第一六四話 メルルからの報告
「ご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした――」
すっかりボコボコになった顔でブルーがギルド内の冒険者に謝って回っていく。
後ろからは、もっとお腹から声を出して! 反省の色がみえないわよ! と怒声がぶつけられていた。
姉弟とは言え、姉の躾は中々に厳しい。
「なあマリーン、こうやってブルーも無事だったんだし、俺達も良かったという気持ちはあっても迷惑だなんて思ってないしよ。何もそこまで――」
「そういう問題じゃありません。これはケジメなんです。それにあれでも今後冒険者としてやっていくと言っているのだから、甘やかすわけにはいかないしね。だから同情はいりませんよ? なんなら一、二発張っ倒してくれても――」
「いやいや! 流石にあれをみてそこまで出来ねぇよ!」
「これ以上追い打ちかけてもな……」
ブルーの散々な様子に同情する冒険者も多いようだ。尤もマリーンの気持ちも判るナガレである。ここで甘い対応してまた無茶なことをされては折角冒険者になっても命を縮めるだけだ。
一応ナガレも依頼に同行させた際に無茶はしないよう伝えてはいるが、ブルーはまだ若く、判っていても危険な場所に飛び込んでしまうことだって十分ありえる。
故にここできっちり釘を刺しておくのは間違いではない。
「でも、やっぱりちょっと厳しくない? 逆に冒険者を諦めちゃったら……」
「それならブルーの気持ちがその程度ってことよ。もうピーチも先輩冒険者なんだから、そんな甘い顔しちゃ駄目よ」
逆にマリーンに諭されてしまったピーチである。とは言え短い間とはいえブルーと行動をともにしたことで彼女にも情が湧いてしまったのだろう。
とは言え、ブルーも反省しているのは確かなようで、大丈夫だよ僕のケジメだし、と言いながら改めてナガレ達にも謝罪の言葉を述べてきた。
「言っておくけど、今度もしこんな真似したらナガレにお仕置きしてもらうからね」
「え!? 先生に!」
「おう! 先生を怒らせたら怖いぞ。俺も岩を隕石みたいに投げつけられたり、馬車で引き摺られ続けたりしたからな!」
フレムはうんうんと頷きながらしみじみと語り出す。やはりあれは彼にとってもきつい内容だったらしい。
「フレムは大げさですね。あの程度軽い運動みたいなものですよ」
だが、ナガレはまるでちょっとそこまで散歩に付きあわせたぐらいの感覚でさくっと答えた。あの程度の内容はナガレにとっては修行ですら無いのである。
「え? それで軽い運動な、の?」
ナガレは軽く言ってのけるが、ブルーは少し怯えている様子でもある。確かに普通に考えれば運動というよりは拷問だろう。
「そうですね……私はマリーンほど厳しく出来ないかもしれませんが、もしお仕置きするならば、私の合気を一万回ほど受けてもらうぐらいですかね」
「もう無茶はしません! 本当にすみませんでした!」
土下座に近いポーズでブルーが猛省した。ザンのやられぶりを目の当たりにしているだけに、一万回も受けていては命がいくつあっても足りないと思ったのだろう。尤もナガレに任せておけば命の心配はいらない。軽くトラウマにはなるだろうが。
「私ってナガレのその一万回より厳しく見えたのかしら?」
「角が二本ぐらい見えてたな。魔物も裸足で逃げ出してたと思うぜ」
くくっ、と笑いを堪えるようにしながらフレムが言うと、マリーンに思いっきり脚を踏みつけられた。
悲鳴を上げフレムがのた打ち回るが、フレムが悪い、とローザは回復する様子も見せなかった。
「まあ、まあ、その辺りでいいじゃね~か。こうやって全員無事で戻れたんだからよ。赤蜘蛛も壊滅できたわけだしな! 頭も俺がやっつけたし! ガッハッハ!」
すると、話が落ち着いてきたところでワキヤークが横入りし、得意気に言ってのける。
しかしこれが間違いではなく、確かに事実上盗賊団の頭を倒したのはワキヤークという事になっている。
これによりザンを倒したのはナガレであり、手下の多くもナガレ一行が倒したのだが、功績としてはワキヤークが一番高くなるのである。ワキヤーク、相変わらず見事なまでの棚ボタぶりであった。
何はともあれ――盗賊団に関しては後ほど正式にハンマの兵士と騎士が捕獲に向かい、確認が取れ次第、ナガレ一行とワキヤークに報奨金が支払われる事となるだろうとのことであった。
