第一六話 Dランクの依頼
「それで、今日は仕事を請けに来たのですが」
功績についての話は一旦置いておき、ナガレはマリーンに今日来た目的を話した。
すると彼女は目をパチクリさせ。
「あ、依頼ね。そっか……でも、ごめんね。今もいったけどギルド長もバタバタしてて、まだナガレのランクはDなの。明日になったらランクの話も来ると思うのだけど――」
「それならDランクでも構いませんよ」
「そうはいうけどナガレ。Dランクは他のランクと違って条件フリーの依頼でさえ、単独じゃ請けられないのよ。だから基本的にはDランク限定になるの。まぁ私が協力すればCランクも請けられるけどね」
ピーチが得意げに胸を張った。ローブの上からでも揺れてるのがよく判る。
「あ! そうそうピーチ、タグを貸して。ピーチはあのグレイトゴブリンの件があったから、Cランクの1級に格上げよ」
「え? 本当! 1級ならもうすぐBランクじゃない! やったわ!」
「おめでとうございます」
両手を突き上げ喜びを身体で表現するピーチに、ナガレも微笑ましくなる。
「じゃあはい。これでC1級に書き換えておいたから」
「う~ん、確かにC1級の刻印!」
タグを胸の前で抱きしめるように握りしめ、感慨深い表情を見せる。
きっとここに行き着くまで彼女なりの苦労があったのだろう。
「よっし! じゃあナガレ! ここは私に任せて大船に乗ったつもりでいていいわよ」
急に自信を露わにするピーチである。尤もランクが上がったのはナガレの活躍によるところが大きいわけだが。
「でも、実際ピーチと組んで請けるというなら、その分選択肢の幅は広がるけどどうする?」
マーリンはそうナガレに尋ねてくるが、顎に指を置き一考し。
「取り敢えず、Dランクの依頼も見てみていいですか? 今の自分で請けれるのでどういった依頼があるのか知っておきたいですので」
「う~ん、でもね。実はDランク専門の依頼ってそんなに多くないのよ。基本的には危険のないものって条件がつくから仕事も冒険者らしくないしね。お使いとか掃除とか小間使いみたいのが多い感じよ」
「それでも構いませんよ」
マリーンはナガレの実力をなんとなく感じ取っているので、Dランク程度の仕事は申し訳ないと思っている節がある。
しかしナガレとしては、そういった事情抜きで請けれる仕事が見てみたい。
本来であれば掲示板から勝手に探せばいいのだろうが、実は見た限りでは今はあまり依頼書が貼られていないのである。
大体冒険者は、朝ギルドが開くと同時ぐらいからこぞって訪れ、掲示板の依頼書から良さそうなものを取って請けていく。
わりの悪いのは最後の方に残るが、それでも請けないよりはましと余りを持っていくものがいたりするため、少し遅れると掲示板には全く依頼書が残ってないなんてこともよくあるのだ。
ただ、それはあくまで掲示板に貼っていないだけなので、受付嬢が内容確認中でまだ貼られていないというのも数多くある。
なので掲示板にない場合は、こうやって直接受付嬢に何か依頼がないかを聞くのが普通なのだ。
「と言っても今日のDランクの依頼は……あ、そうだ。結局誰も請けるのいなくて、引き下げるしかないかなというのが一枚あったわね……」
マリーンはカウンターの中から一枚、その依頼書を取り出し台の上に置いた。
依頼内容
お弁当をマイル森林で仕事中の主人まで届けて欲しい。
条件
Dランクより可
報酬
依頼達成後二〇〇ジェリー
「…………これって」
ピーチがなんとも微妙な面持ちで呟くように口にし。
「ちょっと、報酬安すぎない?」
そう言葉を紡げる。
「そうなのよね。だから、この依頼人気なかったの」
「マイル森林というと、マイル山地の麓に広がる森林ですか……この街から徒歩で二時間程掛かるんでしたね確か」
「……そうだけど、ナガレってこの街来たばかりなのになんでそこまで詳しいわけ?」
「昨日お風呂で教えてくれた方がいまして」
微笑を浮かべつつそう返すが、勿論これは嘘で、ナガレは街に来た頃には周囲の地形から環境、川の位置に至るまで全て把握している。
「とりあえずナガレの言う通りでね。ここのご主人、ベアールさんというのだけど、生業は樵で、伐採した木材運搬のため馬車で毎日マイル森林に向かってるの。だけど馬車でも往復で結構掛かるし、わざわざお弁当を取りに戻ってこれるわけがないからって事で心配して奥さんが依頼に来たのよ、けど――」
「マイル森林には魔物が殆どいない。だからこそ樵の仕事にも持って来いなのでしょうが、冒険者にとってみれば素材も討伐報酬も稼ぐことが出来ず、更に報酬そのものが安い、旨味が無いため、請ける人がいないとそういう事ですね」
「えぇ。仕事自体は簡単だし、だからこそDランクの仕事でもあるんだけど、行って戻ってくるだけでも時間が掛かるし、それから別の仕事を請けるのも難しいしでね。立地的にも他の仕事も請けて一緒にというのも厳しいしで、だから今回は諦めて貰おうかなと思ってたところでもあったのよ」
「う~ん確かにね。昼を一度ぐらい抜いても別に死ぬわけじゃないし、ねぇナガレ。ここはやっぱり」
「いえ、これを私は請ける事にしますよ。お弁当はこの奥さんのところに受け取りに行けばいいのですね?」
「え! えぇえぇえ! なんで? なんでわざわざこれなの?」
「……そうですね。取り敢えず私のランクはDランクなのは間違いないですし、やはり最初は分にあった仕事を請けたい思ったのが一点。それに、マリーンも出来れば誰かに請けてもらいたかったのでは?」
ナガレがそう告げると、驚いたように彼女が目を見開いた。
「やだ、なんで……?」
「目は口ほどに物を言うといいますしね。なんとなくですが」
ナガレがそう説明すると、ふぅ、と息を吐き。
「依頼者の奥さん脚を痛めていてね。元気なら自分が行くんだけどって寂しそうに言っていたから……請ける人がいなかったというのはちょっと心苦しかったのよ。請けてくれるなら私としては嬉しいけど、でも本当にいいの?」
「えぇ、勿論ですよ」
笑顔でナガレが快諾する。
すると、うぅぅ、とピーチが唸り。
「なんか、そんな話を聞くと私も放ってはおけないよ。もう! じゃあ私もナガレに付き合う!」
いいのですか? とナガレが確認を取るも、いいから! さぁさっさと行くわよ! と何故か主導権を握られてしまうナガレである。
「じゃあ、お願いね。依頼を達成した後は、サインを貰ってくればここで報酬は支払うから」
了解しました、とナガレは頷き、そして依頼者の待つ家へと向かうのだった――




