
「さて? 何故でしょう?」
「それは自部自信の胸に手を当てて考えて見るんだな」
「…………」
「ふん、沈黙か。だがなその態度にお前の傲慢さが良く滲み出ているのだ。そもそも俺という強大な存在を前にして仲間に頼らず一人で勝てると思っているのが愚の骨頂。しかしお前はこの俺が何を言っても、決して負けることはないとそう思っているのだろうな?」
「そうですね。貴方には負ける気がしません」
「なんて愚かな男にゃ!」
「まさにマサル様の言うとおり傲慢が足を生やして歩いているような男なの!」
少女たちの非難めいた声がナガレの身に降り注ぐ。しかしそれは当然のことであろう。この男はあまりに物事の本質を理解していない。
「ふぅ、全くお前は本当に呆れた男だな。この俺がここまで言ってもまだ理解できないとは、そうやってお前は一体いつまで神にたまたま貰っただけで何の努力もせず運良く手に入れたに過ぎない力に腰を掛けていれば気が済むのだ? 自分の力は神が認めたが故に手に入れた物だなどという考えであるなら傲慢にも程が有るぞ? いいか? 真の力というのはこの俺のように努力に努力を重ねたものだけが、そう、血反吐を吐く思いの修業を重ね泥水をすすり、そうやって世の中の苦労も全て受け止め、清濁併せ持つ――それだけの思いを積み重ねてきたものだけが手にすることを許されるのだ。貴様のように怠惰な人生を送ってきた愚かな人間が安易に手にしていいものではないのだ。所詮お山の大将でしかないお前は、そうやって棚ボタで手に入れたチートをさも自分の力のように振る舞い、ほんの少しゴブリンなどの雑魚を退治して見せたぐらいで尻尾を振ってついてくる程度の低い者たちに流石ですご主人様! などと讃えられていい気になっている小虫にしか過ぎぬのだ。お前はその力をもって栄耀栄華を手にした気になり驕り高ぶっていることだろうが所詮は井の中の蛙大海を知らず、上には上がいることにも気づかず跳梁跋扈しているだけの哀れで矮小な存在でしか無いのだ」
「本当によく舌が回りますね。蛙鳴蝉噪でもそこまでいくと逆に感心しますよ」
「ふん、当然だ。何せこの俺はデリート大会では負け知らず、世界の猛者たちを次々と――」
「もしかするとディベートのことを言っているのでしょうか?」
「……一々細かいことを、所詮貴様はそうやって人の揚げ足をとることでしか優越感を抱けないようなその程度の人間なのだ」
「全くにゃ! マサル様にだって間違うことぐらいあるにゃ!」
「心が狭い男なの! だから常に負け組なの!」
『そうよそうよ!』
ナガレを責める少女たち。そう、マサルの些細なミスなどで彼女たちの信頼が崩れることなど考えられない。ナガレと違ってマサルはそんな薄っぺらい人間関係を築いてなどいないのだ。
「そろそろいいですか?」
するといよいよ覚悟を決めたのがナガレが無謀にもマサルへと挑戦の言葉を叩きつけてきた。
「この期に及んでまだそんなことが言えるとはな。いいだろう、といいたいところだが、俺は神よりも深い御心の持ち主だ。お前みたいな男であっても一寸の虫にも五分の魂、最後にチャンスを与えてやってもいい」
「……別にそんなものは必要がありませんけどね」
「つまりだ、お前がこれまでの非礼を詫び、街中の人間に土下座して回ったうえで、謀り続けていた仲間たちに真実を話し、その上でお前一人……そうだな、それではあまりに可愛そうだからな、そこに倒れている男と獣耳の男と、騎士の格好をした男ぐらいはもし許してもらえるというなら一緒に街を出ることを許可してやってもいい。勿論この俺の権限でお前達の冒険者の資格は剥奪させてもらうがな。が、しかし女達に関してはそうもいくまい。お前のような男を女は一番嫌うからな。だからお前たちだけで街を去り二度とこの俺の前に姿を現さず、孤児院にも手を出さないと約束するならば見逃してやってもいいぞ」
「その必要は全くありませんね。私には全くやましいことはありませんし冒険者の資格を剥奪される謂れもありません」
「この、愚か者がぁああぁああああぁああ!」
『キャッ!』
「つ、遂にマサル様の怒りが爆発したなの!」
「あの男は怒らせては行けない相手を怒らせてしまったにゃ!」
