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第一七七話 マサルの一日の終り

 冒険者ギルドを出た後は、その足で折角なのだから栄養のあるものを食べさせてあげないとな、と食材を仕入れに市場に向かう。


「あ! マサル様! 美味しそうなお肉が一杯なの!」

「にゃ~ここには保存の効くお魚もあるにゃ。私はお魚が好きなのにゃ」

「そうか、だったらこの店で買うとするか。おい店主、この肉と魚をくれ」

「は? 何を馬鹿なこといってやがる! そこにいるのはあの小汚い孤児院のガキじゃねーか。そんなやつをこの新鮮で神聖な市場に連れてくんじゃねえ! 食材が汚れるだろうが! 変な病気が伝染りでもしたらたまったもんじゃねえ! さっさとその糞ガキを連れてこの市場を出て行きやがれ!」


 前掛けをした小汚い親父が下劣な顔でそんなことを宣った。

 するとマサルの手を掴んでいたふたりがしゅんとした表情で涙ぐむ。

 

「そうかそうか、つまり貴様はもうこの市場で販売したくないというわけだな」

「は? 何を言って?」

 

 店主がギョロ目で不愉快そうに言ったその瞬間、マサルがその場の食材の乗った台を全て蹴り上げ、さらに彼の店をバラバラに破壊した。


 その光景にあっけにとられるふたりであるが。


「な!? 貴様何しやがる! この、この俺の店を!」

「お前こそ何を言ったのか判っているのか? この俺の大事な娘達に貴様は罵声を浴びせたんだ。この神以上の地位にあるこの俺の娘にな」

「な、何を馬鹿なことを! 誰か、誰か衛兵を呼んできてくれ! この頭のいかれたやつをとっとと捕まえさせろ!」

「愚かにゃ、本当に愚かな男にゃ」


 喚き散らす店主に向けて、ペルシアが呆れたように言い放った。それに、なんだと!? と目を剥く店主であるが。


「全く頭の足りない男なの。マサル様のありがたい教義が聞こえてなかったなの! マサル様は神以上の存在、それを捕まえることなど出来るはずなどあるわけないなの!」

「な、なんだこいつ? いかれてやがる、こいつはとんでもないいかれ野郎だぜ! え~い! 衛兵がだめなら領主様に伝えるんだ!」

「やれやれだな。お前は本当に脳みそがあるのか? 神以上の存在のこの俺に領主の威光など届くはずがないだろう? それどころか大陸中の王でも俺に手を出すことは不可能。つまり貴様は地べたを這いまわる蟻程度の存在のくせに、天界の神に唾を吐きかけるような、そんな愚かな愚物でしかないということだ。だがそうだな、貴様のような頭の悪い男にも判るように――」


 そう言ってマサルはパンパンっと手を打ち、おい! 犬! 犬はいるか! と声を上げた。


「わんわん! ただいま参上仕りました!」


 すると、さきほどまで冒険者ギルドにいたギルドマスターがまさに犬の如き様相で市場に飛び込んできた。


「ほう、中々優秀ではないか。貴様犬の方が似合っているのではないか?」

「は! ありがたき幸せ!」


 恭しく頭を下げながらお手をするギルドマスターなのである。


「お、おいあれ冒険者ギルドのギルドマスターじゃねぇか」

「そんな偉いのが頭を下げるとは……」

「こいつは、こいつは本格的にやばい男が訪問してきたみたいだぜ!」


 周囲が唐突にざわめきだす。そして少女に暴言を吐いた店主の顔も途端に青くなった。


「それでマサル様、この犬に何か御用がございましたでしょうか?」

「ふむ、実はな――」


 マサルは犬となったギルドマスターに事の顛末を惜しげも無く伝える。すると決然し、ギルドマスターがこの世のものとも思えないほどの吠え声を上げ憤怒した。


「貴様! 神以上の権限をもつマサル様にそのようなことを! 今この場でこの私が切り伏せてくれるわ!」


 巨大な剣を抜き、振り上げるその怒れる姿に店主の腰が抜け、情けないほどに泣き喚く。


「待て犬、何もそこまですることはない」

「え? いやしかしマサル様、このような低劣な下人、一人二人殺すぐらいマサル様の意志一つでなんとでもなりますが?」

「ふむ、確かにそうだが私は慈悲深い男だ。そこまでの事は望まぬ」

「なるほど! 流石マサル様は思慮深いですな!」

「男の中の男なの!」

「強いだけじゃなくその心に優しさも併せ持つ、そうでなければ世界を導く指導者として失格ですにゃ」


 全員がマサルのことを敬い、賞賛するが、マサルとしてはそれぐらいのことで褒められるようなものでもないのである。


「ふむ、判りました! ではこうしましょう! この無礼な男とその家族、更に親族に至るまで全員を広場まで引き回し、公衆の面前でギロチン刑に処すのです」

「面白そうなの!」

「それぐらいは当然にゃ!」


 三人の言葉に絶句し、そんな……そんな……とうわ言のように呟き続ける店主であるが。


「ふむ、それもいささかやり過ぎかと思うぞ」

「なんと情のあるお言葉! ではこうしましょう。この男と家族親族全ての四肢を切断し、見世物として晒すのです。マサル様が民にお与えになったおもちゃとして、きっと一生言い伝えられることになりますぞ」

