第一五話 功績
翌朝、朝食をピーチとふたり簡単に済ました後、前日に決めていた予定通り魔法具店にナガレは案内してもらう。
魔法具店は大通りを行き、広場手前から南側に入った先に存在した。
灰色がかった切り石を積み上げた三角屋根の建物で、窓が殆どない。
だからか、足を踏み入れると店内は天気の良い朝にも関わらず、酷く薄暗い。
そんないかにもといった雰囲気の店で、カウンターに座るはやはりいかにもといった雰囲気ただよう三角帽子の女性であった。
「メルル、魔法具見に来たわよ~」
「ピーチ……いらっしゃい」
肩を出し丈の短い黒のドレスに身を包まれた彼女は、どこか妖艶な雰囲気ただよい、魔女という言葉がしっくりくる。
胸元がやたら開いていたりと蠱惑的な雰囲気も漂う肉感的な女性だが、声は小さく、口数も少なそうである。
「あのね、実はこのナガレ、今度一緒に冒険者として活動することになったんだけど、魔法の袋が欲しいみたいなのよ」
「……そう」
ピーチの話を聞くと、メルルはナガレに魔法の袋と、ついでに魔法のバッグも一緒に紹介してくれた。
見た目と異なり、控えめな喋り方をする女性であったが、それでも商品説明はわかりやすい。
「ちょっと触って見てみてもいいですか?」
ナガレがそう口にすると、どうぞ、といって、ごゆっくり、と言葉を添え奥へと引っ込んでいった。
そしてその後はピーチと色々と話し始めたので、ナガレはバッグを見比べ検証する。
「ところでメルル、これ知ってた? 実はね、杖って武器になるのよ!」
ナガレが袋とバッグを見比べていると、カウンター側から得意がるピーチの声が聞こえてきた。
「……杖は補助道具。武器には、ならない」
「そう思うでしょ? でもね、これをこうやって振ると、ゴブリンだって魔法無しで倒せちゃうのよ!」
「……ふふっ」
「あ、何その笑い! メルル信じてないでしょう!」
「……杖は杖、武器じゃ、ない」
「本当だってば! ねぇナガレ!」
突如矛先がナガレに向き、一旦バッグを持つ手を止め、ふたりを振り返る。
「材質にもよりますが、ピーチの持ってるような金属製の杖なら十分武器になりますよ」
そう説明すると、訝しげに眉を顰め、かと思えば無言でメルルは奥に引っ込んでいった。
店の奥は分厚い黒いカーテンによって隔たれており、奥からはガサゴソと何かを探す音が聞こえてくる。
そして、少しの間をおいて、メルルがカーテンの奥から再び姿を見せた。
何やら両手に空き瓶を抱えている。
「……それが本当なら」
言ってメルルは床にその空き瓶を置いた。
「……これが杖で壊せるはず」
「何? やってみろってこと?」
「…………」
メルルは黙ってコクコクと頷き応えた。
取り敢えずナガレは顎に手を添え、静かにその様子を眺める。
「判ったわ! 見ててよね!」
ピーチは張り切り勇んで、手持ちの杖を瓶の前で振り上げた。
そしてスイカ割りのごとく勢いで、杖の尖った部分を瓶へと叩きつける。
――ガシャーーーーーーン!