マサルの喝! に少女たちは悲鳴を上げ、ペルシアとキューティーでさえも恐れ慄いた。まさに今のマサルは怒りに満ちた鬼神。この状態になったマサルが一体どれほど容赦なく相手を打ちのめすのか、いやその程度では済まないだろう、下手すれば世界が崩壊するかもしれない。
それほどの迫力が今のマサルにはあった。
「お前はこれだけ言ってもまだ判らぬのか! お前のその横暴さが、結果的にそのふたりを死に至らしめたのだぞ!」
「生きてますね」
「同じことだ! 斜に構えて強がっている場合か! そのふたりはさっきのペルシアとキューティーとの戦いで瀕死の重傷を負っている! 俺からしてみればそんなものはただの自業自得だが、お前が素直に負けを認めていればこの俺自ら回復してやってもいいとさえ思っているのだ! 貴様はそれを! その傲慢さとくだらない自尊心で潰そうとしているのだぞ!」
「ふたりともダメージに関しては全く受けてませんよ」
「……そうか、つまり貴様は戦いに敗れた仲間の命などどうでもいいというわけだな。所詮貴様にとって仲間とはその程度の使い捨てにすぎんということか」
「ひ、酷いにゃ……そう考えると今はあの子が哀れにさえ思えるにゃ」
「仕えるべき主人を間違えたからこんなことになるなの……マサル様という光さえ見つけることが出来れば――それだけが悔やまれるなの」
「ふたりとも悔やむ必要はない。確かにあの女の命は風前の灯だが、この俺がすぐにこの愚か者を完膚なきまでに叩きのめし、助けてやるとしよう」
「流石マサル様にゃ! 例え敵でも許すその慈悲深さ!」
「で、でも、またライバルが増えそうな気がするのが困り者なの!」
全く世の中そう都合よくいくわけがないだろう、とマサルはため息をついた。だが、もしあのピーチという女が心から改心しマサルの為にそして孤児院の未来の為に尽くすというのであればその慈悲深さでマサルの下にいさせてやってもいい、とそう考える。そしてついでに残りの女達も改心するのであれば来るものは拒まず。これも全てマサルの慈悲深さ故である。
「こうなっては仕方ないな愚か者ね。さあ、決着をつけるとするか。どこからでも掛かって来るがいい」
「私からでいいと?」
「当然だ。貴様という棚ぼたで手に入れたチートで浮かれて身の程もわきまえず、地べたを這いずりまわる程度の虫が、天より高い位置で見下ろす私という神を凌駕する力を手にした存在に挑もうと言うのだ。これぐらいは当然のハンデであろう」
「……そうですか、では遠慮無く」
マサルの視界の中でナガレが動く。だが、それはあまりに遅い、まるでスローモーションを見ているかのような滑稽なものであった。
マサルは思わず、ふっ、と嘲笑を浮かべる。だが、それも致し方ないことであろう。本当であればこのナガレという男も神より授かった棚ボタなチートと高ステータスで音よりも速く動くぐらいはわけないことであり、故に調子に乗ってマサルに挑んできたのであろうが、あまりに相手が悪すぎた。そう格そのものが違った。
例え音速で動けようとマサルに備わりし神眼の前では牛歩の歩みと同じこと。叩き落とすぐらいわけのないことなのである。
『はぁああぁああぁ!』
するとようやくナガレの拳がマサルへと迫った。だがマサルはそれをあっさりと右手で振り払い、返す膝をみぞおちにぶち込んでやる。
ぐふぅ! とナガレの身がくの字に折れ曲がり続くマサルのビンタで哀れな男が吹き飛び無様に地面を転げまわる、というところまでを僅か〇.〇〇〇〇〇五秒の間に想像する。
そしてその想像はまさにいま現実に――
「何を一人でニヤニヤとしているのですか? 隙だらけですよ」
「――――ッ!?」
思わずマサルが飛び上がり、後ろを振り返りナガレの姿を見た。そこから数歩分後ずさった彼の顔は驚愕に満ちている。
「え? どういうことにゃ?」
「マサル様が、後ろを取られた、なの?」
その瞬間、少女たちの表情に戸惑い。だが――
「ふっ、はは、はははははっ! 全くこの俺としたことが、ついついあの女に気を取られてしまった。勿論この俺が治療すればすぐにでも治すことは可能だが、やはりどうしても気になってしまってな」
「そ、そうだったにゃ!」
「マサル様はやはり思慮深いなの!」
「ふっ、やれやれ俺としたことがな。だが次はない! 貴様も怠惰が過ぎたな、今こそがお前がこの俺に勝てる唯一のチャンスだったというのに! もうこの俺に油断はないぞ」
「そうですか」
