第一六六話 護衛前の仕上げ
「これが私の新しい杖なのね……」
そう言ってピーチが自らの杖を手に取りまじまじと眺めた。ナガレの提案でベースはあくまで元々ピーチの持っていた杖にしてあるため、銀色の柄とその長さは変わらない。
ただ先端部は大きく異なっていた。そこには以前ついていた物より大きなピンク色の輝石が備わっている。まるでダイヤのような輝きを放つそれは所謂オーバルブリリアントカット(楕円形に見えるよう研磨された物)が施されており、見た目にも美しい。
「うわ~この先端の石、綺麗ね――」
ピーチがどこかうっとりとした表情で出来上がった杖を眺めていた。確かに先端に付いている輝石のおかげでこれまでより見た目にも豪奢だ。
「……それにはマナカイトと魔力吸引の効果を持つ魔核を組み合わせている。マナカイトは魔核との配合次第で宝石のような輝きを放つ。けれど見た目だけじゃない、魔力を直接扱うというのは初めて聞いたけど、なんとか術式工夫。その石への魔力保有率向上、魔力増圧、変換速度上昇。柄の部分には魔力の流れを阻害しない程度にダマスカスで芯の周りを補強。杖としてもより丈夫になった」
普段口数の少ないメルルだが、自分の作った杖のこととなると饒舌になるようだ。しかし聞いている限り、確かに今のピーチにとってかなり理想的な杖が出来たと見える。
「凄い……確かになんか振り心地もいいわね!」
そう言いながらピーチがビュンビュンと杖を振り回す。杖を持って最初に行うのがこれである。すでに魔術師の思考ではない。
「しかしよく考えたら奇天烈だよな、杖を振り回す魔術師ってよ……」
「でも、ピーチは杖を振り回してるのが良く似合いますね」
「うんうん、それにその動きに合わせて、くふっ」
視線がピーチの胸に集中しているカイルをジト目で見やるローザである。しかし、周りの評価も魔術師のソレに対するものではないあたりが流石である。
「いいものが出来上がったようで良かったですねピーチ」
新たに生まれ変わった杖を手にし喜んでいるピーチに向けて、ナガレが優しく声を掛けた。
するとピーチが、じっとナガレを見据え、そして瞳を潤々させて駆け寄りその胸に飛び込んだ。
「ありがとうナガレ! ナガレがここまで考えてくれているなんて、私、嬉しい――」
「……私はそこまで大したことはしておりませんが、喜んでくれたなら良かったです」
柔和な笑みを浮かべ、ピーチの頭を撫でながらナガレが言った。その様子を見ていたローザの頬が何故か紅い。
カイルも、ピーチちゃんやるぅ! などとテンション高めに言っていた。
すると、つかつかとメルルが近づいてきて、
「……えい」
とピーチをナガレから引き剥がす。
「……へ?」
その様子に戸惑いながら疑問の声を上げるピーチだが。
「……話はまだ終わってない。この杖、まだ完成品としては不十分」
「え? そ、そうなの?」
コクコクとメルルが頷き。
「……この杖、スチールのところへ持っていく。そうすればちゃんと仕上げてくれる」
「え? スチールのところへ? でももう出来上がっているような……」
「確かに見た目にはそうですが、やはり魔法による錬金だけでは武器として扱うには練度が低いのですよ。なのでやはり仕上がりは鍛冶師の出番となるのです」
すると補足するようにギルド長が述べる。どうやら錬金術では仕上がりは鍛冶師にはどうしても勝てないようだ。尤も完璧に近いものが魔法で出来るのであれば鍛冶師など必要ないという話になってもおかしくないが。
「そうなのね……でも、なんでわざわざナガレから私を――」
「それと新しいローブも出来てる。装飾系の魔導具も。こっち来る」
「え? え? あの、メルル?」
そしてピーチは強引にメルルに連れて行かれた。
「……これってやっぱりメルルさん、そういうことなのかな?」
「ローザの予想通りだとおいらは思うな~なにか面白くなってきたよね~」
「おやおや、みなさんいい趣味してますね」
ローザがポカンっとした様子で口にすると、カイルがそれを肯定しニヤニヤとした笑みを浮かべながら何かが起きるのを期待している様子。それにギルド長が微笑しながらやはりどこか愉しそうに口にした。
「なんだよカイル、今の何が面白いんだ?」
だが、フレムだけはそんなことを平然といいのけた。とぼけてる様子などは全く無い。
「……はあ、やっぱりフレムは鈍いわね」
