第一四六話 サトル、魔の山脈へ
『ふむ、中々殊勝な心がけではないか』
サトルの話を聞いた悪魔の書が、彼の地道な行動をそう評した。
「どうもお前にそう言われても素直には受け取れないな」
『可愛げのない答えであるな。我は一応は感心しているのだぞ。正直先は長そうであるゆえ、使い物になるかは別問題であるが、やらないよりはやったほうがいいであろう』
「……そんなこったろうと思ったよ」
肩を竦めつつ、サトルはヘラドンナの用意してくれた食事で腹を満たす。
「私は、主様の努力が無駄だなんて思いません。きっと後々役に立つと信じております」
「ありがとうヘラドンナ、あ、料理すごく美味しかったよ」
サトルの返事に悪魔とは思えない笑みを見せるヘラドンナである。
「主様にそのように言われ私は幸せでございます」
「大げさだな。でも本当に助かったよ、さて、それじゃあもう遅いからそろそろ眠るとするかな」
「……主様、もしよろしければ夜はどうぞ私をお使いください」
恭しく頭を下げ、そんなことを言い出すヘラドンナに吹き出すサトルである。そして両手を左右に振りつつ、いやいや! と声を上げた。
「そ、そういうのはいいから! と、とにかく今日はもう一旦本の中に戻ってくれていいよ!」
「……そうですか、残念です」
自分の大きな胸を押さえながら、口惜しそうに述べるヘラドンナ。だが主人の命令は絶対であるが故、本に戻ろうとするが。
「ですが主様、明日向かわれる魔の山脈は危険な魔物や魔獣が多い難所でございます。ですがあの山脈はどこまで言っても緑が切れない山としても有名、必ず役に立ってみせますので、明日もどうか私を使役して頂けると嬉しく思います」
「え? あ、ああ、そうだな。判った、それじゃあ明日もよろしく頼むよ」
サトルとの約束を漕ぎ着けたことで、ヘラドンナは嬉しそうに本の中へと戻っていった。
魔の山脈――凶悪な魔物や魔獣が多く、冒険者ですら滅多なことでは足を踏み入れようとしない危険な山の並ぶ難所である。
故に当然商人などもこの山脈は避け迂回して進む。その為山脈には一切人の手が入らず舗装された道なども期待はできない。
だが、サトルにとっては寧ろ好都合なルートであった。先ずこの山脈を辿る分には人目につくことはなく、できるだけ目立たず目的地に向かいたいサトルとしては逆にありがたい。
それに確かに危険な相手も多いが、その分サトルのレベルアップにはうってつけとも言える。悪魔の書をより使いこなせるようになるためには実践が一番であるし、より復讐を確実な物とするためにも少しでも実力をつけておいたほうがいい。
ユニコーンは山脈に入ってからもその軽やかさは変わらない。風をある程度操れるユニコーンは険阻な道無き道も気にすることなく余裕の体で進み続けた。
ただ、やはり山脈に入ってからは一気に魔物の数が増えていく。
そのどれもがこれまでの敵と比べ物にならないぐらいのレベルの高さであった。
猪タイプの魔物一つとっても、アグレッシブボアというレベル30台の魔物が駆け回っていた。文字通り本当に駆け回っていたのだ。数十匹が群れで山の中を駆けまわる様は中々に壮観だったが、アグレッシブというだけに馬鹿みたいに好戦的であった。
サトルの騎乗したユニコーンを見るなり一斉にスキルの猪突猛進で襲いかかってきたぐらいだ。突撃より更に強力な突撃技をまともに食らうとAランクの冒険者でも死ぬことがある。
だが、ユニコーンはやはり優秀でそれらの攻撃をひらりひらりと躱してくれた。更に優秀なのはヘラドンナで、植物を操る魔法で木の根を槍衾のように変化させ迫る魔物を次々と串刺しにしてしまった。
その後も道中はレベル30~40台の魔物と連戦による連戦が続き――
「ゴフォオォオォオォォォオオ!」
「で、魔獣の登場ってね……」
『ふむ、魔獣ゴルゴンであるな。レベル164、以前サトルが相手した魔獣ドヴンよりも強力であるな』
悪魔の本が教えてくれたが、サトルはサトルで悪魔を頼りに鑑定する。
ステータス
名前:ゴルゴン
年齢:??歳
性別:♂
称号:石牛の魔獣
レベル:164
生命力:3240/3240
魔力 :424/424
攻撃力:1765
防御力:2854
敏捷力:982
魔導力:356
魔抗力:323
アビリティ
金剛筋(効果・大)・魔力変換(効果・中)
スキル
石化ブレス・自己石化・ストーンスプラッシュ
(随分と硬いな――)
サトルが一考する。そして改めて現在のステータスを確認する。
ステータス
名前:サトル
年齢:17歳
性別:♂
称号:復讐を誓いしもの
レベル:465
生命力:1340/1340(13400/13400)
魔力 :17880/17880
攻撃力:226(2260)