「下劣な商人とその血族にはお似合いなの!」

「とても惨めで愉快になるにゃ」


 ひっ、ひっ、と喉を鳴らしいつまでもしゃくりあげる店主である。きっと己への判決がくだされるまで生きた心地がしないことだろう。


「いや、それも流石にな。俺は最初に言ったようにこの男から市場で商売する権利を剥奪し、そうだな、家族も含めて全ての血族の財産を没収し屋敷も奪うぐらいで丁度いいだろう」

「なんと! その程度のことでお許しになられるとは、やはりマサル様は強さと慈愛に満ち溢れ内面の美しさも兼ね添えたまさにこの世界の神であり王であり統率者でありますな」

「マサル様のご叡断はきっと後世にまで語り継がれるなの!」

「山よりも高く海よりも深いマサル様の御心は、我々下世話な平民風情では想像もつかないにゃ」

「よしてくれ、本当にこの程度、この俺が関わり自ら判決を下した裁判に比べればささいなことなのだからな」

「おう! なんとマサル様は法の番人でもあられましたか!」

「当然なの! むしろマサル様が法なの!」

「マサル様の判決はこの人類への判決にゃ」


 こうしてマサルとその娘達に不敬を働いた商人への処罰がくだされた。

 愚かな商人は、

「それでは一家、いや親族全てが路頭に迷ってしまう!」

と訴えたが。


「少しは感謝するのだな。この俺のおかげでお前はまた下から這い上がる喜びを見出すことが出来る。安易な地位にしがみついて代わり映えのない日常を何の目的もなく過ごし、ただ無駄に二酸化炭素を撒き散らかすだけのお前という愚かで低劣な人間が、下から這い上がることでようやく努力というものに触れることが出来るのだ。尤もそれでもこの俺の血の滲むような努力に比べたら、貴様の努力など園児のお遊戯みたいなものだがな」


 マサルがそう言い放ち、店主は地べたに這いつくばる。そして悔しそうにむせび泣いた。


「マサル様は我々凡人では考えられないほどの努力を積まれた方にゃ」

「平民ごときではその高みにかすることすら不可能なの!」


「おいおい待ってくれよ。俺はそんな言うほどの努力はしてないんだがな。まあいい、肝心なことを忘れていた。本来の目的は食材の調達にあったのだが、さて、俺達に食材を奉納してくれるものは果たしているのかな?」


 その瞬間、市場の商人全てがマサル達の下へ押し寄せ、次から次へと食材を積み上げていく。


「やれやれこんなに多くてはとても食べきれないぞ。まあ、塩漬けにでもして保存しておけば備蓄にはいいか」

「流石マサル様! 博識なの!」

「戦いだけではなく料理にも精通されているなんて、本当に素敵にゃ!」

「おいおい料理ぐらい誰だって出来るだろ? それにしてもこの食材果たしていくらぐらいになるかな?」

「ご心配には及びませんぞ! 当然この食材は全てマサル様への貢物ですからな」


 ギルドマスターでありマサルの犬でもある彼が得意げに述べるが。


「ふむ、しかし流石にそれでは悪いだろ。そうだ、ならば折角これだけの金があるのだからな」


 そう言ってマサルは異空間からお金を取り出し、市場中に広がるようにばらまき始めた。

 すると商人も道行く人もあれよあれよと集まりだし、我先にと争いながら金を集めだしたのである。


「あはははははは! みろ! こいつらの顔を! 全く滑稽だな! 金と見るや我先にと浅ましいものだ。まるで餌に群がる家畜のようなではないか! ほら豚みたいに鳴け! そしたらもっと金をくれてやるぞ!」

『ブ~! ブ~! ブ~! ブ~!』


 こうして豚のように成り果てた下々の者へ金をばらまき終えると、満足気にマサルは帰路につく。


「マサル様は下民にも施しを与えてとてもお優しいなの!」

「自らの資産を投げ打つことさえ厭わぬその姿、まさに世界の王、いえ神たるにふさわしいにゃ」


 ふたりに抱きつかれるような姿勢になりながら、尊敬の言葉を吐き続けられ弱ってしまうマサルである。


「全く俺は本当にどうということはしてないんだがな」


 そしてマサルは孤児院に戻ると早速料理の支度に取り掛かった。


「素人料理だからなあまり期待はしないでくれよ」

「マサル様の料理がまずいわけないなの!」

「そんなこと言ったらバチが当たるにゃ!」

「私達も何かお手伝いすることがあれば!」

「いやお前たちはいい、せめて今日ぐらいはこの俺がごちそうを振る舞ってやるからな」


 マサルがそう告げると黄色い悲鳴が上がった。それにやれやれと頭を掻きつつ、マサルは少年二人に瓶の水を追加するように命じ、食材の下ごしらえもさせた後、いよいよ調理に入る。


 その日の夕食は随分と豪勢なものとなった。少女や幼女たちはマサルの料理に舌鼓を打ち、久しぶりのまともな料理に涙を流して喜んだ。

 そしてマサルは少年ふたりに後片付けを命じ、少女たちには適当な紙を利用して作成したトランプによるゲームを教えて、そのことでやはり可愛らしい女の子達に尊敬され慌ただしかった一日が終わったのだった――

次の話よりナガレ登場!



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