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第一八〇話 ナガレと孤児院

 翌朝、エルガ達と別行動を取る事になり、ナガレ、ピーチ、フレム、カイル、ローザ、クリスティーナ、ヘルーパとルルーシ達三人を含めた一〇名はルルーシの案内で孤児院に向かった。


 結構な人数になってしまったが子供達の相手をするなら多いほうが楽しいだろうとルルーシの回答は軽い。そして機嫌も良かった。

 

 ちなみにセワスールが随分と大きな荷物を背負っていたが、どうやら孤児院への差し入れらしい。


「孤児院も正直裕福とは言えないからね。私から援助を申し出たこともあるんだけど、それも本当ささやかな程度しか受け取ってくれなかったのよ。お金があるから幸せになれるわけでもないからってね」


 それを聞いてからはルルーシも直接お金ではなく物品(それも高価なものは受け取ってくれないようなので個人的に動いて寄付してもらった物がメインらしい)を差し入れるようになったようだ。


 ただ、たとえ裕福ではなくても孤児院を管理している院長のマリアと子供達がそれぞれ協力しあって暮らしているため、慎ましやかな生活でも決して不幸ということはないようだ。


 孤児院の子供達は街の人々からも好かれており(・・・・・・)、市場などからもよく差し入れが届くらしい。


 ルルーシ曰く、そういった街の人々の助けもあるから頑張ってやっていけているのだろう、とのことであった。


 ジュエリーの街は西側と東側に一箇所ずつ門があり、そこを抜けた中心地は商業区となっている。そして商業区を境に南側が富裕層が暮らす住宅街、北側が鉱業区と庶民が暮らす移住区とに分かれているとの事。


 そして孤児院は北側の移住区にあるようだ。

 ルルーシに付き添い、北側の地区に向かう一行。庶民の暮らす移住区といっても特別不便があるようなこともなさそうであり、しっかり水路も敷設されている。基本的には一軒家にしろ集合住宅にしろ、生活に必要な設備が整っているらしく暮らしていくのに問題はないらしい。

 

 宝石鉱山が有名な街ではあるが、流石に建物全てに宝石が散りばめられているということはなく(富裕層の暮らす屋敷にはそれに近い物もあるようだが)、坑道を掘り進める上で出てきた粘土を建材にも利用しているようで、その為か煉瓦造りの建物が殆どである。

 

 そんな中、ルルーシ達に連れられて到着した孤児院は――聞いていた話と違い随分と豪奢な建物であった。

 

 豪邸という言葉がぴったり嵌るこの尊大な建造物は、庶民の暮らすという区画の中では随分と浮いてしまっている。


「……え? なにこれ?」

「いや、私たちに聞かれても――」


 そんな変わり果てたのであろう孤児院を前にして思わずルルーシが振り返りそんなことを問うが、当然ピーチ達に判るわけもなく。


「そ、そうよね……とにかく中に入ってみましょう」


 そしてルルーシ達と孤児院に足を踏み入れる。すると――


「ふぅ、やっぱりアルステル産の高級紅茶は最高ね」

「ちょっと! もっと肩を揉みなさいよ! つっかえないわね!」

「ご、ごめんなさい……」

「ほら、そこちゃんと掃除しなさいよね。マサル様のおかげであんた達は暮らせていけてるんだからね!」

「は、はい、わかりました……」

「ちょっと~早く果物絞ってジュースにしてきなさいよ男子~」

「しょ、少々お待ち下さい~~~~!」


 そこには随分と綺麗なドレスを身に纏い、少年たちを顎で使う幼女や少女の姿があった。

 少女たちは宝石の散りばめられた王侯貴族が使いそうな椅子に座り、優雅に紅茶を楽しみながら読書に興じたりトランプを使って遊んだりお菓子を摘んだりしているが、その一方で恐らく同じ孤児院で生活をしているのであろう男の子達は見窄らしい格好のまま粛々と雑用をこなしている。


