第一四一話 活きのいいお弁当
「う~ん、やっぱりベアールの奥さんの作る料理は美味しいわね!」
「おう、相変わらずいい食いっぷりだな嬢ちゃん。今日はしっかり嬢ちゃんの食べる分も考慮して拵えてもらったからガンガン食いな」
「うむ、このボアの肉も焼き加減が絶妙なのじゃ!」
「この鹿も玉ねぎとの相性バッチリやな!」
「うむ、この料理の数々は確かにどれも美味しい。サラダや果物が新鮮でとても旨いのである」
「ららら~この宝石のように輝くトマトは美しい私にぴったりさ~」
「きのこを使った料理も美味しいね。僕これなら毎日でも楽しめるよ~」
「こっちのマリネにした料理も美味しいですね。作り方を教えて貰いたいぐらいです」
「肉もパンも旨いぜ!」
「とっても美味しいです」
「こんな美味しい手料理を毎日作って貰えるなんてベアっちは幸せだよね~」
ベアールの奥さんの料理はエルフにもオークにも、そしてナガレ一行にも好評であった。皆の手がどんどんと伸びていく。
「それにしてもこんなにたくさん作るのは大変だったでしょう。本当にありがとうございます」
ナガレに、気にすんなって! と返してガハハと豪快にベアールが笑った。
そんな昼食を摂りながらの談笑が響き渡る中――スチールだけがジーーーーっと手に持ったサンドウィッチらしきものを見つめ続けていた。
沈黙、そして額に汗――そして期待をはらんだ目を向けるエルミール。
そんな彼の手に握られし緑色のパン。そうサンドウィッチのパンだ。しかし普通サンドウィッチのパンと言えば白が定番。しかしそのパンは緑であった。
そう緑――しかも濃い濃色の緑だ。自然の緑ともまた違う、まるで魔獣でも潜んでそうな鬱蒼と茂る不気味な森の緑を体現したような、そんなどうみても食欲など湧きそうもない深緑であったのだ。
そしてその緑色のサンドの中に収まっているのは――ジャム、しかもやはり同じく緑色のジャム。それが――蠢いていた。まるで生き物のようにウニョウニョとジャムが動いていたのだ。
パンから飛び出て触手のように蠢くそれをみた一同の顔が歪んだ。明るい雰囲気が一変する光景である。
「あの、沢山ありますので皆さんもどうぞ」
『え!?』
エルミールの奨めに全員の声が揃った。ピーチですら頬に汗が伝っている。
「こ、これは食べ物なのかのう?」
「あ! マールちゃんも沢山食べてくださいね! 気に入って貰えるといいのだけど」
「――ッ!?」
エルマールの目が大きく見開かれ、驚愕の様相。しかし愛娘にこう言われては母としては期待に答えねばいけないだろう。
「こ、これは観念するしかないようやで!」
「くっ! だったらお前も食べるのじゃ!」
え!? と両手を左右にふるエルシャス。しかし涙目のエルマールに一つ押し付けられた。そして勿論エルマールも一つ手にとっている。
「あ、ピーチも沢山食べてくださいね」
「だ、そうですよ先輩! ここはやはり先輩として期待に答えないと!」
「あ、あんたこんな時だけ都合よく先輩扱いしてるんじゃないわよ!」
半べそをかきながらフレムに文句を言うピーチである。しかしさしものフレムもこのサンドウィッチには食指が伸びない模様。
「……では、私も一つ頂きますか」
「え!? 本気なのナガレっち!」
「勿論ですよ。エルミールがこうしてわざわざ作ってくれたのですから。頂かないとバチがあたってしまいます」
「な、ナガレ様なんとお優しい――」
ただサンドウィッチを食べるという行為にも関わらず、何故か酷く尊敬されるナガレである。
「それでは――」
そう言いつつ口元まで運ぼうとするナガレだが、やはり一瞬手が止まってしまい改めてサンドウィッチに目を向けてしまう。
ジャムがうねうねと暴れていた。
「な、中々活きの良いジャムですね」
活きの良いジャムって何!? と全員の表情に電撃が走った。
