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第一七四話 マサルとジュエルドラゴン

唐突ではありますがここから少しの間マサルをお届けいたします。

「俺の人生って一体なんなんだ……」


 ボサボサの髪にろくに洗濯もしていないような薄汚れたTシャツ、そしてボロボロのジーンズと一体どれぐらい前に買ったかも判らないような履き潰れたスニーカー。

 そんな風貌のあまりに冴えない青年が愚痴るように呟きながら歩く。

 彼の人生はまさに底辺街道まっしぐらであった。高校もつまらないからと中退し、親のコネで入った会社にも馴染めず三日で辞め、それから何年も無職でニートの生活を続け、しかし遂に親に三行半を突きつけられ家を追い出された後は、風呂なしトイレ共同の四畳半どころか二畳半のボロアパートを借り、適当に日雇いのバイトを続けながらその日暮らしを続けている。


 しかしそんな彼も今年で二五の誕生日を迎え、ようやくというかいよいよというか自分の人生に疑問を持ち始めていた。


 でもだからといって何か行動を起こすわけでもなく――タダで読めるWeb小説だけが彼の唯一の楽しみと化していた。今もそんなことを思いつつも歩きながらスマホで小説を眺めている。


(俺もあんな風に転生とか召喚されて~な)


 そして小説を読みながらそんな無体な夢を妄想しつつ、同時にこんな事も思う。


「むしろ、これだけWeb小説読み込んでるんだから、俺が書けば皆が注目するような小説書くのも楽じゃね? 転生して最強でハーレムで……やべぇ一発逆転いけるかも!」


 立ち止まり思わず語尾を張り上げた青年であったが、その時誰かの叫び声が彼の耳朶を打った。


「お、おいあんた! そんな道の真ん中で何ぼーっとしてんだ! 危ないぞ!」

「へ?」


 思わず間の抜けた声を発す。すると彼の横からけたたましいクラクションの音。首を巡らすとそこには迫るトラック。


 どうやら青年はスマホに集中しすぎていつの間にか道路の真ん中に飛び出していたようであり――面前に迫る鉄の塊を眺めながら、彼、タダノ マサルは自分に死が訪れようとしていることを理解した……。






◇◆◇


「そ、そんな――ジュエルドラゴンがこんなところにいるなんて……」

『グォォォォォオォ! これはまた随分と旨そうな小娘ではないか。さぁ、どこから喰ってやろうか! 頭か! 内臓か! それとも尻からガリガリと喰らってやろうか!』


 ヒィ! と猫耳の少女が悲鳴を漏らす。膝丈ほどあるスカートの後ろから飛び出した尻尾がブルブルと震えていた。

 

 癖っ毛のあるブラウンの髪を宿した小柄な少女である。年の頃は十代前半ぐらいか――そんな少女の目の前には綺羅びやかな宝石のような鱗に全身を包まれたドラゴンがいた。


 山ひとつ分ぐらいは余裕で有りそうな体格を有し、水晶のような縦長の瞳にダイヤモンドの角を額から生やす。

 今狙われている猫耳少女ぐらいであれば一〇〇人ぐらいを優に飲み込めそうな長大な顎門からは、アダマンタイトでさえ余裕で噛み砕く銀の牙が生えそろい、一薙ぎで村程度なら壊滅できそうな雄々しい尻尾もその剛強さを物語っていた。


 目の前で少女を見下ろすドラゴンは彼女にとってあまりにも絶望的な存在であった。少女は見た目には戦えるような装備を身につけておらず、服装もどちらかと言えば見窄らしい。


 そんな少女に出来ることは精々苦しまないであの世に旅立てることを祈ることだけであった。


『ふん、諦めおったか。詰まらぬ事だが、我のような最強たる絶対王者、全ての食物連鎖の頂点に位置し、竜族の中でも最高権力を有し究極の存在に食べられるのだから、むしろ誇りに思うことだな』