ワキヤークは盗賊の残したお宝を手に入れた上、報奨金まで貰えるとあって大喜びである。
その為か夕食はワキヤークが奢ると言ってきた。しかもその場にいる冒険者全員も纏めて来い! と中々豪気なことであり、折角なのでとナガレ一行もご相伴に預かることとなるわけだが――この結果手に入れたお宝の価値の半分以上を使ってしまいちょっとだけ後悔するワキヤークなのであった……。
「……杖が出来る。お店に来て欲しい」
ワキヤークの奢りで夕食を堪能した翌日、メルルがわざわざ宿まで趣き、朝食を摂っていたピーチに伝えてきた。ちなみにナガレやフレム達も食堂で一緒である。
「やった! いよいよ出来たのね!」
「……自信作」
コクコクと頷きメルルが拳を握った。その表情はどこか得意満面といった様子である。
そして同じ宿に泊まっている冒険者達の視線が熱い。魔女然といった格好で妙に艶めかしく、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる彼女は多くの男性にとってみればまさに魅惑の魔女なのである。
「……待ってる」
そしてくるりと身を翻しメルルは去っていった。しかしタイミングとしては丁度良いとも言えるだろう。何せ明日には護衛のために街をでなければいけない。
「それでは折角こうしてわざわざ教えに来てくれたのです。そろそろ出ましょうか」
「待ってナガレ!」
ナガレが皆を促すように伝えると、ピーチから待ったが掛かった。その表情は真剣そのものであり、一体何事か? と皆の視線がピーチに集まった。
「……その、朝食おかわりしていい?」
が、てへっ、と舌を出して訊いてくるピーチにナガレ以外の全員がコケた。
(相変わらずの食欲ですね……)
結局出発はピーチがおかわりを平らげた後ととなった――
「……よく来た」
全員でメルルの魔導具店に向かうと、薄暗い部屋で魔女の風貌をした彼女が出迎えてくれた。全身黒一色であり、表情の変化が少ないながらも相も変わらずな艶っぽさを醸し出している。
紫味のある黒髪もどこか魔性の女といった雰囲気を強めており、それがまた妖艶さに拍車をかけているのだろう。
ローブからは相変わらずたわわに実ったそれが顕になっており、カイルなどはすでに視線が釘付けについでに鼻の下も伸びきっている。
「――杖の準備はできている」
そしてメルルがピーチに近づき彼女にそう伝えた。明日が出発ということもあり他のメンバーも今日は特に予定がなく、その為ピーチに付き合ってくれた形だが、この場でのメインはあくまでピーチの杖である。
「うん、ありがとう……で、でもねメルル、実はちょっと迷っていて――」
だが、注文した杖の件について、ピーチが突如そんなことを言い出した。
「おいおい先輩。杖はもう頼んじまったんだろ? それなのに今更それは通じないんじゃないか?」
「わ、判ってるわよ! で、でもね……」
するとピーチが自分の持っている杖をギュッと握りしめて、神妙な表情を見せた。
「この杖――実は師匠が私のためにって譲ってくれたもので……だから、いざ手放すとなると……」
「師匠の……つまり、それだけ思い入れがあるってことなんですね……」
「う~ん、でもそれなら両方使ってしまえば?」
「おお! なるほど、杖を俺の双剣みたいに扱えばいいわけだな! なんかかっこいいじゃないか!」
これはもしや世にも奇抜な二杖流の魔戦士が誕生するか!? と三人の視線が期待にみちるが。
「……それは難しいと思う」
「そうですね。フレムの双剣と違い魔力を操る必要がありますから、二本同時にとなるとその分魔力の流れが分散されますから、あまり効果的とは言えません」
「そ、そうなんだ――」
ピーチがしょんぼりとした顔を見せた。もしかしたらそれもいけるかもしれないと考えたのかもしれないがその宛も外れてしまった。
「……だけど、ナガレは流石。しっかりこうなることも予想していた」
しかし、その後語られたメルルの言葉で、ピーチが、へ? と顔を上げ目を丸くさせる。
「ふふっ、大丈夫ですよピーチ。こんなこともあろうかと、私の方で前もってメルルに伝えておきました。なので杖は全くの新しい杖というわけではなく、ピーチの今持っている杖と新たな素材を組み合わせたものとなります」




