第一六九話 ふたりの様子
「お~い早くこいよ」
「わ、判ってるよ――」
ワキヤークが後ろを振り返り声をかけるとブルーが脚を速め、彼に追いつき後ろについた。
そして、ふぅ、と怪訝そうに息を吐く。
「それにしてもなんでおっさんと一緒にこんなところに――」
「あ、お前また俺の事おっさんって……まあ、もういいけどよ。仕方ないだろ、俺だって本当は面倒だけどお前さんを案内するように頼まれたんだからよ」
ナガレ達が護衛の為に街を出たその日、ワキヤークはマリーンに頼まれブルーを連れとある森を訪れていた。理由は結局よくわからなかったがマリーン曰くブルーにとって大事なことらしい。
「でもな、本当にエルフが農作業やってんだな。少しびっくりだぜ」
「そんなに珍しいことなの?」
「そりゃそうだ。特にここのエルフは戦闘に特化した珍しいエルフで今までは完全な狩猟民族だったらしいしな」
狩猟民族……と思わずブルーが呟く。彼の頭に以前晩餐会で出会ったエルフの姿が思い浮かんだ。確かエルミールと言う名前で、ローザのことも気になっているブルーだが実はエルミールも一度見てから少し意識していたりする。なんとも気の多いことだ。
しかしだからこそ、あんな可憐なエルフが戦闘や狩猟をする姿は想像が出来ない。尤もブルーが思い浮かべている彼女はこの森とは関係ないがイメージの問題か。ちなみにその時まさにその戦闘民族であるふたりのエルフとも会っているがその事はすっかり失念している。
何はともあれ――彼らふたりはそのまま森を歩き続けマリーンに言われた場所を目指した。そう、まさにその戦闘民族が暮らすエルフの集落を――
「うむ、よく来たのじゃ! 久しぶりなのじゃ!」
「ひさし、あ! そうだあの時の小生意気なエルフ!」
エルフの長の屋敷に通され、彼女に声を掛けられた後、ブルーが思い出したように叫びあげる。だが記憶ではただの生意気な幼女エルフといったところなようだ。
「誰が小生意気なエルフなのじゃ! はっ倒されたいのかなのじゃ~~~~!」
するとエルフの長がぷんすかぷんっと腕を振り回して憤慨した。しかし今の幼女姿ではなんともしまらない。
「しゃ~ないで。今のエルマール様じゃ威厳もへったくれもないんやし」
「……エルシャスよ、ずっと思っておったのじゃが、お主だんだんと妾を敬う気持ちが薄れてきてる気がするのじゃが――」
「何いうとるんや! うちがこんなにエルマール様のことを可愛がっているのに酷い言い草やで!」
エルシャスがエルマールを抱き上げ、かわええ、かわええ、とすりすりし始めた。確かに可愛がっているようだがエルマールの求めるソレとは明らかに異なるだろ。
「違うのじゃ! 妾の思ってるのとこれは違うのじゃ~~~~!」
そんなエルマールを可哀想なものでも見るような目で見ているブルーである。
そのとなりではワキヤークが欠伸を噛み殺していた。
「あの、ところで何で僕ここに行くように言われたのか聞いていないのだけど……」
そして、そんなふたりのやり取りを見ながら、ブルーが怪訝そうにのじゃロリに尋ねた。
すると、ん? とエルマールが目を彼に向ける。
「ふむ、そうじゃの。こほん、では本題に入るのじゃ。とは言っても難しい話ではないのじゃ。お主達にはナガレ達が護衛の任務から戻るまでの間ここで修行して貰うのじゃ! あのナガレから頼まれたからのう。妾もエルフの長としてしっかりお主達を鍛えるのじゃ!」
「……え? えええぇえええぇええぇええ!?」
指を突き付け語るエルマールにブルーが偉い大声で叫び声を返した。
隣ではワキヤークが俺には関係ないと言わんばかりに鼻毛をちぎっている。
「な、なんだよそれ! それに、は? エルフの長? お前が? 冗談はよせやい! お前みたいなガキンチョになんで僕が教わらないといけないんだよ! 冗談じゃない、こんなところにいられるか! 僕は帰らせてもらうよ!」
散々な言われようにエルマールの額にピクピクと青筋が浮かんだ。
そして、待つのじゃ、とブルーの手を掴む。
「なんだよ、放せよ! 僕にはあんたみたいな子供の遊び相手をしてる暇はないんだ! 全くナガレ先生もなんでこんな幼女、にぃいぃいぃいぃい!」
その瞬間、天井を突き破ってブルーが上空へと吹っ飛んでいった。
それを眺めながら、ふんっ! とエルマールが鼻を鳴らす。
