第一六七話 赤髪の騎士
護衛の任務当日、ピーチは相変わらずの食欲でしっかり朝食を摂り、そしてスチールの店に立ち寄り丹精込めて仕上げてもらった杖に心撃の長剣、そしてフレムの双剣を受け取った。
「今日出発なんだろ? まあエルフの集落の件も含めてこっちは俺達もしっかりやっとくからよ。まあ頑張ってきな」
そして店を出る際にぶっきらぼうながらもスチールより労いの言葉を受け一行は見送られた。
護衛をしながらの旅は、目的地での逗留期間も含めると往復でそれなりの日数が掛かってしまう。
なのでそれまでの間、水車や水車小屋に関しての作業はスチール頼みであり、そのついでに畑の様子も見てくれると言ってくれている。
ありがたい話だが、その際に植物に詳しいエルミールも同行をお願いしているので、スチールとしてはある意味ナガレに感謝したいところでもあるかもしれない。
どちらにせよ護衛の任務を終えて戻る頃にはエルフの耕す畑近くに立派な水車が出来上がっているかもしれない。あとはスチールが上手いことエルミールの心を射止める事ができるかどうか――これに関しては神のみぞ知るといったところだろう。
こうしてそれぞれの武器を受け取った後は、予定通り集合場所の東門前に向かう。
すると既に豪奢な馬車が一台――情熱的な朱色で屋根に凝った意匠の施された箱型のタイプだ。おそらくこれが領主であるエルガが乗車する馬車なのだろう。近くで控えている御者も見た目にも執事といった風貌でまさに貴族の付き人といった雰囲気が漂う。
「ナガレ様!」
すると、馬車の中からエルガが飛び出し相好を崩した。ナガレと再会出来たことがよほど嬉しいのか。ただ、当たり前と言えば当たり前かもしれないが今のエルガの格好は男性のソレである。
「良かった来てくれたのです、来てくれたのだな!」
「はい。約束ですし、ギルドからも正式な依頼として請けていますからね」
「そうですね、そ、そうであるな! でも、うれし、うむ、私は嬉しいぞ!」
エルガは以前もそうだが今もなんとも喋りにくそうだ。相変わらず男としての振る舞いに難儀しているのだろう。尤も彼の性別から考えれば今の姿こそ本来のものであるが。
「思ったのだけど、無理してまで喋り方を気にしなくてももっと普通にすればいいような……」
するとピーチがおそらく全員が思っていたであろうことを口にする。確かにエルガは妙に男らしくしようとするばかり逆に噛み合っていないようにも思えるが――
「そ、そう? おかしくないかしら?」
しかし地が出た瞬間、身体をくねらせ頬に手を添え、言葉遣いがおかしなことになってしまった。
あれれ~? とピーチが目をパチクリさせる。
「エルガ様! 何をなされてるのですか! 今はあくまで男性として行動しておられるのですからそれでは困りますぞ!」
「え? あ、うむ、そ、そうであるな……」
するとヒネーテが怖い顔で駆け寄りエルガを咎めた。それに眉を落とし困った顔を見せるエルガである。
「皆様も! エルガ様は意識してないとすぐ地が出るのですから、あまり余計なことは言わないでもらいたい」
「ごめんなさい……」
ピーチがしゅんっと肩を落とした。ピーチとしてはそんな無理して男のように振る舞わなくても、おかしくない程度に普通にしていればいいではないか、といった考えで進言したのであろうが、どうもエルガにはその普通が難しいようである。
「団長! この者たちが例の冒険者でありますか?」
すると、ヒネーテの後ろから一人の騎士が声を掛け彼の横に並んだ。重厚な鎧に身を包まれ身体も大きなヒネーテとは異なり、比較的動きやすそうな銀色の鎧を着たスラっとした騎士であった。
腰には細剣のレイピアを携え、凛々しい顔つきをした騎士である。髪の毛は短く色は紅い。ただフレムのように荒ぶる炎のような色彩ではなく、もう少し落ち着いた色合いである。
「むぅ、ローズか。そ、そうであるな。ああそうだ、お前たちにも紹介しておこう。今回この私が護衛として同行出来ないのでな。私の代わりに隊長を務めてもらうローズだ。年は若いが私の信頼する騎士の一人だ」
「ふ~ん騎士ねぇ……」
ヒネーテが赤髪の騎士を紹介すると、同じく赤髪のフレムが値踏みするように見やる。
どうもフレムはあまり騎士に良い感情を持っていないように思えるが――
「おい貴様!」
すると見られていた騎士が眦を吊り上げて険の篭った声を発した。あまりにジロジロとフレムが見るものだから気分を害したかもしれない。
「ちょっと、フレムあまり見るから――」
するとローザもそのことが原因と思ったらしく、フレムに注意しようとするが。
「お前、たかが冒険者風情がヒネーテ様に隊長を任命されしこの私をそのような目で見るなど、失礼にも程があるぞ! 無礼者が! 立場を弁えろ!」
「……あん?」
ローザの表情が引きつり、あちゃ~とカイルが天を仰ぐ。確かにフレムにも失礼はあったが騎士の口ぶりも相当な上から目線であり、一気にフレムの機嫌が悪くなるのが見て取れた。
「なんだよてめぇ、騎士様とやらがそんなに偉いのかよ?」
「当たり前だ! 大体此度の魔物の襲撃も我がグリンウッド騎士団がいたからこそ退ける事が出来たのだ! 貴様ら冒険者も多少は役だったようだが所詮は補助的な些細なもの! そのような連中本来であれば護衛としても必要ないところであろうが、冒険者ギルド側がどうか使ってくれと頼み込むからレイオン卿のご慈悲で護衛として雇っていただけたのだ! そこを勘違いするなよ!」
