第一五八話 目撃のワキヤーク
ワキヤークがその現場を目撃したのは全くの偶然であった。
彼は今朝から、最近になって解禁された薬草の採取のために、ハンマの街から南東にある山地に出向いていたのだ。
薬草は最近ではエルフのエルミールからの依頼が多いようだが、今回のは商人ギルドが絡んでる依頼だけに必要採取量も多く、それでいて報酬も中々のものであった。
だが依頼に出されている薬草はよく似た種類が何種類かあるタイプのもので、ある程度なれた冒険者でも見極めるのは難しい。結局冒険者は手当たり次第それっぽい物を採取しギルドまで持ち帰るということが多かった。
冒険者ギルドにおいて、薬草の乱獲は基本禁止されているが、依頼に出ている薬草と似ている種は雑草扱いなのでギルドとしては特に問題とないとしているのも大きいだろう。
ただ圧倒的に雑草を掴んでしまう可能性が高いこの薬草の採取はその分量も増える上、目的の薬草は一箇所に数多く群生しているのではなく、少しずつ点在してる形なのでどうしても手間は掛かってしまう。
ただ凶悪な魔物も多くなく、それに一日掛ければそこそこ稼ぐことが出来るこの依頼は、Cランクの上級からBランクの下級に位置する冒険者には人気がある。
ワキヤークの現在のランクはB3級な為、この依頼を請けるランクとしては微妙なところではあるが、しかし彼はこの依頼を好んで請ける傾向にあった。
その理由は他の冒険者に比べて圧倒的に外れを引く可能性が低いことがあげられる。別にワキヤークに薬草を見分ける力があるわけではなく、やり方は他の冒険者と同様それっぽいのは手当たり次第採取という形なのだが、何故かワキヤークがそれをやるとほとんどが目的の薬草に巡り会えるのである。
ワキヤークはそのおかげでつい最近も随分とこの依頼で稼がせてもらった。それに味をしめ今日は街の門が開くのと同時に朝から山に篭っていたわけである。
そして、それは彼がせっせと薬草採集に励んでいた時のことであった――
「お前らが、お前らのせいで僕の父さんが! 母さんが!」
「うぉ! なんだこいつ結構すばやいぞ!」
「いて! 畜生、な、ナイフで切りやがった!」
(あいつ確かブルーじゃねぇか? こんなところで何やってんだ……それに囲んでる連中、盗賊か? そういえば最近どこかで再活動始めた盗賊がいたとか耳にした気がするが――)
そこでワキヤークはハッとした。つまり盗賊が出るって噂されてたのはこの辺りだったのかと。
そして厄介なもんを見てしまったな、と困り顔を見せた。
そして改めて藪の中に身を潜めつつ様子を探る。ブルーは確かまだ冒険者ではなかったはずだ。それなのになぜこんな場所に来てるのか不思議にも思ったが――ただブルーの動きは中々のものだった。特にその俊敏さには眼を見張るものがある。
ナイフの腕はまだまだ荒削りともいえるが、技術の未熟さは持ち前の身体能力の高さで補っているようにも感じられた。
なので、もしかしたらブルー一人でもなんとかなるんじゃないか? とワキヤークは思ったりもしたが――甘かった。
「全く手間取らせてくれるぜ」
「ち、畜生! 放せ! 放せよこの!」
結局は多勢に無勢であった。最初こそ良かったが体力的な問題もあった。戦っている内にブルーも息が上がり、相手の接近を許してしまったのだ。
更に言えば群を抜いて強いのが一人いたのも要因か。浅黒い肌の男で長剣使いであった。体つきはシャープでまるで全身刃のような空気をまとわせている。
「流石ザンの兄貴だぜ」
「へへ、まあ兄貴がいなくてもこんな餓鬼なんとでもなったがな」
周りの連中がザンと呼ばれた男を称えるが、フンッ、と鼻を鳴らしザンはブルーを見下ろす。
連中の言うようにやはりブルーではこの人数は厳しかったかもしれない。特にザンが参加してからは急激に動きが鈍くなっていた。そして相手の見事な剣捌きによって打ち負かされたわけである。
「兄貴、それでこいつどうしますか?」
「そうだな、とりあえず頭のところに運ぶぞ。話はそれからだ」
へいっ! と周囲の連中が返事し、そしてもがくブルーを抱え連れて行ってしまった。
その一部始終を見ながら――ワキヤークは頭を抱えていた。
彼がブルーの事を知っていたのは件の晩餐会で妻から話を聞いていたからだ。妻のエアはかつては人気の美人受付嬢で今でもよく自分なんかの嫁にきてくれたな、とワキヤーク自身でさえ不思議に思ってしまう程だが、そんな彼女は受付嬢時代マリーンと仲が良かった。
だからこそあの宴の席でもマリーンと再会を喜び楽しそうに話をし、後で彼女の弟のこともワキヤークに教えてくれたのだ。
ワキヤークはその時チラリと横顔をみただけであったが、特徴的な蒼髪のせいでそれでもはっきり少年の事を覚えていた。
尤も、ついでにいえばどこか懐かしい感じのする顔でもあったわけだが――
とは言え、とにかくブルーはそういった事情からワキヤークにとっては縁もゆかりもない相手というわけでもない。ブルーは知らないかも知れないが、ワキヤークにとっては自分の愛する妻の友人の弟だ。流石に放ってはおけないだろ。
ただ今すぐワキヤークが出て行ってどうにかなる状況でもない。ここは一旦ギルドに戻って報告するという手もあるが――
「とは言っても、どこに連れてかれるのかぐらいはやっぱ知っておく必要があるよな……」
そう、ここでこの場を離れてしまっては、あの盗賊達がどこを塒にしているのかは判らずじまいだ。それでは探すにも時間がかかってしまうだろう。
なのでワキヤークは意を決して、ブルーを連れて行く盗賊達の後をつけていった。
「ここか……」
盗賊の塒はゴロゴロとした歩きにくい岩場を何度か登った先にあった。我ながらよく見つからずに済んだものだと安堵しつつ、近くの岩場に身を隠し様子を探る。
そしてそこで懊悩する。このまま戻ってギルドに報告し改めて救出に来たほうがいいと頭ではわかっているのだが――しかしそれでも行って戻ってとなるとそれなりの時間は掛かってしまう。
そんな事をしてて果たしてブルーは無事でいられるのか――しかしかといって自分一人でなんとかなるような状況でも……。
「鼠を発見したぜ」
そんなことを考えていた時だった――いつの間にかワキヤークのすぐ横にまであの褐色の男が近づいてきていた。どうやらワキヤークが悩んでいる間に接近を許してしまったらしい。
「く、くそ!」
思わずワキヤークが飛び退き、そして手持ちのナガレ式バトルアックスを振りかぶる。
柄を長くしたことで破壊力を高めた強靭な斧だ。当てさえすれば、いや当てなくても振るだけで相当なインパクトを与えられる。
――ガツンッ!
筈だったのだが――振りかぶった斧の反対側の刃が後ろの岩に激突、めり込んでしまった。
「へ?」
思わず目を丸くさせ間の抜けた声を発するワキヤークだが、そんな彼に追い打ちをかけるように、マヌケなやつだ、とザンが口にしそして鳩尾に膝蹴りその後背中に肘鉄を喰らわせてきた。
「ぶぎゃっ!」
潰れたカエルのような情けない声を上げ、結局あっさりとワキヤークは無力化されてしまう。
「ふん、まだ殺さないでおいてやるよ。いろいろ聞きたいこともあるしな」
こうして結局ワキヤークはザンに捕らえられ頭の下へ突き出される事となってしまったのだった――