「……これのどこがいい子たちなんだ? 糞ガキじゃね~か」

「フレムっちそれははっきりいいすぎだよ~」


 相変わらずフレムの言い方には遠慮がないが、確かに子供達の様子は事前にルルーシから聞いていたものとかなり異なる。


「ちょっと貴方達、これは一体どういうことよ!」


 すると子供達の姿を目にしたルルーシが、不満を露わにし怒鳴り声を上げた。

 

「はぁ? いや、そもそもおばさん誰よ?」

「突然やってきてうるさいわね。何このおばさん?」

「お、おば? おば、さん?」


 するとその場にいた少女達がルルーシを振り返り、訝しげな目で訊いてきた。おばさんと言われた事がショックだったのかルルーシが絶句している。


「お嬢様、子供達の言われていることですから」

「わ、私が、おば、おばさん、おば、おば……」

「大丈夫ですよルルーシ様! 私はまだルルーシ様がお若いと判っておりますから!」

「そ、そうよ! 私よりちょっと上なぐらいじゃない!」


 最後のピーチの発言はあまりフォローになっていないようで、ルルーシがず~んっと肩を落とした。

 とは言え彼女はまだ一九歳、流石におばさんと言われるような年齢でもなくショックを受けるのもわからないでもない。


「て、そうじゃないわよ! ちょっとクッキー! アイス! ふたりともどういうつもりよ!」

 

 ショックから立ち直り、少女ふたりに指をさしルルーシが文句を言った。ルルーシは以前からこの孤児院に来ていたというだけあって名前も含めて子供達のことを良く知っているようだ。


「な、何か美味しそうな名前ね」

「た、食べちゃ駄目ですよピーチ」

「流石に食べないわよ!」


 ローザに念を押され言い返すピーチだが、お菓子のような子供達の名前を聞いただけでじゅるりと涎を垂らすのは流石にどうだろうという気もしないでもない。


「は? なんでおばさんが私達の名前を知ってるの?」

「ちょっと気持ち悪いんですけど~」

「……は?」


 そして少女たちから返ってきた反応に言葉をなくすルルーシである。ただ、雰囲気的に子供達が嘘を言っているようには思えず、どうやら今の子供達(・・・・・)はルルーシに関する記憶がまるでないようだ。


「ふむ、色々と齟齬が起きているようですが、ところでここにはマリアという名前の院長がいるとお聞きしましたがその方はいまどちらに?」


 色々と不可解な事が起こりすぎた為か、ルルーシは完全に固まり思考停止状態である。その為彼女に変わってナガレが子供達に尋ねてみた。


「え? あ、嫌だちょっとかっこいい……」

「ちょ! 何言ってるのよ! こんなのマサル様に比べたらあれよ! あれ、プラチナとダイヤモンドぐらい差があるわよ!」

「あはは、それってどっちが上か判らないよね~」


 すると少女たちがナガレに目を向けるなり頬を赤く染めざわめき始めた。どうやらマサルという男と比べられているようだが、確かにカイルの言うようにこのたとえではどちらがどちらを指しているのか判然としないだろう。