「はい! 体に良いウゴメキ草を素材に使った特性ジャムなんです!」
「う、ウゴメキ草って……」
どう見ても蠢いているのである。
そして全員の視線を一手に集めつつ、ナガレが遂にサンドウィッチに齧り付こうとするが。
「ま、待てナガレ! 先ずは俺が、俺が、食う!」
なんと、スチールがナガレに待ったを掛け、その手にあるサンドウィッチを一口のもとに頬張り、咀嚼した。
「う、ぐ、ムゥぐぅ、もぐ、こ、これは――た、食べた瞬間にねっとりとしたパンが口の中にと、溶け込み、あ、青々とした草の香りが鼻をつ、突き抜け、うぐぅ、こ、このジャムも、か、噛まなくても勝手に口の中で暴れ回り、そ、そして顎の中をぬるっとした感触が纏わりつき、そしてゴホッ!」
味の説明をしている途中で大きく咳込んだスチールである。どうやらジャムが勝手に喉に飛び込み咽てしまったようだ。
ゴホッ! ゴホッ! と繰り返すスチールの顔は蒼白している。そしてそのまま傾倒した。
「す、スチールさん! どうしたのですか!?」
するとエルミールが慌てて駆け寄りスチールの頭を膝に乗せた。膝枕である。スチールの顔は青かったが顔はにやけていた。
「だ、大丈夫だ、あ、あまりに旨くてな、気絶しそうになった」
――スチール! あんたは漢だ! そんな強い思いが主に男性陣から感じられた。
とは言え――流石にスチールだけが食べて他は誰も手を付けないというのもあまりな話である。
その為、スチールに続いて今度はナガレが手に持ったサンドウィッチをガブリと口に運んだ。
その様子に全員の視線が集まる。何せスチールの様子を見ていれば、少なくとも美味しいということはないことは察しがつくからだ。
だが――ナガレは顔色一つ変える様子がない。勿論倒れることもない。
エルミール特製サンドウィッチをしっかり味わい、そして飲み込んだ。
「……ふむ、これは中々癖がありますが、好きな方には堪らない味ですね」
ニコリと微笑んでそう口にするナガレ。流石ナガレである、正直おいしくないのは確かだがそれを悟られないよう味を評した。
「良かった~皆さんもどうぞ食べてくださいね」
そしてニコニコ笑顔でエルミールが皆に向けて言う。全員が、げっ! という顔を見せた。
すると突如ナガレの傍に何やらフルーツの山が出来上がる。
勿論合気で瞬時にして採ってきたものである。
「ところで今食べてみて思ったのですが――」
かと思えばナガレはフルーツ片手にエルミールの傍に行き、これとこれを取り入れるとより美味しくなると思うのですが――と伝えつつ、サンドウィッチにフルーツ類も取り入れることを提案した。
「おかずはベアールの奥さんが作ってくれたお弁当でかなり満たされているので、ここはデザート感覚で食べられる物があると喜ばれるかと。エルミールの持ってきてくれたサンドウィッチは緑の恵みを感じますが、少々癖も強い、ですがこれらの果物を組み合わせることで――」
そしてナガレの話をエルミールが感心したように聞いていた。更にその方法も今のサンドウィッチに少し手を加えるだけでいいのでそれほど手間も掛からない。
こうしてナガレの手助けもあって見事なフルーツサンドに生まれ変わったそれは、色も薄まりパンもしっとりとした食べやすい風味に、そして活きが良いジャムも甘酸っぱく後味のよいフルーティーなジャムに見事変貌を遂げた。
「うん、うん! 美味しいわエルミール!」
「先生は流石です! あんな緑色の得体のし――」
「本当に美味しいよね! うんこれならいくらでも食べられるよ~」
思わずフレムが失礼な事を言おうとしたが、カイルが上手に割って入る。
「すごく爽やかな味わいで口の中がさっぱりしますね。流石ナガレ様に、え、エルミールです!」
「うむ、これなら妾でも美味しく頂けるのじゃ!」