そしてブルーはそのまま床に落下した。直前に精霊の力を使ったので怪我こそしてないが、目はぐるぐると回り頭から星が出てきそうな様相である。
「あまり妾をバカにするでないぞ。今でこそ見た目はこれじゃが、あのナガレを唯一追い詰めたのは妾なのじゃからな」
「ふぇ、しぇ、しぇんしぇいお?」
目を回しながらろれつの回らない状態でブルーが言った。
すると呆れ顔でエルシャスがエルマールをみやり。
「何かとんでもない嘘混じっておらへん?」
「い、いいのじゃよ! あやつをちょっとは本気にさせたのは間違いないじゃろ!」
腕をパタパタさせながらエルマールが反論する。しかし忘れてはいけない。エルマールの最終形態に対して、ナガレが出した力は無量大数分の一状態の五〇%でしかないということを。
「ちなみにエルマール様、壊した天井は自分で直してくださいね。全く考えなしに屋敷を破壊するのですから」
「うぐぅ! 何か最近皆が厳しい気がするのじゃ……」
従者のエルフにも叱られしょんぼりするエルマールであるが。
「とにかくなのじゃ! お主みたいな小童が妾をガキんちょ扱いするなど一〇〇万年早いのじゃ! 判ったらお主から頼むのじゃ! 修行させてくださいと!」
「ふぇ、ひ、ひゃい、しゅ、しゅきょう、しゃせてください」
「ふん! 判ったのじゃ!」
ブルーの意識は半分以上飛んでいたが、とりあえず言質はとったことで彼が暫くこの場に留まることが確定したのだった。
「ふむ、よくわからないけどよお、ブルーも大変だよな。ま、ここに留まるってんなら俺の出番はここまでだな。先に帰ってるけどしっかりな」
「お主何を言っておるのじゃ?」
「はい? 何をって……そりゃブルーを言われた通りここまで送り届けたわけだし俺の出番は終わりだろ?」
「それは甘いでおっさん。あんたワキヤークやろ? ナガレからしっかり頼まれとるで。ブルーとあんたをしっかり鍛えてやって欲しいってな!」
は、はぁああぁあぁああ!? と、今度はワキヤークが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっとまってくれよ! 何で俺が!」
「おまん、強運のアビリティにばっか頼ってて腕の方は大したことないんやろ?」
「へ?」
「そうなのじゃ。ナガレが言っておったのじゃ! お主はあまりに強運の力に頼りすぎていてこのままでは危ないと、実際最近も強運を逆手に取られて危なかったという話だったのじゃ~だからしっかり腕の方も鍛えるよう頼まれたのじゃ!」
「ちょ、ちょっと待てよ! そんなの勝手に言われても困るぞ! 大体俺には嫁も娘もいるんだ! こんなところで篭ってたら心配される!」
「大丈夫やで」
しかしワキヤークの必死の訴えはエルシャスによってあっさり却下された。
「マリーンがあんさんの奥さんに話してくれたみたいでなぁ、家族にもしっかり許可を貰っとるんや」
「……はい? え? いやいや! そんな筈は!」
「手紙も預かっとるで。『マリーンから話を聞きました。このままではいずれ貴方は自分の力が通じない相手と遭遇し命を落としてしまうかもしれないと。それに冒険者として大成するには今のうちに鍛え直しておいたほうが良いとも――ですから私は心を鬼にして貴方をエルフの皆さんにお任せいたします。それとこの間の酒場の支払い、これは何ですか? このことについては貴方が戻ってきてからきっちりお話致しましょうね。あ、そのことも含めて再教育をお願いしてますのでしっかりしごかれて頑張ってくださいね』と言うことや。安心して――死ね」
「助けておがぁああぁあちゃあぁああああぁああぁあん!」
(……ふむ、ふたりとも無事修行をつけていただくことが決まったようですね)
「ナガレ、どうかした?」
馬車に揺られながら、遠くで悲鳴を上げるふたりを認め、ナガレが黙考しているとピーチが声を掛けてきた。
するとナガレはニコリと微笑み。
「いえ、ブルー達はしっかりやっているかなと思ったもので」
「え? あ、たしかにそうね。また無茶をしないといいんだけどね」
「ええ、ですがその心配はとりあえずいらないと思いますよ」
そんなナガレの返しに、どうしてわかるのかな? とピーチが頭に疑問符を浮かべるが――何はともあれ、護衛の旅もふたりの修行もまだまだ始まったばかりである……。