そして再びナガレが動き出す。だが次はマサルもナガレの一挙手一投足に注目し、決して目を離さず――すると、やはりナガレの動きは遅かった。まるでコマ送りの如くその所為はあまりに遅く、神速を誇るマサルに捉えられない動きではない。
そう、マサルがこの程度の相手に負けるわけがない、マサルは完璧だ。だが、念のため今度はマサルも動き出す。別に待ちに徹する必要などないのだ。先にナガレが動きを見せた時点でハンデとしては十分――
「背中がガラ空きですよ」
「うわぁあぁあぁああぁあ!」
素っ頓狂な声を上げ、マサルが脚をもつれさせ、そのままゴロゴロとあさっての方向へ転がった。
マサルには理解が出来ない、何故だ、何故あんな遅い動きをした相手に背中をとられる? いや、そもそもマサルが背中をとられるなど本来ありえないことだ。
「また、マサル様が……」
「え? 今度はどうしたの?」
「お、落ち着くなの、マサル様は神を超えた存在、存在なの、けど、猿も木から落ちるなの!」
「犬も歩けば棒に当たるにゃ!」
少女たちがざわつき始めている。マサルの心にも焦りが生まれてきている。どうしてどうしてどうしてどうして。
「違う! 違う違う違う! こんなのは違う! 何かの間違いだ! そうだ! この俺がお前に負けるはずがない! もう手加減はなしだ! 俺の本気をみせてやる!」
「や、やっぱりなの! マサル様は相手を思いやるばかり!」
「本気を出してなかっただけにゃ!」
マサルが吠えるように口にし、周囲の少女も再びマサルを讃え始める。
「そうだ、俺は神以上の力を有したマサル様だ! 俺は凄いのだ! いいか聞いて驚け! 本気を出した俺のレベルはな、5300億だ! レベル5300億、それが俺の本気の力だ! それがお前はどうだ! 所詮まがい物でしか無いお前なんて精々1万かそこらがいいところだろ!」
「0ですよ」
「……は?」
「ですから、私のレベルは0です」
ナガレのはっきりとした回答に、マサルの頭に血が昇った。
「ふざけるな! レベル0だと? レベル0が、レベル0がレベル5300億にかてるわけがないんだよ! そんなのは小学生にだって判る命題だ! そんなことをいって俺の油断を誘う気だな! セコイ奴め!」
「そう言われても本当のことですからね。それに例え0でも貴方の5300億に負ける気はしないですが」
「言ってろ! 喰らえ! レベル5300億の俺のパンチを!」
マサルが一気に詰め寄り、そしてナガレに向けてその拳を振るう。マサルの鉄拳は見事ナガレの頬を捉えるが――だがするりとまるで身体を通り抜けてしまったかのような感覚。しかも当てたはずの拳にまるで手応えが感じられない。
「くっ! ならば5300億の回し蹴り! く、くそ! だったら5300億の飛び膝蹴りだ!」
だが全ての攻撃は確実にナガレにヒットしているのにまるで暖簾に腕押し、まるで感触がない。
「な、なんで、なんでだよ、畜生……」
周囲の観戦者のざわめきが大きくなる。5300億のレベルを誇るマサルの息も切れ、肩で息をしはじめた。
「お、俺のレベルは5300億、そ、それなのに……」
「そうですか、では一つお教えしましょう。貴方流に言わせてもらえばこれは小学生にも判る簡単な算数です。あなたのレベルをいくら高くしたところで――0には何を掛けても0なのですよ」
「う、う、うるせぇえぇええぇえぇええ!」
思わず感情が昂ぶり、マサルは我も忘れてナガレに突撃していた。
だがしかし――
「ですが私の0は――時に手厳しいのですよ」
その瞬間にはマサルの視点がぐるりと回転し、かと思えば強く背中を打ち付け、そして無様にごろごろと転がってしまっていた。
思わずマサルが、うぐぅ! と呻き声を上げる。
「そ、そんなマサル様が……」
「一体どういうことにゃ?」
「り、理解できないなの……」
狼狽する少女たち、だが、それはマサルにしても同じであった。よろよろとした足取りで立ち上がり、そしてしきりに疑問の言葉を呟き続ける。
「どうして、何故、何故だ。この俺が、俺が! 負けるはずがない! そんな筈がないんだ! 俺の力は完璧だ! 俺の、俺の能力は……」
「随分とご自身の力に自信があったようですね――ですが、貴方のシナリオメーカーの力は私には通じませんよ」
だが、ナガレから発せられたその言葉に、マサルは目を見張った――
次回、遂に決着!の、よ、予定です。