 ドラゴンは随分と尊大な態度でそう述べた後、少女に向けてその大きな口を広げた。

 猫耳少女はギュッとまぶたを閉じ、自分が捕食される時を小動物にでもなったかのような気持ちで待った。


「やれやれ、随分と諦めが早いんだな」


 だが――少女が待てど暮らせどその瞬間はやってこず、そっと瞳を開けた時、黒髪黒瞳をした少年が目の前に立っていた。


 そう、ドラゴンの、この凶悪かつ絶望的な最強のドラゴンの顎を片手と片足で押さえつけながら。


「……え? え? そ、そんな、あ、あの伝説級のジュエルドラゴンを、そんな軽々と――」

「伝説のドラゴン? これがか? やれやれだな。俺にはそんな大層なものには見えないぞ。精々トカゲをでかくした程度だろこんな奴は」


 そう言って男はフガフガと苦しそうに息を漏らしているジュエルドラゴンから手を放し、かと思えば下顎を思いっきり蹴りあげた。


 その一撃で、なんとジュエルドラゴンが遥か上空にまで打ち上げられる。


「えぇええええぇえぇえええ! あのジュエルドラゴンを、す、素手で!」

「いや、正確には脚だけどな」

 

 彼はなんてことがないように少女に告げる。すると猫耳をピンっと立てたまま口を半開きにさせて呆けてしまうのだが。


『おのれぇえええぇえええぇええ! 人間風情がこの至高にして究極! あの神すらも恐れる絶対的捕食者のこのジュエルドラゴンを、下劣な脚で蹴りあげるなど! 貴様死ぬ覚悟は、いや、貴様には死すら生ぬるい! 絶望を味わう覚悟は出来ているのだろうな!』

「ピーピーピーピーうるさいトカゲだな。大体トカゲの癖に生意気に人間の真似して言葉を喋るな鬱陶しい」

『……く、クカカカカカカッ! 驚いたぞ人間! たかが人間がこの我にそこまでの減らず口を叩けるとは。いいだろう! ならば貴様に絶対的な絶望を叩き込んでやる。いいか? 我のレベルは4500万! この意味が判るか? 我が本気になれば、この辺り一帯を焦土に変えることなど容易いということよ!』

「そ、そんな、れ、レベル4500万だなんて……Sランクの腕利きの冒険者ですらレベル100を超えるのが奇跡的と言われているぐらいなのににゃ――こんなの無茶苦茶ですにゃ……」


 猫耳少女は絶望をその顔に貼り付け、ガタガタと震えるが――しかし男は、やれやれ、と後頭部を擦りジュエルドラゴンに向けて口を開いた。


「たかだかレベル4500万程度で随分と偉そうにしているが、それが何だというのだ? 4500万などその辺に石を投げれば誰かに当たる程度だろう?」

「な!?」


 男の言葉に驚愕する少女。そして上空のジュエルドラゴンはプルプルと震えている。


『貴様! もう許さぬぞ! ならばその身を持って我がレベル4500万のブレスを受けるが良い! 魂まで燃え尽きろ!』


 ジュエルドラゴンはそう言うと、思いっきり息を吸い込みそして男に向けて灼熱の息を吐き出した。巨大な炎は淀みなく高速で男を飲み込み、その身がメラメラと強大な火柱に包まれる。


「あ、ああ、そんな……」

『ふん、偉そうなことを言っておいて所詮この程度か。尤もこのレベル4500万のブレスの前では――』

「前では何だ? おいおいまさかこれがその4500万のブレスだというのか? やれやれこんなものじゃ秋刀魚も焼けやしないと思うんだが?」


 男から返された言葉に、な!? とジュエルドラゴンが驚愕し、猫耳の少女もまるで金魚のように口をパクパクさせた。


『ば、ばかな、我のブレスが効かぬというのか?』

「ふむ、これがブレスか? ならばこの俺が本当のブレスというものを教えてやろう」


 すると男は、すぅぅううぅうう、とお腹を凹ませ周囲のあらゆる大気を肺の中に溜め込んでいった。それによってジュエルドラゴンの炎すらも吸い込まれ――かと思えば上空の竜に向けて、一気にブレスを吐き出した。