「と、とにかく私たちはマサル様一筋なんだから! あ、あんたのことを好きになったりなんて、し、しないんだからね!」

「はあ……」


 朱色に頬を染めながらもそんなことを言い放つ少女と、その後ろでやはり顔を紅くさせながらも、むむむっ、といった目で見てくる少女達にナガレは気のない返事で返しつつ。


「ところでマリア様のことなのですが」


 ナガレ改めて本題に軌道修正しようと試みると、マリア? と少女たちの眦が吊り上がる。その様子からあまりいい感情を抱いていないことは明らかであった。


「あんな強欲な悪辣淫乱女はもうここにはいないわよ!」

「とっくに冒険者ギルドに連行されてしまったしね」


 その答えに、はぁ!? とルルーシが片眉を吊り上げ、そして子供達に詰め寄る。


「ちょっと! マリアが連行されたってどういうことよ! 第一貴方達、あれだけお世話になったマリアにその言い方は何よ! 流石に怒るわよ!」

「は? またこのおばさん、なんなの一体?」

「大体あんたに私達の何が判るというのよ!」

「あんた達こそ何わけのわからないことばか――」

「落ち着いて下さいお嬢様!」


 すると、後ろからセワスールがやってきて、ルルーシを持ち上げ頭に血が上る彼女を宥めた。


「ちょ、放しなさいよ!」

「お嬢様、ここは一旦口を出さず、ナガレ殿にお任せ致しましょう」

「私もそれがいいと思います。ルルーシ様が口を出すとややこしくなりそうですし、ナガレ様どうぞ宜しくお願い致します」


 それに、承知いたしました、とナガレが顎を引き、改めて少女たちに問いかけた。


「それで、マリア様はどうして冒険者に連行されるようなことに?」

「は? そんなことこの街の人なら誰でも知ってることだけど?」

「もうしわけありません。私達は最近この街に来たばかりで――」


 ナガレがそう説明し、にっこりと微笑むと、やはり少女はどこか照れくさそうにしながらも、な、靡いたりしないんだからね! と自分を言い聞かせるようにいいつつ、マリアが連行された経緯を話してくれた。


「――そ、そんなマリアが子供達を暴行して、更に奴隷として売り飛ばそうとしていたなんて……」

「ふん! これで判ったでしょう! あのマリアって女はとんでもない悪人だったのよ!」


 信じられないといった様子でがっくりと項垂れるルルーシに、ふんっと言った顔つきで少女が言い放つ。


 しかしルルーシは得心がいかないといった様子。それほどまでにルルーシの知っているマリアと子供達の話してくれた彼女とがかけ離れていたのだろう。


「ふふ、でもねそのおかげで私たちはマサル様に出会えることが出来たのよ!」

「そう、マサル様が駆けつけてくれなかったら今頃私たちはどうなっていたか……」

「まさにマサル様は、神の使徒、いえ、そのような言葉で形容するのは申し訳ないほどの神々しい御方ですわ!」

「……ま、また出たわよマサル」

「全くいい加減辟易だな」


 子供達の反応を目にしながら、うんざりだと言わんばかりな半目で訴えるピーチと、白けた様子で口にするフレムである。

 そしてそれは他の面々も似たような物であった。


「ふむ、そのマサル殿は今は何を?」

「マサル様はあの強欲な院長に苦しめられていた私を助けるために、孤児院を立てなおそうと努力してくれているわ! 元々はボロボロでとても人の住める環境じゃなかったこの建物をここまで立派な建物にしてくれたのもマサル様だし、冒険者としても凄い活躍してるのよ!」

「なるほど……それが今のこの有様なのですね――」


 そう言いながら孤児院を見回すナガレ。相変わらず少年達だけが忙しそうに雑用をこなしていた。


「ところで何故彼らだけが働いているのですか?」

「え? あいつらのこと? そんなの当然じゃない!」

「マサル様が彼らに与えた試練なのですよこれは」

「そう、男たるもの苦労は買ってでもしろってね」

「ふむ、ですが見たところ貴方達は何もされていないようですが?」

「当然よ。だって私たちは女の子だもの」

「マサル様が言っていたわ。女は男を顎みたいに使うもんだって」

「これからは女が強い時代。それに私たちはこの孤児院の華だから、いるだけで意味があるんだって」

「きゃ~! 本当マサル様は素敵――博識だし、将来はきっと私の」

「あ! 抜け駆けは許さないわよ! マサル様はみんなのものなんだからね!」

「そうよ~あ、でもペルシアちゃんとキューティーちゃんは特別だからって言われてたわね」

「だったら第三夫人の座は私がもらうわ!」

「何よそれ! 勝手に決めないでよ!」


 マサルの話になったとたん、少女たちがどちらが第三夫人にふさわしいかで口論を始めたが――とりあえずナガレはこれ以上ここにいてもしかたがないと判断し、皆に目配せして孤児院を出た。


「でも、この後どうするの?」

「次に行くところは既にはっきりしてますね。冒険者ギルドです」


 ルルーシの問いかけにナガレが答えた。少女たちの話からマリアが冒険者ギルドに連行されたことを知ったからである。


 そして一行はその脚で冒険者ギルドに向かうのだった――

 



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