「まあ、そこがフレムっちらしいといえばらしいけどね~」
「は? いや、だから何がだよ!」
フレムが不機嫌そうに声を張り上げたが、結局鈍感なフレムがそれに気づくことはなかった。
「お、お待たせ皆――」
そして、着替え終わったピーチが皆の前に姿を見せるが、顔が赤くかなり気恥ずかしそうである。
「これは――ピーチちゃん中々大胆だね!」
カイルが嬉しそうに言うと、思わずピーチがその身を捩らせた。
新しく新調されたローブは、これまでとそこまで大きな差はないようだが、丈は少し短めになり健康的な太腿が顕に、蒼を貴重としたローブにはよく見ると薄っすらと複雑な紋様が描かれている。
きっと魔法の術式なのだろう。だが何よりも注目なのは胸の部分か。
「うぅ、これサイズあってるの?」
ピーチがそう思うのは当然か。何せ特に胸部は本来ならば脇を紐で縛って整える形状なのだろうが、胸の大きさで上手く紐が縛れないようで、その為か正面部分はローブが完全に胸側に寄ってしまっており、脇からみるとやはり少し窮屈そうな内着が見え下乳が溢れてしまっている。
「……間違いないはず。でもピーチがまた大きくなった」
わおっ! とカイルが嬉しそうに声を上げた。どうやらピーチは今もなお成長中のようである。
とは言え、出来上がったものは仕方がない。それに元のデザインが良いため、少しぐらい胸の一部が見えていてしまったとしても許容範囲であろう。
「……効果は間違いない、安心して」
「う、うぅ、仕方ないか……」
こうしてピーチは護衛の任務の前に装備を一新させた。
その後は魔導具店を辞去し、メルルが言っていたようにスチールの店に向かう。
「おう、メルルからは聞いているぞ。そっちの姉ちゃんの杖だな」
どうやら事前に話は通っていたようで、到着するなりスチールはピーチの杖を受け取った。
「出発は明日だったな。仕上げのために焼入れと焼戻しをしておくぞ。ある程度形はできてるから朝までにはやっておく。それでも余裕があるしな、なんなら他に手入れが必要なのあれば置いてけ、まとめてやっておく」
「おっと、それは助かるな。俺のこれを頼むぜ」
スチールの発言に即座にフレムが反応し双剣を手渡した。
「ふむ、普段からある程度手入れはしてるようだが、それでも痛みはあるか。まあ問題ないがな」
「それなら私もこれを見てもらって宜しいですか?」
フレムに続いてナガレが件の盗賊から手に入れた武器、心撃の長剣を取り出すとスチールが先ず目を丸くさせた。
「なんだ、ナガレも武器を使うことにしたのか?」
「いえ、私は使用するつもりありませんが、何かのために持っておこうと思いまして」
「使わない武器を持っておくのか? 随分と変わって――て! おい、こりゃオーパーツじゃねーか! しかもかなり上等な品だぜこれはよぉ……」
スチールはそう口にしながら子供のように目をキラキラさせた。
「畜生こんな上等な物打つのは久しぶりだぜ。でもなんだこりゃ? 全然手入れがなってないし保存状態も相当悪かったな。元がいいからそれでも痛みは少ないほうかもしれね~が、それでも俺からしたら我慢できねーぜ!」
「まあ、持ってたのは盗賊だしね~保存や手入れがいい加減でも仕方ないかも」
カイルが苦笑しながら述べる。すると更にスチールが憤慨した。
「ふん! 盗賊か、どうりで。あの手の手合は良さそうなものを見つけたら考えなしにただ使うだけだからな。全く折角の貴重な武器もこれじゃあ報われないぜ。使ってる奴も何の想いも込めず雑に振りまわしてたんだろうな。宝の持ち腐れもいいところだぜ」
「ふむ、確かにあの盗賊はこの武器をうまく扱えてなかったようですからね」
ナガレがスチールの話に同意する。この武器は想いの強さで性能が変わるので、そもそも扱いがいい加減な持ち主では本領など発揮できる筈もないのである。
「それでおっさん、先生の武器はちゃんと手入れしてくれるのか?」
「あったりまえだ! これをみたらもう杖よりこっちがメインだぜ!」
「え~~~~~~!」
「その気持はありがたいですが、ピーチの杖もよろしくおねがいしますね」
ピーチが思わず驚嘆し、ナガレは念のためスチールに杖もよろしくと言葉を添えた。
「いや、悪い悪い今のは言葉の綾だ。いい代物をみるとついな。勿論杖もしっかり打たせてもらうぜ!」