防御力:208(2080)
敏捷力:202
魔導力:12650
魔抗力:12540
アビリティ
悪魔の書の恩恵・魔力増大・剣術(玄人級)
スキル
悪魔の書収納・悪魔の書現出・悪魔召喚・連続召喚・悪魔使役
※()内は装備品の恩恵分を上乗せした値。
剣の練習を始めた結果なのか、アビリティに剣術がついていた。この短期間でアビリティが追加されるとはデスナイトの指導は中々のものであったようだ。
そしてソレに乗じて攻撃力の伸びも良くなっている。それでもステータス面だけで見る分にはゴルゴンの硬い皮膚に攻撃が通らなさそうでもあるが――実際はこのステータスに剣の分の威力が乗るので全く効かないということもないかもしれない。
「ヘラドンナ、この戦いは一旦休んでいて貰えるか?」
「……もしかして何か失態をおかしてしまったでしょうか?」
「そうじゃない。ただ――これだけ緑が多いところだとヘラドンナは強すぎる。俺自身の実力も付けておきたいからな。だから危なくなるまでは大人しく見ていて欲しい」
「……流石主様です。その真摯な姿勢、感服いたしましたわ」
そう言ってヘラドンナは周囲の緑に溶けこむようにして消えてしまった。悪魔の書には戻していないが、植物の悪魔だけに緑と同化することが可能なのである。
恐らくサトルの邪魔にならないようにと気を遣ってのことなのだろう。
「さて、やるか」
改めて気合を入れ直し、サトルはユニコーンから下馬し、ゴルゴンと相対した。
「石化ブレスというのが気になるところか」
『そうであるな。ゴルゴンの石化ブレスは少し特殊であるからな。ユニコーンはともかく、サトルのそのカオスフルアーマーであってもブレスを受ければ完全に石化を防ぐのは難しいであろう』
「ユニコーンは大丈夫なのか?」
『ユニコーンはあらゆる状態異常を受けんからな。故にユニコーンが寿命を迎えた後の角は重宝されておる。寿命を全うしたユニコーンの角はあらゆる病に効果があると言われておるし、寿命も伸ばすとされておる』
それは凄いなと感嘆するサトルである。サトルのいた地球なら資産家あたりがいくら金を積んででも欲しがりそうな代物だろう。
「さて、とりあえず素早さか――」
サトルはレオナードを呼び出しステータス向上系の支援魔法を一通り掛けてもらった。
これで能力がかなりブーストされる。
そしてサトルが距離を詰めようと前に出るが、そこでゴルゴンが石化ブレスを放出、扇状に広がる息吹はかなりの範囲だ。その軌道上にはユニコーンの姿もある。
しかし悪魔の書の言うとおりユニコーンは全く石化していない。状態異常を受けないというのは本当のようである。
大きく跳躍しブレスを避けた後、ユニコーンを認め安心したサトルはデビルフライヤーを使いこなし木から木へと連続飛翔を繰り返す。
ステータスアップと背中の翅のおかげでゴルゴン相手でも素早さは負けていない。
尤もゴルゴンはこのレベルで言えば動きは重い方であるが。
そしてサトルは相手を翻弄し、相手の視界外から迫りその剣を振るう――が、ガキィィイィイン! と鈍い音が響き刃が弾き返された。
見るとゴルゴンの身体が完全に石化している。これが自己石化の効果なのだろう。この状態のゴルゴンはとにかく硬い。
すると今度はゴルゴンの肢体が膨張し、かと思えば石化した肌が弾け全方位に石礫が高速発射される。ゴルゴンのスキル、ストーンスプラッシュだ。
しかし――その瞬間ゴルゴンの絶叫が周囲にこだました。
ストーンスプラッシュは自己石化した際の石と化した肌を利用して発射される。
つまりこのスキルを使用直後は防御力が元に戻る上、カウンター扱いでより与えるダメージが高くなる。
それを察し、サトルは攻撃をある程度受ける覚悟で敢えて敵に向かって飛び込み剣を振るったのだ。
ゴルゴンの身体に一文字の線が刻まれ、そして大量の出血、そのまま傾倒しピクピクと痙攣した後に完全に動かなくなった。
サトルの一撃が完全に急所を捉えていたのである。
『ふむ、よくやったではないか。ゴルゴンは肉が旨いらしいぞ。それに素材の価値も高い』
「まあ肉は嬉しいけど、素材は、これ以上金があっても仕方ないし」
『全く欲のないやつであるな』
悪魔の本はそう言うが、サトルにも欲はあった。復讐欲だ。
そして――改めてサトルは倒したゴルゴンに近づいていく。が、その時サトル目掛け飛来物が迫る。
咄嗟にサトルが飛び退くが、それはゴルゴンの傍に着弾し同時に中規模な爆発が起きる。
飛来したものはボルト――クロスボウなどに使われる矢弾である。
しかし普通のボルトでは爆発することはない。つまりこれは何らかの魔法効果を施された武器であるということだ。
そしてそんなものを利用するのは魔物でも魔獣でもありえないわけであり――