 男によって吐き出された息は螺旋状に渦巻き、そしてジュエルドラゴンの炎すらも巻き込んで巨大な火炎旋風と化し巨大なジュエルドラゴンを飲み込んだ。


 この息の恐ろしいのは、男の圧倒的な肺活量によって、吐き出した息そのものが鋭利な刃と化していたところだ。


 これによってジュエルドラゴンの巨体は灼熱の炎で焦がされ、更に空気の刃でズタズタに切り裂かれ――なんと男の吐いた息だけで絶命し撃墜されてしまったのである。


 すさまじい地響きが周囲に鳴り響いたが、しかし男は涼しい顔である。

 だが、その一部始終を見ていた猫耳の少女だけがあっけに取られていた。


「あ、あぁ、そんなジュエルドラゴンが、レベル4500万のジュエルドラゴンがこうもあっさりにゃんて……」

「うん? なんだそんなことで驚いているのか? こんなものはどうということはないだろう?」

「いや! いやいやいやいや! そんなことありませんにゃ! ジュエルドラゴンは普通であれば王国が総出で、いえ、大陸中の国々が協力してそれでもおそらく国中の種族の九割以上が死亡しなんとか相打ちに持っていけるというとんでもないドラゴンにゃ! それをたったひとりでなんて、き、聞いたこと無いにゃ……」

「ふむ、そうなのか? そんな凄い相手にも思えなかったんだがな……」


 ポリポリと顎を掻きながら戸惑いの声を漏らす男である。しかし、まあいっか、と軽く返し。


「ところでこの残骸はどうしたらいいんだ? どっかに捨てるか? それとも燃やした方がいいか?」

「!? と、とんでもないですにゃ! そのドラゴンは全身が宝石みたいなものにゃ! それにジュエルドラゴンを倒したなんて凄いことにゃ! 街に行って冒険者ギルドに報告した方がいいにゃ!」

「ふむ、冒険者ギルドか……あまり目立ちたくはないんだがな」

「にゃ、ここまでしておいて変わってるにゃ……あ、でもこれだけの大きさだとすぐには運べないにゃ」

「いや問題無いだろ。ほら」


 そう言って男は、ジュエルドラゴンの巨体を消し去ってしまった。

 それにやはり驚きを隠せない少女である。


「にゃにゃ! い、一体ドラゴンはどこに消えたにゃ!?」

「ああ、アイテムボックスにしまったんだ。別にどうということではないだろ?」

「どうということあるにゃん! なんにゃそのアイテムボックスって! 初めて聞くにゃ!?」

「そうなのか? 異空間に雑多なものを放り込んでおく程度のささやかなものだぞ?」

「にゃ……魔法でそういうのがあるとは聞いたことがある気もするにゃん。でもジュエルドラゴンみたいな巨大な竜を入れられるなんて大魔導師と敬われる人でもきっと無理にゃ……」

「いやいやそれは大げさだろ。まあいいか、とりあえずその街とやらに行ってみるとするかな。案内をお願いしていいかな? え~と……」

「にゃ! そうだったにゃ! 自己紹介が遅れて申し訳ありませんにゃ。それに、た、助けてくれてありがとうにゃ……」


 頬を朱色に染めてそんなことを言う少女に不思議そうな目を向ける男である。


「わ、私の名前はペルシアにゃん、この山を降りた先にあるジュエリーの街の孤児院で暮らしてるにゃ」

「ほう、孤児院でね……」


 そう言いながらまじまじとペルシアを眺めるその視線に、照れくさそうにモジモジする少女である。


「あの、お名前をお聞きしてもいいかにゃ?」

「うん? ああそうだな、俺としたことがうっかりしていた。俺の名前はマサルだ。これから宜しくなペルシア」

 

 そう言って思わずマサルはペルシアの頭を撫でてしまう。

 するとペルシアの顔がか~っと熱くなってしまった。


「おっとすまない。可愛らしくてつい撫でてしまった」

「か、可愛らしい……」

「悪かったな。もうしないよ」

「にゃ! 構わないにゃ! どんどん撫でて欲しいにゃ!」

「うん? いや、でも迷惑だろ?」

「そんなことないにゃ! う、嬉しいにゃ!」


 マサルは、ふむ、と一考しながらも、きっと猫耳の少女は挨拶代わりに頭を撫でてもらう風習でもあるのだろう、と暫く撫で続けた。


 とは言え、このまま撫で続けていても日が暮れてしまうため、マサルはキリの良い所で切り上げ、名残惜しそうな顔を見せたペルシアの案内でジュエリーの街へと向かうのだった。

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