こうしてピーチの杖、フレムの双剣、ナガレのオーパーツを彼に預け明朝取りに来ると約束しスチールの店を出た。
「そうですか、明日には旅立ってしまうのですね。聞いてはいましたが少しさみしくなりますね」
スチールの鍛冶店を後にし、その足でエルミールの薬店に向かった。
一応事前に薬の類は一通り買い揃えているので、今回は旅立ち前の挨拶の意味合いが強い。
エルミールとはナガレも親しくなれた上、元々ピーチとも仲がいいので、彼女の表情からも寂しそうな感情が窺える。
「でも護衛が終わればまたすぐ戻ってくるしね。そうだ! それまでに何か珍しい薬草や魔草があったらおみやげに持ってくるわよ!」
「ふふっ、それは嬉しいですね。でも無茶はあまりなさらないでくださいね。護衛となるとそうもいかないかもしれませんが、皆様が無事で戻られることが私にとっては一番なので」
「大丈夫よ。私だって成長してるし、杖も含めて装備もパワーアップしてるしね!」
「ま、俺達も一緒だしな」
「何よりナガレっちが一緒だもんね!」
「ナガレ様がおられるだけでこんな頼もしいことはありませんからね」
「た、確かにナガレ様ならばどんな困難に遭遇しても乗り切れそうですね」
言われてみればそうかも、とエルミールの表情が一瞬にして安心感に満ちた。
「ふむ、頼りにされるのは悪い気はしませんが、ですが私にとってリーダーはあくまでピーチですので。なので道中はよろしくお願いしますね」
「え!? 私!」
ピーチが突飛な声をあげ狼狽した。しかしナガレは冗談では言っていないのでピーチの責任は重大であろう。
「それとエルミール、実は一つ――」
ある程度話をし、店をでる直前、ナガレはエルミールにあるお願いをした。
そして最後は次の日の護衛任務についての最終確認の為、全員で冒険者ギルドに向かう。
「何かギルド長が朝からいないのよね~本当黙ってどこかに出て行ってしまうんだから困ったものよ」
「え? あ、そうなんだ。へ~……」
ギルドにつくなり受付でマリーンの愚痴を聞き、苦笑しながらピーチが応じた。何せその張本人とは今さっき魔導具店で一緒だったのである。
どうやらギルド長は、メルルからの依頼を口実にサボっているようだ。
(まあ、ギルド長もたまには息抜きがしたいのでしょう)
マリーンの話を聞く限りそこまで急ぎの用事はないようなので、とりあえず彼のことは内緒にしておくことにする。
「え~とそれで明日の確認だったわね。予定通り朝の8時には東門の前に集まってもらって出発ね。他にも護衛に参加する冒険者はいるけど、顔合わせはその時になると思うわ」
「それだと朝食はしっかり食べてからいけそうね!」
ピーチが嬉しそうに言った。どんな時でも食い気がまさるピーチはどことなく愛らしい。
「なんだ俺たち以外にも護衛がいるのかよ」
「それはそうだよフレムっち。なんといっても領主様だからね」
「そうですね。いくらナガレ様が付かれるといっても五人では少ない気がしますし」
「う~ん、でも話によると最初は領主様もそこまで多くする気はなかったらしいわよ。やっぱりナガレの強さを直に見てるからかしらね。でも騎士団長のヒネーテ卿が反対したみたい。だから護衛には冒険者以外にも騎士が同行するわ」
「うん? つまり騎士団長も参加するのか?」
「いえ、流石に領主様不在の間、街の防衛も考えてヒネーテ卿は残るようよ。あれだけの事件があった後だしね。その代わり騎士団長が信頼してる騎士が同行するらしいわ」
「ふ~ん、ま、俺達が護衛する以上騎士の出番なんかないだろうけどな。ね! 先生!」
「フレム、腕に自信を持つのはいいですが協調性も大事ですよ。それに下手な慢心は危険です」
「う、す、すみません」
フレムが面目なさげに頭を下げた。仲間を大事に考えられるようになってきたフレムであるが、油断すると少々調子に乗ってしまうことがあるのが難点か。
「ところでマリーン、護衛の任務に付く前に――」
護衛の依頼について最終確認を終えたナガレは、マリーンにあることを提案した。
すると彼女は蒼色の瞳を大きくさせ、そしてナガレをみやり喜びの声を上げる。
「それは助かるわ! う~ん本当ナガレはそういうところまで気が回るのね」
「もしかしたら余計なことかもと思いましたが、そう言っていただければ――」
そしてマリーンとの話をまとめた後は、明日の為に早めに宿に戻りそして次の日に備えるのだった――