『…………』
ローズの捲し立てるような尊大な言葉の羅列に一瞬空気が固まった。
フレムでさえ、逆に怒りが収まりポカーンとした表情を見せているぐらいだ。
「……ヒネーテ、これはどういうことかし、いや、どういうことだ?」
「えぇ、まあ、その――」
「おい、おっさん。ちょっとここに来て説明しろよ」
「フレム、流石にその言い方は失礼ですよ」
「いや、でも先生これは流石に納得できないというか……」
「何をぶつぶついっておるのだ貴様らは?」
ローズが不機嫌そうに問いかけてきている。どうやらこの微妙な空気を察していないようだ。
するとエルガに何かを言われたヒネーテが申し訳無さそうな顔でやってきてローズに声を掛けた。
「ローズ、今回は冒険者達もエルガ様をお守りする上で大事な役目を担っている。だからだな――」
「はい判っております! だからこそ最初が肝心。決して調子に乗らせないようどちらの立場が上か! このローズしっかり戒めておきましたので!」
「……そうか、まあ仲良くな――ではエルガ様! このヒネーテ野暮用を思い出しましたのでこれにて!」
シャキッといい姿勢で告げ逃げるように去っていくヒネーテに、あ! ちょヒネーテ! と声を上げるエルガであったが彼の動きにその図体に似合わず早かった。
「あ、あのおっさん逃げやがった――」
眉をピクピクとさせて呆れたように呟くフレム。ローザとカイルもその事態にぽか~んとした表情だ。
「おい貴様!」
「私ですか?」
するとローズが今度はナガレに向けて尖った声を発す。即座にフレムが振り返るがスタスタとナガレに近づき。
「このふざけた格好は何だ! こんなもので護衛が務まると思っているのか! さっさと着替えてこい!」
「ななな、なっ、な――」
フレム、指を突き付けた状態でプルプルと身を震わせ唖然とした表情。
「ふむ、しかしこれが私の正装でして。特に護衛となれば一番動きやすいのがこの装いなのですが」
「馬鹿言うな。大体なんだ貴様は! 男の癖にスカートなどはきおって! こんなもの動きにくい上に相手の攻撃も防げぬだろう!」
どうやらローズはナガレの袴をスカートと判断したようだ。
「いえいえ、これでも十分動けますし、攻撃も防げますよ」
しかしナガレは特に不機嫌になることもなく、落ち着いた様子で騎士に応じた。
するとローズは、ふんっ、と鼻を鳴らし。
「ならば――これが避けられるか!」
柄に手を掛け、抜いたレイピアで攻撃を仕掛けてきた。
その自信を表すように、突き一つとっても無駄のない洗練された動きである。どうやら口だけというわけでもなさそうだが――
「な、何!?」
ナガレは相変わらずの所作で素早い突きも払うような切りもフェイントを織り交ぜた切り返しも全てを危なげなく躱していく。しかも件の足運びもあり、相手からしてみれば捉えた筈の攻撃が次々と通り過ぎていくような様相であり、まるで幻術にでも掛かったような感覚に陥っていることだろう。
「く、くそ!」
そしてローズの渾身の一撃――だが、ナガレはそれを避けようとせず、あえて袴で受け止めた。勿論合気を込めてだが、これによって騎士の突きが弾き返され押し戻される。
「ぐっ、う、腕が――」
「これで判っていただけましたか?」
腕がビリビリと痺れ苦悶の表情を浮かべているローズへ、ニコリと微笑んでナガレが言った。
すると、ふん! と鼻を鳴らし。
「……どんな素材かは知らないがふざけたデザインの割に丈夫なようだな。まあ、いい――許す!」
「は、はぁ?」
様子をみていたフレムは、ナガレに軽くいなされるローズの姿に溜飲が下がったようなにやけた顔を見せる。が、その後の口ぶりに再びその顔を顰めた。
「おいそこの女!」
「え!? 私?」
そして――今度はピーチに向けてローズが叫びあげ、つかつかと目の前まで歩み寄る。
「あ、あの何か?」
「何かではない! なんだ貴様のこの駄肉は!」
「キャーーーーーー!」
なんとローズがピーチの胸を鷲掴み、思わずピーチが悲鳴を上げ、カイルが、おお! と反応を見せる。
「貴様は! 神聖な護衛の任務で、こんなふざけたものを! 取れ! いますぐ取ってこい!」
「出来るわけ無いでしょ! 何考えてるのよ!」
ピーチが反論する。当然だ、いくらなんでも今もなお成長中のそれを取るなんてことが出来るわけもない。
「そうだよ! それを取るなんてとんでもない!」
「そういう問題じゃないような……」
苦笑いしながらローザが言う。フレムも口をパクパクさせている。すると――
「ローズ! ちょっとこっちにきなさ、こ、こっちに来い!」
「あ、はい! レイオン卿ただいま!」
ピシっと頭を下げ、エルガに呼ばれたローズが駆けていった。みたところ明らかにエルガの表情は険しいが、なぜかローズの顔は明るい。
「レイオン卿! しっかり私めが言っておきましたので! ええ、あんな駄肉をぶらぶらさせていてはレイオン卿のお目汚しになりますからね! この私に任せて頂ければ――」
「いいからちょっと馬車にのりなさ、乗れ!」
そして嵐のように現れた騎士は、エルガに命じられ馬車に乗せられた。そしてエルガはナガレ達に向けて申し訳無さそうに頭を下げた後、馬車に乗り込みその扉を閉めた。
どうやら出発までにはもう少し時間がかかりそうである――