「う~ん、ほんまやな。全く一体何をどうしたらこんなに変わるのか不思議やで」
「これならうちのやつにも作り方教えてもらいたいぐらいだぜ」
全員がナガレの助言により改良されたサンドウィッチに手を伸ばしていく。その様子に喜ぶエルミールである。
「お、俺はあれだ、前のサンドウィッチも、う、うまかったぜ……」
「え? 何か言いましたかスチールさん?」
「……な、なんでもない」
照れながらも頑張って褒めたスチールであったが、中々報われないものである。
何はともあれ、ナガレの助けもあってエルミールのサンドウィッチも全員のお腹に入りほっと一安心といったところである。そして昼食も一段落したところで、そういえば、とスチールが口を開き。
「折角だしな、俺に何か手伝えることがあるなら手伝うぞ?」
「おう! それなら俺もだ。前にナガレには色々世話になってるしな!」
スチールとベアールが俺たちに任せろ! と言わんばかりに張り切った声で言ってくれた。
それにナガレは笑みを浮かべ、
「それは助かります。実は丁度お願いしたいことがあったんです」
と、ふたりの好意を素直に受け取ることとした。
そして一休みも終わり、畑仕事再開となったところでナガレはスチールとベアールを連れて森から引っ張ってきた川まで向かう。
「ここに水車小屋を作って頂きたいのですが――」
ナガレがふたりに提案したのは水車小屋と千歯扱きの作成であった。千歯扱きは稲を収穫後の脱穀のため。水車は精米の為と臼と組み合わせ蕎麦粉を挽かせる為である。
スチールは基本金属を加工して装備品を作るのが専門なのだが木材の加工も熟すことが出来る。ベアールも樵夫だけあって木には詳しいためふたりとも二つ返事で了承してくれた。
「稲というのと蕎麦が育つまでに出来ればいいのか? だったら楽勝だぜ」
「ああ、俺もそれようにいい木材を手に入れてみせるさ」
なんとも頼もしいふたりの快諾を得られ、エルフ達の産業も少しずつ形作られていく。
これからエルフとオークで育て上げた農耕地がどう成長していくのか楽しみなナガレでもある。
「おっとそうだナガレ。大事なことを忘れるところだったな。確かナガレももうすぐ領主様の護衛任務につくんだろ?」
「ええ、後五日後ですね」
「そうか……それならナガレもそろそろ預かり所に加入しておいた方がいいと思うんだけどな」
預かり所ですか、とナガレが復唱する。預かり所はナガレの居た世界で言う銀行のようなところだ。商人ギルドの運営する施設の一つで加入者からお金を預かり管理してくれる。
だが、なぜスチールがそれを気にするのか? といったところだが、これも当然理由がある。
なぜなら今現在スチールはナガレ式の使用料という形で売上げの一部をナガレに支払っている。
だがナガレに対し直接支払うといった状況では、いざナガレが長期間不在にした時に支払うことが出来ない。
しかし預かり所に加入しておけば、ナガレが支払い用の番号を取引相手となるスチールに伝えてさえおけば、ナガレに直接支払わなくてもスチールは預かり所に渡すことで支払いが完了となる。
勿論支払われた日付や時間、金額まで預かり所の担当員がしっかり記録してくれる。
それに何より預けておけばお金の管理は預かり所の方でしっかりやってくれるというのもメリットか。
尤も一つ一つのサービスには多少の手数料が必要となるが――ただ、ナガレとて冒険者稼業を続ける以上、今後遠出する機会も増える可能性があるだろう。
そう考えるとスチールの手間も減ることだしナガレとしてもそろそろ加入しておくべきかと考える時である。
「判りました。今日はそろそろ街に戻ろうと思っていましたし、その足で預かり所に加入してきますね」
なのでナガレはスチールの提案に乗り、それから暫くした後、皆と一緒にハンマの街に戻るのであった――