盛大な音を奏で、瓶は見事に粉々に砕けた。
「……すご、い、信じられな、い」
メルルはわなわなと肩を震わせ、両目を大きく身広げている。
「へへ~ん、どう? 本当だったでしょ?」
ピーチが鼻を得意げに擦り言い放つ。
するとメルルはコクリと頷き――当然といえば当然だが、箒とちりとりのような物を持って戻ってきた。
「……凄い発見」
ガラスの破片を片付けながら、なにやらぶつぶつと呟いている。
どうやら杖が武器になることに偉く感動してる様子だ。
そんなやり取りを眺めた後、ナガレは気に入った品を選びメルルに話しかけた。
「とりあえずそうですね。これを購入したいと思います」
「やっぱり袋にしたんだ?」
「えぇ、バッグはどうしてもそれ自体が嵩張ってしまうので」
ピーチの質問に頷き答える。ナガレの戦闘スタイルで考えるとバッグは確かに持ち歩くに不向きだ。
腰に巻くタイプのポーチ一つとっても動きが阻害されてしまう。
袋はその大きさも巾着程度、ちょっと吊るしておく程度で済む。
それに、この店で一番の高級なタイプであれば小さくても五〇〇kgは物が入る。
値段は一〇万ジェリーと少々張るが、他にこれといった装備を必要としないナガレだ。
こういったものにケチケチする必要もない。
杖の力も披露し、魔法の袋も購入し、ピーチとナガレは魔道具店を辞去しギルドに向かった。
一〇万ジェリーを使っても二万ジェリーは残っているため、暫くは持つが、それでも何も仕事もせずにいてはいずれ尽きることになるからだ。
この異世界で生活の基盤を築く為にも、少しでも多く稼いでおいた方がいいであろう。
「あ! ナガレ! それにピーチも!」
ギルドに着くと、それに気がついたマリーンが、両手を振り回し、明らかにふたりを呼んでいる。
カウンター前の冒険者の数はまばらだ。
ナガレとピーチは買い物を終えてから来ているので、朝の依頼受注ラッシュは既に過ぎてしまっていたようだ。
「ちょっと聞いたわよ! 貴方達、あのゴッフォ達のパーティーに襲われて返り討ちにしたんでしょう?」
存外この手の噂は広まるのが早いものだ。とくに今回は、同じ冒険者の不祥事ということで受付嬢である彼女が耳にするのも早かったのだろう。
「それにゴッフォのパーティー以外にも仲間がいて、全員ギルドの報酬を不正で受け取っていたって……それ以外にも協力を拒んだ冒険者を再起不能に陥れたり、余罪もかなりあるらしいけど……そんな連中に囲まれて無事だったなんて、なんかグレイトゴブリンの件といい驚かされっぱなしよ」
「ま、まぁ私は殆ど何もしてないんだけどね。寧ろナガレがいなかったら性奴隷にされるところだったし」
「はぁ? そんな馬鹿なことまで言ってたのあいつら? 本当どうしようもないわね」
腕を組み怒りを露わにするマリーン。そして実は彼女も危なかった事をなんとなくナガレは感じ取っていた。
もしあのまま連中を放置していたなら、その毒牙はこの美しい受付嬢にも間違いなく忍び寄っていたからだ。
まぁだからこそ、ある意味囮になる形で連中を返り討ちにし、その罪が公の場で明らかになるよう行動したわけだが。
「でも、おかげでギルドは朝からてんやわんやよ。ギルド長も事情確認のため朝から出ちゃってるしね。まぁ馬鹿な冒険者が減ったことはいいことだけど」
マリーンが肩を竦めつつ話す。
「それで結局あいつらはどうなるの? 衛兵長は間違いなく罪人として裁かれることになるとは言っていたけど」
「多分ゴッフォは死刑よ。それだけの事をしてきたんだもの。その仲間も強制労働送りは間違いないでしょうね。重ければ一生出てこれないわよ」
そう、良かった、と胸を撫で下ろすピーチ。中途半端に出てこられて仕返しにでもこられては困るからだろう。
「でも、ナガレは本当凄いわね。ギルドに登録して間もないのにこんな功績あげちゃうんだから」
「功績、ですか?」
ナガレはマリーンの言葉を復唱し首を傾げる。
「そうよ。ゴッフォみたいな不正を犯した男、しかもその仲間ごと全て片付けるのに一役かったのだから、グレイトゴブリンの件は残念だけど、これは間違いなく功績になるし、ギルドから謝礼の報奨金も支払われると思う。ただ、今日はギルド長もバタバタしてるから反映されるのは明日以降だと思うけどね」
「良かったじゃないナガレ! 報奨金よ! きっと凄く多いわよ! ランクもDからかなり上がるかも」
まるで自分のように喜ぶピーチを微笑ましく思いながら、
「そうですか、では連絡を待つとしましょう」
と返すナガレ。話を聞いても割りと淡々としているその様子に、ちょっとうれしくないの? と何故か文句を言うピーチである。
「いやいや、勿論嬉しいですよ。ただ実感がなくて」
「あ~確かに登録したばかりなのに急すぎたかもね」
そういってくすりと笑うマリーン。ただ実際の理由は別にある。
ナガレからしてみれば功績というのはもっと達成感のある行動にこそ伴うものだという意識があるからだ。
しかしあの程度の相手、ナガレからしてみれば袴についた埃を払う程度の所業。
とても功績だなんだと持て囃されるような事ではないのである。
とはいえ、折角こうやって見目麗しい娘が喜んでくれているのだ。
敢えて水をさすこともないだろう――
 




